山椒(さんしょう)は、
都会の庭で、よく見かけましたが、
最近は、少なくなりました。
犬山椒は、香辛料になりませんので、犬ですが、
変な臭(にお)いが、結構あります。
黒い実(み)をつけて、葉の細かいやつが、そう。
写真中央の、緑の葉の、みずみずしいのは、
猿捕茨(さるとりいばら)。
右のほうに、
熊苺(くまいちご)が、突っ立っています。
いずれも、刺(とげ)がありますから、
だれも、近寄りません。
こういう所を、藪(やぶ)漕(こ)ぎするには、
まず、登山靴の裏で、根元(ねもと)を踏みつけます。
浜茄子(はまなす)に覆われた砂浜でしたら、
踏みつけると、怒られますから、遠回りをしますが、
山も、刺(とげ)だらけの、踏跡を歩くのは、
すでに、道に迷っているような…
道を知っていれば、
ややこしい所は、通りませんけれど、
植物を見たいために、わざわざ、道なき道を歩くのは、
たぶん、あほです。
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頭が良いとか、悪いとかって、
学校時代の学業成績や、知能検査の成績のようなのを、
思い出すかも知れません。
それって、変更できますか。
知能検査のほうは、練習をすれば、初めての問題でも、
平均的な知能指数の人が、
わりと簡単に、天才と言われる知能指数になることが、
はっきりしています。
学校時代の学業成績は、学校の勉強が嫌いでしたら、
成績の悪いのも、当たり前です。
勉強の嫌いな人を、勉強が好きになるようにするって、
できますか。
仕込もうとしても、無理かも知れません。
頭が良いとか、悪いとかって、
測ることが、出来るのかしら。
そもそも、測れるってのは、
これこれの基準があるって意味ですが、
その基準は、誰かの好き嫌いで、ないのかしら。
学業成績や知能指数って、
権力の主張する好き嫌いで、ないのかしら。
論理能力も、
文化的に任意の流行が、権力を握ったかのように、
論理法則と言われる規則が、
変更困難になりましたから、
その通りに、発揮される能力の原因って、
言わずと知れています。
科学技術や事実を、知覚する能力と、同じように、
それぞれの好みを争うための、流行文化の殺し合いが、
人間の遺伝情報を、純化して、
品種改良をしましたから、人間の体の能力って、
ブルドックやダックスフンドの、体の形と、
同じ意味です。
論理能力は、もちろん、体の能力です。
流行文化の産物ですが、物になると、変更困難です。
生物だけでなく、
物体は、言わば、プログラムの塊(かたまり)ですから、
自分の体を、作ったり変更したりが、
コンピュータには難しいように、人間にも困難です。
流行文化を使い、人間は、それを行ないましたから、
インターネットを使えば、
コンピュータのハードウェアの、特定の機能を、
純化できるようなものです。
たぶん、コンピュータだけでなく、
インターネットを使えば、人間の体を、
ブルドックやダックスフンドにすることも、
できますから、
あまり、生物と物体や、人間とコンピュータを、
分けて考える必要は、無いかも知れません。
人間の体だけでなく、そのへんに散らばっている物は、
全部、人間の体と同じように、
機能したり、しなかったりします。
人間の体も、自分や他人の、
思い通りになったり、ならなかったり、するでしょう?
なんとなく、生物と物の、アリストテレスの分類が、
幼稚に見えて来ます。
自然科学の分類のことですが、
論理は、もちろん、判断の分類です。
マルペケの分類です。
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