【Tu che a Dio spiegasti l'ali】
羽を広げて飛び立ったお前
テノール : Giuseppe Di Stefano
ジュゼッペ・ディ・ステファノ
*** ***
※ 日本語訳は『オペラ対訳プロジェクト』から
パクッて来ました。
英語訳は、翻訳者を知りません。
(EDGARDO エドガルド)
Tu che a Dio spiegasti l'ali
神の御許へと羽を広げ旅立ったお前、
You who have spread your wings to God,
o bell'alma innamorata,
おお、愛する美しい魂よ、
oh, my beautiful soul in love,
ti rivolgi a me placata,
心を落ち着けて私を見てくれ・・・
turn towards me appeased,
teco ascenda il tuo fedel.
お前に忠実な男が、共に昇れるように。
let your true lover ascend with you.
Ah! Se l'ira dei mortali
ああ、この世の怒りが私たちに対して、
Oh! If the anger of mortals
fece a noi sì cruda guerra,
かくも厳しい戦いをしたのだから
was so cruel with us,
se divisi fummo in terra,
私たちはこの世で引き離されたのだから、
if we were divided on earth,
ne congiunga il Nume in ciel.
天で神が、私たちを結びつけてくださるように!
may God unite us in Heaven.
O bell'alma innamorata,
おお、愛する美しい魂よ、
oh, my beautiful soul in love,
Ne congiunga il Nume in Ciel
天で神が、私たちを結びつけてくださるように!
may God unite us in Heaven.
Io ti seguo...
私はお前の後に続くぞ・・・
(RAIMONDO ライモンド)
Forsennato!...
正気を失ったのか!・・・
(RAIMONDO, CORO ライモンドとコーラス)
Ah! Che fai!...
ああ!何という事をするのだ!
(EDGARDO)
Morir voglio, morir voglio!
私は死を望む、死にたいのだ!
(RAIMONDO, CORO)
Ritorna in te, ritorna in te!
戻るのだ、元のお前に戻るのだ!
(EDGARDO)
No, no, no!
いやだ、いやだ、いやだ!
(RAIMONDO)
Che facesti?
何をしたのだ?
(EDGARDO)
A te vengo, o bell'alma...
おお、美しい魂よ、私は行く・・
(RAIMONDO)
Sciagurato!
愚か者め!
(EDGARDO)
Ti rivolgi, ah! Al tuo fedel...
Ah se l'ira... dei mortali...
Si cruda guerra... O bell'alma,
ne congiunga il Nume in Ciel!,
O bell'alma innamorata,
ne congiunga il Nume in Ciel!,
Se divisi fummo in terra
ne congiunga il Nume in Ciel!,
(RAIMONDO)
Pensa al ciel!
天のことを考えるのだ!
(CORO コーラス)
Quale orror! Quale orror!
恐ろしい!何と恐ろしい!
(RAIMONDO)
Oh Dio, perdona.
おお神よ、お許しください。
(CORO)
Ahi tremendo!... ahi crudo fato!...
Dio, perdona tanto error.
何と恐ろしい!・・・何と残酷な運命だ!・・・
神よ、このようなことをお許し下さい。
Lucia di Lammermoor
ランメルモールのルチアの、
第三幕第二場の終わりの、
ルチアの恋人のエドガルドのアリア。
このあと、拍手が鳴りやまずに、
歌手が、幕の下りた舞台の前に、現われて、
歓呼に応えます。
ジュゼッペ・ディ・ステファノは、
わたしの好きなテノール歌手でした。
イタリア語が明瞭で、聞きやすかった。
いわゆる開放唱の、明るい発声ですが、
喉の負担になったと、思います。
引退して、
ケニアの別荘で暮らしていましたが、
強盗に入られて、意識不明になり、
3年間、昏睡状態の後に、
2008年にミラノで死にました。
マリア・カラス(Maria Callas)と、
カップルでした。
ルチアとエドガルドは、恋仲でしたが、
ルチアは親戚一同に騙(だま)されて、
他の男と、政略結婚することになりました。
エドガルドには、他にいい女がいる、
お前は騙されているのだと、吹聴されました。
捏造されたエドガルドの手紙を、ルチアに見せました。
ところが、結婚当日に、エドガルドが乗り込み、
お前はみんなに騙されたのだと、
ルチアにぶちまけました。
エドガルドと、ルチアの兄は、
決闘をする運びになりましたが、
ルチアのほうが、結婚したばかりの夫を、刺し殺して、
気が触れます。
そして、死にます。
決闘の場で、ルチアが死んだと、伝えられて、
エドガルドも、自殺します。
その時に歌うアリアが、これ。
この話は、実話を脚色したオペラですが、
わたしも、よく似た話を、
何度も経験しています。
何度もです。
論理能力の低い人が、
みんなと一緒のことができずに、
自分だけが、違うことをしようとすると、
必ず妨害されて、騙(だま)されて、
痛い目に遭(あ)い、
虐(いじ)められて、殺されます。
じつは、論理能力のある人たちの、
人間関係も、騙し合いの殺し合いですが、
論理能力のある人は、
普段から用心しているだけでなく、
自分も、他人を騙していますから、
いつもいつも、全勝というわけに、
行かないのを、知っています。
ところが、論理能力の低い人たちは、
騙されないように、眉に唾を塗る用心を、
日頃から、心掛けていません。
どのようにして、騙されるかを、
想像できませんから、仕方ありませんが、
他人を騙しているくせに、
自分が騙されているとは、
思いも寄らない人も、少なくありません。
論理能力が低ければ、話が複雑になると、
頭の中が、真っ白になったり、
真っ黒になったりして、混乱します。
みんなと一緒でないことに、気づくと、
顔が真っ赤になるように、
心が恥ずかしくて、機能を停止します。
みんなと違う羽目(はめ)になると、
統合失調症やGID(性同一性障害)などと
同じように、
万事休すになるかも、知れません。
わたしたちの日常言語や日常会話が、
証拠を揃えて、論理的に運用されることは、
まずありません。
論理能力の無い人が、圧倒的多数でしたら、
論理や事実って、
日常生活に、無関係に見えます。
実際には、日常言語の、
これこれならば、これこれ、
という体裁でも、判断の組み合わせは、
1億通りぐらいが、ざらにあります。
雨が降って来たから、早く帰ろうと、
言っても、雨でないかも知れません。
ビルの屋上の、
水冷式のクーリングタワーから、
水滴が落ちて来たのかも。
帰るまでもなく、すぐに止(や)むかも
知れませんし、
どうして、帰らなければいけないのかも、
不明です。
日常語の簡単な判断でも、
分岐点が、何十通りもあるって、
瞬間的に閃きますし、
少し、考える時間があれば、
判断の組み合わせは、
軽く1兆通りを、超えていると、
わかります。
それだけの組み合わせの中から、
どれが一番良いかって、
アドバンテージを見て、決めますから、
常時、何百何千もの懸案が、
七夕さまの短冊みたいに、
判断保留のまま、
頭の中に、ぶら下がっています。
相手が、そう出るのなら、
こっちはこうだって、
まるでポーカーみたいなものですが、
何が出ても、驚かないように、
いつも先々の手を、読んでいます。
日常会話に、論理や事実は、
現われていませんから、
憲法9条を解釈するみたいに、
議論をしても、仕方ありません。
事実もそう。
物的証拠を要求される人間関係って、
役所の事務や商取引しか、
無いかも知れません。
証拠もないのに、
通用する社会に暮らしていますが、
証拠がなければ、
嘘や間違いが、ほとんど全部であるって、
用心していない人は、あほです。
論理能力って、だいたいは、
事実を知る能力と、同じですが、
判断が、どれくらいに複雑になれば、
パニックになり、理解できなくなるかって、
生まれつきに、人それぞれに
決まっています。
そこまで複雑になると、
判断を停止しない限り、だれでも、
統合失調症と同じ症状が、出て来ます。
大好きな味方が、大嫌(きら)いな敵の、
親友だったりするように、
人間関係は、一筋縄で行きませんから、
すぐに能力一杯の複雑さに、なります。
簡単な日常語の体裁でも、1億や1兆通りの、
判断の組み合わせがありますから、
複雑さが、能力を超えないようにするには、
四苦八苦して考えないことが、第一です。
当たり前の判断の組み合わせなのに、
予想外のことが起こると、
受け入れることが、出来なくなるのは、
精神病にならないための、予防措置なの。
お茶の間のテレビドラマは、
複雑な筋書きです。
国語の読解力試験のように、
どれくらいに、筋書きを理解しているかを、
測ってみれば、すぐにわかります。
ほとんどの人は、ちんぷんかんぷんなのに、
みんなと一緒の話題に、乗り遅れぬように、
毎週欠かさずに見て、面白いと、言います。
筋書きがわからなくても、面白いのは、
当たり前ですが、
役者として演技をしたり、
記者として書いたりすることも、できます。
わからなくても、わかっていると、
確信しているのは、
中学生の論理能力よりも、
一層ひどい状態ですから、
論理や事実が、何のためにあるかを、
わからなければ、大人でありません。
論理や事実が、わからなくても、
鉄砲を撃てば、人を殺せるし、
法務大臣になれば、死刑執行の権限を
入手できます。
言葉の意味は、何が正しいかって、
憲法で決まっているわけで、
ありませんから、
国語の読解力試験を受ければ、
半分しか正解できないのに、
テレビドラマを理解していると、
確信している人のほうが、権力を握るのは、
放って置けば、当たり前です。
そうならないのは、頭の悪い連中のほうが、
刑務所に入ったり、戦争で死んだり、
精神の病気になったりの、常連だからです。
ルチアの話って、
わたしが、日頃に見ている精神の病気の、
原因を、よく言い当てています。
まんざらの、子供騙しの筋書きで
ありません。
実話を元にしていますから、
当たり前と言えば、当たり前なのですが、
恋愛や政略に、
騙(だま)したり騙されたりが、
鳥黐(とりもち)みたいに、くっつくと、
精神病や殺人や決闘や自殺になります。
テレビドラマを見れば、
騙したり騙されたりって、日常茶飯なのに、
世の中の99.9%ぐらいの、
社会の底辺の人たちは、
騙されているって、意識するようになれば、
精神の病気と、言われます。
騙されていると気づいても、
証明できないのは、
論理や事実を知る能力が低いのと、
同じですが、
とりわけ、人を騙すことを、
実行する能力がないのと、同じ意味です。
わたしの父は、IQ70の知的障害でしたが、
二枚目俳優のような美貌でしたので、
顔を見ているだけで、
相手のほうが、勝手に、
父の言葉を、信じました。
父に、こう言えば良いと、
唆(そそのか)したのは、
中学生のわたしでしたのに。
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