長い花柄を見れば、めったに間違いませんが、
わたしは、林檎(りんご)や海棠(かいどう)の実を、
思い出します。
サクランボみたいに、色付けば、
食べて見たくなりますが、ちっとも甘くない。
苦(にが)いので、
鳥も、あまり食べないので、ないかしら。
モチノキ属(Ilex)って、日本の山に普通ですし、
たいていは常緑で、赤い実が成りますので、
庭木の定番です。
あまり大きくならずに、
灌木と言うほどには、小さくもありませんから、
日本の民家の庭に、丁度良い。
イレックスと聞けば、庭木です。
こんなのは、種(たね)を蒔(ま)けば、
いくらでも、育ちますから、
根巻きをして、放ったらかして置けば、
営農していると、言い張れます。
何もしていないと、言えば、山林ですから、
得(とく)になるように、なんとでも誤魔化せます。
第二次世界大戦後の日本経済は、
都会に出た人の、生まれ育った田舎の家を、
壊さないことが、大切でした。
これからは、都会で生まれた人が、
田舎の親戚を、訪ねることも、ありませんから、
故郷(ふるさと)を保護していた政策を、
完全に撤廃したほうが、良い。
わたしの、生まれ育った函館の家や部屋が、
今も残っていますが、
函館に行っても、わたしは、ホテルに泊まります。
甥(おい)の世代ですので、
昔の自分の部屋を、気軽に見せてくれとは、
言えません。
函館の家が、他人の所有になろうが、どうなろうが、
わたしには、関係ありませんので、
故郷の、両親や幼馴染(おさななじみ)や経済を、
心配する政策も、必要ありません。
第二次世界大戦後の、日本の政治家は、
頻(しき)りに、故郷を懐かしみましたが、
票田を確保する目的でしたから、
すべて廃棄したほうが、よろしい。
遊牧文化を受け継いだアメリカ合衆国では、
両親と、何十年も会っていない人が、普通です。
親子が、毎年、顔を合わせる社会って、
韓国朝鮮の従軍慰安婦と同じくらいに、
異常でないかと、疑います。
親の借金のために、売春婦として売り飛ばされた娘が、
親を心配して、日本政府を恨(うら)むのは、
変(へん)でしょう?
我が子を売り飛ばした親を、断罪できなければ、
大人でないが、
日本でも、当時の売春婦のほとんどが、
親の借金の形(かた)に、取られた娘でした。
避妊しませんでしたから、
鼠(ねずみ)みたいに、子沢山です。
口減らしと借金を兼ねて、
こんなに美味(うま)い話はないと、
社会の底辺の人たちは、信じました。
故郷を懐かしんだ売春婦は、あほです。
ソヨゴは、冬青と書きますが、青は、緑色の意味です。
昔は、青と緑や、漁業と農業などが、
今の、あほと賢しこや、エステティックと論理のように、
分化していませんでした。
売春とGID(性同一性障害)も、
たぶん、分化していません。
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