【平城山】
テノール : 五十嵐喜芳
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作詞:北見志保子、作曲:平井康三郎
人戀ふはかなしきものと平城山に
もとほりきつつ堪へがたかりき
古もつまに戀ひつつ越えしとふ
平城山のみちに涙おとしぬ
歌人の北見志保子の夫も、歌人の橋田東声でしたが、
夫の弟子の、浜忠次郎と昵懇になりました。
浜が、フランスに留学させられて、
二人は、引き離されましたが、志保子が、
磐之媛命(いわのひめのみこと)陵を訪ねて、
詠んだ歌が、これです。
後に離婚して、彼女と浜は、結婚しました。
古(いにしえ)の人は、
夫の仁徳天皇に恋して、嫉妬の激しかった磐之媛。
平城山は、奈良と京都を結ぶ道が、
越えなければならぬ県境の山です。
平城京は、なら山に作られましたので、
平城宮跡だけでなく、
現在の、奈良県庁や奈良市役所の位置も、
奈良山そのものです。
標高50mほどの大和盆地の、
北端の丘陵地が、平城山(ならやま)。
南端の丘陵地が、飛鳥の都でした。
いずれも、標高100mぐらいです。
現在も、平城山の南半分は、
平城京由来の、市街地のままですが、
北半分に、たくさんの古墳が、作られましたので、
航空写真を見れば、山と言える森林を、確認できます。
北見志保子が歩いた頃は、
古墳の周りに、鄙びた田舎しか、
残っていなかったはずです。
盆地の中心部の、標高の低い所は、
川の氾濫原でしたから、
土木工事が、面倒臭かったのでしょう。
つまは、仁徳天皇や浜忠次郎ですから、
漢字で書くと、夫(つま)です。
日本のテノールと言えば、五十嵐喜芳が、
オペラに親しんだわたしの、いわば青春の麻薬でした。
小学生の頃から、合唱団に放り込まれていたのが、
嫌(いや)で嫌で、堪(たま)りませんでしたのに、
大学生になり、オペラのアリアを歌ってみよう、
という気になったのは、この人のせいです。
中学生の頃に、知らないアメリカの子供と、
無理やりに、文通をさせられて、
朝礼の時間に、みんなの前で読まされました。
お陰(かげ)で、英語が嫌(いや)で嫌で、
糞食らえと思いましたが、大学を出た後に、
オペラを習うために、アメリカ合衆国に渡り、
英語が役に立つことを、知りました。
自分で歌うのは、ものにならずに、
早々に諦めましたが、
歌を聞く趣味は、薬物依存のようなもので、
頭に良くありません。
わたしと文通をしていたアメリカ合衆国の男の子は、
その後に、大金持ちになりましたが、
わたしのほうは、貧乏人の野良猫のような人生です。
音楽や文学や数学などのせいと、思っています。
麻薬は、あほになりますので、注意して下さい。
最大の麻薬は、
自然科学や科学技術を、知覚する規則性です。
こいつは、品種改良されて、
体の仕組みに、組み込まれていますので、
麻薬を埋め込まれたようなものです。
論理と言われます。
高音用と中音用と低音用の声が、
同時に、三重に響きますので、
五十嵐喜芳の声は、豊かな音色を、聞き分けやすい。
オペラ歌手ならではの、抑揚を、聞かせるだけでなく、
泣き声を使いますので、艶(つや)っぽい。
リズムやメロディとは別に、
明瞭な発音と、流れる言葉や、
緊張のある声と、和(なご)んだ音韻を、
自由に使い分けます。
テンポの変化も、もちろん伴奏と共犯です。
リリックな声質ですが、強い発声が、彼の魅力でした。
女性は、性交渉の最中に、ライオンに食べられるのが、
本望のような心ですが、
男は、刀や鉄砲ですから、
殺されたくなければ、戦争の最中に、
人生を歌うべきでない。
もとほり来つつと、歌うべきところを、
またほり来つつと、聞こえませんか。
テノールは、ホモが多いのですが、
同性愛も、昔の欧米では、精神の病気と、
言われました。
日本でも、精神の病気が多いのは、事実ですが、
同性が好きなので、同性愛と言われるのでなく、
精神の病気の、入り口の徴(しるし)が、同性愛って、
ごく普通に残っています。
日本の同性愛者は、三島由紀夫氏のように、
武士道に憧れて、死にましたが、
精神の病気の多くが、死に急ぐので、
病気と言われるのは、言うまでもありません。
そのまま、進行しないで、止まっている人は、
症状が軽く、みんなと一緒に、近いのでしょう。
性転換をする人は、同性愛の有無にかかわらずに、
精神病のうちの軽いほうと、
そのほかの精神の病気の、重いほうとを、
股に懸けています。
芸術や個性やLGBTや精神の病気などに、凝る人は、
いわば、間引かれて行く人たちですから、
犯罪者と同じように、
引かれ者の小唄を、口ずさんでいると言えば、
怒られます。
次々に、集団の端っこのほうから、絶滅して行くのは、
当たり前ですから、
別れを惜しむように、餞(はなむけ)の言葉を、
手向(たむ)けてあげます。
ようするに、死刑執行ですので、
同性愛が、法律違反や精神障害でなくなり、
LGBT(エルジービーティー・レズゲイバイトランス)や
性転換の運動が、
華やかになったと、喜んでいるのは、あほです。
流行すればするほど、加速されて間引かれて行くのに…
性転換の運動をしている人たちの、知能は悲しい。
そんなもん、精神障害者を助けてくれる健常者は、
わたしのような、あほでなければ、
世界中を探しても、1人もいません。
だれが、宅間守君や麻原彰晃君を、
助けてくれるものか。
LGBTやGID(性同一性障害)も、彼らと同じ道です。
炙(あぶ)り出されただけなのに…
人戀ふはかなしきものと、北見志保子が歌ったように、
性転換も、そうであるから、ブログに書いています。
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