うちの近所の瑠璃茉莉(るりまつり)は、
だんだんと、勢力を失ない、
今に絶えるのでないかと、心配しています。
南アフリカ原産の栽培品ですから、
だれかが、育てていますが、
野生化するほどに、適応しているのでありませんから、
人間に飽きられると、居場所を奪われます。
この花は、香りがありません。
やや蔓性の、常緑灌木ですが、
日本では、冬に落葉しますので、
春に芽吹くまで、放置して置く価値が、
ないかも知れません。
飽きられると、だんだんと廃れて行く。
なんとなく、GID(性同一性障害)みたいでしょう?
性転換をしても、そのことを売りに出せるのは、
水商売や芸能関係の人だけです。
そうでなければ、
性転換したことを、秘密にしなければいけませんから、
ありきたりの男女の価値観で、評価されます。
何のために、性転換をしたのかしら。
性転換したことを、梃子(てこ)にして、
新しい性の価値を、築かなければ、
男女の性別の、文化的な価値が、
心の中で、変更不能になったせいで、
自傷するに至った精神の病気に、すぎません。
夏に涼しそうと、言われますが、
慣れれば、見た目だけで、涼しいわけがありません。
大きな木陰に、風が吹き抜けたほうが、
涼しいのに決まっています。
*** ***
丸覚えは、出来るけれど、
自分で考えることが、出来ないって、
精神遅滞の症状ですが、
GID(性同一性障害)も、それに近い。
自分で、論理的に考えるって、
判断の枝分かれの組み合わせが、無数でしたら、
何とでも、選択できますが、
論理的に間違えないのが、難しい。
日常言語は、数学のように定義されていませんから、
言葉の上っ面(つら)を、論理的に装っても、
無駄です。
表現は、芸術的でも、一向に構わないのに、
判断の組み合わせが、ちっとも論理的でなく、
支離滅裂であるって、どうして、わかるのかしら。
数学のような机上でなく、
自然科学や科学技術のように、
現実と照らし合わせれば、
わかるかも知れないと、言う人もいます。
精神の病気を見れば、気づきますが、
知覚のプログラムが、人それぞれに
違います。
論理能力の高い人と、低い人は、
別の現実を、知覚しているかのように、
一致させることが、困難ですから、
同じ屋根の下に、暮らせば、
権力の序列のような、階層ができます。
論理能力の高い人同士は、
平和的に、一致させることができるのに、
低い人同士は、
殺し合いの帰趨(きすう)に、任せるしか、
ありません。
そのことが、権力を生んだように、
論理能力の優劣と、言われるのですが…
論理法則って、知覚の仕方のプログラムですが、
言葉を使い、他人と情報交換をするように、
知覚の具体的な中身を、言葉にように使いますので、
知覚の仕方って、文法のようなものです。
それが、人によって、違っていても、
日本語と英語を、翻訳するように、
通じる人もいれば、通じない人もいます。
論理能力の低い人が、
高い人たちの中に入れば、必ず孤立します。
低い人たちは、殺し合いの世界の中で、
暮らさなければ、いけませんので、
家族がそうでしたら、
論理能力の高い人が、死ぬまで庇護してあげることに、
なるかも知れません。
他人を庇護する余裕は、たぶん、誰にもありません。
人を背負いながら、
死ぬまで山を登り続けられる人って、いませんから。
人間は重いのに、筋肉は弱い。
どうすれば、いいのかしら。
お釈迦さんは、悟りなさいと、
言いましたが、
論理中心主義の本家本元ですから、
眉(まゆ)に唾(つば)を、塗りたくなる。
知恵や論理も、言葉や科学技術も、
要(い)らない、と言えば、禅宗ですが、
わたしは、宗教の家柄に生まれたので、
信じません。
家業が、鉄や船でしたので、
科学技術も信じませんが、
頭が悪いうちでも、
体に、原因となる障害の発見されない人は、
論理能力が足りません。
保護されなければ、
健常に暮らせない人って、
知能指数で言うと、70未満ぐらいですが、
IQ60台ぐらいの、軽い精神遅滞を
識別するには、
少なくとも、IQ130以上の知能が、必要です。
平均的なIQ100の人には、
軽い知的障害を、識別する能力が、ありません。
生まれつきですので、
いくら、発達障害や知的障害を、勉強しても、
識別能力は向上しません。
勉強すれば、
発達障害や知的障害を、出題範囲にした試験の点数は、
向上しますが。
そうして、丸暗記をすれば、するほど、
変更不能になり、認知障害に近くなります。
軽い知的障害の人が、勉強をして、
学力が向上すれば、するほど、
統合失調症やGID(性同一性障害)などの、
精神の病気を、発症する危険が、高くなります。
学業だけでなく、人生経験を積めば積むほど、
精神の病気の症状が、重くなります。
山下清氏は、丸暗記の能力が、高かったけれど、
知的障害でした。
それと同じ理屈なの。
覚えれば覚えるほど、
融通が効かなくなるのを、防ぐのは、
筋書きだけを覚えて、
記憶量を小さくすることです。
論理は、分類や整理整頓と、同じですから、
論理能力の低い人は、
記憶が、増えれば増えるほど、
精神の病気が、進行します。
一生懸命に勉強をして、
一流大学に入学しても、
必ずしも、良い結果になりません。
努力しないほうが、安全かも知れません。
東京大学医学部学生の、平均知能指数は、
145程度です。
この人たちから見れば、
IQ100は、猿に近い。
でも、IQ190ぐらいの人には、
145って、はっきりと、あほです。
IQ70の人は、
似たもの同士の社会に、暮らすのが、幸せですが、
IQ100の人には、識別できませんから、
70の人が、犯罪者のように、悪いやつに見えます。
これでは、虐(いじ)められるのも、当たり前です。
法治主義って、
みんなと一緒の価値を、共有しない奴を、殺しますが、
できないのを、識別できませんから、犯罪に見えます。
結局は、できない奴を間引くのが、目的なの。
法律や人格や道徳や善悪などは、
あほのお題目ですから、議論しても、仕方ありません。
頭の悪い人が、頭の悪い人と、一緒に暮らせるように、
頭の良い人は、星に願います。
そのように、頭の悪い人を、早期に発見して、
教育せざるを得ませんから、
負傷兵を治療して、戦場に送り返すのと、同じです。
酒鬼薔薇君と淳君の関係だけでなく、
麻原彰晃君や宅間守君が現れるのを、今も防げません。
軽い発達障害を放置すると、
酒鬼薔薇君のように、なりかねませんが、
事件の前に、
性格が歪んでいると、診断されたそうです。
発達障害のための教育を、受けるべきと、
わたしなら、勧(すす)めました。
GID(性同一性障害)も、それに似ています。
論理能力の低い人に、
自分で考えて、自分で、答えを見つけるように、
躾(しつ)けるのは、悪い結果になりやすい。
学校の試験問題であるまいし、
社会生活の困難の多くは、決まった答えがありません。
これをしなさい、あれをしなさいと、
具体的に指図(さしず)してあげるのが、良い。
本人が死ぬまで、そうしてあげます。
自主性を期待すると、とんでもないことになります。
論理能力は、いくら考えても、向上しませんから。
統合失調症やGIDなどって、
知的障害と、似たような種類の、病気や障害です。
病識を持てませんから、殺し合いと同じなの。
虐(いじ)められる人が、放置されると、
他人や自分を、虐めるようになります。
社会の底辺には、そういう人たちが、暮らしていますが、
全人口の95%を、遥かに超えるはずです。
みんなと一緒のことが、できなければ、
弾(はじ)き出されますから、
いくら論理能力が高くても、
老化して、体の病気になれば、
みんなに殺されるのは、当たり前です。
治療と言ったり、介護と言ったりしますが、
老化を治す方法は、ありませんから、
ようするに、処分します。
知覚を、言葉のように使いますから、こうなりますが、
進化論が嫌(いや)なら、
命や自分を、惜しまないことです。
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