シソ科の野草(のぐさ)の中でも、
仏の座(ほとけのざ)や、
立浪草(たつなみそう)や、
踊り子草(おどりこそう)などは、
可愛く奇麗ですから、
たぶん、人間の心に、取り入りましたが、
ヨーロッパ産の、
姫踊り子草(ひめおどりこそう)は、
グロテスクな印象です。
こいつは、人間を相手にしないで、
虫を騙(だま)すことに、命を賭けたのかも。
花の数を減らして、見栄えがしませんが、
葉っぱを赤くしたので、引っ掛かる奴がいる。
これに食らいつく虫は、
色を、着目点にしています。
*** ***
人間も、そうなの、
マルペケの組み合わせは、
汎用性のある神経の枝分かれを、使いますが、
何を、着目点にするかにより、
マルペケの判断が、変わりますので、
着目点を、丸覚えに記憶するには、
どうすれば良いかと、思いあぐねるのは、
あほです。
目で見たり、耳で聞いたりした知覚の中身を、
事実として、そこに在るかのように、想定するのは、
みんなに共通の、判断の根拠になりますので、
便利ですが、
着目点の丸覚えが、必要ですから、不便です。
みんなに共通の事実が、無くても、
判断のマルペケだけを、他人と遣り取りすれば、
事実のほうは、
人それぞれの、個人的な記憶の便宜であっても、
ちっとも構いません。
何を着目点とするか、何を共通点にするかって、
無駄な議論です。
神経の枝分かれが、たくさんあれば、
たくさんの組み合わせを、
一瞬のうちに、理解できます。
枝分かれが少なければ、
記憶のやり繰りが、大変です。
コンピュータと同じなの。
みんなに共通の、事実や着目点などは、
必要ありません。
みんなを支配するコンピュータが、必要ないのと、
同じです。
虫は、色を着目点にしているのでなく、
単に、マルペケの組み合わせから、
姫踊子草に、取り付きます。
事実の何に着目して判断するか、という着目点は、
どうでもよろしい。
虫は、どのようなマルペケの組み合わせに、
どのように反応するかが、わかれば、充分ですが、
さまざまなマルペケの羅列の中から、
特定の組み合わせを見つけるための、
汎用的な神経の枝分かれは、
満遍なく、たくさんでなければ、いけません。
特定のマルペケの判断の組み合わせだけを、
表現する枝分かれでなく、
選ばれなかった道筋も、
表現できる枝分かれでなければ、
汎用的な使用のために、
面倒なやり繰りが必要になります。
一瞬のうちに、特定の組み合わせを、
選び出すことが、出来ません。
神経は、垣根に使う樹木のように、
満遍なく芽吹かなければ、
枝分かれに穴が開き、汎用的に使えません。
自分の好みの方向に、枝分かれをするだけでは、
使い回しが、利(き)きません。
通らなかった道筋も、
ちゃんと枝分かれをしていなければ、いけません。
判断の、すべての組み合わせを、
辿(たど)らなければ、
満遍なく枝分かれをしないでしょう?
使われなかった枝分かれが、消えて行くだけでなく、
最初から、使わない枝分かれは、発達しません。
必ず、判断の組み合わせの、すべてを、
頭の中で、再現しなければいけません。
そうしなければ、精神の病気になります。
あほになっては、いけません。
何のために、
神経は、たくさんの枝分かれをするかって、
何のために、
生物は、進化したのかと、同じですが、
進化の枝分かれのほとんどは、
消えてなくなりました。
生物は、認知障害なの。
すべての枝分かれの組み合わせを、
頭の中で辿らなければ、死ぬのに決まっています。
汎用性のある進化でなければ、虚(むな)しい。
流行文化は、事実や着目点を問題にして、
特定の、マルペケの判断の組み合わせを、
流布しますから、
みんなと一緒の、権力を失なえば、
みんなに虐(いじ)め殺されるのは、当たり前です。
年老いたライオンや、病気のライオンは、
みんなに虐められて、噛み付かれて、
野たれ死にます。
子供のライオンも、そう。
父親が替わると、父親に噛み殺されます。
だれが、生物の仕組を、精妙であると、
言ったのかしら。
そいつは、あほです。
免疫のように、面倒臭いものなのに…
目で見て、手で触って、耳で聞いて知る事実が、
いちばん、面倒臭い。
反射的に知覚しますから、
反射的に流行文化に、
跨(またが)るようなものです。
生まれつきの変更不能な、精神の病気と同じで、
あほくさいこと、この上ありませんが、
痛い苦しいのを、
反射的に避けるようになっていますから、
くそったれです。
騎虎(きこ)の勢いって、秋篠宮さまかしら。
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