ギリシャ語の亜麻(あま)の意味の、
Lionon(リノン)から、ラテン語化された属名を、
Linaria(リナリア) と言いますが、
花は、ちっとも似ていません。
リネン(linen)は、
亜麻の繊維を、原料とした織物ですので、
花壇の姫金魚草を見ると、
リネンの生地を連想しなければ、いけないのかしら。
葉の形が、似ているそうですが、
亜麻の葉が、こんなのだったのかを、忘れました。
Linalia属を、全部、姫金魚草と言うのか、
それとも、特定の種(しゅ)や品種を、言うのかを、
知りません。
どうせ、草花ですから、次から次へと、
簡単に、新しい品種が、出て来ます。
まるで、人間の、個体の心のようです。
どうでも良い、と言うと、怒られますけれど、
お酒や麻薬や向精神薬などにより、
気持ちが良ければ、それで良い、
というもので、ないのなら、
何かの価値に、拘(こだわ)る人生が、良いのかと、
問われても、そんなことは知らん。
月日は百代の過客にしてと、芭蕉は言いましたが、
人生の間違いで、ないのかしら。
芭蕉のような遊び人が、持て囃されるのは、
石原一族に似ています。
性転換も、それなのに…
どうして、マスコミは、
芭蕉や石原一族や性同一性障害を、
袋叩きにしないで、賞賛するのでしょうか。
花壇の草花みたい。
芭蕉のことを、姫金魚草と言っても、
だれにも怒られません。
わたしは、三島由紀夫氏と会った時に、
そう思いました。
今は、性転換医療を行なうお医者さんを、
そう思います。
*** ***
論理や数学や科学技術や、
目で見て耳で聞き、手で触って知る知覚の中身などを、
自然や世界や自分や社会や、その摂理などのように、
確信する人が、たくさんいます。
わたしは、それらを、宗教や感情の確信と、
五十歩百歩と思っています。
ちっとも信じていませんけれど、
それらを確信している振りをすれば、
権力と仲良くなるには、とても便利です。
要領よく利用しない手は、ない。
でも、ほんとうは、
権力が欲しい連中の、論理能力って、
どれくらいかを、わたしは知っています。
一生、変わりませんから、
数学や科学技術や、知覚の中身などのように、
絶対にあると、確信している事が、
算盤(そればん)の玉を動かすように、
これとあれを、くっつけたり離したりして、
記憶のやり繰りをすれば、
簡単に作り出せることを、彼らは知りません。
算盤って、マルペケの判断を、記憶するための
道具ですが、
記憶をやり繰りすれば、記憶の量を、圧縮できます。
足し算や掛け算が、そうですが、
何と何を、一纏めにするかって、
何に着目して、何を共通点にするかと、
同じ意味ですけれど、
他人や社会の顔色を、窺(うかが)わなければ、
孤立して、みんなに虐(いじ)め殺されます。
家族や社会って、そのためにあるだけでなく、
自分の体も、そうなの。
育児と虐めは、医療と虐めのように、類似品です。
わざわざ、優生医療と言わなくても、構いません。
生殖や免疫は、
マルペケの判断の、組み合わせですから、
たくさんの組み合わせの中から、便利なものを選び、
そうでないものを、殺します。
細胞では、アポトーシスと言いますけれど、
目的外の奴は、自分から死んで行くように、
みんなに仕向けられます。
多勢に無勢ですから、抵抗は出来ませんが、
間引かれた細胞のほうが、生き残る細胞よりも、
桁違いに多い。
革命を成功させるには、権力の仕組だけでなく、
間引かれるように、自分から死んで行く仕組が、
わかっていなければ、いけません。
権力が欲しい連中は、わかっていませんから、
自分から死んで行くように、権力を失います。
普通は、老化や病気と、言いますが、
そのせいで、死ぬのでありません。
権力を失うから、死にます。
性転換医療を行なうお医者さんは、
性別違和を訴える患者が望み、喜ぶから、
性転換医療を行なうと、言います。
性別違和は病気でなく、同性愛のように、
脱病理化すべきであると、言います。
優生医療の典型です。
どうして、
あほを間引かなければ、いけないのかしら。
儲かりますけれど、
刑務所の中の犯罪者を見れば、一目瞭然です。
生まれつきに知能の低い人たちが、大部分でも、
犯罪のせいで間引かれる、と言えば、
本人の責任のように、聞こえます。
自由と責任って、
フランス革命の昔に、流行(はや)りました。
神様の権力を代行する王様でなくても、
一般庶民に責任能力がある、とします。
そうでなければ、自由の由来に、疑義が生じます。
そうして、自由を獲得したから、
神様やその代理人の責任でなく、
犯罪者の責任として、処罰されるように、
病気でなければ、保護されずに、
個人が摘出されます。
性別違和や性同一性障害を、病気でないとするのは、
優生医療の典型です。
責任を持たせて、間引きますから、
性転換医療の正当化と、医者の責任逃れに、
すぎません。
一般庶民に責任能力があったから、
一般庶民が、自由を得たのでなく、
こいつらに責任があるとされて、間引かれたから、
権力者が自由を得たのに、決まっています。
そんなマヤカシを、
いまさら性転換医療が言い出すのは、
国民を舐(な)めとる。
精神の病気では、本人の自由に任せるのが、
一番悪い結果になります。
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