クヌギの枯葉 1698

日本の代表的な落葉樹ですが、
わたしの子供の頃は、
調理や暖房のための、燃料が、
まだ、薪(まき)や炭でしたから、
櫟(くぬぎ)は、日本を代表する天然資源でした。
 
これがあったから、
日本は、中国や韓国のように、なりませんでした。
他国に、侵略されなかったの。
 
当然、モンゴルのフビライが、
漢民族や朝鮮民族を、動員して、
日本を攻め取ろうとしたのも、
これが欲しかったからです。
大相撲が、欲しかったので、ありません。
 
薪や炭の、豊かな生活。
まるで、クウェートやアブダビの、
オイルマネーの栄華みたいに、見えました。
 
うちの父が、戦争の時に、
朝鮮半島から中国大陸を、行軍しましたが、
歩兵は、自動車でなく、文字通りの徒歩でした。
 
父は、広東省の珠江の河口の、広州市まで、
歩きました。
香港の近くです。
 
朝鮮や中国は、見渡す限りの、禿山ばかり。
朝鮮人や中国人は、みんな裸足。
中国の兵隊は、鉄砲や軍服がない。
 
これでは、日本軍と、まともに戦えません。
これが、元寇の頃から、ずーっと、そうでした。
 
インダス文明が滅びたのは、
樹木を切り倒して、燃料がなくなったから、 
という学説があるでしょう?
 
石炭や石油を、利用するようになったのは、
最近のことですから、
日本の明治維新が成功したのは、
薪炭(しんたん)と下肥(しもごえ)の、
お陰(かげ)でした。
 
1970年頃まで、日本は、
よく発酵したうんこやおしっこの香りに、
輝いていました。
 
わたしの子供の頃の、
1950年代の住宅街でしたら、
都会の真ん中でも、
車は、ほとんど走っていませんでした。
荷物自転車の時代です。
 
三輪オートバイみたいな、
ミゼットが走るようになり、
時代が変わったと、わたしは、感慨深かった。
幼稚園に、通(かよ)っていました。
 
薪や炭の、代表的な樹木が、櫟(くぬぎ)です。
こいつを、絶やさないように、山を維持しました。
封建主義って言われる社会制度です。
ヨーロッパの、馬を使った三圃(さんぽ)農業に、
匹敵しました。
 
江戸時代になると、
平野の田畑に、下肥農業が発達しましたので、
中国や朝鮮に、決定的な差を付けました。
 
樹木の世代交代を、大切にしましたから、
伐採したままにしないで、
殖(ふ)やして、こき使います。
奴隷制の一種と、マルクス主義者は言います。
 
フランス革命は、
農奴を、都会の工場で、こき使うために、
貴族を、伐(き)り倒しましたが、
日本の明治維新は、
一生懸命に、新しい貴族を、移植しました。
 
落葉樹なのに、櫟(くぬぎ)の枯葉は、
春まで、枝にくっついたままです。
葉の付け根に、離層が作られません。
 
どうしてなのかと、議論するのが、
植物の好きな人たちの、酒の肴(さかな)です。
 
右下の紅葉は、錦木(にしきぎ)です。
 
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精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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