思い出 1680 東余杭路のビデオ

 
     youtubeから、パクッて来ました。
     日本人租界と言われた虹口区の中で、
     再開発が遅れて、
     昔ながらの民家の、多く残っている所は、
     表通りに、商店が並び、
     日本の商店街のようになっています。
 
     バス路線から、外れて、
     交通標識も、まったくありませんので、
     一般の自動車が、通り抜けることも、
     ありません。
 
子供の頃の、1950年代の、日本の都会に
似ています。
 
現代の、上海の東余杭路です。
 
日本の思い出と、違うところは、
遠くの高層マンションと、現代モデルの乗用車。
  
子供の頃は、ミゼットの時代でしたから、
高級な自動車が、
住宅地の商店街に、止まることは、
ありませんでした。
 
車の数も、少なく、
東京や大阪は、まだ、のんびりしていました。
 
空は、煙だらけで、
川の水は、工場廃液のせいで、真っ黒。
運河を仕切り、下水処理を行ないましたので、
川の表面に、厚さ30cmぐらいの、
うんこの茶色い泡が、
薬剤のせいで、スポンジ状に固まりました。
石を投げると、簡単に穴が開(あ)き、面白かった。
 
このビデオの背景に、昔の日本と、似たような
社会問題がありますが、
中国には、下肥(しもごえ)文化がありませんので、
時代の移り変わりは、日本よりも過酷です。
  
1960年代に、肥(こえ)たごを担いで、
歩道橋を渡る羽目(はめ)になるなんて、
愚の骨頂でした。
 
1950年代の日本では、まだ、商店の建物に、
ショーウィンドーやアルミサッシが、
ありません。
たぶん、商店主が、ここに住んでいます。
 
交通標識がなく、
センターラインや横断歩道の、無い道路。
 
舗装は奇麗で、歩道もありますから、
わたしの子供時代よりも、進歩的です。
 
当時の日本は、土の道でした。
アスファルトは、都会のオフィス街だけ。
 
涙の滲(にじ)む思い出の町を、
わたしのために、保存してくれないかしら。
 
上海に行くと、
子供の頃の日本が、生きているので、
病(や)み付きになります。 
 
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精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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