秋の公園、また 1677

昨日(2014-11-20)の公園を、違う角度から。
ポーチの中に、タバコサイズのカメラを入れて、
持ち歩いています。
 
今のデジカメは、
ISO3000ぐらいの感度にして、写しても、
見分けがつきませんので、
都会の夜景でしたら、三脚無しでも、大丈夫です。
 
これだけ、高感度になっていたのを、
知りませんでしたので、
レンズの太いカメラを、探しましたが、
けっして、無駄になったわけで、ありません。
 
デジタル処理により、背景や近景を、
模様のように暈(ぼか)そうとしても、
距離による違いを、再現するのは、難しいみたい。
 
高感度のお陰で、細くて暗いズームレンズでも、
超望遠が実用になり、
定年退職後の男性や、コスプレの女の子たちが、
似たような長さと太さのズームレンズに、
一眼レフをつけて、
秋の公園を、彷徨(うろつ)いています。
 
わたしのデジカメは、
大きなレンズの付いた機種の、スマホや携帯電話と、
どう違うのかしら。
 
電車に乗ると、半数の人が、
スマホを弄(いじく)っています。
ほとんどが、新聞の代わりでなければ、
友達と、だべってるだけみたい。
買った限りは、使い方に習熟しなければ、
損するでしょう?
 
昔も、男性なのに、女の子みたいに、
ライターや腕時計などの、持ち物に凝(こ)るのが、
流行(はや)りました。
 
大昔から、女性は、そうでしたから、
人間のやることって、
人殺しと生殖でなければ、あほです。
 
Twitter や Facebook や LINE なども、そう。
インターネットのポータルサイトの、
ニュースや記事も、
昔の、クチコミの迷信や、
マスコミの噂(うわさ)などと、さして違いません。
 
中身は変らないのに、通信手段が増幅しますので、
ハウリング howling を、起こしやすい。
 
なんで、女の子のお化粧やファッションみたいに、
男が、ライターや腕時計を、持ち歩いたのかしら。
用も無いのに、重たい。
 
スマホや携帯電話も、そう。
日本は、電話線が、国の隅々(すみずみ)にまで、
張り渡されましたから、
携帯電話なんか、必要なかったのに…
 
公衆電話がなくなり、不便になりました。
最大の苦痛は、携帯電話のせいで、
しょっちゅう、呼び出される羽目(はめ)に、
なったこと。
わたしは、御用聞きでない。
 
山下清氏みたいに、どこかを、ほっつき歩いて、
みんなに捕捉されないのが、一番気楽です。
行方不明が、良いのに…
 
コンピュータによる通信手段の目的は、
もちろん、みんなと一緒のことの、出来ない奴を、
炙(あぶ)り出したり、
燻(いぶ)し出したりすることです。
 
ソ連と日本経済が、潰(つぶ)れて、
携帯電話やインターネットが、普及したのと同時に、
日本の性転換医療が、公然化されたのは、
ナチスドイツの優生医療と、同じ手順の流行です。
 
奇麗に間引かれますので、尼崎事件や性転換などは、
バブル以後の日本社会の、頂点を目指している、
と言っても、構いません。
 
ユダヤ人や精神障害者などを、
絶滅させようとしたナチスの運動の、典型ですから、
ネオナチズムです。
 
だれも、警察に、助けを求めずに、
だれにも、阻止されずに、
どうして、事件が進行したのかが、わからないって、
尼崎事件の時に、
警察官僚が、首を傾(かし)げていました。
 
あほです。
人口の8割を超える社会の底辺は、
いつの時代も、これでした。
その警察官僚や、
大手のマスコミに就職した大学卒の人たちなどが、
論理や事実を、知る能力がないのに、
共食いのように、
論理や事実を、口実にして、社会の管理職になると、
自分の属している社会や、頭の中が、
尼崎事件であることに、気づきません。
 
当たり前の日常茶飯が、
いつものように、起こっているだけなのに。
 
インターネットの、
泥棒や火事の、ニュースや記事を、見て御覧。
事実であることを証明する手順が、ありません。
 
嘘や間違いの可能性を、顧慮しないで、
事実であることを、信じさせようと、しますから
証拠を捏造してまでも、
事実であることを、証明しようとした小保方さんは、
桁違いに良心的です。
 
この世の中は、
嘘や間違いや噂(うわさ)や迷信や妄想や幻覚などで、
成り立っているのに、
どうして、無条件に事実であると、
信じさせようとしたり、
事実であることを、証明しようとしたり、
するのかしら。
 
日本やアメリカ合衆国などの、
フランス革命の手下の憲法には、
唯物論で行くとか、科学主義で行くとかって、
書かれていません。
ナチスドイツやソ連は、科学主義を標榜して、
潰(つぶ)れました。
 
どうして、マスコミが、事実の証明を欠くのかは、
簡単です。
ジャーナリストのほとんどに、
論理や事実を、知覚する能力が、ありませんから。
 
そんなもん、学校の試験で、
嫌(いや)と言うほど、わかっているのに…
 
論理能力は、1才を超えると、まず向上しません。
論理がわからなければ、事実を類推できないのは、
当たり前です。
あほの一つ覚えや、丸覚えで、行かんと、
しょうがない。
 
裁判官の判決文を読めば、
裁判官に論理能力がないって、よくわかります。
 
能力がなければ、仕方ないのは、
犯罪や、精神の病気と、同じなの。
 
あほの一つ覚えや、丸覚えって、
情報の伝達と、権力の、仕組みです。
コンピュータも、そう。
 
普通の公園の秋ですが、
もう、紅葉(もみじ)が、
色褪(いろあ)せて来ました。
 
季節の移り変わりを、
権力の仕組みや、コンピュータと、同じであるって、
言えば、笑われるでしょう。
 
わたしは、殺されるから、言いませんけれど、
山下清氏は、言ったかも、知れません。
 
         ***          ***
 
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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