オー・ソレ・ミオ 1664 フランコ・コレルリ

 
     【'O sole mio】 わたしの太陽
     テノール : Franco Corelli コレルリ
 
        ***          ***
 
Che bella cosa è na jurnata ’e sole,
     What a beautiful thing is a sunny day!
 
n’aria serena dopo na tempesta!
     The air is serene after a storm,
 
Pe’ ll’aria fresca para già na festa...
     The air is so fresh that
     it already feels like a celebration.
 
Che bella cosa na jurnata ’e sole.
     What a beautiful thing is a sunny day!
 
 
Ma n’atu sole cchiù bello, oi ne’,
     But another sun that's brighter still,
 
’o sole mio sta nfronte a te!
     It's my own sun that's upon your face!
 
’o sole, ’o sole mio, sta nfronte a te,
     The sun, my own sun, it's upon your face!
 
sta nfronte a te!
     It's upon your face!
 
 
 
Quanno fa notte e ’o sole se ne scenne,
     When night comes and the sun has gone down,
 
me vane quasi ’na malincunia;
     I almost start feeling melancholy;
 
sotta ’a fenesta toia restarria
     I'd stay below your window
 
quanno fa notte e ’o sole se ne scenne.
     When night comes and the sun has gone down.
 
 
Ma n’atu sole cchiù bello, oi ne’,
     But another sun that's brighter still,
 
’o sole mio sta nfronte a te!
     It's my own sun that's upon your face!
 
’o sole, ’o sole mio, sta nfronte a te,
     The sun, my own sun, it's upon your face!
 
sta nfronte a te!
     It's upon your face!
 
 
 
     毎度お馴染みのカンツォーネで、
     すみません。
 
     一番最後の声を、
     上の上のC(C5;523Hz)で、歌ったのは、
     コレルリだけと、思います。 
     楽譜は、G4;392Hz です。
 
     わたしの若い頃の、テノール歌手は、
     ユシ・ビョルリング、デル・モナコ、
     ディ・ステファノ、コレルリ、
     ニコライ・ゲッダなどの、時代でした。
 
     すでに、功成り、名を遂げて、
     全盛期を、過ぎようとしていました。
 
     パバロッティや、ドミンゴや、
     カレラスや、クラウスや、アラガルって、
     まだ、うんと若かったので、
     彼らの声を聞き、発声を学んだことは、
     ありません。
 
     一応、ニューヨークのボイストレーナに、
     教えてもらったことがあるので、
     年齢が近いと、ライバルの気持ちに、
     なりました。
 
     ニューヨークの、
     ビクター・フックス Viktor Fuchs 先生は、
     テノールの、
     ティト・スキーパ Tito Schipa を、
     理想的な発声法と、仰有いました。
 
     わたしは、第二次世界大戦の終わった後に、
     生まれましたので、
     マイクやスピーカのない時代の、
     19世紀の発声法が、
     いつまでも通用するとは、
     思いませんでした。
 
     先生の耳に入ると、破門されるので、
     誰にも、言いませんでしたが。
     
     オペラ歌手が、
     PA(ピーエー Public Address)と
     言われる放送設備を、
     内緒で使っていたのは、
     当時から、公然の秘密でしたが、
     オペラの観衆や、
     クラシック音楽の聴衆は、今でも、
     オペラは、マイクやスピーカを使わないと、
     信じています。
 
     パバロッティのような、一流歌手が、
     堂々と、自分はマイクを使っていると、
     吹聴(ふいちょう)していただけでなく、
     オペラ歌手の喉を守るために、
     積極的にマイクを使う運動をしていると、
     言っていたのに、
     それでも、世間の人は、
     オペラ歌手はマイクを使わないって、
     知ったかぶりをしました。
     今も、そうです。
 
     ビクター・フックス先生の教室で、
     コレルリやパバロッティのような、
     一流歌手に、出会いましたが、
     挨拶を交わすのが、精一杯でした。
 
     日本人が、オペラを歌うなんて、
     欧米白人が、
     歌舞伎を演じるようなものですから、
     真面目(まじめ)に話せるわけが、
     ありません。
     みんなが、お腹(なか)を抱えて、
     笑うのに、決まっています。
     
     当時の黒人が、白人と一緒に、
     お店に入れなかったように、
     日本人も、真珠湾を攻撃したので、
     原爆を落とされましたから、
     笑い者でした。
 
     イタリア人は、
     日本と同盟国であったことを、
     知らないだけでなく、
     民族の意識さえ、見当がつかないのに、
     なんで、ケロイドの日本猿が、
     オペラを…と、
     わたし自身が、疑問に思い、
     ニューヨークを離れました。
 
     アメリカ合衆国も、ヨーロッパも、
     南米も、嫌(いや)になりました。
 
     今も、そうですが、イタリア人って、
     スペイン語がわかりますから、
     シチリアマフィアは、
     中南米の麻薬を、売り捌いていました。
 
     シリア・イラクのイスラム国と並ぶ
     メキシコの麻薬組織の残虐性って、
     オペラを楽しむ人たちの気持ちに、
     似ています。
 
     日本人は、それが、わかりません。
     ローマのコロセウムと、同じなのに…
 
     声の質は、
     頭蓋骨の形で、決まりますから、
     わたしたちが、良い声と思うのは、
     ギリシャ・ローマの、
     エステティックです。
     
     ラジオの声を聞き、顔を知らなくても、
     この声は、誰々に似ている、と思えば、
     後(のち)に、100%に近い確率で、
     瓜(うり)二つであると、わかります。
 
     日本人が、オペラの発声を、真似るのは、
     滑稽ですが、
     欧米にも、歌舞伎を真似る人が、
     いるように、
     オペラって、お金持ちの遊びなの。
 
     どうして、黒人が、オペラを歌い、
     黒人の女の子が、
     シンデレラに憧れるのかしら。
     どうして、
     日本人が、性転換をするのかしら。
 
     昔は、お笑い草でしたが、
     今は、人種差別を克服したと、
     言われます。
 
     事実の知覚や論理は、
     権力を表わしていると、言っても、
     構いませんし、
     測っていると、言っても、構いません。
 
     科学技術と、黒船や原爆が、直結するのは、
     当たり前なの。
 
     けっして、
     科学技術の使い方が、悪かったから、
     鉄砲や原爆のように、
     悪用されることも、あるのでは、
     ありません。
     
     俺は権力だから、
     俺の言うことを聞けとか、
     多数派だから、正しいとかと、
     言う代わりに、
     事実だから、間違いないと、言えば、
     便利でしょう?
 
     目や皮膚や耳は、
     事実を知るためにあるのでなく、
     昔の人は、
     神樣や、善悪を知るためにあると、
     考えました。
 
     統合失調症の人は、
     他人と通信するためにあると、言います。
     事実は、
     通信手段や、その具体的な中身に、
     すぎないそうです。
     意味を、理解しなければ、いけません。
     
     科学技術が、未来の事実を予言して、
     当たるのは、論理と同じです。
 
     権力が、変わらなければ、
     みんなの事実は、権力の思い通りに、
     作られます。
     数学やコンピュータの仕組みと、
     同じです。
     
     ニューヨークやフィラデルフィアで
     暮らして、
     小学生や、精神の病気の人にも、
     わかることが、
     IQ60の知的障害と、マッカーサーに
     言われた日本人にも、
     わかって来たので、
     わたしは、フックス先生の元を去り、
     オペラを諦めました。
 
     ちょうど、その頃に、
     コンピュータが、ビジネス用に
     実用化されましたので、
     記号論理学が、
     お役御免のお払い箱に、なりました。
 
     ようするに、事実を作る人間の仕事を、
     コンピュータに、肩代わりさせるための、
     下拵(したごしら)えを、
     電信の実用化から、
     コンピュータの実用化までの間に、
     記号論理学が、行ないました。
     数学と論理学の、
     合いの子みたいな奴です。
     
     わたしの知り合いの日本人が、
     フックス先生の孫娘の、
     数学の家庭教師をしていました。
 
     わたしも、
     数学や物理化学が、大好きでした。
     簡単に、100点満点を取れますから、
     眠りたい時に、すぐに眠れました。
     
     当時の学校の試験は、記述式でしたので、
     英語や国語は、
     先生の好みにより、採点されました。
 
     歌と同じですから、眠りながら歌えば、
     このブログのように、怒られます。
 
     仕事と遊びの、二股は困難でした。
     
     ついでに言いますと、
     数学や物理化学のように、
     絶対に間違いのない正解がある、
     と思うのは、
     事実があると、思うのと、同じように、
     定義しているだけなの。
 
     知覚が、それをしているから、
     論理法則と、言われます。
 
     みんなの定義を決めるのが、
     権力でなければ、
     何であると、言うのかしら。
 
     論理法則って、
     変更不能になった体や珊瑚礁のように、
     ご先祖様の判断の、
     道筋(みちすじ)です。
     昔の権力の名残(なごり)と、言っても、
     構いません。
 
     宗教では、神樣と言いますが、
     生物学では、単細胞のあほです。
     わたしたちは、
     あほから、逃(のが)れられません。 
 
     判断の道筋を知れば、
     判断の組み合わせがわかりますから、
     採用されなかった組み合わせに、
     どのようなものがあったかも、
     ある程度は、わかります。
 
     健康な体がわかれば、
     病気も、わかるようなものです。
 
     採用されなかった枝分かれの、
     そのまた枝分かれは、
     推測できませんから、
     判断の組み合わせは、
     枝分かれの回数だけが、大切でないかと、
     疑われます。
   
     脳みその神経の枝分かれは、
     一々、特定の意味があるのでなく、
     コンピュータの汎用性と、同じように、
     どのような意味にも、解釈できます。
 
     同じハードウェアに、
     違うプログラムを入れれば、
     別の使い道が、出来るように、
     違う事実を作れば、別の人格になったり…
 
     統合失調症では、当たり前です。
     みんなの事実よりも、
     自分勝手な事実を、大切にしますから。
 
     性別違和を訴え、性転換をする人にも、
     その傾向があります。
     権力の言うことを、聞きません。
 
     そのくせに、
     病人用の、権力の言うことを、聞きます。
     権力のほうが、融通を効かして、
     二股を掛けていますから、
     忙しくなると、ガス室に送られます。
 
     年金も、お金が足りなくなると、
     支給開始の年齢が、遅くなります。
     詐欺ですけれど、
     もっと、お金が足りなくなると、
     1円も返さずに、倒産します。
 
     年金って、国債を買わされていたのかと、
     今頃、気づいても、遅い。
     日本は、もう、二度と立ち直りません。
     
     ナチス・ドイツも、戦争で忙しくなると、
     精神障害者を焼却しました。
     
     殺し合いをしているのに、
     捕虜に食事を与えて、見張っている兵士は、
     敵が攻めて来た時に、
     どうすれば良いのかしら。
 
     敵は、戦闘の場で、全員殺す。
     そうでなければ、戦争になりません。
     一々、敵の負傷を、手当しながら、
     食事を与えて、監視をしていたのでは、
     次々に押し寄せて来る元気な敵と、
     戦えません。
     この忙しい時に…
 
     殺し合いの最中に、
     性転換なんか、している場合でない。
     言うことを聞かん奴は、
     皆殺しに、してしまえと、
     社会の底辺の人たちは、言います。
 
     性転換をする人たちも、
     その社会の底辺の、お仲間ですから、
     お目出度い。
 
     共食いなので、戦争に決まっていますが、
     底辺だけでなく、上のほうまで、
     日本は、共食いになりそうな、勢いです。
 
     昔のナチス・ドイツも、
     伍長が、総理大臣になったように、
     バブル以後の日本は、
     頭の良い人が、政治家になりません。
     漫才師やアナウンサーの仕事なの。
     
     皆殺しにされるのは、
     嫌(いや)だもんね。
     いつでも、走って逃げられるように、
     準備をして置かなければ、いけません。
 
     ナチスが台頭した時代に、
     たくさんのドイツ人が、
     アメリカ合衆国に、移住しました。
 
     日本人が、
     簡単に、外国に移住できるように、
     外国と、条約を結んで置いたほうが、
     良い。
  
     移住を、目的にして、
     外国語を、教育するよりも、
     日本国が、
     アメリカ合衆国の州になるのが、
     日本人の気持ちを、
     一番よく、反映しています。
     
     日本を、
     アメリカ合衆国にしてくれないので、
     仕方なく、移住するように、
     性転換をするようなものかも、
     知れません。
 
     
     

     
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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