シリブカガシの花 1646 精神の病気の悪化と、性転換

日本に自生するブナ科 Fagaceae のうちで、
秋に咲くのは、尻深樫(しりぶかがし)だけです。
 
ブナ科って、どんぐりの成る木です。
実(み)に、
殻斗(かくと)と言われるお椀(わん)があります。
 
栗(くり)のように、
お椀が、果実全体を、覆(おお)っていたり、
栗や櫟(くぬぎ)のように、
いがいがや、もじゃもじゃで、あったりしますが、
だいたいは、奇麗な食器のお椀の形です。
 
殻斗って、総苞(そうほう)ですが、
苞(ほう)は、花や花序の、付け根の葉っぱです。
蕾(つぼみ)や新芽の頃に、
花や花序を包み、守っています。
 
タンポポの花の、すぐ下に、花を受けて、
たくさんの苞が、萼(がく)のように、
付いています。
全部を纏めて、総苞と言い、
一つ一つを、総苞片と言います。
 
タンポポの花は、たくさんの花の集まりが、
一つの花のように見えますので、
萼が、花を受けているのでなく、
総苞が、花序を保護しています。
 
あの総苞が、栗(くり)のイガや、
櫟(くぬぎ)のモジャモジャや、
どんぐりの殻斗(かくと)と言われるお椀と、
同じような役目の、葉っぱの変形です。
 
日本に自生するどんぐりの成るブナ科の中で、
秋に咲く樹木は、尻深樫(しりぶかがし)だけです。
 
細長いブラシのような花枝(かし)が、
雄花序(ゆうかじょ)ですが、
粒々(つぶつぶ)の付いている花枝は、
雌花序(しかじょ)です。
3個ぐらいの花が、一つの粒に見えます。
 
雌花(めばな)ですから、
どんぐりが、鈴なりに付きます。
 
日本のブナ科では、マテバシイ属 Lithocarpus の、
マテバシイとシリブカガシの雌花序だけが、
雌花の粒々が、何段にも付きます。
他のブナ科の雌花は、1段限りです。
 
雌花序の先端が、雄花序になるのは、
ブナ科の普通ですから、
雄花序の根本(ねもと)に、雌花が付くと言っても、
構いません。
 
どんぐりが、何段にも、尾状に付いていれば、
マテバシイ属です。
秋に咲くブナ科は、
シリブカガシしか、日本に自生していません。
 
       ***          ***
 
知能が低ければ、統合失調症にならないと、
書きましたら、
知能の低い人の、妄想や幻覚を知っていると、
反論してくれた人がいます。
 
そりゃあ、そうでしょう。
 
世間一般の成人に、
中学校の国語の読解力試験を受けてもらっても、
成績は中学生と同じです。
 
成人の8割の人は、
マスコミの泥棒や火事のニュースの、
あらすじを理解できません。
 
それでも、だいたいの話が、通じます。
 
中学校の試験って、
論理的なあらすじを、尋ねますが、
世間話に、論理は不要です。
 
こっちとあっちを、繋げば、用が足りますから、
神経と同じです。
 
枝分かれが多いと、
道に迷うように、記憶の場所を、忘れますが、
コンピュータは、
記憶の中身の、判断のマルペケだけでなく、
記憶の場所を、マルペケで表示しますので、
道に迷いません。
 
人間も、実際に通った道筋を、忘れることは、
新聞配達のように、たった1度の配達でも、
1000軒に数軒くらいしか、ありません。
 
記憶の、中身と場所の、マルペケは、
同じ仕組みですから、
ありあわせの枝分かれを使い、
ありもしない枝分かれを、記憶することができます。
 
脳の枝分かれの内の、人間に特有の部分は、
動物の進化の枝分かれの先に、あるのに、
進化の歴史には、発達しなかった枝分かれや、
失われた枝分かれが、たくさんあります。
 
それらの、ありもしない枝分かれを、
人間特有の枝分かれを使い、
シミュレートするように、記憶することができます。
 
神経の枝分かれって、
判断のマルペケの枝分かれですから、
人間の脳の役目は、
判断の、組み合わせや分類や整理です。
 
現実の、限られた形と数の、枝分かれを使い、
たくさんの組み合わせを記憶するために、
現実の枝分かれの場所と、
想定される枝分かれの場所を、
マルペケの羅列で示して、
記憶の場所を、やり繰りします。
 
この場所は、あの場所を、シミュレートしています。
 
現実の枝分かれの場所を、特定すれば、
判断のマルペケの手順を、記憶できますが、
現実の枝分かれと、架空の枝分かれとの、
やり繰りも、記憶しなければいけません。
 
コンピュータは、そのことを、
記憶の場所と、記憶の中身と、言い分けますが、
実際に使用される枝分かれの道筋が、
架空の判断の組み合わせの中の、
特定の組み合わせを示す、という意味です。
 
動物の脳では、
個体の神経の枝分かれと、体や社会との関係に、
相当します。
動物の脳の神経の枝分かれは、
体や社会の仕組みを、シミュレートしています。
 
人間の、文化や事実は、地図のように、
脳の中の、神経の枝分かれに、格納されますので、
みんなの生活を、学ばなければ、
記憶の仕方が、みんなと異なり、
妄想や幻覚と、言われます。
 
情報の分類や整理の仕方が、みんなとズレて、
汎用性がなくなります。
 
みんなの文化のほうも、
嘘や間違いや迷信や噂(うわさ)で一杯ですから、
流行文化は言うまでもなく、
事実も、妄想や幻覚の一種と、言えますが、
みんなと一緒でしたら、王様です。
 
嘘や間違いや迷信や噂などでない事実は、
ありませんから、
科学技術や科学捜査や先端医療などは、
おめでたいものの代表かも、知れません。
 
みんなが、それを信じていれば、
何の破綻(はたん)もなく、
素晴らしいものの典型と、言われます。
 
知能が低ければ、妄想や幻覚と言われるような、
独自の整理の仕方を、工夫できないだけでなく、
支離滅裂と言われるような、不規則な判断も、
不可能です。
 
わざと、みんなと一緒を、拒否できるぐらいに、
知能が高くなければ、統合失調症になりませんから、
統合失調症は、
ただの、考え方や生き方の違いでないかと、
疑われます。
 
そのせいで、責任能力がなくなるのは、
文化的な価値観のせいで、
遺伝的素質の組み合わせが、品種改良されるのと、
似たような意味です。
 
性別違和を訴え、性転換を実行する人たちは、
精神の病気でなく、
考え方や生き方が、みんなと違うって、
主張しますが、
みんなと一緒を拒否すれば、統合失調症になり易い。
 
孤立すると、心の負担が、大きくなります。
IQ135以上ですと、統合失調症にならないって、
主張する人もいますが、
145や、155でも、統合失調症になった例を、
知っています。
 
統合失調症は、
わざと、みんなと一緒にならないように、
記憶の中身を、独自の仕方で整理しますので、
精神の病気の王様のようなものです。
 
性別違和を訴え、性転換を実行する人たちは、
個性的な考え方や生き方を、標榜しますので、
知能が高ければ、統合失調症の嫌疑が掛かります。
 
実際に、人格障害よりも、症状の悪化する人は、
多くありませんが、
どこまで、症状が悪化するかは、
日常生活だけでなく、乳幼児の頃を見ていなければ、
予想できません。
 
三島由紀夫氏は、同性愛者であっただけでなく、
異性装や性転換をする人たちと、
交際をしていましたが、
切腹をして、自分の腸を引っ張り出すことに、
憧れていました。
 
そうすれば、みんなに尊敬されると、
予想していました。
そんなことをすれば、気違いと、言われるのに…
 
性転換をする人の中にも、
それを打ち上げれば、みんなに尊敬されると、
思っている人が、たくさんいます。
 
性転換という凄い話題の張本人になれば、
馬鹿にされることもなくなり、
みんなを見返してやれる…
 
なんとなく、三島氏の切腹に、似ていません?
切腹や性転換の代わりに、
一流大学の医学部に、入学する人もいます。
 
三島氏は、小説を書くこと自体が、
腹わたを、引っ張り出すことでしたが、
お医者さんになり、他人の腹わたを、
千切って来る人もいます。
 
精神の病気の中でも、体や脳の器質に、
原因となる病変の発見されない種類と、犯罪って、
似ています。
 
道頓堀プールを提唱する人も、
世界の人が驚くことを、しなければいけない、
と言います。
あほです。
 
だから、性転換って、
それを売り物にして、生計を立てられる人しか、
うまく行かないって、言っているのに…
ただの打ち上げ花火ですけれど、
花火の図柄は、生まれつきかも知れません。
 
性転換をしないで、性ホルモンを使わずに、
カミングアウトをしないで、
LGBTの運動だけにするのが、賢明です。 
 
 
 
 
  
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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