ナツメの実 1563 科学主義や科学技術立国の、滑稽

棗(なつめ)の実が、赤く熟す頃には、
みんなに取られて、なくなっています。
 
Chinese Date と言われますが、
中国や日本などの、
雨のよく降るモンスーン地帯では、
林檎(りんご)や梨(なし)のような味の、
みずみずしい果実が、実(みの)ります。
 
形は、
デーツ date と言われる棗椰子(なつめやし)に、
似ていますが、
味も、そうなのかは、知りません。
 
原産地は、中央アジアですので、
乾燥すれば、
デーツの味に、近くなるのかも知れません。
 
一般に、甘い液果は、熟した後に落下しなければ、
渋柿のように、木に着いたまま、甘くなり、
やがて乾燥します。
 
砂漠のように、
鳥がいなければ、鳥に、もぎ取られずに、
乾燥した気候や、秋の気温が低下しなければ、
離層が発達しないうちに、
組織が枯死するのかも知れません。
 
榎(えのき)や椋木(むくのき)の液果も、
木に着いたまま、干し柿のようになりますが、
美味しくなる頃には、鳥に食べられます。
 
棗椰子(なつめやし)のデーツも、
鳥に食べられないように、網を掛けて、
生食するのでなければ、
完熟しないうちに、収穫します。
 
エチレンガスに浸して、追熟や渋抜きを行ない、
皮を剥(む)き、乾燥すると、
棗も、棗椰子(なつめやし)も、渋柿も、
似たような、干し柿の味になります。
 
乾燥しない時期の、熟した棗椰子の実を、
生食したことがありませんが、
その時期の棗は、みずみずしい林檎の味です。
 
野生の実は、虫が多いので、
中を割り、よく見てから、食べて下さい。
たいていの虫や卵は、人間の胃の中で、死にますが、
お刺身の寄生虫や、人間の精神の病気のように、
生きているのに、食べられるのは、可哀想です。
 
ロボトミーや抗精神病薬や性転換や
虐(いじ)めや犯罪などは、
動いているのが、見えます。
 
海豚(いるか)や鯨も、可哀想と言うと、
怒られますが、
竹輪(ちくわ)や蒲鉾(かまぼこ)を
売っているお店って、
わたしの子供の頃には、まだ、商店街の店先で、
商品を作っていました。
 
店頭に並んでいるお魚の中には、
ぴんぴん跳ねているのが、一杯いました。
海豚(いるか)も、まだ生きていましたけれど、
目の前で、竹輪や蒲鉾になりましたので、
可哀想でした。
 
うちの家でも、飛び跳ねている魚を、締(し)めて、
腹わたを取り、まな板の上で、お刺し身にするのは、
わたしですが、
海豚(いるか)は、人間みたいに大きいので、
手に負えません。
 
精神の病気の人の、知能の中身の傾向も、
生まれつきのものが、
病気に関係していると思いますが、
顔や体の見てくれと、論理や事実の知覚との、
エステティックな関係が、非常に大きい。
 
それを、生まれた後の、社会の文化的な事情と、
言うべきでしょうか、
それとも、
生まれる前の、体の事情と、言うべきでしょうか。
 
ドイツでは、豚や牛を、
農家が、自宅でソーセージにしていましたが、
あんなにたくさん、食べるのでしょうか。
ドイツ人って、可哀想だなあと、思いました。
豚になるもん。
 
寒くて、野菜の少ないせいですが、
品種改良された人間の、遺伝的素質のせいとも、
言えます。
 
        ***          ***
  
事実や論理や知覚などの、形而上学は、
コンピュータの、ハードウェアの設計や、
ソフトウェアのプログラムを作る考え方と、
同じと言っても、構いません。
 
コンピュータの仕組みは、
家畜や作物を、仕分けして、
品種改良をする考え方に、似ていますから、
ダックスフンドやデーツの味わいは、
形而上学なのかしら。
 
     19世紀の初めに、
     電信が実用化された時に、
     電話回線網や、電話交換や、
     ラジオやテレビや、インターネットに、
     よく似たものを、想像したのは、
     コンピュータを
     設計するようなものでした。
 
     その100年後の、第一次世界大戦の前の、
     アルフレッド・ホワイトヘッドと、
     バートランド・ラッセルの、
     『数学原理』 Principia Mathematica を
     読めば、
     昔の想像の中身が、よくわかります。
 
     第二次世界大戦の直後に、
     コンピュータが完成して、
     21世紀の初めの、現在では、
     科学技術の考え方を、
     ロマンティックな考え方と、
     別物のように、理解する人が、
     日本人に、多いかも知れません。
 
     彼らの著述の通りに、
     数学の間違いと言っても、良いのですが、
     アメリカ合衆国の、
     経済のグローバル化政策により、
     ソ連と日本が、狙い撃ちにされて、
     潰れたみたいに、
     まだ生き残っているロシアと日本の、
     間違いと言っても、構いません。
 
     どうして、日本は、
     アメリカ合衆国の、51番目の州に、
     なりたいと、言わないのかしら。
 
ウクライナに墜落したマレーシアの民間旅客機が、
ミサイルにより撃墜された、という証拠は、
ありません。
ロシア民族の軍事組織により、撃墜された、
という証拠も、ありません。
 
ウクライナ政府は、
ロシアの軍事組織の通信を、傍受した、として、
その内容を、発表しましたが、
捏(でっ)ち上げでない、という証拠は、
ありません。
 
戦争をしているのに、
軍事情報を、正直に発表する政府なんて、
ありません。
どうして、日本のマスコミは、
ウクライナ政府の発表を、
鵜(う)呑みにするのかしら。
 
NATOとロシアは、軍事的に敵対していますので、
嘘の付き合いの、宣伝合戦になるのは、
当たり前ですが、
日本がNATOに加担して、ロシアに制裁をするのは、
ドイツやイタリアの同盟に加担して、
真珠湾を攻撃する羽目になったのに、似ています。
 
ボスニア・ヘルツェゴビナの時も、そうでしたが、
異なる民族が、入り混じって暮らせば、
場所により、民族の比率が異なり、勢力も違うのは、
当たり前です。
 
少数民族が、多数派の民族を支配するのは、
不可能ですから、
多数派を維持している地域から、仲間を呼び寄せて、
少数派が多数派になろうとするのは、
民族の浸透圧のようなものかも、知れません。
 
戦争の虐殺も、数学やロマン主義も、
似たようなものであるって、
科学主義や科学技術立国を掲げたソ連や日本経済が、
枕を並べて死んだのを見れば、よくわかります。
 
マルクス・レーニン主義や毛沢東思想って、
ロマン主義の末裔(まつえい)でしたから、
数学や物理化学と、よく馴染みました。
 
日本経済も、一緒に潰れたのは、数学や物理化学の、
論理や事実の知覚に、間違いがあったからです。
そのような品種改良の間違いを、
エステティックと言います。
 
     古代ローマの十二表法に、
     借金を返さない奴を、奴隷にして、
     肉を切り取っても、構わないと、
     書かれていました。
 
     コロセウムで、
     それをやっていましたので、
     ローマ市民は、公開処刑を見るのが、
     楽しみでした。
 
     今の、テレビやインターネットのような、
     娯楽ですけれど、
     シェイクスピアが、
     ベニスの商人を書いたように、
     昔のイギリス人も、
     舞台を見て、喜びました。
 
     肉1ポンドを切り取っても良いが、
     血は一滴たりとも、流してはいけない。
 
     ユダヤ人は、セム系の民族でしたが、
     アッシリアのネブカドネザルの
     奴隷にされた時に、
     ペルシャのキュロスに
     助けてもらいましたので、
     インドヨーロッパ人を、
     尊敬していました。
 
     十二表法には、
     顔や体の見てくれの不細工な奴を、
     殺さなければならないと、
     書いてありました。
 
     エステティックが、
     敵味方識別装置であるのは、
     古代インドから、一貫して、
     インドヨーロッパ文化の特徴でした。
 
     顔や体の、見てくれの違う奴を、
     嘲(あざ)け笑い、
     嬲(なぶ)り殺さなければいけないと、
     ちゃんと、憲法に書いてありました。
     市民の義務なの。
 
     日本は、
     その憲法を頂(いただ)いていますから、
     数学や科学技術のように、あほです。
     日本の総理大臣だけでなく、
     中国の国家主席も、見てくれにより、
     気張っている人かも、知れません。
 
     西ヨーロッパの人たちは、
     ロシア人を見て、
     顔が違うから、自分たちの仲間でないと、
     言います。
 
     ドイツ人とロシア人とイラン人の
     違いって、
     日本人には、なかなか、わかりませんが、
     東に行くほど、トルコ系の血が、
     混じります。
     ヨーロッパ人の中では、
     ロシア人が一番、日本人に近い顔です。
 
     漢民族と朝鮮民族と日本民族と
     モンゴル民族って、
     同じ顔や体の見てくれですが、 
     アイヌや沖縄の人は、違います。
 
     混血をすれば、
     すぐに、わからなくなりますから、
     数学や論理や
     エステティックや科学技術などは、
     どうして、混血を嫌うのかしら。
 
     ダックスフンドやブルドックのように、
     特定の品種の、血統書を付けるのは、
     コンピュータや民族浄化の、考え方です。
 
     性転換や性転換医療に、よく現れています。
 
嘘や間違いなどと、事実とを、
識別するコミュニケーションって、ありません。
 
ただ単に、意見を、篩い分けていますが、
文化を使えば、意見が、遺伝的な素質になります。
品種改良が、それです。
 
他人と、話をする時に、
もしも、あなたの言うことが、本当ならば、
という条件を、一々くっつけることに、
どのような意味があるのでしょうか。
 
自分の言葉にも、
もしも、わたしの言うことが、本当ならば、
という条件をくっつければ、
どれほどに、滑稽であるかが、すぐにわかります。
 
一語一語に、伝えられている事実や論理が、
嘘や間違いでないかって、真偽を確かめたければ、
たった10分間の会話のために、
最高裁まで行き、一生を費やしなければいけません。
 
わたしたちのコミュニケーションは、
嘘と間違いにより、成り立っていますから、
コミュニケーションを大切にする生き方が、
インドヨーロッパ文化の特徴であるのは、
言うまでもありません。
 
裁判所の判決文に、
噂(うわさ)や迷信や嘘や間違いしか、
書かれていないのは、当たり前です。
  
事実にも、
本当の事実と、嘘や間違いの事実があるように、
論理や知覚には、
嘘や間違いが一杯ですから、何をか言わんやです。
 
噂(うわさ)や迷信などの、
嘘や間違いの一種を、本当と言うのは、
妄想や幻覚や科学技術などに、
論理や事実と言われる知覚の仕組みが、
よく現れているのと、同じです。
 
健常な論理や事実が、
妄想や幻覚の一種であるように、
数学や科学技術やコンピュータって、
ただの血統書付きの、品種の一種なのに…
 
共通点を纏めて、
違うものを同じであると、言うのなら、
纏められる前と、纏められた後では、
違う概念として、違う名前をつけなければ、
混乱します。
 
黒を白と言うのは、
黒と白には、共通点があり、同じである、
という意味ですから、
黒も白も、光や色であるから、同じである、とでも
言って置けば良いのに、
いきなり、黒ならば白であると、来ます。
 
それが、事実の知覚や、数学の定義などの、
仕組みですから、
ようするに、記憶の場所が足りなかったり、
情報処理の速度が、遅いわけです。
 
     大脳皮質の神経細胞って、
     6階建ての層構造になっていますが、
     足りません。
 
     大脳の皺々を、一つ一つに分離して、
     皺と皺の間を、直接に、
     神経の軸索の束の、高速道路で結べば、
     良いのですが、
     昔に、大脳基底核が出来た時に、
     行ないました。
 
     大きな脳を、分割して使ったほうが、
     よく整理がつきますが、
     部分と部分の間の、連絡経路を作り、
     仕分け法を、開発しなければいけません。
 
     コンピュータを使ったほうが、
     楽ちんですから、
     お尻のほうに、
     コンピュータの差し込み口があれば、
     便利かもしれません。
     性交渉って、それなのに…
 
     性転換や、性転換医療を行なう人って、
     どうして、純潔を守ろうとするのかしら。
     民族浄化をするのかも、知れません。 
 
     性転換は、
     性転換医療を行なうお医者さんの、
     精神の病気が、原因ですが、
     知能が低い、と言うと、
     知能指数が高く、
     一流大学の医学部を出ている人の、
     どこが、あほなのかと、文句が出ます。
 
     世間一般では、
     顔や体の見てくれが、あほであると、
     言いますから、
     知能とエステティックの問題です。
     知覚が、みんなと違います。
 
     数学の好きな人は、
     ピラミッドの規則性に、
     人知を超えたものがあると、言います。
 
     論理法則や、事実の知覚などの、
     脳の神経や化学物質の、
     繋がり方やくっつき方は、
     品種改良の結果ですから、
     生まれつきの変更不能な素質が、
     文化的に作られたことを、
     自惚(うぬぼ)れます。
 
     オウムの麻原っていう教祖のように、
     自惚れるのと、他人を攻撃するのとは、
     同じです。
     性転換や性転換医療も、そう。
     エステティックに、よく現れています。
 
 
 
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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