日本に自生するサクラ属 Prunus の内の、
ブラシ状の総状花序になる種(しゅ)は、
上溝桜(うわみずざくら)と犬桜(いぬざくら)が、
よく知られています。
花序の柄に、葉が付けば、上溝桜と言われていますが、
ウワミズザクラ属 Padus というのを、設ける人もいます。
Padus は、
イタリアのポー川の名前に由来するラテン語らしいのですが、
どうして、ウワミズザクラの属名なのか…
Prunus 属でしたら、
李(すもも)の意味の、plum と同じ語源のラテン語ですから、
わたしにも、覚えられます。
覚えられない分類なんて、意味がないのは、
物事(ものごと)を、記憶できない論理なんて、
屁の突っ張りにもならないのと、同じです。
1000軒の新聞配達の、民家を覚える道筋って、
論理と同じ仕組みですから、
物理化学の理屈の通りに、科学技術を実行すれば、
未来の事実を、確かに言い当てることができるのは、
いわゆるトートロジーと同じです。
事実を作る科学技術が、役に立つと、確信されるのは、
新聞配達の要領に、似ていますけれど、
コンピュータの行なう仕事も、トートロジーの典型です。
赤い花は、赤いって、言っているだけなのに…
事実と言われる確信が、目で見て、手で触って、耳で聞き、
認識の中身として、知られます。
確信を知るって、変な言い方ですけれど、
自分で自分を騙(だま)すと言うか、
みんなの文化が、みんなを騙すと言うか、
コンピュータが、機械的に、情報処理を行なう仕組みです。
コンピュータは、疑いません。
人間も、幼年期以降の二足歩行や、事実の認識は、
自動機械のように行われるのが、健常です。
種小名の、grayana は、
19世紀のアメリカ合衆国の、Asa Gray という植物学者に、
由来しています。
人物の固有名詞は、意味を追求しても、覚えられませんので、
面白くありません。
ペリーが、日本に来た時に、収集された植物を、
本国の彼が、同定しました。
英語名は、Japanese bird cherry ですけれど、
この花に、鳥が群がっているのを、見たことがありません。
上溝桜(うわみずざくら)は、日本語の名前のほうが、問題です。
なんで、この漢字が、この読みなのか…
上澄桜や、上不見桜や、浮水桜などの、間違いでないのか。
古事記の波波迦(ははか)は、この木であると、
奈良県の神社や、宮内庁などが、言っているそうですけれど、
根拠がありません。
いつから伝承されている、という証拠もなく、
眉唾(まゆつば)のような、気がしないでも、ありません。
波波迦(ははか)って、
鹿や猪(いのしし)などの、ししの肩甲骨を焼き、
罅割(ひびわ)れを解釈する占いのために、
これを燃やして、骨を焼いたと、古事記に載っています。
樹木の名前である、という記述は、ありません。
獣の肩甲骨や、亀の甲羅などを焼き、
物事(ものごと)の判断の根拠としたのは、漢民族の文化です。
日本人は、その真似(まね)をしましたから、
中国や朝鮮半島で行われていた儀式の必需品の、
代用物かも知れません。
朝鮮語を知らないので、よくわかりませんが…
*** ***
統合失調症の人って、
乳幼児の頃から、みんなと一緒の価値観の、筋道がわかりません。
知能検査や学力検査を受けると、優秀かも知れませんけれど、
教えられたことの、筋道はわかるのに、
教えてもらえないことの、筋道を、理解できません。
どうして、知能検査の成績が良いのに、
統合失調症になる人がいるのかしら。
学力検査の成績って、
勉強をすれば、良くなりますけれど、
習ったことも学んだことも、なければ、
何も知らないのは、当たり前です。
石器時代の人に、
単語の綴りや、火薬類取扱保安責任者の試験を
受けてもらっても、零点に決まっていますから、
学力検査では、知能を測れません。
習ったり、学んだりを、したことがなければ、
聞いたこともない外国語を、
知っているわけがないのに、
昔の人は、ファウストを書いたゲーテは天才だから、
3才の時に、ラテン語をペラペラに喋れたと、
本当に信じました。
習ったり学んだりを、しなければ、知っているわけがないのに、
知能検査は、
生まれつきの賢さを、測っているかのように、錯覚します。
言葉って、
毎日聞いている言葉と、聞いたことのない外国語とでは、
能力が、全然違います。
目で見て、耳で聞いて、手で触って知る事実も、
毎日、見たり聞いたり触ったりして、学習しますから、
聞いたことのない外国語や、
学んだことのない火薬類取扱保安責任者の知識と、
似たようなものなの。
ゲーテやニュートンが、いくら天才でも、
学習の経験がなければ、あほです。
知能検査って、3才のゲーテが、初めて聞いたラテン語を、
ペラペラに喋り始めたような、伝説の能力を、測っています。
何が賢く、何をあほと、思うかって、
人それぞれの、価値観により、異なりますから、
共通の知能ってのが、あると、考えるのは、
品種改良された脳の、神経や化学物質の、
生まれつきに変更不能な、繋がり方やくっつき方が、
変更不能な、生まれつきの遺伝的な素質により、
人間の優劣を判定して、殺したり間引いたりするのと、
民主的な権力の由来とは、同じ意味になります。
たくさんの動物の種類の中から、人間を選ぶように、
たくさんの人間の中の、自分と同じでない奴を、
殺したり間引いたり、しているだけなのに、
民主主義や個性や善悪や論理などと、言うのは、
おこがましいと、
ほんとは、知能よりも、認識や行動が、
遺伝的素質により、生まれつきに決定されていると、
進化論は、主張しているかのようです。
分類って、お釈迦さんの得意ですけれど、
進化の枝分かれは、分類の通りであると、進化論は言います。
時間や空間や論理のような、認識の仕方が、分類ですから、
わたしたちが、他人と自分や、あれとこれなどを、
一つ一つの、別の物事(ものごと)であると、認識するのは、
もちろん、分類の結果です。
コンピュータに、
分類の仕方を、プログラムや変数として、
放り込むのは、人間ですけれど、
人間の脳味噌に、放り込まれるプログラムや変数は、
文化や物事(ものごと)などと、言われます。
物事って、認識の対象ですけれど、
いわゆる自然でなく、文化と同じでないかと、
疑われます。
文化は、コミュニケーションのための、
手段や媒体や方式のようなものですから、
認識の対象って、
自然や物事と言われるハードウェアでなく、
言葉のように、
コミュニケーションのための、ソフトウェアでないかと、
疑われます。
統合失調症の人は、物事(ものごと)を、
だれかが、そうしている、と理解します。
目で見たり、耳で聞いたり、手で触ったりして、知られる物事は、
自分と何者かとの、双方向のコミュニケーションの中身であると、
理解します。
事実が見えるのは、だれかと会話をしている、という意味です。
これって、その人の、経験的な考え方のようですけれど、
変更不能な生まれつきの、遺伝的な素質によるかも知れません。
物事は、すべて、自分や誰かの、言葉のようなものなの。
統合失調症の幻聴の仕組みって、
なんとなく、わかるような気がしません?
自分と、そうでない物事とを、区別しないで、
自然や他人や社会などと、一体になりたければ、
物事を、見たり、聞いたり、触ったりして、
事実といわれる認識の中身を、知るのは、
とても便利な、情報処理の手順です。
事実って、みんなと一緒の事実でなければ、
嘘や間違いと、言われて、
非難されて、叩かれて、殺されて、
間引かれて、笑われますので、
みんなに、信じてもらえるように、
みんなを、説得しなければ、いけません。
最初から、みんなと一緒の事実しか、
知ろうとしなければ、面倒臭い手間が省けますので、
とても便利です。
赤ちゃんの頃からの、習慣になっていれば、
自動機械のように、
みんなと一緒の事実しか、知ろうとしないくせに、
何の苦も、感じませんから、
男前が自慢の、絵描きさんのように、幸せです。
みんなの好むような、ありきたりのエステティックに、
自惚(うぬぼ)れるのでなければ、
絵描きさんって、精神の病気かも、知れません。
ゴッホやムンクだけでなく、
貼り絵の、山下清さんのような人も、いました。
ファッションモデルも、そう。
拒食症になって、死んでから、
お母さんが、わたしのところへ来ても、遅い。
絵描きさんや、フッションモデルのように、
みんなの事実と言われる種類の、ありきたりの認識の中身しか、
知ろうとしない認識の仕組みは、
自分と、そうでない自然や他人や社会などとの、
一体感の幸福に浸るには、便利ですけれど、
行動って、もしかしたら、磁石の北極と南極みたいに、
認識と、対極の仕組みかも、知れません。
二つの違う物事も、必ず、何かの共通点を共有していますので、
実は、同じ一つの物事である、という論理は、
自分と、そうでない物事との、一体感に浸るには、便利です。
認識の仕組みは、それですけれど、
行動の仕組みは、共通点を見つけ出すのでなく、
物事をぶち壊して、自分と同じ共通点を、作り出しますので、
素戔鳴尊(すさのおのみこと)です。
行動する奴がいるから、
わたしたちは、みんなと一緒の事実しか、認識しなくなりました。
みんなと一緒の事実を、認識するのが、しんどくなると、
統合失調症の人って、たいていは、行動に及びますから、
陽性症状と言われます。
初めて診断されるのは、それが多い。
しんどくなるって、老化と同じですから、
老人性の認知障害の中でも、
器質的な病変の発見されない種類って、
統合失調症の症状と、ほとんど同じです。
自分の思い通りの事実が、見えないのは、けしからん。
自分の脳味噌が、思い通りにならないのと、同じ意味です。
統合失調症では、生まれた時から、老化していますが、
生物の成長と老化って、発酵と腐敗みたいに、
文化的な評価丸出しです。
チーズやお味噌って、腐っているのでないかしら。
脳の内側と外側の、情報処理が、同じ意味でしたら、
認識と行動って、似たようなものかも、知れません。
自分の心の外の、体や他人や社会や自然などの、世界と、
自分の心って、同じ意味と、思いません?
科学技術って言われる行動と、脳味噌の認識の中身とは、
もちろん同じ意味です。
だから、数学や物理化学が、未来の一部を予想すると、
その通りの結果になります。
自分で定義をしたくせに、
科学技術の言い分を、間違いないと、確信するのは、
間抜けなような、気もします。
統合失調症の症状を、素晴らしいと言えないように、
GID(性同一性障害)の性転換を、推奨するわけにも、行きません。
世代交代の拒否って、自殺と同じなの。
何らかの方法で、生殖を確保しなければ、
心も社会も、糞詰(ふんづ)まりになります。
生殖を確保しない性転換って、言わばフライングなの。
有名なピアニストが、
今の自分の気持ちは、こうです、と言い、
即興で、ピアノを弾いたのを見て、
カスパー・ハウザーも、
今の自分の気持ちは、こうです、と言い、
ピアノを叩きましたが、手や指が、動きませんでした。
彼には、自分に弾けない理由が、わかりませんでした。
知能検査を作った人は、
自分の知能を、IQ155と言いましたが、
なんとなく、120の間違いのような、気がします。
カスパー・ハウザーの逸話(いつわ)を、
小学5年生の時に聞き、
わたしは、統合失調症に似ていると、思いました。
ロボトミーや抗精神病薬の、なかった時代には、
欧米の統合失調症の人って、
民家の地下室に、監禁されているのが、普通でした。
人間は、エステティックに、他人や自分の、優劣を知り、
あほと賢しこのように、文学的に表現するって、
だれも教えてくれません。
それどころか、学校教育は、その反対を教えます。
人権や法律などの、事実無根の妄想やお題目を、
正しいこととして、教え込みます。
学校って、宗教なのかしら。
優劣は、弱肉強食ってやつですから、
生物は皆、うかうかしていると、食べられるって、知らなければ、
食べられるのに決まっていると、欧米の進化論は言います。
本能は教えられないと。
人類の半数以上の人は、
論理がわかりませんから、権力者の言う事実を、類推できません。
自分なりに、事実を類推すれば、
統合失調症の妄想と、同じになるのは、
やくざや法律家や看護師さんや警察官などの、
社会の底辺の人たちを見るまでもなく、
数学が理解できなければ、論理的なことがわからないのは、
当たり前です。
学校の数学って、問題を読み終えれば、
考えなくても、自動機械みたいに、
解き方がわかりますけれど、
あれって、一生懸命に考えれば、
解き方がわかって来るのかしら。
知能検査って、
論理能力は生まれつきであると、言います。
脳の生まれつきの、変更不能な神経や化学物質の、
繋がり方やくっつき方って、
ハードウェアの論理ですけれど、
ソフトウェアのプログラムを使えば、
同じことを記憶して、実行できます。
新聞配達の道筋(みちすじ)を、一回で覚えるのは、
わりと、簡単です。
一般的に、町の中の道順って、たいていは、一回行っただけで、
二回目も、同じ所へ行けます。
道すがらの、1000軒の新聞配達の住戸も、
やっぱり一回で、ほとんど覚えてしまいます。
どうして、一回で記憶できるのかって、
わたしは、小学6年生ぐらいの時に、すごく疑問でした。
1000部って、2回に分けて、配るくらいの、物凄い量です。
それを1回で覚えるって、小学生には、信じられませんでした。
東京オリンピックの時に、テレビが普及すると、
NHKが、囲碁や将棋を、やっていました。
棋士の人たちは、盤面を、一回見ただけで、
しっかりと、記憶していましたので、
貼絵の山下清みたいだなあと、感心しました。
新聞配達や数学や科学技術も、同じ要領ですから、
頭の悪い人たちの、特技かも知れません。
山下さんって、精神遅滞って言われる種類の、
精神障害でした。
そういえば、裁判官や看護師さんだけでなく、
お医者さんや技術者の人も、
たいていは、頭が悪いんです。
学校の成績が、一番ですと、
一番の子ばかりの、頭のいい学校へ行きます。
だんだんと、選抜されて、
同年齢の1万人ぐらいの中で、
1番の成績の子ばかりの、頭のいい学校へ行くと、
精神障害者しか、いないって、よくわかります。
1日に5時間ぐらいも、勉強をしなければ、
合格しません。
頭の悪い子は、筋道を丸暗記するために、
それくらいの時間が、必要なの。
囲碁や将棋の人も、
死ぬまで、盤面を見ているかも知れません。
新聞配達の子が、1000軒を、一回で覚えてしまうので、
賢いと、言われるのでしたら、
それは、違うのでないかなあと、わたしは思います。
見るとか、聞くとか、触るとかって、
何度も何度も、頭の中で繰り返しています。
生まれた時から、自動機械のように、癖になっていますから、
しんどいと思いません。
100mの道を歩いて、角を曲がるまでに、
道筋の風景を、何百回となく、頭の中で繰り返しています。
他の物事(ものごと)や出来事などの、記憶の中身と、
因縁(いんねん)を付けています。
因果関係や相互関係や論理などと、言われるやつです。
一回だけしか、見ていないように、感じられますけれど、
ほんとは、呪文(じゅもん)のように、
何度も繰り返していますから、
統合失調症の妄想や幻聴に、そっくりです。
統合失調症の幻聴って、
他人と、問答や喧嘩をするみたいに、対話をしますけれど、
本人には、他人が喋っているかのように、聞こえますので、
それに応答して、一人言(ひとりごと)を言います。
他人の声って、
ものを考えるときに、頭の中でシミュレートした声ですけれど、
本当に、他人の声のように聞こえるだけでなく、
自分で発声していることも、よくあります。
応答をするだけでなく、自作自演です。
文章を読むにしても、黙読だけよりも、
発声したほうが、よく覚えるでしょう?
読書よりも、映画や演劇やオペラのほうが、
覚えるには楽ちんです。
統合失調症の幻聴って、
自分の考えを、お経のように、何度も繰り返して、
よく覚えるための、工夫を凝らしています。
弁証法的に、対話をして、わざと確信を強めています。
そのための手法が、癖になり、
自動機械のよう行なわれると、幻聴と言われます。
みんなと一緒のことが出来ずに、
みんなに虐(いじ)められて、孤立すると、
へこたれないように、
自分の気持ちを強くしようとして、
統合失調症の症状になります。
妄想のほうも、
世間一般の平均的な人と、同じくらいに、
論理能力の低い人が、自分で、事実を類推すれば、
だれでも、統合失調症の妄想と、同じになります。
論理を類推するって、
権力者の脳味噌の判断を想像して、
言い当てることなの。
みんなと一緒のことの、出来ない理由が、
エステティックや体の能力などでなく、
脳の機能に、遜色があるかも知れません。
自律神経失調症と言われるように、
寒がりの、冷え症の、しもやけになりやすい人って、
統合失調症に、珍しくありません。
GID(性同一性障害)には、思春期だけでなく、中年になっても、
激しいホットフラッシュの出る人も、いました。
お医者さんや法律家だけでなく、
看護師さんや警察官も、権力者の側ですから、
知能って、厄介です。
一律の、知能の尺度でなく、
尺度の階層構造が必要って、なかなか理解されません。
進化論のように、枝分かれをするなら、
尺度も枝分かれをしないと、
エステティックでありません。
犬と人間では、評価の尺度が違うでしょう?
人間を殺さずに、間引かずに、
生かして置かなければ、人道に反するのなら、
動物と動物の違いよりも、人間と人間の違いのほうが、
大きくなるのに、決まっています。
植物人間でも、生きていますから、
当たり前ですけれど、
尺度のほうも、枝分かれをしなければ、
辻褄が合いません。
やくざの人は、抵抗性の統合失調症に似ている、
と言うと、怒られるから、言いませんけれど…
人間って、動物なのに、社会は、殺し合いと産み合いであると、
だれも、教えてくれません。
嫌(いや)な奴を殺して、身内を殖やせと、
進化論は主張しますけれど、
統合失調症の原因の一つは、変更不能な遺伝的素質であると、
精神科のお医者さんも、言います。
物事(ものごと)の筋道(すじみち)を、覚えしてしまえば、
生まれつきの変更不能な、神経や化学物質の、
繋がり方やくっつき方が、みんなと違っていても、
みんなと一緒のことが、出来るかも知れません。
ハードウェアが違っていても、
ソフトウェアのプログラムを工夫すれば、出来るかも。
数学のように、教えられた筋道を覚えるのと、
尼崎事件のように、
教えられないことの筋道を見つけ出すのとは、
別の能力かも知れません。
統合失調症の人だけでなく、一般に、精神の病気の人って、
尼崎事件のような社会に、適応する能力が、低い。
うまく適応していたから、
責任能力のない精神の病気とされずに、
日常茶飯の、よくある人殺しと、
同じ扱いになりましたが、
主犯の女性は、牢屋の中で、自殺しました。
殺された被害者だけでなく、殺した加害者も、
死の瀬戸際で生きていたような気がします。
戦国時代に、他人に、切腹を強要した武士って、
自分もまた、
切腹をさせられたり、首を切られたりしても、
不思議でない立場でした。
欧米の進化論を、
どうして、本当のことのように、日本の学校は、教えるのかしら。
原爆を落とされたくせに、科学技術の判断は正しいって、
あほみたいな教育です。
自然科学と善悪の判断とは、別の次元のように、
教科書は言います。
コンピュータは、自然科学も善悪も事実も、
同じ手順で判断します。
人間の脳味噌も、たぶん、そうです。
エリートの人が、ドジを踏み、牢屋に入れられると、
刑務所の中は、入居者だけでなく、
牢屋の番人やお医者さんの、過半数が、
知的障害に見えるそうです。
わたしの未成年の時代は、第二次世界大戦の後なのに、
まだ警察って、拷問をするのが、当たり前でした。
警察官は、未解放部落の人や、やくざなどと、
同じ種類でしたから、
だれも、警察に、文句を言いませんでした。
法律家が指揮していましたから、
野良犬みたいに、悪い奴でしたが、
進駐軍の命令と言い、嘘をつきました。
戦争に負けましたから、
口答えをして、その場で射殺されても、知りません。
ついさっきまで、アメリカ人を見れば、
鉄砲で、脳味噌を撃ち抜いてやったのに、
その鉄砲を捨てて、降伏をしたのですから、
煮て食われようが、焼いて食われようが、
仕方ありません。
警察の拷問や、部落差別も、その気持ちでした。
日本人は、皆、
社会の最底辺の、奴隷のようなものです。
尼崎事件のような、人間関係が、
第二次世界大戦後の、日本の出発点でした。
うちの一族は、鉱山の仕事をしていましたけれど、
山では、警察や裁判が、
山の人たちの自治により、行なわれました。
警察を、山に入(い)れずに、自分たちで仕切りましたので、
悪い奴を殺して、山に埋めました。
警察も、山のことは、山に任せました。
神戸の暴力団って、
港の沖仲(おきなか)や、埠頭の労務者を、
仕切っていたそうですが、被差別部落の人たちでした。
今は、韓国朝鮮の人たちが、ほとんどと、言われていますが、
日本人と韓国朝鮮人とでは、わけが違うのでしょうか。
昔は、朝鮮半島も、日本でしたのに…
韓国の人って、
従軍慰安婦のことを、悪く言いますけれど、
1970年頃に、日本の夜の歓楽街は、
全部、韓国朝鮮の人の支配下に入ったと、
言われました。
歓楽街を仕切っているやくざが、
韓国朝鮮系の人になった、という意味です。
わたしは、やくざの人脈を知りませんけれど、
テキ屋が、やくざに決まっているように、
性交渉のような傾城(けいせい)の業界は、
やくざでなければ、やって行けない気がします。
日本の性交渉関係のやくざが、
もう40年以上も前に、韓国朝鮮系の人たちに、
支配されるようになりました。
その後に、日本人が奪還した、という話を、
聞きませんから、
日本の、性交渉関係の歓楽業界は、
たぶん、今も、韓国朝鮮の人たちが、仕切っています。
朝鮮の人たちの、パチンコのようなものかしら。
韓国朝鮮の人が、日本の従軍慰安婦にされて、
酷(ひど)い目に遭った、と言うのは、
なんとなく変な話です。
現代日本の売春婦には、
日本人も、たくさんいますけれど、
韓国朝鮮の人たちの、支配下にあるので、
恵まれた職業であるとは、誰も言いません。
売春をする人って、牢屋に入る人と同じで、
半分くらいが、精神障害と言われる知能の低い人たちです。
昔は、借金のかたに、身を売る女性が、売春婦の過半数でした。
農村は、現金収入がなく、国家が義務教育を強要すると、
小学校に通わせる費用のために、親が借金をしました。
返済の宛(あ)てもなく、
売られた子供が、売春を強要されましたので、
青年将校が、義憤を感じて、二・二六事件を起こしたと、
高校の教科書に、書いてありました。
第二次世界大戦が終わるまで、
日本の農村は、貧乏のどん底でした。
都会の、夜の歓楽街も、そう。
進駐軍の行なった農地改革のせいで、
日本の農家は、豊かになりました。
日本が、第二次世界大戦に負けたので、
韓国朝鮮の人が、闇市を仕切ったように、
歓楽街のやくざが、韓国朝鮮人に入れ替わり、
1970年頃に、日本の夜の町は、
韓国朝鮮人に、支配されるようになりました。
日本のやくざは、戦争に行き、
死んだり、捕虜になったりしましたから、
空っぽになった歓楽街を、韓国朝鮮人が支配したのは、
当たり前と言えば、当たり前でした。
日本の部落差別がなくなると、神戸の暴力団も、
被差別部落のやくざから、韓国朝鮮人のやくざに、
代わりました。
日本の売春婦を仕切っているのは、
韓国朝鮮人のやくざなのに、
従軍慰安婦のことで、日本人が非難されるのは、
とても、変な感じです。
現代日本の売春婦は、幸せなのかしら。
売春婦のための福祉って、
精神障害者や犯罪人などのための福祉と、
重なっています。
性のことでなく、
知能や精神障害のことで、ないのかしら。
どうして、
朴槿恵大統領は、売春を、性の問題であると、
見間違うのかしら。
どうして、GID(性同一性障害)の人たちは、
性転換を、性の問題でなく、
知能や精神障害の問題であると、気づかないのかしら。
世間の、半数以上の人たちの、社会の底辺って、
ライオンのいる草原で、暮らすようなものなの。
鉄砲のない人たちは、インカ帝国のように、
白人の見てくれを、神様の容貌容姿に違いないと、確信しました。
日本人も、白人に似た顔や体の見てくれを、
信仰しているようなものです。
虐(いじ)められる人は、自分の見てくれを、忌避しますけれど、
白人女性を見れば、わかるように、
彼女らも、ハイヒールを履きます。
白人社会が、背の低い女性や、足の短い女性を、
殺して来た証拠なの。
エステティックって、見てくれがエステティックでない奴に、
大切な技術や秘密を、教えません。
仲間内に入(い)れませんから、
エステティックでない人は、除(の)け者にされて、
みんなの社会から、孤立するように仕向けられて、間引かれます。
欧米の女性も、お化粧をします。
そういう生まれつきの、見てくれでなければ、
間引かれましたから、
そのように見せかけて、生き延びようとしました。
古代ギリシャ人のエステティックな価値を、
わたしたちは、日本の伝統文化のように、継承しています。
日本人は死ね、という意味なのに。
第二次世界大戦の前に、
帝国主義や植民地主義のような、欧米の文化は、
黒人や黄色人種を殺すための、人種差別であると、
日本人は、何度も、国内で議論しましたが、
そのたびに、
それを主張するのは、やめようと、結論しました。
実際に、力尽(ちからづ)くの戦争が、
世界の至る所で、行なわれていたのですから、
人種差別を主張する脳味噌が、
鉄砲の玉に、ぶち抜かれれば、
唇(くちびる)が寂しくなるのに、決まっています。
欧米白人に対抗できるのは、
世界中を探しても、日本人しか、いませんでしたから、
言えば言うほど、目の敵(かたき)にされて、
孤立を深めました。
仲間は、日本人しか、いなかったのですから、
欧米と手を結び、
耐え難きを、耐えなければ、仕方ありませんでした。
今も、欧米に留学した日本の男性は、
ホモになって帰国するって、
当たり前のように、言われています。
ほんとかどうかを、調べるまでも、ありません。
欧米の進化論と、
インドや日本の、カーストや仏教や部落差別のような、
類は友を呼ぶ考え方は、
同じインドヨーロッパ系の文化であると、わかります。
数学や事実や科学技術やコンピュータなどの、判断の仕組みと、
同じ価値観です。
統合失調症やGID(性同一性障害)などの、
現在の、治療と称する医療も、そう。
いずれも、インドヨーロッパ系の、
脳の神経や化学物質の、エステティックを含めた身体条件を
信仰する価値観です。
キリスト教やイスラム教などの、
セムハム系の宗教が、これに乗ったのは、
ペルシャがアッシリアをやっつけたので、
奴隷の身から解放されたユダヤ人が、
ペルシャやギリシャなどの、
インドヨーロッパ系の文化を、信じたからです。
中国人が、これに乗ったのは、仏教を信仰したからです。
ポルポトも、仏教の教育を受けましたので、
インドヨーロッパ系の、いわゆる体育会の考え方を、
実行したのかも知れません。
印欧文化の何が悪いって、
進化論やエステティックなどの、肉体主義に、
端的に現れています。
西洋医学は、その典型ですが、
統合失調症やGID(性同一性障害)を、
美容外科が治療できるとは、思えません。
間引いて置きながら、治療をしたって、言われるくらいに、
統合失調症やGIDって、瀕死の重症なのかしら。
19世紀の欧米の、古臭い考え方のような、気がしてなりません。
当時は、異性の文化の真似(まね)をする人って、
みんなに虐(いじ)め殺されましたので、
精神病とされて、保護されなければ、生きて行けませんでした。
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