冬芽(ふゆめ)って、秋に新芽の伸びない種類ですと、
去年の夏に、できているかも知れません。
落葉樹は、冬枯れの季節に、冬芽を見て、種類を知りますが、
粗樫(あらかし)のような常緑樹でも、
これだけ大きく目立ちますと、否(いや)が応(おう)でも、
覚えます。
この奇麗な芽鱗(がりん)。
これが綻(ほころ)ぶと、若い枝になり、
たくさんの葉が付き、尾状花序が垂れます。
花序の梱包と、葉の梱包の、二つが入っているのでありません。
葉と茎の梱包が開いて、伸びて、10cmぐらいになってから、
その若い枝から、尾状花序が垂れますので、
混芽(こんが)でなく、普通の葉芽(はめ)です。
尾状花序の花芽(はなめ)の梱包が、
全体の冬芽(ふゆめ)と言われる梱包の中に、
入っているのでありません。
冬芽(ふゆめ)を、冬芽(とうが)とも、読むそうですが、
わたしは、とうがと聞いても、何か、わかりません。
ふゆめと聞けば、一発でわかります。
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民度という中国の言葉があり、インターネットでよく使われるので、
日本人も使うようになりました。
中国人の言うには、中国や韓国朝鮮は、民度が低く、
日本は高いそうです。
最近の日本の、GID(性同一性障害)や統合失調症などの、
精神障害にも、使えます。
日本の中の、民度の低い人たちと、
犯罪や精神障害になり易い人たちとは、同じである、と言うのです。
江戸時代からの、部落差別と言われた考え方です。
犯罪を取り締まる警察官は、やくざが請い負いましたから、
犯罪者と同じです。
牢屋の番人も、被差別部落の人たちの、独占的な職業でした。
動物を屠殺する人たちも、動物と同じような人間と、言われて、
差別虐待されましたから、
肉食動物の欧米人は、皆、被差別部落民のようなものですし、
進化論は、人間を、動物と言います。
インドの仏教は、人間と、他の動物との間に、
修羅や餓鬼などの、殺し合いの好きな人たちや、貧乏人などの、
混血のような階級を、設けました。
ヨーロッパは、階級社会と言われるように、
人格は、変更不能な血筋(ちすじ)である、とする考え方が、
ロマンティックなフランス革命や進化論だけでなく、
マルクス・レーニン主義や、精神分析やエステティックなどに、
よく表れています。
共産主義を標榜したソ連は、科学主義を掲げましたが、
物理化学や科学技術の考え方は、古い血統主義に由来しています。
事実や論理の、成り立ちを見れば、一目瞭然ですけれど、
そのことを書くと、
社会のてっぺんの、権力を握っている人たちが、
怒り出すだけでなく、
GID(性同一性障害)や統合失調症などの、精神の病気の人たちや、
犯罪に走り易(やす)い人たちのような、いわゆる社会の底辺の、
事実や論理を、識別する能力の低い人たちが、物凄く怒り出します。
日本の神代(かみよ)の時代からの、
皇室を頂(いただ)く考え方だけでなく、
江戸時代の部落差別にも、血統やエステティックなどを、
信奉する考え方が、しつこく残っていたように、
変更不能な、生まれつきの遺伝的な血筋により、
自惚(うぬぼ)れて、他人を差別虐待する考え方は、
現代でも、いわゆる政治や学術などの、流行の運動や認識の、
専(もっぱ)ら標榜するところと言っても、構いません。
事実や論理や数学や科学技術などは、
その原因を、剥(む)き出しにしますから、身も蓋もありません。
数学は、流行の価値の中身よりも、
判断の系譜の記憶を、誇りますから、
事実や科学技術などの、血筋を掲げる気持ちが、
人殺しやエステティックと同じくらいに、一目瞭然です。
中国人の言う民度って、
さもしい根性(こんじょう)を、露(あら)わにします。
病人や犯罪人だけでなく、それに集(たか)る医者や看護師も、
よく似ています。
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