品種を知らないのに、ブログに載せる阿呆(あほう)もいると、
笑われるかも知れません。
梅園(ばいえん)でなければ、名札が付いていませんから、
知っているわけがない。
梅酒や梅干の、好きな人は、知っているかも知れません。
アルコールやお塩って、昔は、専売公社の独占でしたけれど、
コーンパイプのマッカーサーは、菅原道真を知りませんでした。
東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花
主(あるじ)なしとて 春を忘るな と聞けば、
今日も元気だ たばこがうまい! と来ます。
うちの親戚は、代々、製鉄が家業でしたので、
塩と聞けば、紀元前の前漢の時代の、塩鉄論を思い出します。
当時の、塩と鉄と酒の、国家による専売制の是非を、
政府高官と、民間の知識人が、議論しました。
お酒の専売制度は廃止されて、塩と鉄は、継続されました。
紀元前1世紀の日本は、卑弥呼が、顔に刺青を入れて、
ニューギニアの原住民のように、踊っていた時代よりも、
さらに300年も昔ですから、たぶん、コンゴの熱帯雨林の、
ホッテントットに似た暮らし振りでした。
日本人が、欧米白人の見てくれに、なろうとするのは、
この違いですけれど、
欧米の教育を受ければ、わずか1世代で、
石器時代の子供も、東京大学やハーバード大学に、入学できます。
しかし、それですと、
アスペルガーのような大人に、なるかも知れません。
つい最近まで、石器時代の生活の民族は、
アメリカ合衆国の、一流大学に入学しても、
判断の仕方が、精神の病気にそっくりでした。
それにもかかわらずに、精神の病気になりません。
地元に帰り、戦争をして、
敵のお肉を食べると、嬉しくなり、踊り出します。
学校教育は簡単ですけれど、共食いの品種改良が、
欧米に比べて、石器時代の民族は、悠長です。
一々、敵の体を食べて、踊っていたのでは、品種改良になりません。
欧米人は、民族浄化のように、皆殺しにしましたから、
たいへん効率が良く、
脳味噌の判断が、プードルやスピッツみたいに、純化されました。
わたしは、溶鉱炉の生まれですので、
梅の花を見ると、塩鉄論を思い出します。
菅原道真は、遣唐使の廃止を提言して、左遷されました。
*** ***
論理には、
論理法則のような一般原理と、個々の具体的な判断とがあるって、
考えた人たちがいますけれど、
一般原理などは、ないと、考える人たちもいます。
法則のような一般原理がなければ、
どうして、個々の具体的な判断ができるのかって、
納得できない人が、少なくありません。
インドや欧米や中国などの、大陸の人たちは、
世界や人生や社会って、
認識の対象と、それを捌(さば)く規則性により、成り立つと、
考えました。
欧米の人たちは、認識の対象を、粒々(つぶつぶ)と言い、
同じ形の、細かい粒々を、共通の規則性により、組み合わせると、
大きな粒(つぶ)や、形の違う粒ができると、考えました。
物理化学って、それでしょう?
それぞれの微細な粒は、時間と空間が違うから、
周囲の粒の状況が違います。
時間や空間って、人間の認識の仕方ですから、
脳の、判断の仕分けの仕方が、二種類の組み合わせである、
という意味です。
脳の構造に由来していますから、
品種改良をされた人たちの、多くに共通であるだけでなく、
他の動物の素質を、遺伝的に受け継いでいます。
動物全体に、共通であると言われたり、
兄弟姉妹であると、言われたりします。
ばい菌なんか、犯罪者や精神障害者みたいに、
目の仇(かたき)にされていますけれど、身内なんです。
血筋が似ていれば、脳の構造も、似ていますので、
判断を、時間や空間と名付けた二種類に分類する仕方も、
似ています。
微生物は、判断の種類に、名前をつけませんけれど、
名札がなくても、二種類の判断をしていると、わかります。
ほんとは、仕分けをするのと、
仕分けをしているって、自覚をするのとは、
ほとんど同じ意味なので、認識の仕組みと、言われるのですが…
行動だけでなく、運動や変化と、事実や嘘などの認識との、関係を、
相互作用やコミュニケーションなどと、言います。
血筋が似ていなければ、
多数派と異なるように、判断を分類しますから、
みんなと一緒の文化を、準(なぞら)えようとすれば、
もの凄く、しんどい目に遭(あ)います。
たぶん、犯罪や精神の病気と言われて、
後(うし)ろ指(ゆび)を差(さ)されて、嘲(あざ)け笑われて、
蔑(ないがし)ろにされて、当て擦(こす)られて、
侮(あなど)られて、虐(いじ)められて、こき使われて、
間引かれるように、殺されます。
死刑みたいに、扱(こ)き下ろされて、見せしめにされるの。
悪い奴を憎んで、やっつけるのと、
権力を笠に来て、みんなに見せつけるのとは、同じでしょう?
哀れみや優しさって、残虐と、ちっとも違いません。
人情ってやつです。
資源の有効利用のために、食べられるのでしたら、
ライオンに食べられるシマウマのように、満足なのですが…
雄ライオンが、病気になり、素直(すなお)に死ぬなんてのは、
ありません。
体が弱くなると、他の雄に、寄って集(たか)られて、噛まれて、
自分一人だけが、みんなに虐(いじ)められて、死にます。
だれも、助けてくれません。
どんなに強い雄ライオンも、死ぬときは、負け犬のように、
しつこく虐(いじ)められて、みんなに噛み殺されます。
病気のせいで、衰弱して死ぬなんて、ありません。
人間の犯罪者や精神障害者に、似ているでしょう?
裁判や精神科の治療だけでなく、
体の病気の治療や、老人介護も、そう。
権力者も、例外でありません。
イラクのフセイン大統領や、リビアのカダフィ大佐って、
インターネットに、殺された時のビデオが、出回っていますけれど、
日本の介護保険の精神と、同じです。
みんなで虐(いじ)め殺すように、優しく介護をしてあげます。
病院の治療って、精神科だけでなく、他の診療科も、同じです。
治療をするように、
みんなで嬲(なぶ)り者にして、儲(もう)けます。
うちのお父さんは、病院の検査を受けて、異常がなければ、
無罪放免と言い、喜んでいました。
家族は、病気が見逃されていると思い、不満でした。
ばい菌や微生物みたいに、わたしたちの祖先の神々から、
現在に至るまで、延々と、共食いを繰り返して、
みんなと違う奴を、こまめに間引いて来ましたから、
プードルやスピッツや、豚肉や霜降り肉のように、
品種改良をされた多数派の人たちが、
健常と自慢して、大きな顔をして生きています。
多数派のことを、くそったれと思うのなら、
麻原という人のように、
サリンを撒(ま)かなければ、仕方ないのでしょうか。
視力が弱いから、みんなに虐(いじ)められたのは、
火を見るよりも明らかです。
それを慕い、たくさんの信者さんが集まりました。
サリンを撒いたのは、自分たちの防御のためであると、
オウムの人たちは、確信しました。
けっして、荒唐無稽でありせんでしたが、
どうして、何も知らない一般の人たちを、
無差別に、殺さなければいけなかったのかって、よくわかりません。
インドから向こうは、
共食いの殺し合いで行きますから、当たり前ですが、
中国の朱熹(しゅき)という人の、理気説も、
似たようなものでした。
理と気って、規則性と心ですけれど、
昔の人は、パチンコを知りませんでしたから、
粒々(つぶつぶ)から出来ている心のような、
グロテスクなものを、考えませんでした。
アインシュタインって人は、
粒々(つぶつぶ)と、心の規則性の、二本立てでなくても、
規則性の一本で行けるのでないかと、考えました。
昔から、たくさんの人が、考えていたことです。
粒(つぶ)って、規則性に決まっていると、主張しましたから、
空間や時間などの、分類の仕方のことを、粒(つぶ)と名付けます。
数学的でしょう?
だって、数学は、個々の判断の、価値を問題にせずに、
組み合わせや順番や分類などを、記憶して、
使い回そうという魂胆ですから、ずぼらです。
価値が違えば、使い回せるわけがないのに、
一緒くたに扱いますから、権力の構造と同じです。
同じ粒が、たくさんあるのは、
同じ判断の仕方を、何度も繰り返していますけれど、
時間と空間が違い、それに応じて、周囲の粒の状況が違います。
粒って、人間の個体と同じですから、
粒々(つぶつぶ)って、社会です。
社会の中の、たくさんの人間の、相互関係の整理って、
粒の価値を無視した数学の、得意とするところかも知れません。
わたしは、脳味噌を叩き割り、中身を見たほうが、
手っ取り早い気もしますが、食べると怒られるだけでなく、
切り崩した後の、脳味噌の屑(くず)を保管するのも、大変です。
宇都宮病院事件では、
事務員の人が、亡くなった患者さんの脳味噌を弄(いじく)り、
遊んでいました。
GID(性同一性障害)や統合失調症などの、
精神の病気の人たちの扱いは、今も昔も、似たようなものです。
昔の宇都宮病院の院長や、看護師さんや、
東京大学の大学院の人たちだけが、極悪非道でありません。
性転換医療は、第二次世界大戦の終わり頃の、古い虐待の方法を、
アメリカ合衆国が、ベトナム戦争の後に、復活させました。
精神の病気の本人に、
性別が違うと、主張する精神症状が出ますから、
性ホルモン剤や手術により、性転換ができるって、
騙(だま)してあげると、
自分から、体や生殖機能を壊そうと、実行するようになります。
統合失調症の患者さんが、医師や看護師に唆(そその)かされると、
隣近所の人を殺したり、
預貯金を降ろして、誰かにあげてしまったりするのと、同じです。
精神の病気の人の、体や心を、
弄(もてあそ)んで喜ぶお医者さんの気持ちは、
亡くなった入院患者の、脳味噌を弄(いじく)り、
暇つぶしに明け暮れていた事務員と、たいして変わりません。
論理って、丸覚えをして、あほの一つ覚えみたいに、
実行したり、事実を知ったりするのと、
論理法則と言われるものを知り、具体例に適用するのとは、
認識の仕方が、違うのかしら。
中学1年生の、国語の読解力問題や、数学の初歩の問題を、
成人が解いても、中学1年生と、同じ成績ですから、
平均的な成人が、新聞の三面記事や、
ニュースキャスターの読み上げる文章などの、
あらすじを理解できない、とするのは、
一般的な論理法則を知り、具体的に運用する能力が、
人間にあり、その優劣に、個人差がある、という考え方です。
そのような、一般法則や能力はなく、
すべての人は、あほの一つ覚えのように、
具体的な論理の中身を、丸覚えして、模倣して、
認識したり、実行したりを、繰り返しているだけであると、
考える人もいます。
アインシュタインの主張したような一般法則って、
脳の中にありませんから、
わたしたちが、未来の事実を、的確に言い当てたとか、
科学技術のおかげで、生活が楽になったとかと、確信するのは、
たぶん、精神の病気の症状と、同じです。
多数であれば、健常と言われて、
少数の人が、多数の人の、勘気(かんき)に触れれば、
犯罪や精神の病気などと言われて、間引かれますので、
それが嫌(いや)なら、上手(うま)く立ち回らなければ、
仕方ありません。
精神の病気の人って、上手(うま)く立ち回ろうとしません。
判断が、変更不能になっていますので、
幼児に、バスの車掌さんごっこをしてあげると、
大人になっても、バスの車掌さんにしか、なれなかったりします。
大多数の健常な人たちは、健常と言われる生活習慣しか、
選択できませんから、バスの車掌さんと、似たようなものです。
もしかしたら、バスの車掌さんは、
自分は、バスのように、上手く立ち回っていると、思い、
新郎新婦のように、幸せの有り難さに、感激しています。
ゲーテに書かれたファウストも、夢のように死んで行きました。
それに比べて、大多数の健常な人たちは、
奴隷のように、こき使われているだけかも知れません。
それを幸せに思えと、権力は言い、
精神科の医療があるかのようです。
性転換をすると、誰もこき使ってくれません。
アメリカ合衆国の黒人は、奴隷にされて、こき使われたほうが、
大統領になり、上手く行ったように見えますが…
アフリカの黒人は、大量殺戮による品種改良を、
経験していませんでしたので、
アメリカ合衆国の奴隷の子を、一流大学に放り込んでも、
なかなか、大統領にするぐらいに、
純化できなかったのかも知れません。
わたしは、どうしてアイヌ人は、いなくなったのかなあって、
すごく気になります。
精神の病気って、なくなりませんけれど、
こまめに間引かなければ、いけないって、
性転換医療は言っているかのようです。
結果は、統合失調症の奴らを、
ロボトミーや抗精神病薬でやっつけるのと、
性転換医療は同じだもんね。
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