ツバキの蕾(つぼみ)と、茶室 1406

近所の茶室の、表側です。
豚小屋の裏側でありません。
 
茶室は、倹(つま)しく質素で、
うらびれて、鄙(ひな)びた田舎の、
貧乏臭(くさ)い風情(ふぜい)を、わざと演出します。
 
侘(わび)寂(さび)と宣(のたま)い、喜びますから、
相当に悪趣味です。
 
戦国時代の田舎の、日常の食器は、
素焼きの陶器でなければ、木製でした。
 
堺のような、貿易港の都会では、
すでに、景徳鎮の染付(そめつけ)や、絵付(えつけ)の磁器が、
市民の食器でしたから、
釉薬(うわぐすり)を掛けた陶器の食器でさえ、
もはや古風で、風流に見えました。
 
千利休という人は、
貧乏な田舎の生活を模倣して、楽しみましたから、
豊臣秀吉のような人が、怒るのは、無理もありません。
 
当時の武士は、心を癒やすお薬として、お茶を飲みました。
漢方薬を使うのは、仏教のお坊さんの仕事でしたから、
お茶を飲むにも、お寺さんに由来する作法がありました。
 
職業は、世襲の血筋でなければ、新規参入が困難でした。
インドのカーストと、似たようなものですが、
日本では、座や株仲間と言われる同業者の組合のことです。
 
現代のお相撲さんや、家元制度などにも、残っていますが、
織田信長や豊臣秀吉は、楽市楽座を、政策の柱に掲げました。
世襲の同業者が、市場を独占する社会を、
徹底的に、ぶち壊さなければいけません。
 
同業者組合は、武力組織を持っていたの。
 
平和主義者の徳川家康という人は、
昔ながらの世襲の同業者組合の既得権を、保護しました。
 
侘茶の創始者の村田珠光は、お坊さんでしたから、
お寺さんの権利を取得して、
師匠から弟子に、侘茶(わびちゃ)の既得権を伝えました。
 
お能の幽玄と、茶道の侘(わび)や寂(さび)とは、
共通の世界ですから、新古今和歌集の境地です。
 
どうせ生きたまま、首を切り取られる武士の、
諦(あきら)めの気持が、現れています。
儚(はかな)い宴(うたげ)のように、お茶を飲み干します。
 
お寺さんは、血縁による世襲でなく、
師匠から弟子に、教義が伝えられましたので、
茶道も、世襲でなく、家元制で行きましたが、
現代のお茶の家元は、世襲に戻っているようです。
 
千利休は、侘茶を完成しましたが、
お茶の作法を教えろと、天下の太閤秀吉に要求されると、
断れません。
 
でも、豊臣秀吉は、
座や株仲間のような、世襲の独占的な同業者組合をぶち壊すために、
才能を発揮した人です。
 
貧乏な田舎の百姓の出身ですから、
素焼きの陶器や、木製の食器に、
粟(あわ)や稗(ひえ)や麦の混じったご飯を、
姉や母に、装(よそ)ってもらい、
お腹を空(す)かせて、育ちました。
陶器の食器は、大切な日用品でしたから、芸術でありません。
 
堺のような都会の、絵付けの磁器を、知らなくても、
安もんの陶器は、よく知っています。
貧乏な子供時代の、掛け替えのない思い出でした。
 
千利休は、それを、風流であると、言います。
貧乏な百姓の生活を、わざと演出して、
侘茶の極意であると、抜かします。
 
わたしが、豊臣秀吉なら、
お茶の作法を教えて貰えば、もう無用ですから、
千利休なんて、お払い箱です。
 
そしたら、秀吉という人は、千利休に切腹を命じました。
切腹も風流であると、利休は言ったのかしら。
ちゃんと、切腹をしましたから、正直です。
 
わたしなら、仲間を集めて、
雑賀衆(さいかしゅう)や真田幸村みたいに、
山に立て籠もり、一戦を交える振りをして、
こそっと、夜のうちに、逃げ出したのに。
 
一族が連座しますから、自分だけが逃げるわけに、行きません。
北朝鮮でも、そうですけれど、
脱北した人の親戚は、みんな収容所に入れられて、
逃げた人を呪(のろ)っています。
 
性同一性障害のように、子孫を残さずに、身内のいなくなる人は、
ヘルパーさんに、家畜のように扱われて、死にます。
遺産を奪い取られても、身寄りがなければ、仕方ありません。
 
手前の木は、椿(つばき)です。
葉が広く、山茶花(さざんか)や寒椿(かんつばき)でありません。
この蕾(つぼみ)は、3月の末から4月に、咲きます。
 
寒椿(かんつばき)は、お茶の葉のように、もっと葉が小さく、
今が盛りです。
山茶花(さざんか)も、葉は小さいのですが、
12月の中頃までに、咲き終わりました。
 
奈良県今井町の、今井宗久って人も、
織田信長の贔屓(ひいき)に与(あづか)り、
高校の教科書に、太字で出て来る茶人でした。
 
彼の建てた茶室は、今も残っていますが、
現代の都会の、伝統的な日本建築の様式です。
アメリカ合衆国に、うさぎ小屋と言われて、笑われました。
 
村田珠光や今井宗久や千利休などの茶人は、
いずれも、ただの小売の商人でなく、
堺を拠点にして、鉱山の開発や、貿易船の運航や、
鉄砲の独占代理や、
両替や金融や米蔵などを営む財閥の総帥でした。
 
お茶の嗜(たしな)みは、中国の禅宗から伝わりましたが、
東南アジアの日本人町では、
イギリス人やフランス人やオランダ人などと、
商売だけでなく、軍事力でも、競合していました。
 
日本の茶道は、
インドのお茶を飲むイギリス貴族の趣味に、通じていましたから、
ゴルフや乗馬やヨットのようなものです。
 
豊臣秀吉は、黄金の茶室を作り、侘茶の悪趣味を、茶化しました。
 
世襲の血族による同業者組合が、宗教と結託して、
インドのカーストのように、
生まれながらの社会階級として、蔓延(はびこ)るのを、
織田信長や豊臣秀吉などの、革命的な政権が、
座視できるはずもありません。
 
お坊ちゃんの信長は、今井宗久に誑(たら)し込まれても、
貧乏人の秀吉は、絶対に、千利休に騙(だま)されません。
 
敵は、世襲の財閥一族と、宗教です。
比叡山や一向宗だけでなく、キリスト教も危ない。
 
信長と秀吉の、楽市楽座は、
日本が、インドや中国になる道を、ぶち壊しました。
 
徳川家康は、子供の頃から、
平和を愛して、同性愛を嫌(きら)いましたので、
日本は、あまり残虐になりませんでした。
 
秀吉の晩年も、そうですが、
認知障害だけでなく、精神の病気は、
気持の優しい人が、攻撃的で残虐になります。
 
嫌(いや)なことを、受け流したり、耐え忍んだり、
変形したり、呑み込んだり、食べてしまったりする能力が、
低くなります。
他人と、交渉やコミュニケーションが、できなくなるの。
 
老化に似ていますが、体調が悪ければ、
若くても、精神の病気になります。
  
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精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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