ユッカ 1403 数学や論理などの流行文化と、精神の病気の症状

和名は、厚葉君が代蘭(アツバキミガヨラン)と言うそうですが、
一般には、属名のユッカが、よく知られています。
 
真夏を除いて、年中、咲いていますけれど、
5月と12月に、よく咲きます。
 
砂漠の植物なので、寒さや暑さに強く、湿気に弱ければ、
そういうことに、なるのでしょうか。
 
こんなのを、庭に、植えたくありません。
わたしは、アメリカの乾燥地帯に、住みたくないので、
気持が、しっくり行きません。
 
           ***          ***
 
統合失調症は、
精神症状が規定されているだけの、心の病気ですけれど、
妄想や幻覚や支離滅裂などは、
いずれも、健常な人の心と、同じ仕組みなのに、
認識の具体的な中身が、みんなと違い、孤立して現れたものです。
 
みんなと一緒の、価値を規定したプログラムを、使わずに、
自分一人だけの、思惑(おもわく)が一杯のプログラムを、
使ったようです。
 
みんなの文化を使わずに、個人的な思惑(おもわく)で行くと、
悪さをすれば、牢屋に入れられて、死刑になりかねませんが、
統合失調症の人たちには、
みんなと一緒のプログラムを、使えなかった脳や体の、
酌量(しゃくりょう)されるべき事情が、見えています。
 
人情と言う人も、います。
社会の事情も、あるかも知れません。
 
夢を見ていれば、
みんなと一緒の、文化的なプログラムを、使えないのは、
当たり前です。
本人に、必ずしも、責任はありません。 
 
夢や妄想などの、具体的な中身は、病気でなく、
その仕組みも、病気でありませんので、
統合失調症と健常は、大変よく似ています。
 
目覚めているのに、妄想や幻覚や支離滅裂になる理由を、
お薬屋さんは、ドーパミンがうんぬんと、言います。
 
世の中のほとんどの人は、
事実を識別したり、論理的な数式や言葉を、駆使したりが、
できませんので、
一般的な人間の心は、ドーパミンの異常のせいで、
妄想や幻覚や支離滅裂であり、統合失調症であると、
言わざるを得ません。
 
世の中の、ほとんどの人は、
中学の国語の読解力問題や、数学の初歩の問題を、解けませんから、
新聞の三面記事を読み、裁判の議論を聞いても、
意味を理解できません。
 
他人と会話をしても、
事実や論理を伝えたり、理解したりすることは、できません。
 
それなのに、ご本人たちは、意味を理解しているかのように、
日常会話を交わします。
ご本人は、動物のように、判断しているのかしら。
 
事実を識別できずに、論理的でないことは、確実です。
中学一年生程度の、試験を受ければ、簡単に判定されます。
 
世間一般の、ほぼ全部の人は、
中学一年生の頃に、国語の読解力問題に、満点を取れなければ、
成人になっても、その能力は、伸びません。
中学一年生の時に、数学の初歩の問題を、解けなかった人は、
成人になっても、解けません。
 
世間一般のほとんどの人は、みんなの事実や、みんなの論理と、
自分だけの事実や論理とを、識別できません。
 
それにもかかわらずに、
ご本人は、事実を、論理的に判断したと、確信しています。
 
意味がわからないのに、受け答えの、帳尻だけを合わせていますが、
ご本人は、意味がわかっていると、思い込んでいますから、
妄想や幻覚や支離滅裂でなければ、何でしょうか。
 
普通は、コミュニケーションと、言います。
 
統合失調症の人は、帳尻を合わせるための、
みんなと一緒の言葉や行動を、実行できずに、
別の言葉や行動を実行して、
心の中の思い込みを、カムアウトしてしまいます。
 
他人や社会に、迷惑を掛けたり、悪さをしたりして、
炙(あぶ)り出された心の動機が、極悪非道であれば、
牢屋に入れられて、死刑になるだけで、許してもらえるかも、
知れません。
 
統合失調症のように、善良であれば、
精神病院にぶち込まれて、廃人にされます。
 
お薬屋さんは、ドーパミンの異常な分泌のせいで、
帳尻を合わせられないと、言います。
ドーパミンのせいで、極悪非道になっても、
ちゃんと、死刑になりますから、
統合失調症と犯罪の違いは、ドーパミンでありません。
 
ドーパミンのような化学物質が、善良と極悪非道の違いを、
知っているわけがありませんから、当たり前です。
 
統合失調症の患者さんを、大人しくさせるために、
抗精神病薬を使いますから、抗不安薬を、麻薬のように使い、
悩ましい人たちを、気持良くさせるのと、同じです。
 
ドーパミン説では、精神病と犯罪を、識別できません。
健常な人の心も、妄想や幻覚や支離滅裂の一種ですから、当然です。
 
何が、みんなの事実であり、何が、みんなの論理であるかって、
みんなで決めなければ、仕方ありませんから、
国語の読解力や、数学の能力などは
多数の支持を得て、流行文化に嘉(よみ)された能力の、典型です。
 
完璧な雛形(ひながた)が、どこかにあるのでなく、
どんぐりの背比べですから、
100mを何秒で走るかのように、計測された能力です。
事実や論理って、相対的な価値を、表示しているだけなの。
 
どうして、数学の天才と言われる人の能力を、
世界中の、僅(わず)かの人しか、理解できないのに、
その他の70億人の能力が、それよりも、低いとされるのかしら。
 
国語のあらすじが、通じないのは、
二人のコミュニケーションが、上手く行かないのですから、
一方が正しく、他方が間違っていることは、ありません。
 
たくさんの人の多数決で行きますから、
みんなと一緒の人のほうが、優秀な能力とされて、
少数派の人たちは、あほと言われます。
 
どうして、大部分の人が、不正解になる問題なのに、
問題を作った人の、国語の読解力のほうが、優秀なのかしら。
 
ピラミッドのような、権力の階層構造があると、
頂点の一人が、一番に優れた能力であり、
そうでない人たちは、それよりも低能です。
 
ドーパミンのような化学物質が、
そのような社会や文化や権力の構造を、
知っているわけがありません。
 
お薬屋さんが、商売を知っていても、
そのせいで、患者さんを廃人にするのは、よくないと、
GID(性同一性障害)の人たちは、言わなければいけません。
 
GIDの人たちが、性転換をして、自分から、生殖能力を失えば、
喜ぶ人が、誰であるかは、火を見るよりも、明らかです。
 
  

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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