夏茱萸(なつぐみ)ですが、
萼筒(がくとう)が花(はな)のように見(み)えています。
茱萸(ぐみ)は、
常緑(じょうりょく)の、秋(あき)に花(はな)が咲(さ)き、
春(はる)に実(み)のなる春茱萸(はるぐみ)と、
落葉(らくよう)の、春(はる)に花(はな)が咲(さ)き、
夏(なつ)に実(み)のなる夏茱萸(なつぐみ)と、
落葉(らくよう)の、春(はる)に花(はな)が咲(さ)き、
秋(あき)に実(み)のなる秋茱萸(あきぐみ)とがあります。
春茱萸(はるぐみ)の代表(だいひょう)は、
苗代茱萸(なわしろぐみ)です。
夏茱萸(なつぐみ)は、種(しゅ)の和名(わめい)ですが、
大王茱萸(だいおうぐみ)のように、
大(おお)きな実(み)のなる品種(ひんしゅ)もあります。
秋茱萸(あきぐみ)も種(しゅ)の名前(なまえ)になっています。
夏茱萸(なつみぐみ)と秋茱萸(あきぐみ)は、
種(しゅ)の名前(なまえ)であるだけでなく、
夏(なつ)に実(み)の成(な)る茱萸(ぐみ)や、
秋(あき)に実(み)の成(な)る茱萸(ぐみ)を
表(あらわ)す言葉(ことば)でもありますので、
それなりに、ややこしいようです。
写真は、夏茱萸(なつぐみ)ですが、
大王茱萸(だいおうぐみ)かも知(し)れません。
統合失調症の妄想って、被害妄想が多く、
誇大妄想も、一対(いっつい)のように表れて、
お金や体や命や、人間性の評価などの、
個体と社会生活の利害に関わるものが、
一連の、独自の世界観を作って行きます。
ただのイカレた断片しか現れないのは、
発症当初の、若い頃だけです。
注察妄想のように、誰かに見られて監視されているとか、
関係妄想のように、
すべての出来事が、自分に因(ちな)んで起こっているとかと、
勘ぐるのも、
中身はたいてい、男性なら安全保障の、女性なら生殖の利害です。
個体維持と生殖の本能が、世界と人生の要諦(ようてい)ですから、
当たり前です。
わたしは、妄想の分類に凝(こ)りませんけれど、
みんなから仲間はずれにされて、虐(いじ)められれば、
みんなの事実と異なる認識になるのは、
脳の器質が健常な証拠です。
目で見て、手で触って、耳で聞いて知る事実も、
価値観がみんなと違えば、幻覚になります。
大麻やコカインなどの、お薬のせいで、幻覚が現れるのは、
みんなと一緒のことが出来なくなるからなの。
虐(いじ)められなくても、
みんなと一緒のことが出来ずに、仲間はずれにされれば、
やがて、安全保障や生殖の心配が、現実になリます。
みんなと一緒に生活をしなければ、
事実の中身と言われる価値観が、みんなと異なり、
妄想や幻覚を、事実と確信するのは、健常な脳の、普通の機能です。
認識は、価値観の表れですので、
価値が異なれば、事実の中身も違って見えます。
みんなと一緒でないのに、妄想や幻覚をなくそうとするのは、
愚かかも知れませんが、
無理をしてでも、みんなと一緒のことをすれば、
みんなの事実と、自分だけの事実とが、二重写しに見えますので、
人生が奥深く豊かになります。
精神的ストレスに耐えられる人のほうが、
コミュニケーションの能力が高いかも知れませんが、
しんどいから、早く死んでも、わたしは知りません。
適当に駄々をこねて、
みんなと同じくらいに、精神の病気になっておくのが、
正解かも知れません。
その度合に応じて、健常な人から、性転換をする人まで、
生まれつきに、心の性別が決っていると、
ハリーベンジャミンは考えました。
生まれつきに、精神的ストレスに耐えられる能力が、決っていると、
言うべきでした。
人間は、しんどい目をさぼるために、夢を見ますけれど、
昼間から、お酒を飲むように、
お酒を飲んでいないのに、自分でないかのような気持ちになる人も、
たくさんいます。
性転換医療を行なうお医者さんは、
だいたい、患者さんよりも不器用です。
抗精神病薬は、健常な脳の機能を、無理やりに低下させますけれど、
本人が苦しんだり、とんでもないことをしでかしたりしますから、
やむを得ません。
精神療法も似たようなものですが、
御本人は、妄想や幻覚であると気づきませんので、
これこれの具体的な思いなら、妄想であると、
レッテルを貼って貰(もら)い、
心の中に、レッテルが見えれば、妄想であると、
杓子定規に判断して、
妄想の中身を信じずに、けっして実行をしないように思いとどまり、
気持ちをそらせるように、別のことに注意を向けて、
無視をするように、心がけてもらいます。
オナニーに耽りたい青年に、スポーツをして紛らわしなさいと、
アドバイスをするようなもので、ほとんど効きません。
みんなと一緒のことができずに、
虐(いじ)められて、疎外されているのは、事実ですので、
妄想や幻覚が出るのは、当たり前です。
正常な仕組みが作動しないように、無理やりに阻止をするのは、
順当なものを壊して、わざと支離滅裂にするだけです。
正しい治療法は、みんなと一緒のことが出来ない原因を究明して、
不当な差別虐待を処罰するように、憲法を作らなければいけません。
みんなのすることは、ほとんどが流行ですから、
みんなと一緒でない奴を、篩(ふる)い落として、間引くための、
選別を実行する集団行動にすぎません。
みんなのスポーツや芸能やファッションやマナーなどの、
文化的な流行に従わなければ、
袋叩きにして、精神障害者や犯罪人にしてしまいます。
ファシズムです。
これを憲法で禁止して、死刑にすれば、
目出度く人類は滅亡しますので、統合失調症もなくなります。
癌も身内(みうち)と思えば、
かなり確実に、早く死ぬことができます。
癌細胞って、ある程度よりも数が増えれば、
自力では、滅多(めった)になくなりませんから、
躊躇(ちゅうちょ)なく、
周囲の健常な細胞を、諸共(もろとも)に殺します。
そうでなければ、全体の体や命を守れません。
みんなと一緒のことが出来ない人って、
出来るのに、自由意志により、
能力を発揮しない人も含めて、
みんなと一緒のことをする能力が、ありません。
できるのに、しないのは、出来ないのと同じです。
みんなと一緒のことをしない奴を、
次々に殺して行くのが、社会の役割なの。
早い内に殺さないと、癌のように、
自力では、どうしようも出来なくなります。
個体の代わりは、いくらでもありますけれど、
世界がインターネットで繋がっている現代では、
みんなの社会の代わりは、一つもありません。
一つに繋がれば繋がるほど、
自由や個性や多様性の余地がなくなるのは、
当たり前です。
みんなが一緒になるのは、
そうしなければ生きて行けないからに決まっています。
機械や宇宙船やコンピュータやインターネットなどは、
そのためにあります。
みんなを鎖で繋ぐ道具なのに、
チャップリンが気づいたことを、
GID(性同一性障害)の人たちは、気づきません。
統合失調症も、そうです。
自力では、回復不能になれば、統合失調症と診断されます。
強制的に廃人にしなければ、
周囲の人が、共倒れになります。
癌でしたら、個人が死んでも、社会が残りますけれど、
統合失調症のように、個人がイカレているのでしたら、
さっさと間引かなければ、社会が道連れになります。
なんとしても、癌を殺すように、
精神病の人を、間引きます。
そのために、周囲の人が、一緒に引き抜かれても、
やむを得ません。
周囲のリンパ節を、一緒に摘出するのが、相場です。
連帯責任ですから、軍隊と同じかしら。
平和は、鉄砲を使わない戦争であると、
毛沢東は言いました。
家族や職場を、一緒に切り取るのも、
やむを得ないとするのが、
GID(性同一性障害)のための、性転換や特例法です。
本人を間引くだけでなく、周囲の社会も、切り捨てます。
性同一性障害のための特例法を作った時の法務大臣は、
普段から、痴漢の刑罰として、
強制的な去勢を、主張していました。
国会に法案を持ち掛けた人たちも、
同様の考え方なのに、GIDの人たちは、気づきません。
精神障害ですから、仕方ありませんが、
自分を間引いてくれる人たちを、救世主と讃えました。
ほんとうは、GID(性同一性障害)だけでなく、
特例法を作った人たちや、性転換医療を行なう人たちも、
似たような種類の精神障害なのに、
御本人たちは、気づいていません。
類は友を呼ぶって、恐ろしいものですけれど、
弁証法的には、当たり前の認識の仕方です。
そのように、事実が推移します。
痴漢の去勢を主張して、
性同一性障害のための特例法に同意した法務大臣は、
間引かれて行く精神障害者の代表にすきませんでした。
性転換や特例法って、副作用の強力な抗癌剤や、
統合失調症のための抗精神病薬に、似ています。
ひょっとしたら、本人と周辺だけでなく、
社会も一緒に死ぬ羽目(はめ)になるくらいの、
毒薬です。
だから、わたしは言っているのに…
GIDって診断された時には、統合失調症でないのですから、
性転換や特例法は、必要ありません。
後々(のちのち)まで、ずーっと見ていても、
GIDの、せいぜい8%ぐらいの人しか、
統合失調症になりません。
なんで、間引かなければ行けないのかしら。
統合失調症でさえも、治る人が増えてきましたので、
ずーっとお薬を飲み続ける治療法の、
時代遅れが疑われるのに、
なんで、GID(性同一性障害)は、
いまだに、戦前のロボトミーの時代の治療法に、
固執するのかしら。
時代錯誤が病的です。
みんなと一緒でない人を、差別虐待して、
除(の)け者にして殺そうとする社会のせいで、
心と体の性別が違うから、性転換をしたいと、
GID(性同一性障害)の人たちは言い出します。
退(の)け者にする理由の多くが、
顔や体の見てくれのエステティックですけれど、
異性に似ているだけでなく、ぜんぜん似ていない人も、
エステティックな理由から、みんなに差別虐待されると、
性転換をしたいと言い出します。
性格が、異性に似ているから、という人も、
少なくありません。
これこれの体なら、これこれの性格というふうに、
強制する必要もないのに…
性別は、生殖のためにありますから、
体の病気のせいで、生殖のできない人でなければ、
生殖のできない性格の人を間引くのは、正当である、
と主張する人もいますけれど、順番が違います。
GID(性同一性障害)の人が、
異性に似せて、性格を演技しようとするのは、
虐(いじ)められて間引かれることに、抵抗するために、
同性愛や、
TV(トランスベスティズム , ティーブイ)や、
TG(トランスジェンダー , ティージー)などの
社会運動に頼ったからです。
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