月(つき)の桂(かつら)という品種(ひんしゅ)の札(ふだ)が、
ぶら下(さ)がっていました。
梅(うめ)は、これからが盛(さか)リです。
嫌(いや)と言(い)うほど、品種(ひんしゅ)がありますけれど、
わたしは、一(ひと)つも見分(みわ)けられません。
でも、梅(うめ)は、大好(だいす)きです。
枝(えだ)ぶりが、ひねくれているので、
花(はな)や香(かお)りが、
高尚(こうしょう)に感(かん)じられます。
昔(むかし)の人(ひと)も、そう思(おも)ったみたい。
わたしは、高尚(こうしょう)には、縁(えん)がありません。
神経って、神経核や大脳皮質などに集まって、
うんこやおしっこを出すみたいに、化学物質を放出します。
ほかの神経の手にくっついて、情報が伝わりますから、
脳の中のコミュニケーションって、通貨みたいに現金です。
泥棒が稼いだお金も、額に汗して儲けたお金も、
ちゃんと平等に通じるから、通貨って言われます。
一々、お金に帳面をくっつけて、
誰々がこれこれの理由で、このお金を儲けて、
誰々がいつ、どこで、何のために使い、誰の手に渡ったと、
書かれていません。
由来や履歴の付いた情報を受け渡す判断と、
通貨を垂れ流すような判断とがあるように
わたしたちは、
神経が枝分かれをして、あっちとこっちを結ぶような定義と、
サリンみたいに化学物質をバラ撒く足し算とを、併用しています。
コンピュータのように、
電線や半導体を使って、工夫をしても、構いませんけれど、
ようするに、判断やコミュニケーションって、
二つの情報のくっつく仕組みが、機能することなの。
自動的にくっつくようになっていますけれど、
文化や自我のように、自動的な仕組みを理解できなければ、
何かの意志が、選択をしているように見えます。
人間はあほですので、何から何まで、理解できるわけがありません。
どこかに必ず、何かの意志があるような気がして、仕方ありません。
統合失調症の妄想が、そうですけれど、
みんなと一緒でなければ、精神の病気とされます。
孤立すると、死にますけれど、殺されるのかも知れません。
現代の流行は、
自分に意志があり、人それぞれに意志があると、理解しますけれど、
キリスト教は、神さまの意志が一つだけと言いますし、
仏教は、たくさんの神さまの意志があるけれど、
それは、心の中の世界であると、言います。
ライプニッツという微積分の人は、
石ころにも、ちょっとぐらいは心があると、言っていました。
統合失調症の人は、特定の誰かや、架空の誰々の意志を、
神さまや悪魔のように、強く感じるみたいです。
わたしは、神さまの意志も、他人の意志も、自分の意志も、
何も感じませんけれど、
辻褄が合わなくても、人間はあほだから仕方ないと思っています。
自分の意志を感じないのは、
変(へん)でないかと、言われますけれど、
痛くもなく、苦しくもなければ、
意志を感じないのは、当たり前のような気がするの。
苦痛になると、意志を感じるよりも、
ますます知能が無くなったと、感じます。
普段は、いつもの習慣の通りに判断していますから、
自動機械と同じです。
無自覚ですみません。
意志って、高い方から低い方へ、水が流れるようなものですけれど、
自分の意志と言うのは、変(へん)でないかしら。
水が流れるのは、勝手にそうなるだけのような気がします。
行く川の流れのようで、すみません。
GID(性同一性障害)の人は、個性や多様性と言い、
子孫を残さずに、自滅します。
性転換医療を行なう医師や、それを支援する学者や法律家や、
子供のいるGIDなどが、唆(そそのか)しますから、
共食いも、いいところです。
だって、GIDの治った人たちは、
性転換医療を行なった医師を、死刑にしろと、言うもの。
GIDは、診断される半年ぐらい前から、診断後10年ぐらいまでは、
ほとんど、ナチスの親衛隊や、文化大革命の紅衛兵みたいな、
高揚した気持ちになっています。
ナチスや文化大革命って、社会全体がその雰囲気でしたけれど、
GIDは、ものすごく狭い範囲の仲間内で、
唆(そそのか)し合っていますから、個人名をあげて、
誰と誰が、どれくらいにGIDの原因になっているかと、
一々、評価することができます。
死刑にするのなら、この人とこの人で、無期懲役はこの人って、
ちゃんと、個人単位で仕訳(しわけ)することができます。
それくらいに、狭い社会です。
全部で1万人ぐらいですけれど、
実際には、いつも仲間内と付き合っている人って、
2000人ぐらいしか、いません。
顔と名前と性格が、ちゃんと知られています。
ほとんど、オウムと同じぐらいの、仲間内の規模です。
欧米のような、同性愛差別の事情がないのに、
欧米のローカルの文化の、真似(まね)をします。
進歩的な病気って、あるのかしら。
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