東京都(とうきょうと)千代田区(ちよだく)
永田町(ながたちょう)の、日枝神社(ひえじんじゃ)。
国会議事堂(こっかいぎじどう)の西隣(にしどなり)の、
衆議院議員会館(しゅうぎいんぎいんかいかん)の、
さらに西隣(にしどなり)です。
日枝神社(ひえじんじゃ)って、
天台宗(てんだいしゅう)の
比叡山(ひえいざん)延暦寺(えんりゃくじ)の山(やま)を、
神(かみ)さまとして、祀(まつ)っています。
比叡山(ひえいざん)の麓(ふもと)の、
大津市(おおつし)坂本(さかもと)という所(ところ)に、
日吉大社(ひよしたいしゃ)ってのが、ありますけれど、
そこから見(み)える比叡山(ひえいざん)が、
御神体(ごしんたい)なの。
日吉(ひよし)と書(か)いて、「ひえ」と読(よ)みました。
第二次世界大戦後(だいにじせかいたいせんご)は、
「ひよし」と読(よ)むように、
変更(へんこう)を決(き)めたそうです。
山岳信仰(さんがくしんこう)なの。
天智天皇(てんちてんのう)が、
大津(おおつ)に遷都(せんと)をしましたので、
比叡山(ひえいざん)が、
近江京(おおみきょう)の、守り神(まもりがみ)になりました。
その時(とき)に、大和(やまと)の
大神神社(おおみわじんじゃ)の神(かみ)さまを、
勧請(かんじょう)したそうです。
大神神社(おおみわじんじゃ)は、
三輪山(みわやま)が御神体(ごしんたい)です。
おかまと、違(ちが)います。
そうすると、比叡山(ひえいざん)の神(かみ)さまは、
追(お)い出(だ)されたのかしら。
それとも、混血(こんけつ)したのかしら。
平安京(へいあんきょう)に遷都(せんと)をした後(のち)も、
京都(きょうと)の鬼門(きもん)の方角(ほうがく)を
守(まも)る神(かみ)さまになりましたから、
ますます、有名(ゆうめい)になりました。
とにかく、よく見(み)える山(やま)は、神(かみ)さまなの。
平安時代(へいあんじだい)に、
最澄(さいちょう)って人(ひと)が、
延暦寺(えんりゃくじ)を建(た)てて、
天台宗(てんだいしゅう)を開(ひら)きましたので、
比叡山(ひえいざん)の神(かみ)さまは、
インドの神(かみ)さまみたいに、
山王(さんのう)と呼(よ)ばれて、
スーパースターになりました。
比叡山(ひえいざん)の神(かみ)さまの分身(ぶんしん)が、
日本各地(にほんかくち)に祀(まつ)られて、
日吉神社(ひよしじんじゃ)や、日枝神社(ひえじんじゃ)や、
山王神社(さんのうじんじゃ)などと、呼(よ)ばれました。
みんな、比叡山(ひえいざん)の神(かみ)さまを
祀(まつ)っていますから、
山王信仰(さんのうしんこう)と言(い)います。
日本(にほん)の戸籍制度(こせきせいど)って、
平安時代(へいあんじだい)は、
先祖代々(せんぞだいだい)の
お墓(はか)のあるお寺(てら)さんや、
出生地(しゅっせいち)の神社(じんじゃ)などが、
守(まも)って居(い)ましたので、
由緒(ゆいしょ)ある貴族(きぞく)の人(ひと)たちは、
これを疎(おろそ)かにすると、大変(たいへん)でした。
比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)や、
日枝神社(ひえじんじゃ)などを、
手厚(てあつ)くもてなしました。
血統(けっとう)を証明(しょうめい)してくれたの。
戸籍(こせき)の事務書類(じむしょるい)が、
ここに保管(ほかん)されている、
という建前(たてまえ)ですから、日本(にほん)の
公的(こうてき)な証明書類(しょうめいしょるい)を、
神社仏閣(じんじゃぶっかく)が発行(はっこう)したくらいに、
戸籍制度(こせきせいど)の核心(かくしん)を
担(にな)いました。
実際(じっさい)は、火事(かじ)や戦乱(せんらん)のせいで、
戸籍関係(こせきかんけい)の
実務的(じつむてき)な古文書(こもんじょ)なんか、
ありませんでした。
虚仮威(こけおど)しね。
昔(むかし)の人(ひと)って、
農業(のうぎょう)がほとんどですけれど、
小作農(こさくのう)です。
大昔(おおむかし)は、地主(じぬし)が、荘園(しょうえん)に、
土地(とち)を寄進(きしん)しましたから、
不在地主(ふざいじぬし)の神社仏閣(じんじゃぶっかく)に、
戸籍(こせき)を管理(かんり)する能力(のうりょく)が、
ある筈(はず)も、ありません。
いつの時代(じだい)も、現在(げんざい)の戸籍(こせき)を、
宗教(しゅうきょう)が管理(かんり)できれば、
善(よ)しとしました。
どうせ、地主(じぬし)を管理(かんり)するだけでしたから、
他(た)の宗派(しゅうは)の住民(じゅうみん)のことなんか、
知(し)りません。
戸籍(こせき)という公文書(こうぶんしょ)は、
地主(じぬし)と小作(こさく)の、
民間(みんかん)の出来事(できごと)を、
与(あずか)り知(し)りませんでしたが、
土地(とち)の所有(しょゆう)は、
同(おな)じ系統(けいとう)の、
神社(じんじゃ)や寺院(じいん)を、
支配(しはい)しましたから、
宗教(しゅうきょう)や宗派(しゅうは)は、
人間(にんげん)の従属(じょうぞく)を
表(あらわ)していました。
神社(じんじゃ)や寺院(じいん)には、
戸籍(こせき)の実務(じつむ)を
取(と)り仕切(しき)るための、
職権(しょっけん)がありました。
宗教(しゅうきょう)や宗派(しゅうは)は、
地主(じぬし)と小作(こさく)の関係(かんけい)に
従(したが)いましたから、
心(こころ)の問題(もんだい)でなく、
お金(かね)や統治(とうち)の、実務(じつむ)でした。
欧米(おうべい)も、同(おな)じです。
永田町(ながたちょう)の日枝神社(ひえじんじゃ)って、
屋外(おくがい)の階段(かいだん)に、エスカレータがあります。
権禰宜(ごんねぎ)って、取締役(とりしまりやく)ぐらいの
経営者(けいえいしゃ)の地位(ちい)なのかしら。
それとも、平社員(ひらしゃいん)?
2008年(ねん)に、
境内(けいだい)の地下(ちか)の更衣室(こういしつ)において、
巫女(みこ)さんを強姦(ごうかん)した権禰宜(ごんねぎ)が、
懲役(ちょうえき)3年(ねん)の、
実刑判決(じっけいはんけつ)を受(う)けました。
隣(とな)りは、東急(とうきゅう)ホテルのビルです。
写真(しゃしん)よりも右(みぎ)に切(き)れた所(ところ)に、
溜池山王(ためいけさんのう)の、
背(せ)の高(たか)いビルがありますけれど、
名前(なまえ)は知(し)りません。
うちのお父さんが生きていた頃に、
戦争のことを色々と聞き出しました。
お父さんの戦友の人たちからも聞き出して、裏を取りました。
大砲の弾が飛んで来ると、
どこそこの院長は、防空壕に入ったまま、
半日も、出て来なかったとかね。
ケガをした人が、いっぱい運ばれて来るのに、
大砲の音が聞こえなくなっても、出て来ませんでした。
俺が死ぬと、兵隊が困るから、と言うの。
そんなことは、ありません。
お医者さんの替わりなんか、5万といます。
戦争って、戦闘のどさくさには、
敵を撃っても、味方を撃っても、わかりませんから、
医療に似ているかも知れません。
死んだ人の、半分ぐらいは、味方に撃たれて、殺されます。
即死した人のほとんどは、味方に殺された人なの。
いちいち、解剖なんか、しませんけれど、
こそっと、死体から、弾を摘出すれば、すぐにわかります。
見つかると、味方に殺されますから、内緒です。
スーパーマーケットの万引きも、
半分以上は、店員による犯行と、言われています。
見つかりませんけれど…
戦争って、敵と味方が、奇麗に分かれて、殺し合いをするのでなく、
お父さんの世代の人たちの言うには、
敵も味方もなく、要領の悪い奴を間引くために、
お互いに、共食いをするように、殺し合いをしました。
戦場で、何が起こったかって、誰にもわかりません。
どこから、大砲や鉄砲の弾が飛んで来るかも、わからないような、
どさくさになるの。
静かになり、生き残った人が、塹壕から出て来ると、
ものすごい人数の死体が転がっています。
砲弾の破片に傷ついたのでなく、
鉄砲の弾に撃たれて死んでいるのは、
たいてい、味方の誰かに殺されたと、想像がつきました。
日常茶飯ですので、誰も、犯人を詮索しません。
みんなが鉄砲を持っていますから、
味方の誰かに恨まれた人は、味方に殺されます。
みんなと親しく出来る人しか、生き残れません。
味方の中の、少数派の人たちが、
間引かれるように、死に絶えて行きます。
戦場において、一々、証明のしようもありませんから、
誰も、咎(とが)めません。
人間関係に見離されて、次々に孤立して、殺されて行く人たちは、
次に、自分の殺される番が回って来ると、知っています。
なんとなく、尼崎事件みたいでしょう?
味方に殺されるよりも、
みんなに見せびらかすように、敵前(てきぜん)に飛び出して、
勇敢に、敵の弾に当たって、死のうとします。
特攻隊や、切り込み隊って、これらしいの。
少数派は、そういう気持ちになります。
平和な現代も、まったく同じです。
ナチスドイツの強制収容所って、ゴミ捨て場のように、不潔でした。
死んで行く人たちは、身の回りの整理整頓ができません。
体には、まだ余力があっても、精神が、先に痴呆になリます。
ドイツの兵隊たちは、
身の回りを清潔にするようにとは、命令しませんでした。
ユダヤ人や政治犯たちが、痴呆になり、
ゴミと糞便の中で暮らしているのを見て、満足しました。
安らぎを覚えたの。
ドイツ兵の態度って、現代日本のお医者さんと、同じです。
日本人が、気づかないのが、不思議ですけれど、
今の子供たちは、戦争をしていないから、知らないと、
お父さんは、言っていました。
マッカーサーの占領政策は、
日本人の、自立する心を挫(くじ)き、あほにすることでした。
ユダヤ人収容所を、見習ったの。
日本のお医者さんは、
ドイツ兵の手先になったユダヤ人のようなものです。
収容所の中の、ほとんどのユダヤ人が、あほであることを、
確信しました。
自分の賢(か)しこさが、
生き残るに値(あたい)すると、自惚(うぬぼ)れて、
あほが間引かれて行くのは、やむを得ないと、
得心(とくしん)しました。
そうして、安らぎを覚えたの。
安心して、共食いが出来ました。
収容所の中の、ユダヤ人や政治犯が、痴呆になって行く様子は、
統合失調症の患者さんの、病気の進行と、よく似ていました。
わたしは、カスパー・ハウザーっていう青年の精神症状を、
思い出しました。
あれは、幼児期に健常であった人の症状に違いないと、
小学五年生のわたしは、直感しました。
神岡の坑夫の人たちの中に、よく似た人が、たくさんいたからなの。
坑夫って、無教養の貧乏人が、ほとんどでした。
お金持ちの学歴の高い人には、生まれつきのあほに見えました。
さもなければ、精神の病気であるってね。
欧米白人の猿真似(さるまね)をする鹿鳴館の日本人も、
欧米の人たちには、猿に見えました。
わたしは、戦争や鉱山のことを知りませんけれど、
スーダンとアフガニスタンの戦争を、見に行きました。
視察と言いましたけれど、
スーダンは、アメリカ合衆国の使節団と一緒に、
停戦中に、何度か訪ね、
アフガニスタンは、占領中のソ連陸軍と一緒でした。
口実は、医療でしたけれど、ほんとは、石油が目当てでした。
いずれも、パイプラインのルートを、見て回ったの。
スーダンは、
南北内戦の境界あたりの石油を、紅海沿岸の港から積み出しました。
アフガンは、
カスピ海の石油を、インドに出すために、通過する予定でした。
表向きは平和な医療なのに、ほんとは石油って、
ばれたら、スパイにされて、銃殺かもね。
でも、スーダンやアフガンの人たちは、
医療って、戦争に似ていると、知っていました。
鉄砲を持ち、兵隊になってもよろしいと、認められる人間と、
医薬品や刃物を使い、他人の体をいじくってもよろしいと、
認められる人間とは、同じでした。
日本でも、第二次世界大戦に負けるまでは、
学校でいちばん成績の良い子は、軍隊に行きましたけれど、
戦争に負けてからは、お医者さんになりました。
同じでしょう?
病院に行くのは、戦場に行くのと同じですから、
人格も個性も、へったくれもないのに、
どうして、GID(性同一性障害)の人たちは、
個性や多様性を認めろ、と言い、病院に行くのかしら。
そんなことを、戦場で叫ぶと、
口の中に、鉄砲の弾が、命中するのに…
お医者さんって、人殺しってことに、どうして気づかないのかしら。
生かして、こき使える人間と、さっさと殺してしまう人間とを、
病院は、選別します。
ナチスドイツの強制収容所と、同じでしょう?
医療って、人殺しなのに…
鉄砲を使う戦争と、鉄砲を使わない平和な人殺しとは、
同じ結果になります。
戦争って、食料や医療や武器などの、
兵站(へいたん)の確保だけでも、面倒臭いし、お金が掛かるし、
死体も腐ります。
戦争と同じことを、合理的に行なえば、
第二次世界大戦後の、日本のようになります。
戦後に、徴兵制や戦争を、一度も経験していないのは、
近代国家では、日本だけでしょう?
日本人が、いちばん良く知っていなければいけないのに…
性転換医療は、ナチスの強制収容所と同じってことを。
鉄砲や刀や槍を使わない時代の、古い形の戦争です。
生活や考え方が異なると、
殺人者の目には、殺される人たちが、あほや気違いに見えます。
神戸の酒鬼薔薇君も、善良な人間のことを、野菜と言いました。
地面に投げつければ、潰(つぶ)れるように、弱々しいの。
彼は、お医者さんの息子の、知的障害者を騙(だま)して、
首を切り取り、学校の校門に、展示しました。
精神科だけでなく、お医者さんが自惚(うぬぼ)れると、
これと同じになります。
若いお医者さんは、ほぼ全員が、そうです。
性転換医療って、それであると、
GID(性同一性障害)の治癒した人たちは言います。
お医者さんを、死刑にしろ、と言うの。
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