湘南(しょうなん)の住宅地(じゅうたくち)からです。
いつのまにか、富士山に、雪(ゆき)が積(つ)もっていました。
右手前が、鎌倉(かまくら)の稲村ヶ崎(いなむらがさき)。
写真中央の展望塔(てんぼうとう)のあるのが、
江の島(えのしま)。
富士山の手前(てまえ)の、相模湾(さがみわん)の向こう岸は、
大磯(おおいそ)から小田原(おだわら)あたりです。
富士山の手前の、低い山の稜線(りょうせん)のうちで、
江ノ島の展望塔(てんぼうとう)の、斜(なな)め左上の、
三角形(さんかっけい)の目立つ山影(やまかげ)が、
金時山(きんときやま)。
その左隣(ひだりどなり)と合わせて、
箱根(はこね)の北側の外輪山(がいりんざん)です。
写真の左端の一塊(ひとかたまり)が、箱根の中央火口丘。
右が神山(かみやま)、左が駒ケ岳(こまがたけ)です。
江ノ島の展望塔(てんぼうとう)の、斜(なな)め右上の、
低い三角形(さんかっけい)が、矢倉山(やぐらやま)。
マンションの間に、
ヨットハーバーの、帆柱(ほばしら)が見えています。
手前の住宅地は、
塀(へい)で囲(かこ)わない約束(やくそく)です。
アメリカ合衆国の真似(まね)ですけれど、
あっちは、住宅団地全体を、網(あみ)で囲い、
警備員(けいびいん)を雇(やと)っていたりします。
いくら競争(きょうそう)をしても、
日本のほうが、治安(ちあん)の良いのは、
なんで、性転換医療のような、つまらないことをするのか、
やりはじめたお医者さんが、もう死んでいますので、
白状させられません。
どうせ、問い詰めても、本当のことを言いませんから、
わたしが代わりに答えておきます。
脳味噌が、体の性別と反対になっているので、
体のほうを手術する…
性別って、
ちんちんや性腺や、その他の生殖器官によって、決めるのが、
社会慣習です。
一般の人は、ちんちんの有無で行きますが、
わかりにくい時は、お又の性器の外観を、総合的に評価します。
お医者さんでしたら、
わかりにくい時は、性腺や子宮などの、
体の内部の器官や組織を見ますから、少しは賢(か)しこそうです。
染色体や遺伝子を持ち出すと、
もっと、賢(か)しこそうに見えますけれど、
判断の仕方は、一般の人と、ちっとも変わりませんから、
どんぐりの背比(せいくら)べです。
性転換医療を始めた人たちの言うには、
世間一般の伝統的な男女の識別をやめて、
脳の器質を見て、性別を決めるべきです。
なぜなら、心は、脳の器質によって、決まるから。
男や女と言われる心は、
それに相当する脳の器質の違いによる、と主張します。
脳を見れば、体の生殖器の形の、男や女と言われる違いに応じて、
脳の器質の形にも、だいたい、二種類の違いがあります。
でも、男や女と言われる心の違いに応じて、
脳の器質が違うとは、全く証明されません。
統合失調症や知的障害の人の脳を見ても、
原因となる器質的な病変は発見されません。
心は、健常な人と、はっきりと違います。
人を殺しても、責任能力が無いから、不起訴になるぐらいです。
それだけ、心が違っていても、脳の器質は、区別がつきません。
微細な器質的な原因があるのかも知れませんけれど、
統合失調症や知的障害って、
大昔から、世界中に、ものすごい人数がいますから、
共通の化学変化を左右する原因があれば、
たとえ微細でも、すでに発見されているはず、と考えるのが
普通です。
しかも、統合失調症の認知障害は、進行することが多く、
発病前は、一流大学出身のお医者さんであったにもかかわらず、
発病後は、身の回りのことや、二桁と二桁の足し算ができなくなり、
体は元気なのに、寝たきりになるところまで、
だんだんと進行する人もいます。
脳の器質を見ても、それに応じた変化は、何も見つかりません。
男の心や、女の心ってのも、それと似たようなものなの。
具体的な文化に適応した結果ですけれど、
いったん、神経の道筋(みちすじ)ができてしまうと、
そう簡単には、変更できません。
習慣と同じですが、乳幼児の頃にできた習慣は、
神経細胞の樹状突起だけでなく、
神経細胞の軸索の経路になっているかも知れません。
GID(性同一性障害)の人たちは、
それが胎児の頃にできて、変更不能になっている、と言いますが、
いわゆるホルモンシャワーによって、胎児の頃に出来るのは、
二種類の系統の、体の生殖器の形の違いを、運営するための、
二種類の、内分泌機能や、無意識の行動などのことでして、
具体的には、無意識に、性周期という脳の機能が消失したり、
フェロモンと言われる特定の化学物質を感知すると、
無意識に馬乗りになり、性交渉をしようとしたりすることなどです。
けっして、わたしたちが、
男の心や、女の心と、文化的に呼んでいるものでありません。
男なら、大胆に行動的であり、女なら、お人形遊びが好き、などと
言われるのは、
ホルモンシャワーによって出来る脳の機能と、ぜんぜん違います。
それどころか、GIDの人たちの心って、
どう見ても、FtM(female to male 女→男)の人は、
女らしい文化的な心ですし、
MtF(male to female 男→女)の人は、男らしい心に見えますから、
ちっとも、文化的な心と、体の性別とが、違っていません。
女らしい気持ちの女性が、無理に男らしく演技をして、
男らしい男性が、必死に女らしく演技をしているように見えます。
どうして、わざわざ演技をしてまで、
自分の心は、体の性別と違うと、本人は確信しているのかしら。
男っぽい体つきの女性や、女っぽい体つきの男性でしたら、
顔や体の見てくれに応じて、
一生懸命、演技をしているだけかもしれません。
それでしたら、思春期に近くなってから、
GIDを発症しそうな感じですが、
御本人は、幼児の頃から、性別に違和感を感じていたとか、
自分の本当の性別は、体と反対であると確信していた、
などと言います。
お母さんに聞くと、
たいていは、幼児の頃に、ちゃんと体の性別の通りの言動でした。
思春期以後に、ぐれて、こうなった、と言うのですが、
御本人の顔や体つきを見ると、ぐれたのでなく、
たぶん、顔や体の見てくれのせいで、
周囲の人たちから、差別虐待を受けたり、
損になることを強いられています。
それなら、
ぜんぜん、望みの性別に似ていない顔や体の見てくれの人は、
どうなのかしら。
GID(性同一性障害)には、
他の精神障害の症状の出ている人が、たいへん多いの。
御本人は、性別のせいや、
性転換についての、社会の無理解のせいなどと言い、
二次的な症状である、と主張しますが、
症状の現れた順番が、病気の原因と結果の関係を表しているとは、
必ずしも言えません。
GID(性同一性障害)の特徴的な症状は、
異性装による性的な遊戯であり、
心の性別の主張や、性ホルモン剤やSRS(性転換手術)の希望や、
異性の実生活の実行などは、
性的な遊戯を正当化するための、ヒステリーです。
人によっては、同性愛や両性愛や無性愛などを、
心の性別の証拠と、主張するかも知れません。
いずれにしても、何らかの原因により、社会に適応できない苦痛を、
異性装や同性愛などの、性的快感によって、
紛(まぎ)らわそうとするものです。
通常の男女の性愛によらずに、異性装や同性愛に頼ろうとするのは、
社会に適応できない苦痛が、一時的でないことを意味しています。
もっとも、わかり易いのは、
顔や体の見てくれが、異性に似ているために、
差別虐待を受けたり、損をしている場合でして、
たいていは、一時的でありません。
不安になると、急に気分が落ち込み、
どうしようもできなくなる人や、
精神的に苦しくなると、発作的に衝動を抑えられなくなり、
異常な言動に走る人や、
嫌(いや)なことをしようとすると、
呼吸が苦しくなり、蕁麻疹の出る人など、
GID(性同一性障害)の大部分人は、
ありきたりの精神障害の症状を、
性的快感によって、紛らわそうとしています。
御本人に、一時的と感じられないぐらいに、
よく自覚している人は、幸いです。
ほとんどのGIDの人は、自分の精神症状を自覚できずに、
乳幼児の頃からの、性格になっています。
自分は、GIDという精神障害にされている、と御本人は不満です。
GIDでなければ、他の精神の病気に、配当されるだけですから、
GIDであるとするのは、ただの分類にすぎません。
御本人は、性別うんぬんや性転換のことしか、
自覚していませんので、
GIDという精神障害にされなければ、健常であると、思っています。
ニンジンに釣り上げられた馬のように、
性転換医療に誘われなければ、
自発的に受診することがありませんので、
人格障害や統合失調症などに、よく似ています。
性的快感によって、精神的な苦痛を紛らわすのでしたら、
オナニーや、通常の男女の性愛、という手もありますが、
それでは、間(ま)に合わないので、
異性装や同性愛に走っています。
本人に自覚がありませんので、
病気の真っ最中に人に、そのへんの事情や心を尋ねても、
たいていは、無駄です。
病気の治った人は、無我夢中であったので、
記憶の内容も、夢のように歪(ゆが)んでいる、と言います。
視野が狭くなったかのように、
わざと、目の前のことだけを、見詰めていたそうです。
脇目(わきめ)も振らずに、自分の意志を実行するのが、正しいと、
信じていたらしいの。
夢や意志を実行する人は、たいてい、そうですから、
目指す内容が、間違っていただけなのでしょうか。
統合失調症でも、問題になりますけれど、
自分からわざと、こうしなければいけないと、
努力をして、演技をしてしまいます。
わざと、感情移入をします。
苦しいことを、見ないようにすると、普通はそうなります。
苦しいことが何かを、本人に自覚できなければ、
どうしようもありません。
異性装や同性愛でなければいけないのは、なぜなのかしら。
通常の男女の性愛では、埒(らち)が明かないからですが、
自分の心の性別が、体の性別と違うから、
異性装や同性愛でなければいけないと、御本人は言います。
わたしには、女同士の競争や、男同士の競争は、
異性に打ち明けても、埒(らち)が明かないように、思えるの。
女同士の競争や、男同士の競争が原因になり、
精神的な苦痛に苛(さいな)まれている人が、
それを緩和したい時に、異性の元に走るとは、
まず考えられません。
同性でなければ、事情がわかりませんから、心が通じません。
話になりません。
同性の親友が欲しく、しかも性的快感が欲しければ、
異性装や同性愛になるのは、当たり前です。
女同士や男同士の競争が、いつも精神的な苦痛になるのは、
同性の社会に適応できないってことですけれど、
そのことが、異性の社会に適応できる意味でないことは、
言うまでもありません。
多くは、同性の社会にも、異性の社会にも、適応できずに、
性的快楽に耽溺(たんでき)しているだけです。
社会に適応できずに、性的快楽を貪(むさぼ)るって、
昔からの、ありきたりの非行ですけれど、
異性との性的遊戯を拒否して、生殖を断つのは、
引きこもりのような気がしてなりません。
実際に、性転換の一連のイベントを終えると、
引きこもりになる人が、少なくありません。
売春に走る人のほうが、予後が良いようです。
似たような精神的事情のお医者さんが、
性転換医療を行なう人に多く、
何のためにお医者さんになったのか、という動機が、
何のために異性装や同性愛に走ったのか、という患者さんの動機と、
ほとんど変わりません。
欧米では、確かに長い年月、同性愛差別がありましたし、
人種差別と同じくらいに、苛酷でした。
第二次世界大戦後も、徴兵制や戦争があり、
同性愛者の立場は、命懸けの苦境にありました。
日本には、そのような事情がありません。
日本の性転換医療を行なう医師たちは、
エステティックな差別をなくすための、社会運動を行なわずに、
差別を助長するための性転換医療を行なっていると、
GIDの治癒した人たちは言います。
性転換医療は、GIDの原因となる精神障害を悪化させて、
GIDの患者さんたちを殺そうとするもののように、見えるそうです。
精神障害者に対する憎しみが、性転換医療の動機であると。
殺意をもって性転換医療を行なっている、と言うの。
わたしの見た感じでは、性転換医療を行なっている医師も、
GIDの患者さんたちと、同じ精神障害なのですが…
共食い医療ですから、
やったら、やり返されるのは、当然かも知れません。
わたしの前任者は、カリフォルニアに逃げましたが、
わたしは、性転換医療をやめました。
治癒した人が増えれば増えるほど、
日本では、性転換医療を行なう医者が、危なくなります。
種(たね)を蒔(ま)いて、袖(そで)を引いたのは、
医者のほうですから。
サリンを撒(ま)けば、患者が受診するのは、当たり前です。
医者が、サリンを撒きました。
同じことが、日本の性転換医療にも、言えます。
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