ラホーヤ 962 賢しこさと美しさ 意志と実行と認識

ラホーヤって、サンディエゴの市街地(しがいち)の、
15kmほど北の、高級住宅地(こうきゅうじゅうたくち)です。
海岸(かいがん)に、海豹(あざらし)がいますので、
観光地(かんこうち)になっています。
 
アメリカの、いちばん値段(ねだん)の高い住宅地ですので、
それだけで、軽井沢(かるいざわ)や逗子(ずし)のように、
観光地(かんこうち)になるのかも知れません。
 
海岸(かいがん)の公園(こうえん)に、
草花(くさばな)が一杯(いっぱい)なの。
雨(あめ)が降(ふ)りませんけれど、
海辺(うみべ)と砂漠(さばく)と高山(こうざん)の
植生(しょくせい)は、よく似(に)ています。
 
野生(やせい)の海浜植物(かいひんしょくぶつ)を、
移植(いしょく)したのかしら。
まったくの自生(じせい)かも知れません。
 
ロサンゼルスやサンディエゴあたりですと、
海岸(かいがん)の朝(あさ)は、
霧(きり)に包(つつ)まれます。
その霧(きり)を求(もと)めて、人間も住み着(つ)きました。
 
ラホーヤの海岸(かいがん)には、
チルドレンズ・プールと言われる浜辺(はまべ)があり、
人間の子供たちでなく、
海豹(あざらし)が寝(ね)そべっています。
 
その浜辺(はまべ)が左(ひだり)に見える公園(こうえん)から、
右のほうを見ると、
ラホーヤの海(うみ)に面した住宅地(じゅうたくち)が見えます。
 
遠(とお)くは、
サンクレメンテやロングビーチの海岸に、続いていますが、
たぶん、すぐ近くしか、見えていません。
 
ラホーヤは、意味不明(いみふめい)のインディアンの言葉ですが、
サンディエゴは、
インディアンのキリスト教徒の名前(なまえ)です。
 
真(ま)っ昼間(ぴるま)から、
イエスキリストのお母さんの、マリアさんが現(あらわ)れました。
聖堂(せいどう)を建てて、わたしを祀(まつ)りなさい、
司教(しきょう)さまに、訴(うった)えなさい、
バラの花(はな)を持って行きなさいと、言ったそうです。
 
司教さまに会(あ)うと、
床(ゆか)に落(お)ちたバラの花が、
マリアさんを描(えが)いた絵(え)になりました。
 
スペイン人って、キリスト教の伝承(でんしょう)が好きですから、
神話と一緒(いっしょ)に暮(く)らすインド人に、
よく似ています。
文学的に人を殺(ころ)すのかしら。
 
アリストテレスや、バイキングのように、
罰当(ばちあ)たりの考え方のほうが、
戦争(せんそう)に強(つよ)いのに。
 
GID(性同一性障害)みたいに、
心(こころ)が、どうのこうのと、
プラトニックなことを言っていると、
性転換医療(せいてんかんいりょう)を行なう美容外科医や
精神科医や産婦人科医などと、同じ精神の病気になります。
 
物理化学の賢(か)しこさも、エステティックな美しさも、
心の価値(かち)にすぎません。
 
賢(か)しこさや美しさに自惚(うぬぼ)れて、
他人(たにん)を攻撃(こうげき)する気持ちも、
自分(じぶん)の心(こころ)を信(しん)じて、
自分(じぶん)から間引(まび)かれて行く気持ちも、
同じ種類(しゅるい)の精神(せいしん)の病気ってことが、
性転換医療(せいてんかんいりょう)に、よく現れています。
共食(ともぐ)いってことね。
 
ラホーヤは、サンディエゴ市内ですけれど、
ロサンゼルスから、120kmも、離(はな)れています。
別荘(べっそう)なのかしら。
 
ロサンゼルスもサンディエゴも、日本と比(くら)べて、
人口(じんこう)は知(し)れていますから、
軽井沢(かるいざわ)や逗子(ずし)に、
高級住宅(こうきゅうじゅうたく)を
所有(しょゆう)している個人(こじん)のほうが、
ビバリーヒルズや、ラホーヤの住民(じゅうみん)よりも、
支配階級(しはいかいきゅう)かも知(し)れません。
 
日本って、賢(か)しこさであれ、美しさであれ、強さであれ、
自惚(うぬぼ)れて、他人(たにん)を攻撃(こうげき)する人は、
間引(まび)かれます。
出(で)る杭(くい)は打(う)たれるの。
 
自分(じぶん)から
間引(まび)かれて行(い)こうとする弱(よわ)い人たちが、
落(お)ちこぼれないように、
みんなで手(て)を繋(つな)いで、
仲良(なかよ)く助(たす)け合(あ)うのが、
日本人の人情(にんじょう)です。
 
強(つよ)きを挫(くじ)き、弱(よわ)きを助(たす)く、
ってやつ。
 
性転換(せいてんかん)をしたければしろ、と言(い)い、
生殖機能(せいしょくきのう)を壊(こわ)してあげるのは、
日本では、精神(せいしん)の病気(びょうき)なの。
それをやると、
日本人は、ピグミーのように、間引(まび)かれてしまいます。
 
アメリカ合衆国の黒人(こくじん)が、大統領になったのも、
みんなで、協力(きょうりょく)をしたからです。
絶対(ぜったい)に、人殺(ひとごろ)しの黒人(こくじん)を、
白人(はくじん)の警察(けいさつ)に、渡(わた)しません。
自分(じぶん)たちの手(て)で、処刑(しょけい)しました。
 
欧米(おうべい)では、
性転換(せいてんかん)をしたいと、言(い)う人だけが、
精神(せいしん)の病気(びょうき)ですけれど、
日本では、
性転換医療(せいてんかんいりょう)を行(おこ)なう医師や、
それを支援(しえん)する学者(がくしゃ)も、
精神(せいしん)の病気(びょうき)です。
 
他人(たにん)を攻撃(こうげき)すると、
懲(こ)らしめられるので、みんなに
差別虐待(さべつぎゃくたい)をされている弱(よわ)い奴を
見つけて、やっつけてやろう、と思(おも)うのも、
やっぱり、精神(せいしん)の病気(びょうき)です。
 
GID(性同一性障害)の人を見つけて、
性転換(せいてんかん)をさせてあげよう、
間引(まび)いてやろうと、手(て)を下(くだ)すのは、
精神(せいしん)の病気(びょうき)なの。
 
実際(じっさい)に、
GID(性同一性障害)の半分(はんぶん)の人たちは、
顔(かお)や体の見てくれが、
異性(いせい)に似(に)ているので、
自惚(うぬぼ)れて、
他人(たにん)を攻撃(こうげき)します。
 
差別虐待(さべつぎゃくたい)をされるので、
性転換(せいてんかん)をして、
免(まぬか)れようとする人たちと、
差別虐待(さべつぎゃくたい)をしたいので、
性転換(せいてんかん)をして、
攻撃(こうげき)しようとする人たちとが、
GID(性同一性障害)の患者(かんじゃ)さんの中に、
同居(どうきょ)しているように、
GID(性同一性障害)という精神の病気(びょうき)の中に、
患者(かんじゃ)さんになる人と、
お医者(いしゃ)さんになる人とが、
同居(どうきょ)しています。
 
この違(ちが)いを、理解(りかい)できない人は、
もしも、健常(けんじょう)な精神(せいしん)でしたら、
日本に暮(く)らさなくても、結構(けっこう)です。
欧米(おうべい)との、違(ちが)いね。
 
野球(やきゅう)や、サッカーも、
お金儲(かねもう)けや、戦争(せんそう)も、
日本人が、欧米人(おうべいじん)と、同じ考え方になると、
勝(か)ち目(め)がありません。
間引(まび)かれてしまうの。
 
欧米人(おうべいじん)でないのですから、
欧米人の価値観(かちかん)や規則(きそく)によって、
勝負(しょうぶ)をしても、
負(ま)けるのは、当たり前ですけれど…
 
みんなで協力(きょうりょく)をして、
一緒にやることを大切にして、生(い)き延(の)びて来たのが、
日本のやり方です。
抜け駆(が)けも、駆(か)け落ちも、許(ゆる)しませんから、
性転換医療(せいてんかんいりょう)も、性転換も、
精神の病気です。
 
ソ連や中国の共産主義も、似たような意味(いみ)でした。
ロシアは、今でも、女性のお医者さんが多(おお)く、
収入(しゅうにゅう)も高(たか)くありません。
中国(ちゅうごく)には、
裸足(はだし)の医者と言われた人たちが、たくさんいました。
 
お医者さんの、抜け駆けや裏切(うらぎ)りを、
許(ゆる)さないの。
エリートに、させませんでした。
  
日本の性転換医療(せいてんかんいりょう)を行なうお医者さんは、
犯罪(はんざい)にならないように、気(き)をつけましたが、
とっくの昔(むかし)に、
精神(せいしん)の病気(びょうき)に
なっていたのかも知れません。
 
殺(ころ)し合いになれば、だいたいは、
体(からだ)の大きいほうが、勝(か)つのに決まっています。
アフリカの体(からだ)の大きい民族(みんぞく)と、
体(からだ)の小(ちい)さい民族の、違(ちが)いを見れば、
一目瞭然(いちもくりょうぜん)です。
エステティックね。
 
大きい民族(みんぞく)は、
イスラム教やキリスト教に、改宗(かいしゅう)しました。
小さい民族は、密林(みつりん)の中から、出て来(き)ません。
石器時代(せっきじだい)の生活(せいかつ)を
続(つづ)けています。
体(からだ)の大きい奴(やつ)に、虐(いじ)められるから、
と言います。
 
南(みなみ)スーダンの、
南部(なんぶ)の熱帯雨林(ねったいうりん)にも、
ピグミーと言われる人たちがいます。
 
背(せ)の高い民族は、森から出て、
草原(そうげん)や、湿地帯(しっちたい)に、
暮(く)らしています。
成人男性(せいじんだんせい)の、
平均身長(へいきんしんちょう)が、185センチにもなり、
世界一の、長身(ちょうしん)民族と、言われています。
 
熱帯雨林(ねったいうりん)の中に住む人たちは、
成人男性(せいじんだんせい)の身長(しんちょう)が
150センチにもなりません。
 
エステティックって、
殺(ころ)し合(あ)いの精神(せいしん)を、
端的(たんてき)に表(あらわ)しています。
 
顔(かお)や体(からだ)の見(み)かけによって、
人(ひと)を馬鹿(ばか)にします。
美(うつく)しければ、賢(かしこ)いの。
 
物理化学(ぶつりかがく)や科学技術(かがくぎじゅつ)の
考え方と、まったく同じです。
見てくれから、心を知(し)ります。
形(かたち)から、意味(いみ)を読(よ)み取(と)り、
自然(しぜん)の変化(へんか)を、予測(よそく)します。
 
人間(にんげん)は、
意志(いし)の通(とお)りに、実行(じっこう)しますから、
自分(じぶん)の望(のぞ)みの通(とお)りに、
自分(じぶん)や他人(たにん)や物事(ものごと)を、
処遇(しょぐう)します。
 
崇拝(すうはい)したり、
差別虐待(さべつぎゃくたい)をしたり、
大切(たいせつ)にしたり、壊(こわ)したりします。
 
事実(じじつ)が、自分や他人の望みの通(とお)りに、
認識(にんしき)されますので、
間違(まちが)いないと、確信(かくしん)されます。
 
そのように持(も)て成(な)したのですから、当たり前ですが…
 
科学技術(かがくぎじゅつ)が、
実験(じっけん)や、試行錯誤(しこうさくご)や、
検証(けんしょう)などによって、確信(かくしん)するのと、
同(おな)じ手順(てじゅん)です。
 
社会や人間について、意志(いし)の通りに実行するのと、
自然や物体について、意志の通りに認識(にんしき)されるのとが、
矛盾(むじゅん)しないように、
わたしたちは暮(く)らしています。
 
脳(のう)の神経(しんけい)の道筋(みちすじ)を、
大きく変更(へんこう)しなければ、いけないような、
苦(くる)しいことは、嫌(いや)なの。
 
アリストテレスは、論理学(ろんりがく)と言いました。
物理化学(ぶつりかがく)の賢(かしこ)さと、
美人(びじん)コンテストの美(うつく)しさは、
同(おな)じ価値(かち)である、という意味(いみ)ね。
 
エステティックに頼(たよ)るって、楽(らく)ちんですれど、
酷(むご)い結果(けっか)になるのに、
ギリシャ人は、自惚(うぬぼ)れていたのかもね。
 
不細工(ぶさいく)なやつを、馬鹿(ばか)にしてやれ、
殺(ころ)してしまえ、という考(かんが)え方です。
論理法則(ろんりほうそく)は、
それらの判断(はんだん)の規則性(きそくせい)であると、
アリストテレスは考(かんが)えました。
 
自然淘汰(しぜんとうた)や適者生存(てきしゃせいぞん)や
弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)などの、
進化論(しんかろん)や精神分析(せいしんぶんせき)の
判断(はんだん)ね。
 
日本人は、もちろん不細工(ぶさいく)の代表(だいひょう)です。
 
アリストテレスの論理学(ろんりがく)は、
生物学的な、生物や人間や社会についての判断と、
物理化学の、運動や物体の変化についての判断とを、
同じものとして、根本的(こんぽんてき)に纏(まと)めますが、
もしかしたら、古代(こだい)ギリシャの
常識(じょうしき)であったのかも知れません。
 
これとあれは、同じであるとか、
規則的(きそくてき)であるとかと、判断(はんだん)するのは、
これやあれの、刺激(しげき)や情報(じょうほう)があれば、
いずれであっても、脳(のう)の中の、
これこれの特定(とくてい)の文化的(ぶんかてき)なプログラムが
作動(さどう)する、という意味(いみ)なのですが…
 
物理化学(ふつりかがく)や、
近代オリンピックや、美容(びよう)コンテストなどは、
古代ギリシャやアリストテレスの考(かんが)え方を、
継承(けいしょう)しています。
 
産業革命(さんぎょうかくめい)も、フランス革命も、
黒船(くろぶね)も、自由の女神(めがみ)も、
共産主義(きょうさんしゅぎかくめい)も、ヒトラーも、
原爆(げんばく)も、コンピュータも、
美容外科(びようげか)も、
性転換医療(せいてんかんいりょう)も、そうです。
 
欧米白人(おうべいはくじん)の精神(せいしん)の病気と、
日本人の精神(せいしん)の病気(びょうき)とは、
中身(なかみ)が違(ちが)います。
言葉(ことば)が通(つう)じないのに、
心(こころ)が同(おな)じわけがない。
 
物理化学(ぶつりかがく)や科学技術(かがくぎじゅつ)の、
使(つか)い方(かた)が悪(わる)かったので、
弱(よわ)い者(もの)を虐(いじ)めたのでなく、
物理化学や科学技術の考え方が、
弱い者を殺(ころ)す考(かんが)え方(かた)なの。
 
殺(ころ)し方(かた)が、物理化学や科学技術です。
刃物(はもの)や鉄砲(てっぽう)を発明(はつめい)したから、
人間は、ライオンに食(た)べられなくなりました。
その判断(はんだん)の手順(てじゅん)を、
論理(ろんり)と言います。
 
事実(じじつ)と実行(じっこう)を、
大切(たいせつ)にするので、エステティックなの。
 
意志(いし)の通(とお)りに、認識(にんしき)されるまで、
何度(なんど)も、工夫(くふう)をして、
実行(じっこう)します。
 
真(ま)っ赤(か)に焼(や)けた鉄(てつ)を、
何度(なんど)も叩(たたい)いて、
変形(へんけい)させるように、
自分(じぶん)や他人(たにん)を叩(たた)いて、
思(おも)い通(どお)りにします。
 
望(のぞ)みの形(かたち)と、みんなの形との、
違(ちが)いを測(はかる)るために、
事実(じじつ)と言(い)われる意識(いしき)の
中身(なかみ)が、認識(にんしき)されます。
 
目で見て知る形(かたち)だけでなく、耳(みみ)で聞(き)いて、
手(て)で触(さわ)って知る事実(じじつ)も、
同様(どうよう)です。
エステティックなの。
 
自分(じぶん)の望(のぞ)みと、みんなの望(のぞ)みとの、
違(ちが)いを測(はか)るために、
事実(しじつ)は、認識(にんしき)されます。
コミュニケーションのためね。
 
自分だけのプログラムと、みんなの文化的なプログラムとを、
使(つか)い分けて、その差(さ)を知りますから、
測(はか)ることができます。
あと何ミリと知り、自分や他人を叩(たた)きます。
 
弱(よわ)い奴(やつ)が死(し)んでも知(し)らん、
と言(い)うのが、
アリストテレスの、論理学(ろんりがく)の考え方です。
戦争(せんそう)と奴隷制(どれいせい)の論理(ろんり)ね。
 
物理化学(ぶつりかがく)や科学技術(かがくぎじゅつ)や
美人(びじん)コンテストなどの、
賢(か)しこさや美(うつく)しさの価値観(かちかん)は
その根本的(こんぽんてき)な規則性(きそくせい)が、
論理学(ろんりがく)として、纏(まと)められています。
 
古代ギリシャが、戦争(せんそう)と奴隷制(どれいせい)を、
正当化(せいとうか)した考え方ですから、
アメリカ合衆国の継承(けいしょう)した覇権(はけん)と、
同じ論理(ろんり)です。
 
国内(こくない)の黒人(こくじん)を
奴隷(どれい)にしなくても、
外国人(がいこくじん)を奴隷(どれい)にすれば良(よ)いと、
現代(げんだい)のアメリカ合衆国は、考えます。
ローマも、そう考えました。 
 
叩(たた)いて変形(へんけい)するような、
人殺(ひとごろ)しを行(おこ)なうよりも、
みんなの流行(りゅうこう)の
文化的(ぶんかてき)なプログラムや、
脳味噌(のうみそ)の神経(しんけい)の道筋(みちすじ)や、
自分の望みのプログラムなどを、
変更(へんこう)するほうが、良(よ)いのですが…
 
性転換や、性転換医療(せいてんかんいりょう)は、
融通(ゆうづう)の効(き)かなくなる病気ですので、
自滅(じめつ)は仕方(しかた)ないかも知れませんが、
自滅(じめつ)の勧(すす)めを、
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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