サンゴジュ 953 偶像崇拝と、エステティック

遠(とお)くから見て、何の実かなと、
不思議(ふしぎ)に思いました。
珊瑚樹(さんごじゅ)が、たった一房、赤く色づいていたの。
 
ふつうは、鈴(すず)なりに、たくさんたくさん、ぶら下がります。
小鳥(ことり)の食(た)べ散(ち)らかした実が、地面に落ちて、
お掃除(そうじ)が大変(たいへん)なくらい。
 
庭木(にわき)にするの。 
 
山に生えた自然の珊瑚樹(さんごじゅ)は、こんなものかしら。
 
 
偶像崇拝を禁止するって、
人間の姿に描かれた神さまを見て、
怪(け)しからんと思う気持ちと、懸け離れています。
 
タリバンというイスラム教の過激な復古主義者たちは、
アフガニスタンのバーミヤンの、6世紀の巨大な磨崖仏を、
爆破しました。
 
偶像崇拝はいけないそうですけれど、
イランの映画監督のモフセン・マフマルバフって人の言うには、
仏像は破壊されたのでなく、
恥辱のあまりに、自分から崩れ落ちたそうです。
 
お釈迦さんは、エステティックな現世利益の因果関係を、
自然の世界や、人間同士の世の中の、成り立つ仕組みであると、
考えました。
人間や動物や生物のほうの、認識の仕組みが、そうなっているから、
そのように見えると、説法しました。
 
数学の問題を解いて、
みんなに、解き方を教えてあげるようなものですけれど、
そうかと言って、人間や動物などの側の、認識の仕方を、
変更しようとしても、
認識された結果の、意識の中身(なかみ)が変わるだけですから、
早い話が、文化の流行が変わるだけなの。
 
文化の中身(なかみ)なんか、
放って置いても、しょっちゅう、流行が変わっていますから、
わざわざ、流行の中身を変えようとしても、
骨折り損のくたびれ儲けかも知れません。
 
自分だけ、流行はずれのことをすれば、あほや気違いと言われます。
お釈迦さんは、聖者と言われましたけれど、
あほや気違いと、言われなかったそうです。
舌の使い方が、上手(うま)かったのかも知れません。
 
     わたしは、GID(性同一性障害)の人たちから、
     自殺や入院を、勧められたことがあります。
     鉄砲や包丁や、首吊り用のロープを、
     病院に持って来た人もいました。
 
     GIDって、統合失調症と比べると、桁違いに過激です。
     タリバンみたいかも知れません。
     だいたいは、統合失調症よりも、人格障害のほうに、
     恐い人が多いの。
      
     統合失調症の人は、滅多(めった)に他害に及びません。
     ほとんどは、
     御家族や、同僚や、友達や、警察官などから、
     差別虐待を受けます。
 
     舐(な)められて、差別されて、虐待されると、
     こいつは、あほだ、気違いだ、と言われます。
     舐めるとか、舐められるとかって、
     ようするに、仲間はずれにしたり、されたりして、
     孤立したり、させられたりすることです。
 
人間の賢しこさや、健常さって、
離合集散や合従連衡などの能力によって、評価されますから、
コミュニケーションって、
殺し合いや助け合いのために、徒党を組むようなものです。
 
この能力が低いと、孤立して、あほや気違いと言われ、
差別虐待されますから、
椅子(いす)取りゲームにあぶれて、立ちん坊になるのと同じです。
     
心筋細胞って、離れ離れになっていると、
それぞれが、ばらばらのリズムとテンポで、拍動していますけれど、
くっつくと、みんなで一つのリズムやテンポを共有します。
 
同じ電車に乗り合わせれば、みんなが同じように揺られて、
同じように、目的地に運ばれるみたいに、
くっつけば、動き方が一つに同調するのは、当たり前ですけれど、
電気や振動って、空間的には離れていても、
忍者みたいに、こそっと伝わりますから、
目に見えないのに、情報が伝達されて、
物事が、べちゃっと、一つのように機能してしまいます。
 
人間の社会は、それですから、
エステティックな見てくれによって、
社会の機能を、個体の機能であるかのように、
自分や他人などの、個体を評価すると、
あほと言われるかも知れません。
 
ほんとは、エステティックに、個体を見て、
あほと言う者が、あほなのですが、
哺乳類って、他の個体を、エステティックに評価しているように、
人間の目には見えます。
人間は、鼻があほなので、フェロモンを感じません。
 
脳は、文化というコミュニケーションのための臓器ですから、
40を過ぎれば、自分の顔に責任を持て、と言うのは、あほなの。
     
心筋細胞の拍動のように、
人間は、みんなが一緒の文化的なプログラムを使って、
同調しているだけなのに、
個体のエステティックな顔や体の見てくれに、
神秘的な能力があるかのように、間違えてはいけません。
 
     統合失調症に比べて、GID(性同一性障害)では、
     たくさんの人が、自分の体の生殖機能を、
     お薬や刃物によって、破壊したいと、強く望みます。
 
     統合失調症では、他人に虐待される人が多く、
     他人に危害を加える人が少ないのに、
     GIDでは、自分を虐待する人が多く、
     その上に、他人に危害を加える人も、少なくありません。
     ヒステリーって、だいたい、そうですけれど。
 
     顔や体や性器の、
     エステティックな見てくれを変形するには、
     性腺を、不可逆的にやっつけないとダメと、
     信じられています。
     卵巣や精巣のことね、性腺って。
 
     自分をやっつけるのも、他人をやっつけるのも、
     他人から差別虐待されるのも、
     他人や自分を差別虐待するのも、
     似たような精神の病気です。
 
     自分や他人に、舐(な)められて、
     あほや気違いと、言われるから、そういう症状になるの。
     重症になれば、精神の病気と言われますけれど、
     軽ければ、犯罪や美容外科に走るだけかも知れません。
 
どこへ行っても、だれと一緒になっても、
みんなと一緒にできない原因って、
体や脳の、病気や障害のことがあります。
     
統合失調症やGID(性同一性障害)では、
脳の器質を調べても、原因となる病変を発見できませんので、
生まれる前の胎児の頃や、生まれた後の乳幼児の頃や、
ひょっとしたら、それ以後に、
脳の神経細胞の樹状突起の枝分かれが、変に作られたまま、
変更できなくなっているのかも知れません。
 
化学物質の変化の仕方や、樹状突起を作ったり壊したりする手順や、
軸索という電線の中の電気の伝わり方などに、共通の異常があれば、
統合失調症の患者さんって、物凄い人数ですから、
死んだ患者さんの脳みそを調べれば、わかります。
遺伝子でしたら、生きているときに、わかります。
 
でも、経験の中身の、人それぞれの違いは、
神経細胞の、化学物質の受容体や、樹状突起や、軸索などを見ても、
わかりません。
いわゆる健常な個性は、今のところ、読み取れません。
 
     統合失調症やGID(性同一性障害)などの、
     脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類の、
     精神の病気って、
     その精神症状が、健常な人の機能と、同じなの。
 
     戦争になれば、健常な人が、
     何も悪いことをしていない敵の兵隊や、
     何の怨みもない敵の民間人を
     虫けらのように殺します。
 
     そうでなければ、自分が殺されるから、仕方ありません。
     敵に殺されるだけでなく、味方にも殺されますから、
     味方を殺すことも、戦場では、しょっちゅうです。
 
     平和な時に、それをすると、
     刑務所や精神病院に、入れられます。
 
     統合失調症やGIDなどの、精神の病気の症状って、
     それに似ていますけれど、
     戦争は、社会全体に起こるだけでなく、
     複数の人間の個体がいれば、
     いくらでも、局地的に起こります。
 
     個人と個人の、戦争の時の精神状態って、
     統合失調症やGIDなどの、
     精神の病気の症状と、同じですけれど、
     平和になると、その瞬間から、
     平和モードになる人もいれば、
     一生、元に戻らない人もいます。
 
     いつでも、戦争と平和を、
     てきぱきと、使い分けられる人もいれば、
     一回も、使い分けることの出来ない人もいます。
 
     一回だけの経験なのに、
     習慣のように、無意識に繰り返すことができるのは、
     脳みその性能が良いのかしら、悪いのかしら。
 
     刷り込みと言う人もいますけれど、
     アリストテレスは、
     立派なことを意識して行なわなければいけないのは、
     まだ立派でない、と言っていました。
     優れた人は、無意識に、立派なことを行なうそうです。
     自動機械になったほうが、賢いのかしら。
 
     習慣の変更って、難しいから、習慣と言いますけれど、
     心因反応という病名になっています。
 
     タバコをやめられないのも、
     心因反応と言うべきかも知れませんが、
     人殺しの責任能力を鑑定して、
     法廷の証言に立った医学者が、心因反応の意味を、
     法廷のみんなに、説明しなければいけないことが、
     よくあります。
     
     恥辱のあまりに、自分から崩れ落ちた鑑定です。
 
     いくら説明しても、文学しか出て来ません。
     人を死刑にするか、無罪にするかと、
     斟酌(しんしゃく)する時に、
     みんなの知らない文学用語を使うのが、
     日本の裁判の実態です。
 
     どうせ、警察や検察が決めた通りに、
     裁判でも、責任能力が認定されますから、
     日本では、刑事裁判って、ただの儀式なの。
     スターリンのソ連が、粛清のために行なった裁判よりも、
     日本の裁判の実態のほうが、独裁的です。
 
     北朝鮮の裁判よりも、悪質かも知れません。
     だって、北朝鮮が独裁国家であるって、
     みんな知っているもん。
     ソ連や北朝鮮って、政治家の争いがあれば、
     裁判の内容が変わります。
 
     日本の裁判は、政治に左右されないので、神秘的です。
     血だらけの権力争いがないのに、
     何を根拠に、裁判が独立しているのかしら。
 
     猿真似(さるまね)と言いますけれど、
     黒船と原爆に負けたから…
      
原因と結果という時間の関係であれ、
目で見た映像という空間の関係であれ、
いくつかの情報をくっつけて、一つの概念に纏めて認識する時に、
概念の中身(なかみ)に、条件を付けて、分類します。
     
神経細胞の樹状突起の枝分かれのことね。
複数の情報をくっつけて、道筋をつけるのが、神経の機能です。
神経って、道筋そのものなの。
 
この情報と、あの情報とを、くっつけるのに、
正しいくっつけ方と、まちがったくっつけ方なんて、ありません。
 
これまでに、くっつけてきた道筋の、先っちょに、
新しいくっつけ方を、継ぎ足すことができれば、楽ちんです。
これまでの道筋と、ぜんぜん違う系統の、新しい幹線道路を、
年を取ってから、作れるわけがありません。
老化に立ち向かうって、しんどいの。
  
お腹の中にいる時に、根本的な幹線道路が、出来ています。
人間に近い哺乳類の脳みその、神経の道筋の先っちょに、
人間らしい枝分かれを作っていますから、
人間って、生まれた時から、年寄りです。
 
融通が効かないから、人間なのに、
何を勘違いしたのか、人間は賢いそうです。
そう言えば、猿や人間って、虎の威を借りるのが上手(うま)く、
権力の犬と言われる人が、たくさんいます。
 
お医者さんも、免許が頼りですから、車の運転に似ています。
既成品の機械を、交通規則の通りに、運行させますから、
ほとんど、融通が効きません。
道のない所を、走れませんから、あまり役に立たないのに、
商魂の逞しいお医者さんが、たくさんいます。
  
     みんなと一緒のことができずに、
     孤立して、差別虐待されると、
     健常な精神の機能の、組み合わせによって、
     だれでも、精神の病気になります。
 
     統合失調症やGIDなどの種類の、精神の病気の原因って、
     みんなと一緒のことのできない素質が半分と、
     苛酷な経験が半分って、言われていますけれど、
     素質って、共通なものを、具体的に特定できませんから、
     人それぞれの素質です。
     
     人それぞれの経験と、違うのかしら。
     たとえば、遺伝に異常があれば、わかりますけれど、
     異常がなく、
     人それぞれの遺伝的な組み合わせのことを、
     素質と言うのでしたら、
     人それぞれの経験と、似たようなものです。
 
     卵(らん)や精子が、どのような遺伝子と出会うかも、
     経験の内です。
 
     健常な精神の機能の組み合わせによって、
     統合失調症やGIDなどの精神症状が、
     ちゃんと現れて来るように見えます。
     健常な人の精神と見て、不思議な事は何もない、
     という意味ね。
 
     それでも、あほになります。
     人間って、苦しみから逃(のが)れられなければ、
     自分からあほになるのが、正常ですけれど、
     精神の病気と言われます。
 
     猿のことを、あほだから、精神の病気と思うのは、
     人間の自惚れですけれど、
     他人のことを、そう思うのは、
     自分のことを自惚れているだけかも知れません。
 
     人間でしたら、賢くなければいけない、と思うのは、
     みんなと一緒なので、
     犬みたいに、他人の威を、笠に着ています。
     権力を握るって、
     他人の威を借りて、人を殺すことでないのかしら。
 
     統合失調症の妄想や幻聴って、
     健常な人に起こらない、と言う人もいます。
     毎日毎日、拷問しても、
     起らない人には、起らないそうですけれど、
     ほとんどの統合失調症の人って、
     乳幼児期には、発達障害を見逃されるくらいに、
     軽い発達障害のような異常しか、ありません。
     
     だんだんと、症状が悪化して、
     統合失調症と診断される状態になり、
     さらに進行して、
     日常生活ができなくなるところまで、行きますから、
     アルツハイマーに、そっくりです。
 
     アルツハイマーよりも、もっと進行の速度が緩やかで、
     脳の器質に、変性がありません。
     最も重症の統合失調症でさえ、
     その多くは、20才代前半の頃に、
     GID(性同一性障害)と区別がつきません。
 
     GIDぐらいに元気でも、
     ちゃんと廃人になるところまで、進行しますので、
     統合失調症とGIDの間に、
     根本的な違いがあるとは、思えません。
 
     どれほど健常な精神の持ち主でも、普通は、死ぬときに、
     ちゃんと、あほになってから、死にます。
     体が苦しくなれば、誰でもあほになりますけれど、
     みんなと一緒のことができずに、
     孤立して虐待されるってのは、みんなから
     体が苦しくなるように、仕向けられるって意味です。
 
     精神病になりやすい素質から、
     その他の精神の病気に、一時的になりやすい素質まで、
     内因性と言われる素質の、
     色々な種類や強弱があるのでなく、
     みんなから差別虐待を受けやすい生まれつきの、
     変更困難な個性と、
     苛酷な経験とがあるだけのように見えます。
     
脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類の、
精神の病気では、
脳の器質の違いが、何を意味しているかを、読み取れませんので、
個性の範囲内の違いしか、精神症状に現れません。
  
人を虐(いじ)めて、あほや気違いにするのは、
虐める人と、虐められる人の、両方が同じ病気ですから、
虐(いじ)められたほうの人だけを、
精神病院に、強制的にぶち込んで、
無理やりに、抗精神病薬という薬物を飲ませるのは、
治療でなく、虐待の続きとも、言えます。
 
GID(性同一性障害)でも、
治療と称して、患者さんの体や生殖機能を壊しますけれど、
統合失調症やGIDでは、
お医者さんが、患者さんの頭や体を壊してあげると、
患者さんは、喜びます。
 
統合失調症では、抗精神病薬によって、頭があほになりますから、
患者さんは、苦しいことを考えられなくなります。
仲間はずれにされて、差別されて、虐待されると、苦しいでしょう?
 
抗精神病薬って、人間的に頭を働かせる機能を、低下させます。
苦しさを感じなくなるところまで、あほにするの。
そうすると、苦しくなくなりますから、
患者さんは楽(らく)になり、喜びます。
見違えるように、元気に明るくなりますから、お目出度い結果です。
 
あほと言うと、怒られるから、
ドーパミンの伝達量を下げる、と言っておきます。
奇麗に聞こえるでしょう?
こういう大嘘(おおうそ)を言うのは、
薬屋さんでなければ、精神科医です。
奇麗に言わないと、商売になりません。
     
     ほんとは、差別虐待をした奴を捕まえてきて、
     患者さんと同じように、強制的に精神病院に入れて、
     無理やりに抗精神病薬を飲ませなければいけません。
 
     でも、差別虐待をしているのは、
     御家族や同僚や親友や警察官ですから、
     こいつらを、全員、廃人にするわけに行きません。
 
     どちらを廃人にするかと、二者択一を迫られれば、
     差別虐待を受けたほうに、決まっています。
     だって、一番、差別虐待をしているのは、
     精神科のお医者さんなんだもん。
 
     患者さんのほうは、差別虐待をされて、
     頭がイカレていますから、
     孤立していれば、保護してあげないと、
     しょうがありません。
 
     加害者のほうは、人を差別虐待して、
     気持ちが良くなっていますので、安全です。
     ライオンも、食べたら、気持ちが良くなり、
     あくびをして、居眠りをしています。
 
     加害者って、徒党を組んでいますから、
     そんなもん、誰と誰が加害者であるかって、
     わかりっこありません。
     みんなが、加害者なの。
     警察官を、片っ端から、精神病院にぶち込むわけに、
     行かないでしょう?
 
     みんなのほうを、措置入院にできるものなら、
     してみろってことね。
        
     それと同じなの。
     脳みその神経細胞の樹状突起や軸索や、
     受容体や化学物質などを見ても、
     どいつが犯人であるかを、読み取れません。
 
     みんなが徒党を組んでいますから、
     みんなの中の、誰と誰が加害者なのかを、
     仕訳(しわけ)できるはずがないのと、
     精神の病気の患者さんの脳の、どこに、どのように、
     病気の原因や症状が現れているのかを、
     読み取れないのとは、同じ意味なの。
 
     そのことを、個性と言います。
     脳みそって、コミュニケーションの臓器である、
     という意味ね。
 
     精神の病気の中でも、
     脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類って、
     個性が原因かも知れません。
 
     人格の個性が、器質的に微細なので、
     脳の中身(なかみ)を、読み取れないのでなく、
     多数派の人たちを、
     精神の病気とするわけに行かないので、
     患者さんの個性として、原因不明にして置きます。
 
     原因は、みんなのほうの脳みそにありますから、
     精神の病気の患者さんの脳みそを調べても、
     わかるはずがありません。     
 
維新の会ってところの、橋下っていう大阪市長の子分に、
松井っていう大阪府知事がいました。
自殺志願者が、自殺は恐いので、死刑になろうとして、
見ず知らずの二人の通行人を、
めった突きにして、残虐に刺し殺しましたので、
松井ってのが、
死にたければ自己完結で死ね、他人を巻き込むな、と言いました。
 
府知事の発言は、加害者の側の、精神の病気の症状ですけれど、
強制的に大阪府知事を捕まえて、精神病院にぶち込み、
無理やりに抗精神病薬を飲ませて、
廃人にするわけに、行かないでしょう?
 
そんなことをすれば、大阪府警の警察官を、
全員、精神病院に放り込まないといけませんから、面倒です。
通り魔のほうでしたら、1人だけですから、
こいつを、精神病院にぶち込んだほうが、楽ちんに決まっています。
合理的でしょう?
 
まだ、病気が軽かったので、統合失調症と診断されずに、
牢屋のほうに入りました。
もっと重くなると、あまり、人に危害を加えなくなります。
われ関知せず、になるの。
 
孤立がひどくなれば、一切の人間関係を断とうとします。
自分の思い描く望みの人間関係を、自作自演しますから、
周囲の人が見れば、脈絡もなく、突拍子もないことばかりを、
言ったり、したりします。
そのほうが、苦しみが少なく、楽(らく)なので、
他人との受け答えを、無視するようになります。
 
東心斎橋の通り魔は、精神の病気が軽症でしたので、
人格障害のように、他人に危害を加える行為に及びました。
責任能力があるとされて、首吊りになりますけれど、
松井っていう大阪府知事のほうは、かなり重症ですので、
牢屋が良いのか、精神病院が良いのか、本人次第かも知れません。
 
横山ノックという人は、牢屋に入らなかったのかしら。
進駐軍の娯楽施設の通訳をしていたそうですけれど、
軍隊の娯楽施設が、何をするところかって、
不沈空母の総理大臣や、従軍慰安婦の人に聞かなくても、
わたしも横須賀ですから、よく知っています。
 
ポン引きであるまいし、
横合いから、何を通訳しなければいけないのかと、
不思議に思っていたら、
選挙の街宣車の中で、行為に及んで、有罪になりました。
 
維新の会の親分の橋下っていう市長は、
昔ながらの部落解放運動の手口を使いますけれど、
大阪って、在日韓国朝鮮の人や、やくざや水商売のお店が多く、
横須賀の雰囲気に似ています。
 
お医者さんも、生まれつきに差別をされていた人が多く、
なにくそと思い、差別をする側に回るって、
昔から、よくある話です。
 
GID(性同一性障害)では、
これまで、治療を受ける側でしたけれど、
これからは、治療をする側に回りますって、
わざわざ、御挨拶に来るのですから、精神の病気って、因果です。
 
きっと、松井っていう知事さんは弁明します。
事件が起こった後に、発言をしたのだから、
因果関係は成り立たない。
わたしは犯人を虐待していない、とね。
原因と結果の関係って、ただの文学なのに…
 
     バーミヤンの磨崖仏は、
     イスラム教の神さまや、預言者たちを、
     偶像として崇拝したのでなく、
     仏教徒が、お釈迦さんの偶像を崇拝しただけです。
 
     それでも、イスラム原理主義者たちは、
     偶像崇拝を禁止するイスラムの教えに反する、
     と言います。
 
     イスラムの国でも、イスラムの指導者の写真や、
     芸能人や政治家の写真や、
     モフセン・マフマルバフという映画監督の写真などが、
     たくさん出回り、崇拝されていますから、
     お釈迦さんの彫像が崇拝されるのと、さほど違いません。
 
     イスラム教徒たちは、キリスト教徒や、仏教徒や、
     外科医や美容外科医や、芸能人や芸術家や写真家や、
     GID(性同一性障害)の人たちや、政治家などと同様に、
     エステティックな見てくれの意味を、
     理解していないかも知れません。
 
     バーミヤンの磨崖仏は、昔のイスラム教徒によって、
     顔面を破壊されていましたが、
     今度は、身体全部を爆破されました。
     顔の次は、全身って、
     エステティックな精神の病気の進行と同じです。
     たぶん、顔をやられた時に、頭がイカレています。
 
     被害者の仏教徒と、加害者のイスラム教徒の、
     どちらが、精神の病気なのかしら。
     性転換医療を行なうお医者さんと患者さんは、
     両方が、同じ精神の病気です。
 
お釈迦さんは、目で見て、手で触って、知ることのできる世界は、
ただの文化的流行の世界であると、考えました。
一般に流通しているプログラムの通りに、物事が見えますから、
原因と結果という時間の関係や、
写真のように情報を配置する空間の関係などは、
自動機械のように処理されている情報を編集して、
流行文化を無意識に表現したものにすぎません。
 
早い話が、欲望を満たすプログラムが、流行します。
したいことを、正当化するように、物事が見えるの。
みんなが一緒のプログラムを使いますから、
欲望むき出しでも、へっちゃらです。
目で見て、手で触って、実際に知ることのできる世界って、
おっぱい放り出しの、ちんちん剥き出しの、
あられもない欲望の、ごった煮なの。
 
これって、認識の仕組みですから、
みんなの文化を捨てると、あほになります。
原因と結果の関係から、解脱しなさい、とお釈迦さんが言ったのは、
そういう絡繰(からく)りを理解して、要領よく使い分けなさい、
と言う意味です。
狡賢(ずるがしこ)くならなければ、生きてられないもんね。
 
エステティックな事実を信じるのは、あほでも、
あほにならんと、生きてられないのですから、
人生って、面倒臭いことです。
 
せっかく生まれたのですから、
みんなに、生きる喜びを振りまくと、たぶん、喜ばれます。
死にかけの病気のせいで、長い間、入院していた人って、
病気が治って、退院をすると、生き返ったように、
世の中や、他人が、新鮮に輝いて見えるでしょう?
その時だけですけれど…
 
そういう喜びを、せいぜい、振りまいてください。
お釈迦さんは、生殖に異常がありましたので、悩んだみたいなの。
インドやネパールって、
産めよ殖やせよの、性交渉を楽しむ文化ですから、
精神の病気なのか、体の病気なのか、
何のせいなのかは知りませんけれど、
性交渉を楽しめなかったお釈迦さんは、苦しかったと思います。
 
生まれた子供に、障害という意味の、ラーフラという名前を付けて、
修行の障害になるからと、言い残して、家出をしてしまうのは、
相当なあほでした。
  
     イエスキリストさんの、お母さんのマリアさんは、
     未婚なのに、妊娠をしました。
     慌てて、大工さんと結婚しましたけれど、
     キリストは、大工さんの子でない、と言われて、
     ちんちんの皮を、切り取って貰えませんでした。
 
     割礼(かつれい)って、
     男の子の血筋が、間違いなく村人の一族であることを、
     証明するための、公的な儀式でしたから、
     割礼を受けられないってことは、
     この村で生まれた一族でない、ということなの。
 
     どこへ行っても、
     自分は、どこそこの村の誰々であると、
     言わなければいけません。
     嘘をつくと、殺されます。
 
     村の人に聞けば、嘘か本当か、すぐにわかります。
     本当でしたら、
     みんなが、この人は一族の者である、と言ってくれます。
 
     キリストさんは、割礼を受けられませんでしたので、
     村の人が、誰も証言してくれません。
     自分は、どこそこの村の誰々である、と言えない、
     という意味なの。
 
     身分証明書がないようなものですから、
     市民権がありません。
     日本で言うと、昔の被差別部落の人のようなものです。
 
     そこで、キリストさんは、言いました。
     肉の割礼(かつれい)なんか、要(い)らん。
     心の割礼があれば良い。
     自分は、神さまに祝福されている、という意味ね。
 
顔や体の見かけというエステティックな事実が、
キリストと言う人に、
普通の生活をさせない印(しるし)になりました。
 
奴隷の証拠のようなものですけれど、
ちんちんの皮だけなら、自分勝手に、切り取ることができます。
村の儀式として、割礼を受けることが、大切でした。
 
ちんちんを見せて、ハンコのように証明したわけでありません。
でも、ちんちんを見るたびに、
みんなから差別虐待されている自分を、自覚します。
 
これって、生殖に関係していますから、辛いでしょう?
エステティックと生殖とは、切っても切れない関係なの。
 
イエス・キリストさんは、目で見て、手で触って、
実際に知ることのできるエスティックな事実を、疑いました。
 
肉の割礼なんか、要(い)らんって、そういう意味なのよ。
偶像を崇拝してはいけない、という意味ね。
 
     当時のイスラエルって、ギリシャ文化の真っ只中です。
     アレクサンダーが、エジプトを攻めた時から、
     ずーっと、ギリシャの支配下でしたけれど、
     キリストさんの頃は、
     ローマの支配に、変わっていました。
 
     ローマ人って、ギリシャ文化を尊敬していましたから、
     政治的には変わりましたけれど、
     文化的には、ギリシャ文化のままだったと、思います。
 
     ヘレニズムってやつね。
     ロマンティクな文化が流行(はや)るのは、
     中世の終わりになってからですので、
     それまでの地中海沿岸って、イスラエルもヨーロッパも、
     ずーっと、ギリシャ文化を模範としていました。
 
     ヘレニズムって、アレクサンダーが普及しましたけれど、
     思想の骨格は、アレクサンダーの先生の、
     アリストテレスの、リュケイオンという学校の
     講義の草稿に、よく纏(まと)められています。
 
     たぶん、生物学的な知識を除いて、
     アリストテレスの独創は、ほとんどありません。
     彼は、人の意見を、よく知ってから、
     最後に、自分の意見を言うような、
     狡(ずる)い性格でした。
     
アリストテレスって人は、目で見て、手で触って、
直接に知ることの出来るエステティックな事実の中に、
論理法則が含まれている、と考えていました。
 
ギリシャ人の多数派の常識ですけれど、
論理と、自然や事実とは、一致するって意味ね。
 
自然や事実が、論理法則に矛盾することは、絶対にありません。
その中から、法則を抽出するんだもん。
 
それでしたら、何と何が、法則なのかって、
事実の中から、どうやって、仕訳(しわけ)するのかしら。
共通項を、抽出しますけれど、
共通であるって、どうやって知るのかしら。
 
一回限りでも、痛いのは痛いし、
一回限りなら、死んでも大丈夫、ということには、なりません。
共通項を抽出する方法ですと、
一回限りや、自分だけの出来事は、
夢幻(ゆめまぼろし)になりますから、
事実の中から法則を抽出するって、
なんとなく、インチキ臭いような…
 
これと、あれは、これこれの点について、同じであるって、
判断する根拠が、どこにもありません。
同じとか、違うとかって、
定義をしなければ、判断できませんけれど、
古代ギリシャの人は、素朴に考えていました。
 
流行文化の通りに、子供みたいに信じていたってことね。
 
アリストテレスの先生の、プラトンって人は、
目で見て、手で触って、直接に知ることのできる事実は、
幻影である、と考えました。
編集されて、作られたものっていう意味。
 
コンピュータの集積回路の電気信号から、
モニター画面の映像が作られるように、
事実は作られる、と言うの。
 
コンピュータですと、
作り方の要領が、プログラムになっていますから、
みんなが同じプログラムを使えば、
みんなが、似たような事実を見ることができます。
 
     イエス・キリストさんは、
     死刑になったのに、生き返りましたので、
     お弟子さんの、キリスト教徒のほうが、
     偶像崇拝を、強く否定しました。
 
     そうでないと、死にっ放しになります。
     ここは是非とも、生き返ってもらわないと、
     教団の結束を、維持できません。
     エステティックな事実としての、イエスキリストよりも、
     心のイエスキリストのほうが、大切です。
     
     死刑になってしまいましたから、
     そう言わんと、しょうがない…
 
     アリストテレスよりも、プラトンですから、
     初期のキリスト教って、筋が通っていました。
     ちゃんと、偶像崇拝を禁止しました。
 
でも、中世になると、軍事的に、
新興勢力のイスラム教に負けそうになりました。
預言者モハメッドも、もちろん偶像崇拝を禁止しましたけれど、
アリストテレスの考え方を大切にしました。
 
これって、二枚舌の裏切りに似ていますけれど、現実的です。
偶像崇拝はいけない、と言いながら、
アリストテレスですから、化学や錬金術を奨励して、
物理化学の現世利益(げんせりやく)を売り物にしました。
 
お釈迦さんも、自然や社会の出来事が、
原因と結果によって、起こるように見えるのは、
人間の側の、認識の仕方が、そうなっているからと、言いました。
 
解脱(げだつ)しないさい、と言いましたけれど、
何も認識しないのでしたら、
解脱って、自殺と同じになってしまいますから、
認識の仕組みを知った上で、要領よく使い分けなさいと、
言わざるを得ませんでした。
 
物理化学は、どう見たって、エステティックですけれど、
アリストテレスの考えかたによって、軍隊を運用すると、
アレクサンダーがヘレニズムを作ったように、戦争に強くなります。
 
物理化学って、早い話が、合理的な人殺しのことですから、
アリストテレスの論理学は、
事実の中から、弱肉強食や自然淘汰などの、生殖本能や進化論を、
抽出することができました。
 
ヨーロッパのキリスト教って、同性愛者が修道会を作り、
お金儲けのために、軍隊を経営していました。
十字軍を名目にして、領主から強制的に寄付金を徴収したの。
 
同性愛に凝っていても、戦争に勝てません。
日本でも、戦争になると、男同士の友情が頼りになりましたけれど、
織田信長って、負けたでしょう?
同性愛が大嫌いの徳川家康が、勝ち残りました。
 
同性愛よりも、産めよ殖やせよ、のほうが、合理的なの。
戦争に勝つのは良いけれど、生殖のほうが、最終目的です。
生殖をすれば、自分が死んでも、ずーっと命が続きます。
聖職者は独身を通す、という考え方は、長続きしません。
 
十字軍という戦争を、永遠に続けなければ、
食べて行けない自転車操業の同性愛が、
キリスト教の実態なんて、虚(むな)しいでしょう?
 
この事情は、仏教もよく似ていましたから、
宗教とエステティックと偶像崇拝の禁止と、
同性愛と軍隊の関係って、
GID(性同一性障害)の人は、間違えてはいけません。
 
     ヨーロッパのキリスト教も、
     だんだんと、エステティックな偶像崇拝禁止が、
     左前になりましたけれど、
     イスラム教は、偶像崇拝を禁止していながら、
     アリストテレスを信奉しましたから、
     偶像崇拝の禁止は、囮(おとり)かも知れません。
 
     モハメッドって、敬虔な宗教家を宣伝しながら、
     お金儲けと、子だくさんと、軍隊が、大好きでした。
     現世利益そのものですから、
     プラトンよりも、アリストテレスのほうが、
     欲深くて良いのに、決まっています。
 
     偶像崇拝の禁止を、貫いているかのように、
     見せかけるのは、
     一神教の正統派を継承している、という大義名分かも
     知れません。
 
     昔は、お腹の中と、口先とが、
     一緒であってはいけません。
     先祖代々の血筋や伝統や教義が大切ですから、
     実用的な考え方は、
     衣の下に、隠して置かなければいけません。
     背広ネクタイの下に、鎧を着ています。
     ちゃんと、使い分けなければ、勝てません。
     
     キリスト教の修道会という男性同性愛者の軍隊が、
     イエスキリストの画像に
     跪(ひざまず)いているのを見ると、
     甘ったらしくて、目を背(そむ)けたくなります。
     鎧兜(よろいかぶと)の下に、女の下着、って感じね。
 
     十字軍に勝つには、偶像崇拝を、厳しく禁止するほうが、
     良いのに決まっています。
     軍紀を維持できます。
 
     イブン・ハルドゥーンは、
     都市に定住すると、人間は堕落するって、言いました。
     イスラム教の偶像崇拝禁止は、その意味かも知れません。
 
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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