ルドベキア属(ぞく)の種(しゅ)を、
全部、ルドベキアと言っています。
それの、タカオという園芸品種ですけれど、
母胎になった種(しゅ)が何なのかを、知りません。
雑種のハイブリッドかも知れませんけれど、
いちおう、Rudbeckia triloba var. sericea というやつが、
原種(げんしゅ)らしいの。
見たことがないので、知りません。
変種(へんしゅ)ですけれど、それの品種です。
ルドベキアは、学者さんの名前に由来していますが、
日本では、オオハンゴンソウ属(ぞく)とも言います。
大反魂草(おおはんごんそう)と書(か)きます。
ルドベキア・タカオの原種は、
アメリカ合衆国南部の原産のようです。
品種って、無数(むすう)にありますから、切りがありません。
日本の蒸(む)し暑(あつ)い真夏(まなつ)に、
放ったらかしにしておいても、
ちゃんと咲いてくれる花って、貴重(きちょう)ですけれど、
ほとんどが、熱帯原産の種を、改良したものです。
これだけ気温が上昇しますと、
昔ながらの日本の植物は、生きてられません。
日本が日本でなくなったような…
性転換という精神障害者の断種や自滅(じめつ)の運動も、
地球温暖化の途中経過(とちゅうけいか)のようです。
人口増加と自然環境の破壊(はかい)ね。
個体密度が高くなると、
群生相(ぐんせいそう)の飛蝗(とびばった)が
現れるようなものですけれど、
最初から、畑に殺虫剤を撒(ま)いて、害虫を殺しておけば、
精神疾患の患者さんの話を聞いても、
何が起こり、どう対処したのか、という事実が、
さっぱり、わからないかも知れません。
わかったように聞こえても、嘘ばっかりだったりしてね。
患者さんの生活を見ていないので、
事実と比べることができません。
何が事実か、わかろうはずもありません。
患者さんの、現在のお薬の種類や量を知りたくても、
入院の必要な、統合失調症の患者さんは、
自分のお薬を管理できません。
患者さんは、お薬の種類や量を、勝手に加減しますが、
実際に飲んだお薬を記録していませんので、
現在のお薬を、自分でもわかっていないかも知れません。
以前のお医者さんの処方箋を持参しても、
その通りに飲んでいないことが、少なくありません。
患者さんは、お薬が効かないと、訴えます。
抗不安薬でしたら、わりとすぐに効き目が現れますが、
抗精神病薬は、効いてくるまでに、3週間ぐらいかかります。
抗精神病薬って、眠たくなるだけと、
患者さんは思っているかも知れません。
自己判断を信じて、飲まなくなりますけれど、
3週間ぐらい経つと、症状が悪化しますので、
自分では、健常と確信したまま、苦しみます。
心は完全に正常なのに、誰々のせいで、苦しめられているって、
患者さんは思うようになります。
この苦しみは、他人や社会の不正のせいであると確信して、
病気のせいとは思いません。
もう、手遅れですので、
強制的に入院させてくれる人がいなければ、
どうしようもありません。
保護されなければ、自力で回復しませんけれど、
通院による治療中なのに、そうなる人も、たくさんいます。
主治医が気づかなければ、ドジですけれど、
たいていは、気づきません。
患者さんが、お薬の効き目を、あれこれと評論したり、
元気が良さそうにしている時って、
お薬を飲まずに、症状が悪化して、
御家族が死ぬ思いをしている時かも知れません。
患者さんのお薬の評価を鵜呑(うの)みにして、
この薬は効くとか、効かないとかと、
ブログに書いている精神科医は、
もしかしたら、あほかも知れません。
わたしは、患者さんのお薬の効き目の感想を、
あまり当てにしませんけれど、
患者さんが話をしてくれれば、気持ち良く応じます。
患者さんと、話のできる関係って、大切だもん。
できるなら、御家族とも話したいと、思っています。
お医者さんが、ちゃんとお薬を飲まなければいけません、と言うと、
患者さんは、お薬を飲まなかった事実を、教えてくれなくなります。
通院しなくなったりね。
入院してもらえば、
お薬と症状の関係が、よくわかりますけれど、
ある患者さんは、足の爪が伸びて、
野生の羊の角(つの)のように、
爪の先が、くるっと一回転して、
指先を突き刺していました。
院内でも、靴下とズック靴を履いていますので、
爪を切らなければ、そうなります。
患者さんは、爪を切らなければいけないことを、
理解できません。
痛みも訴えません。
ところが、病室で躓(つまず)き、手を骨折して、
顔面を大怪我しました。
手や顔は、手術をしましたが、
足の爪に、医師も看護師さんも、気づきません。
本人も、爪が伸びていると、言いません。
痛いと自覚していなくても、
歩けなくなり、躓(つまず)きます。
医師や看護師は、足を点検しなければいけませんが、
足が痛い、指が痛いと、患者さんが言わなければ、
足を点検しないのは、情けない話です。
統合失調症の症状や、お薬の作用を、理解していません。
統合失調症の患者さんの意識って、
入院していても 悪化する時は悪化しますが、
看護師さんや精神科医の意識も、
統合失調症の患者さんに対して、そうなります。
一般の診療科の医師は、言うまでもありません。
社会の中の患者さんが、孤立して疎外されるのと、
精神障害になるのとが、同じであるように、
精神科の入院病棟の中でも、
患者さんが孤立して疎外されるのと、
寝たきりになるのとは、同じです。
悪さをするのは、強制的にお薬を飲ませて、
大人しくさせられますけれど、
寝たきりになるのを、防ぐことは、できません。
お薬のせいとも言えますから、
みんなと一緒のことができない人を、
刑務所に入れて処罰するのと、
強制的に入院をさせて、お薬を飲ませるのとでは、
精神科にぶち込むほうが、重い処置です。
一般の人は、
殺人犯人を、精神病院に入れると、非難しますが、
精神病院のほうが、遥かに重い刑罰なのに…
入院でなく、性転換も、その一種です。
死刑は重いので、無期懲役に、という感じで、
強制的に入院させて、廃人にするのは、刑罰が重いので、
性転換をさせて、断種しているだけなのに…
本人が望んでいると言いますけれど、
入れ知恵をされなければ、人間は何も望みません。
本人自身が望むことは、全部、精神の病気です。
自律神経とお薬の作用に、気づかないのは、
精神科の医師の、能力の不足に過ぎませんが、
御家族にも、大変な冷え性の人がいて、
真夏でも、必ず靴下を履き、
毎日よく歩いて、血行をよくしていなければ、
手足の先が寒くなります。
クーラーや扇風機の風にあたると、
得体の知れない者や、具体的な者が、
体や心に侵入して来る妄想が現れます。
御家族は、統合失調症でありませんが、
患者さんも、同じ体質です。
抗精神病薬の種類により、
白癬のように、足の爪が白く濁(にご)り、
厚さが5mmを超えるほど、肥厚しますが、
白癬菌は確認されません。
羊の角(つの)のように、渦を巻いて伸びていた爪は、
2年ほどの間に発症して、急速に悪化しましたが、
統合失調症の認知障害の進行や、
薬の種類を変えたことに、一致していました。
患者さんは、何も言わないばかりか、
足を隠そうとしていました。
入院中でしたら、お薬の種類と量は、把握されています。
患者さんの症状を、
医師も看護師も、よく観察しなければいけません。
入院であれ、通院であれ、
御家族や本人のことを、御家族から聞き取らなければいけません。
患者さんから聞いただけでは、わかるはずがありません。
看護師さんは、入院中の患者さんから、
家庭のことを、あれこれと聞き取り、
患者さんの生活を評価して、気軽にアドバイスをしますが、
事実の裏付けがなければ、
患者さんの言うことは、嘘八百かも知れません。
妄想も、辻褄(つじつま)が合っていれば、
作話(さくわ)と区別がつきません。
いくら看護師さんに注意していも、
看護師さんは、話の辻褄(つじつま)が合っていれば、
本当の事と信じます。
健常な人たちの、いつもの対人関係が、そうだからです。
学校の教科書に書いてあることを、
本当と信じるのは、当たり前です。
嘘八百かも知れませんけれど、看護師さんは状況から察して、
看護学の教科書の内容を、嘘かも知れないとは、疑いません。
嘘でなくても、間違いかも知れませんし、
たくさんの人が、みんな揃(そろ)って、
同じことを信じているだけかも知れません。
みんなが同じことを信じていれば、嘘や間違いと言わずに、
わたしたちは、事実と言います。
だって、みんなが信じていることは、
誰にでも共通の出来事に見えるんだもの。
科学技術と言われるくらいに、
未来を予測すれば、ちゃんとその通りになり、
実験や実用に耐えて、みんなの役に立つんだから。
これほど確かなものは、どこにもないのに、
これがインチキであると言い出すと、
医療も医療技術も成り立ちません。
看護師さんが、絶対に間違いない、と確信するのは、当然です。
そんなに間違いないものが、具体的にそこにあるのは、
明らかに矛盾しているのに…
だって、絶対に間違いのないものは、定義しかないもん。
そんなものが、具体的に目の前に現れることを、
現世利益(げんせりやく)と言います。
宗教の用語かしら。
わたしたちの認識の仕方が、定義の仕組みにすぎません。
コンピュータが記号式を処理して、
電気に表された記号を、半導体に放り込むだけで、
具体的な映像が、モニター画面に現れるように、
記号式を、物質や物体によって表現すれば、
脳のモニター画面に、事実という具体的な映像が現れます。
アナログなら、テレビと同じですけれど、
見たこともない人にも、
はっきりと目で見た事実のような映像が現れます。
事実を見ていなくても、現れるでしょう?
脳の中でも、それと似たような情報処理が行なわれて、
絶対に確かと感じられる事実が、意識の内容として、見えて来ます。
事実って、現物を見る必要なんか、ありません。
御家族の生活は、御家族の生活を見なければ、わからないのに…
患者さんの言うことだけでは、嘘か本当か、判断できません。
それでも、看護師さんは、患者さんの話から、家庭を判断します。
テレビやコンピューターのモニター画面を見るように、
絶対に間違いないと、看護師さんは確信します。
精神の病気の患者さんの、妄想や幻覚と、同じ仕組みです。
みんなが信じていれば、嘘や間違いでないのは、
当たり前ですけれど、
宗教の信条や、真・善・美のような価値観などでなく、
確かに手で触って、目で見て、耳で聞くことのできる事実が、
ただの意見と同じに過ぎないのも、また当たり前です。
ただの信条や価値観などと、ただの確実な事実とは、平等なの。
意見の作り方と、事実の認識の仕方が、同じだからです。
事実と言われる認識の内容って、意見の一つにすぎませんけれど、
みんなが信じていれば、個人的な意見とは、重さが違います。
ただの個人的な意見を、事実と思っていると、
妄想や幻覚や支離滅裂などと、言われます。
看護師さんと、統合失調症の患者さんの違いは、
看護師さんが、多数派を笠に着ているだけ、と言うと、
絶対に怒られますから、
看護師さんは、みんなの意見を尊重している、と言っておきます。
お医者さんは、どうかしら。
看護師さんと比べて、桁違いに世間知らずの変人です。
勉強ばっかり、していたもんね。
教科書であろうが、ノーベル賞であろうが、
自分の目で見て、手で触って、耳で聞いたことと、突き合わせて、
たくさんの人の、それぞれの意見や行動と、照らし合わせて、
成り行きを見極めて、総合的に評価しなければ、
何を信じるかは、決められません。
人間であろうが、他の生物でろうが、
すべての個体が、みんな死ぬのは、確かであると、
人は思っていますけれど…
死ぬ時は、みんな認知障害になるので、
人間でも、痛くも苦しくもありません。
事故のせいで、突発的に死ぬ人は、お気の毒ですが、
病気のせいで、真っ当に死ぬ人は、たいてい認知障害が進み、
夢うつつの半分極楽気分を、十分に堪能してから、死ぬみたいなの。
麻薬の気持ち良さと、ほとんど同じですけれど、
わたしは、まだ経験がありませんので、見ただけの感想です。
急に心臓が止まって、ぽっくり死ぬ人は、
夢うつつの時間が短いかも知れませんけれど、
首吊りのように、呼吸が止まって死ぬ人でも、
数分間は、夢うつつを味わえるようです。
統合失調症やGIDの患者さんって、
たいへん長時間、夢うつつを味わっているのかも知れません。
看護師さんやお医者さんも、結構いい線と思います。
たくさんの人が、同じことを信じている事実って、
エステティックなの。
目で見て、手で触って、耳で聞いて知る内容ですけれど、
意識の内容ですから、
みんなの共通のプログラムによって、
抽出された情報です。
目で見て、手で触って、耳で聞いた情報は、
無意識のままですと、誰にも知られません。
植物が、外界から獲得する情報と同じように、
自覚されずに、自動機械のように処理されますので、
無意識と言われます。
わたしたちが、
目で見て、手で触って、耳で聞いた情報として、
意識する内容は、
すでに無意識の植物の、自動機械のような情報でなく、
たくさんの人に共通のプログラムを適用して、
無意識の情報の中から、
意識の内容を抽出したものです。
以前に見聞きした情報も、
無意識の情報として、体や脳の中に保存されていますし、
以前に意識された情報も、記憶されていますので、
わたしたちは、
たくさんの積み重ねられた情報の中から、
意識の内容を抽出することによって、
目で見て、手で触って、耳で聞いた情報として、
自覚します。
意識するってことね。
抽出するプログラムが、みんなのものであればあるほど、
客観的な事実と言われ、
個人的なものであればあるほど、
ただの個人的な意見と言われます。
多数派か、少数派かの違いが、
客観的な事実と、ただの個人的な意見の、
違いにすぎません。
みんなものでなく、個人的であることを、
仕訳(しわけ)できていれば、
たぶん、個人的なものは、
目で見て、手で触った事実と、意識されません。
仕訳(しわけ)できなくなると、
個人的な意見であるにもかかわらず、
間違いのない事実として、意識されますので、
妄想や幻覚などと言われます。
仕訳(しわけ)できなくなる支障のことを、
認知障害と言います。
無意識に行なわれる機能の障害です。
なんらかの原因によって、
仕訳するための情報処理能力が低下しますが、
もしかしたら、記憶容量が小さくなったり、
記憶を出し入れする処理速度が遅くなったりするのかも
知れません。
認知障害に共通の、微細な器質的病変が、
統合失調症では見つかりませんので、
化学物質の量や代謝に、嫌疑が掛けられています。
自分一人だけの意見と、
みんなの意見を、仕分けできなくなると、
自己同一性を維持できずに、
解離した意識になるのは、当然です。
健常な人でも、興奮して喧嘩をすると、そうなります。
冷静に喧嘩をしていたのでは、迫力がありませんので、
わざと、お酒を呷(あお)ってから、喧嘩をする人も、
たくさんいます。
気が大きくなるの。
みんなと一緒ですと、大船に乗った気持ちでしょう?
お酒を飲むと、自分一人だけの偏見(へんけん)なのに、
みんなと一緒のように、錯覚します。
自分一人の意見と、みんなの意見を、
仕訳できなくなります。
お酒を飲むと、理性的な頭の回転が、遅くなりません?
麻痺するように、鈍(にぶ)くなりません?
その代わりに、感情に走りますから、
統合失調症の急性症状に似ていますけれど、
覚せい剤を使うと、もっと統合失調症に似てきます。
自分の意見と、みんなの意見を、仕分けできなくなる感じって、
看護師さんを見れば、よくわかります。
看護師さんのお仕事は、
自分の意見がないかのように、振舞わなければいませんけれど、
話の辻褄(つじつま)が合っているのなら、
統合失調症の患者さんが、明るい気持ちで、家庭のことを話せば、
看護師さんは、簡単に、話の内容を信じてしまうかも知れません。
辻褄が合っているって、みんなと一緒の仕来りってことですけれど。
明るく元気で、辻褄が合っていても、
妄想なんて、幾らでもあるのに…
事実と照らし合わせなければ、
本当かどうか、わかるはずがありません。
どうして、看護師さんは、家庭の事実を知らないのに、
統合失調症の患者さんの話を聞いただけで、
事実と、そうでない事とを、見分けられるのかしら。
看護師さんは、見分けられると、確信しています。
テレビと同じ理屈なの。
事実を見なくても、画面を見ただけでわかります。
コンピュータのプログラムは、
モニタ画面を映像を作るための情報処理の仕方を、
懇切丁寧に教えてくれました。
テレビですと、アナログですので、
直観的に閃(ひらめ)かなければいけませんでしたけれど、
コンピュータは、デジタルですので、とても親切です。
統合失調症の患者さんの話だけでなく、
世間一般の人の話についても、同じように、
看護師さんは、事実を見ないのに、人の話の内容を、
事実であるとか、嘘や妄想であるとかと、判断するかも知れません。
ほとんどの人がそうですが、
警察官もそうですから、困ったものです。
裁判官やお医者さんも、そうですから、世も末ですが、
人類の始まりから、ずーっと、そうですから、慣れています。
実際に、自分の目で見て、手で触って、耳で聞いたことしか、
信じられないのでしたら、
世の中の、ほとんどのことを、事実と判断できませんし、
裁判は、不可能になります。
物的証拠を元に、判断するでしょう?
辻褄が合っているか、いないかを、形によって、判断します。
指紋や遺伝子も、微細な粒子や化学分子の形を見ていますけれど、
形は、合理的な判断と、一致するのかしら。
統合失調症の患者さんが、父親は失業しているって、
辻褄(つじつま)を合わせて話せば、
看護師さんは、事実であると、思い込みます。
わたしは、父親本人に聞いてみないと、わからないと思うけど…
看護師さんは、みんなと一緒の仕来りですと、
辻褄が合っていると判断します。
話の中身が、みんなと一緒の仕来りですと、それでいいの。
そうでないと、不自然であると、警察官や裁判官も言います。
父親に尋ねると、失業している、と言ったとしても、
本当は、勤め先を知られたくなかったので、
嘘をついていたのかも知れません。
娘が統合失調症で入院しているのを、
会社の人に知られたくないもんね。
でも、看護師さんは、簡単に信じてしまいます。
みんなと一緒なら、それでいいの。
わたしは、父親の生活を見なければ、
事実を判断できないと思うけど…
本人の言葉だけでは、嘘と本当って、わかりませんけれど、
辻褄(つじつま)が合っていると思うのは、
たくさんの人が同じプログラムを使っているって意味です。
論理的なの。
看護師さんはプログラムを作りませんけれど。
父親の生活を、実際に見なければわからないってのは、
粒子や化学物質の形を、エステティックに知る意味です。
辻褄が合っていなくても、本当のことなんか、幾らでもありますし、
言葉の上手(うま)い人は、口先だけで、人を騙します。
言葉の下手(へた)な人は、
本当のことを言っているのに、信じてもらえないかも知れません。
言葉の上手い人の代表は、お医者さんかもね。
こいつは、いちばん悪い奴かも知れません。
看護師さんが、いちばん善い人でも、
患者さんの病気を、悪化させるかも知れません。
人って、エステティックに物事を判断します。
事実は、エステティックなの。
アリストテレスが書き記(しる)した考え方です。
論理は形に現れている、と彼は言います。
コンピュータのプログラムによって、
モニタ画面の映像が作り出されるのですから、
当たり前です。
目で見て、手で触って、耳で聞いて、
感覚器官によって知られたかのように、意識することを、
エステティックと言います。
エステティックでも、みんなの事実もあれば、
自分一人だけの個人的な意見と、
みんなの意見との違いを、
仕訳(しわけ)できなくなったために、
みんなの事実のように確信しているだけの、
個人的な妄想や幻覚の類もあります。
本人は、事実であると、確信していますけれど、
みんなの意見と、個人的な意見の間には、
多数派や少数派の意見が、一杯ありますから、
妄想や幻覚の類と、そうでない客観的な事実との区別は、
グラデュエーションね。
エステティックって、
視覚だけでなく、触覚や聴覚などもありますけれど、
人間の嗅覚は、あまり信用できないことを、
たいていの人は知っています。
GID(性同一性障害)は、
幻嗅(げんきゅう)が凄(すご)く多いのですけれど、
ヒステリーの類は、だいたい、そうです。
一々、調べるのが厄介なぐらいに、
人間の嗅覚って、性能が悪いのですけれど、
聴覚も、あまり良くありません。
記号を処理する能力が高く、
音波を記号として聞き取りますから、
耳が良いかのように思い込んでいる人もいます。
統合失調症には、
耳が良いと確信している人が多いようです。
人間の視覚は、他の動物に比べて、良いようです。
視覚って、一応、電磁波を感じますから、
これを知覚できる目って、たいしたものですが、
たくさんの情報を乗せられますので、
高い情報処理能力を必要とします。
脳の性能が良くないと、視覚の発達は、無駄になります。
海豚(いるか)や蝙蝠(こうもり)の、
超音波を使い分けて解析する能力よりも、
人間の視覚と、脳の情報処理能力のほうが、
優秀と思います。
電磁波を使い分ける能力って、手先の器用さですけれど。
エステティックな知覚の内でも、
人間では、視覚が優秀ですので、視覚中心になります。
触覚や聴覚のことも、視覚と同様の考え方ですので、
視覚のことを説明して、
触覚や聴覚のことも、説明した、としておきます。
面倒臭いから。
ついでに、形のことを説明すれば、
色のことも説明したと、思っておいて下さい。
エステティックって、端的には形を知ることなの。
わたしたちは、形を見て、事実を知ります。
何を間違えたのか、
形を見て、個人的な意見や、真善美などの価値観を知ることも、
現代では、エステティックと言います。
美容外科で使われているのは、意見や価値観を知るほうかしら、
それとも、事実を知覚するほうかしら。
一緒くたに、わざと混同すると、
性転換医療になりそうな気がします。
意見や価値観を知る意味での、エステティックは、
形容詞として、美的や審美的と翻訳されたり、
名詞として、美学や美意識と翻訳されることもあります。
昔のドイツロマン主義の、カントという哲学者が、
美学的な判断は、誤謬や迷妄である、と言った意味です。
とりわけ、変更不能な顔や体の見てくれを、
エステティックと言います。
衣装や動作や、人間以外の物体の形などは、
人間の変更不能な顔や体の見てくれを修飾するための、
レトリックに過ぎません。
人間の個体の、変更不能な顔や体に、その人の価値がある、
とする考え方は、エステティックの美学的な意味になります。
古代ギリシャやフランス革命の、重要な理念の一つでした。
形を見て、事実を知る、という考え方と、
形を見て、意見や価値を知る、という考え方は、同じなの。
形を、事実と見るのは、
コミュニケーションによって作られた文化的な価値が、
形に現れている意味ですけれど、
意識の内容は、自我や事実や感情のように分類されるだけでなく、
時間や空間や論理のようにも分類されますから、
それらが、形に表現されているって、
ざっくばらんに思っておいて下さい。
形として認識されるような、みんなのプログラムに
なっているってこと。
自然と論理は一致すると、
古代ギリシャの人は、考えていましたけれど、
形は、論理的であるって意味です。
当たり前です。
人間の個体の変更不能な見てくれと、個体の価値は一致する、
と言えば、古代ギリシャの奴隷制社会の考え方になります。
フランス革命は、
古代ギリシャやローマの、個人的な享楽を継承しましたから、
ロマンティックでしたが、
服装によって修飾されたエステティックな美学は、
キリスト教の考え方でした。
キリスト教は、ギリシャ・ローマ文化の中で生まれましたけれど、
ヘレニズムの裸の彫像に比べて、
ごてごての服ばかりを着せられたキリスト教の壁画って、
どう見ても、古代ローマ風でありません。
これが、後々のフランス革命に繋がり、
ロマンティックと言われますから、
何かが、掏(す)り替(かわ)っていると、思いません?
変更不能な顔や体の見てくれによって、
個人を評価するのは、あまり当てにならないので、
顔や体の見てくれを誤魔化すために、
キリスト教が服飾や建築などの、修飾的な形を発達させました。
個人の見てくれを修飾するための、道具です。
体の強さは、人により、異なりますけれど、
鉄砲を持つと、弱い体でも、強い体の人間を殺すことができます。
なんとなく、平等になるでしょう?
同じ考え方なんです。
古代ギリシャの裸の彫像のようなヘレニズムは、不平等なので、
衣装の形により、修飾されれば、なんとなく平等に見えません?
文化的と言うわけですけれど、
それを、ロマンティックなものとして、
ヨーロッパの貴族や王様や、人民のフランス革命が受け継ぎました。
鉄砲で人を殺す考え方と、
衣服のファッションを争う考え方は、同じなの。
鉄砲や服飾って、ギリシャローマの奴隷制の延長と思いません?
産業革命って、鉄砲と繊維と麻薬と船が、アジアを侵略したもの。
産業革命や市民革命によって、
ヨーロッパ白人優位の歴史を築きましたので、
顔や体の見てくれに、優秀さが現れている、とする人種差別を、
イギリス人やフランス人は、否定できませんでした。
フランス革命を見習ったアメリカ合衆国を見れば、一目瞭然です。
服装や建築デザインなどのエステティックは、
人種差別に直結しています。
カントは、そこまで、踏み込みませんでしたので、
バウムガルテンの美学を批判したにもかかわらず、
カント哲学を信奉した人たちは、
ヒトラーやスターリンのようになりました。
見かけでわかりますので、
見かけで選んで、精神障害者として、ガス室に送り込みます。
ナチスのユダヤ人虐殺や優生医療も、現在の性転換医療も、
似たような考え方です。
キリスト教が、寒い寒い北欧やロシアに伝われば、
古代ギリシャや古代ローマのように、
真っ裸で暮らせるわけがありません。
衣装がごてごてにならざるを得ない意味も、証明不要ですから、
フランス革命の服飾の美が、
古代ギリシャの裸の美と同じであることぐらい、
誰にでもわかります。
ノルマン人やドイツ人やロシア人は、
ヨーロッパ白人の裸の偉大さが、ギリシャ文化の偉大さであると、
端的に信じました。
古代ギリシャの彫像は、人種差別の正しさを主張しています。
日本の教科書は、ギリシャの彫像の美を褒めていますので、
日本人は、世界一、顔や体の、色や形の見てくれによって、
人を虐待して、殺します。
いくら言っても、
看護師さんは、統合失調症の患者さんの顔を見て、
病気を判断します。
看護師さんは、表情を見ている、と言いますが、
目の小さな人は、病気が良くなっても、
目は大きくなりませんし、
目が大きくても、統合失調症の人は統合失調症です。
足が短くても、統合失調症でありませんし、
足が長くても、統合失調症の人は統合失調症です。
それでも、日本の精神科のお医者さんは、自分の顔を、
いわゆる立派な顔や、親しみやすい顔に変形させます。
いくら言っても、
患者さんや看護師さんが、聞き入れませんから、
お医者さんも、そうならざるを得ません。
同じ調子で、GID(性同一性障害)の人も、
精神障害にならざるを得ない羽目(はめ)になります。
GID(性同一性障害)のための性転換医療は、
それが端的に現われています。
精神科のお医者さんが、
美容外科医の褌(ふんどし)を担がせてもらって、
喜んでいます。
情けない精神科医ですけれど、仕方ないのかしら。
わたしが知りたいのは、
事実と、どう考えたかという手順と、行動ですけど、
精神の病気の患者さんに、いくら聞いても、
わかりません。
教えてくれないこともありますけれど、
自分にしかわからないことや、
自分だけが知っていることを頼りに、行動しますので、
傍目(はため)には、合理的な理由や計画もなく、
突発的に判断したかのように見えます。
こうしよう、という手順を打ち合わせられません。
申し合わせても、その通りに実行してくれません。
約束の通りにしなかった理由を、教えてくれません。
GID(性同一性障害)のような症状から、
統合失調症のような症状まで、
かなりの距離がありますけれど、
統合失調症でなく、ちゃんとGIDと診断されていた人が、
ものの見事に、認知障害がひどくなり、
抗精神病薬を大量に使うところまで行きます。
GIDの症状が出た時に、抗精神病薬を使いたいとは、
誰も思いませんけれど、
実際に、認知障害が進行してみると、
あの時に使っていれば、こうはならなかったのにと、
思いたくなります。
強制的に精神病院に入院させられない患者さんに、
抗精神病薬を使っても、
どうせ飲まなくなり、通院しなくなります。
その状態から、どうして認知障害が進行するのかしら。
おかしいなあ、
反射的な動作の異常が、赤ちゃんの頃から、
あったのでないのかなあ、と疑いたくなります。
統合失調症の患者さんも、
若い頃でしたら、治療後に社会復帰をして、
簡単に再就職ができるようになりますけれど、
自分の足の爪が、羊の角(つの)みたいに、輪を描いて、
自分の足を突き刺しているのに、
入院中の患者さん本人が、
ぜんぜん気にしないところまで、
年を取るにつれて、病気が進行するかも知れません。
最後は、寝たきりになります。
幼児期のアスペルガーの症状と同じですけれど、
ひどくなって行きます。
何を気にして、何を気にしないかが、人とは違います。
それに応じて、妄想や幻覚の中身も変化しますが、
傍目(はため)には、支離滅裂に見えます。
みんなと一緒を、拒否します。
自分だけの個性的な判断を、良いことと思っています。
何が、みんなと一緒なのかが、わからなくなります。
統合失調症の人は、赤ちゃんのときに、
すでに反射的な動作が、
みんなと一緒でなかったのですが…
子供は、大人の判断したものを、
無条件に受け入れていれば、善しとされますが、
誰も教えてくれなくなり、
自分で判断することを要求されると、
発達障害の症状が、統合失調症の症状に
変わって行きます。
見捨てられはしないか、置いてけぼりにされないかと、
幼児のように、不安に思ってはいけないと、
御本人は、子供の頃から言われていたのかしら。
無理に強がりを言い、痩せ我慢を張り、
墓穴を掘るかも知れません。
本人が、みんなの判断を拒否して、
我が道を行く、と言いますから、仕方ありません。
自分でやってみて、失敗するたびに、
ストレスに耐え切れずに、症状が悪化します。
みんなの通りにしておけば良いのに、
顔や体の見てくれが、みんなと違う人は、
みんなと一緒のことができません。
人種差別と同じですから、みんなと違えば、
みんなのほうが受け入れてくれないもんね。
GID(性同一性障害)は、その典型かも知れません。
被害者と加害者が同居しています。
見てくれによって他人や自分を評価する人たちの、
仲間内の共食いなの、性転換って。
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