街路樹の山桃(やまもも)は、
これから赤くなり、黒っぽくなるぐらいに熟(じゅく)して、
道に落ちます。
統合失調症やGID(性同一性障害)のことを、認知障害と言うと、
怒られます。
発達障害や認知障害は、漠然とした言い方ですが、
統合失調症は、寄せ集めという感じですし、
GID(性同一性障害)は、もちろん、性転換の便宜による病名です。
一つの疾患名として纏めた根拠が、それぞれに異なりますので、
分類基準の、まちまちな概念を、同居させて、
まるで、妥協や取引をするように、整形して、
行儀良さそうに、全体の中に、嵌(は)めこんでいます。
統合失調症やGIDは、一つの疾患名ですが、
発達障害や認知障害は、幾つかの疾患名の纏(まと)まりです。
分類基準が、一律でありませんので、
大小の包含関係が、いつ逆転しても、不思議でありません。
病気だけでなく、
生物の種(しゅ)の分類も、便宜的にならざるを得ませんから、
遺伝子という化学物質の記号を分類するのは、思い込みが頼りです。
進化系統図なんか、ほとんど、史的唯物論と同じです。
概念の分類って、
神経細胞の樹状突起の枝分かれと、似たようなものなの。
記号の分類だけですと、生物は、意識を持つ必要がありませんので、
白血球が、身内と異物を仕分けして、異物を破壊するにも、
他の白血球や、他の細胞などとの、
コミュニケーションの機能があり、
経験を学習する機能があるにもかかわらず、
無意識に行なわれます。
意識しなくても、用が足りますので、便利です。
白血球は、身内と異物の、自他を識別しているかのように、
文学的に表現されますけれど、
ほんとうは、自他を識別するって、人間の個体だけでして、
白血球は、化学物質を、平等に識別しているだけです。
人間の個体が、自分と他人というふうに、
個体を単位にして、物事を識別するようになったのと、
意識を持つようになったのとは、同じ意味でして、
人類と自称するようになってから後でも、
赤ちゃんは、自動機械のように機能して、
大人は、眠るたびに意識を失います。
自分という意識は、
権力と同じ仕組みによって、成り立っています。
心臓の筋肉の細胞は、お互いに離れ離れになれば、
それぞれのリズムによって拍動しますが、
くっつきますと、
一つのリズムに合わせるように、みんなが一緒に拍動します。
なんとなく、サンゴやヒドロ虫に、似ているでしょう?
群体を作るやつ。
人間は、個体と、他の個体との、
コミュニケーションの能力が優れていますので、
空間的に離れていても、密着しているかのように、
みんなが一緒に機能します。
権力と言いますが、共通の文化的な規格が、
脳の神経細胞の形に記録されます。
コンピュータと違い、
人間の神経細胞は、刺激されると、変形しますので、
みんなと一緒の、共通の文化を決めるための、権力闘争が、
脳の中で繰り広げられます。
神経細胞の樹状突起の形は、その形が、権力なの。
化学物質の争奪戦ね。
刺激されるって、ようするに、情報を入力されることですけれど、
判断するとか、記憶するとかと、同じ意味です。
一回では、全部の情報を記憶できませんけれど、
何度も繰り返されると、樹状突起の形を変えて、記憶します。
頭の中に、プラナリアを飼っているようなものです。
ナメクジのちんちくりんみたいな、可愛い顔の、扁形動物。
大脳の神経細胞には、
他の個体とのコミュニケーションの方法が記録されていますので、
文化が異なれば、事実が異なります。
目で見るエステティックな映像って、
コンピュータですと、ドットと色が、
記号によって、記録されていますけれど、
映像に翻訳するには、
集積回路という物に記録されたプログラムと、
CDという物に記録されたOSのプログラムとが、必要です。
これらのチップやCDは、
同じプログラムが記録された物として、大量に販売されています。
人間では、文化にプログラムが記録されていますが、
法律や言語や技術などと言われる文化の一部には、
ほんの少ししか記録されていません。
文化の総体などという単一の記録物はありませんので、
集積回路やCDなどに記されているような、
行儀の良いプログラムでありません。
インターネットにアクセスをして、ウィルスを仕込まれても、
集積回路やCDが、どうなるってことは、ありませんが、
人間の脳みそに、入れ知恵をすれば、神経細胞の形が変わるもんね。
樹状突起や受容体などの、神経細胞の形という記憶には、
化学物資の出し入れの仕方が記録されています。
正しく言うと、
樹状突起や軸索などは、神経細胞の生産物ですけれど、
面倒臭いので、神経細胞で行きます。
人間って、入れ知恵をされなければ、文化を習得できませんから、
意識を持つって、脳みそを剥き出しにして、
権力闘争をしているってことなの。
性器を剥き出しにして、性交渉をするのと、似ているでしょう?
統合失調症やGID(性同一性障害)などの、精神科の治療も、
権力闘争の端っこのほうであると、わかります。
昔で言えば、殺し合いの現場ですけれど、
現代では、浮動票を獲得するための、漫才や商売と、
似ているかしら。
精神的に苦しいってのは、殺し合いの苦しさですけれど、
産みの苦しさでもあるの。
快適であるってのは、
妊娠をしても、拒絶反応が起らないって意味です。
あほになると、楽ちんですけれど、
意識が無いってのと、自他を識別しないってのとは、同じです。
アリストテレスやデカルトやパスカルやニュートンやラボアジェや、
ダーウィンやフロイトやマルクスやアインシュタインなどは、
皆、同じことを言っています。
生物は、嫌(いや)な奴を殺して、自分の子供を繁殖させると。
弱肉強食や世代交代などの、生殖本能のことです。
アリストテレスは、物体というエステティックな形の中に、
空間や時間や論理や、エネルギーや目的などが、含まれている、
と考えました。
物事の認識するのは、生殖本能による、という意味です。
認識するのは、意識がある、という意味ね。
統合失調症の被害妄想や、GIDの性別の違和感などは、
生殖本能が、剥(む)き出しの丸出しになって、現われています。
拒食症なんか、性的快感が、消化器の排泄の快感であるってことが、
スッポンポンの精力剤みたいに、透(す)け透けに見えています。
殺し合いと生み合いの権力闘争は、
うんこやオナニーの快感であると、フロイトは考えましたが、
マルクスやダーウィンなどの、
剥(む)き出しの歓楽街の遊び友達は言うまでもなく、
物理や化学などの、近代的な遊び人たちの考えたことも、
アリストテレスと同じでした。
物事を、これこれの仕方でしか、認識できないのと、
物事が、そうである、のとは、同じですけれど、
人間は、一匹の個体だけでは、生きて行く能力が、特に低く、
どうしても、他の個体と一緒に生きて行かなければ、
ライオンに食べられます。
他の個体とコミュニーケーションをしなければ、
生きて行けませんので、その能力が高くなりました。
言語のように、
みんなと共通の仕方で、コミュニケーションをしなければ、
他の個体に通じませんけれど、
言語であろうが、なかろうが、
物事を認識する仕方と、コミュニケーションの仕方とが、
同じなの。
コミュニケーションの仕方って、言語と同じように、文化です。
人間は、物事に、
みんなと一緒の文化的な規格を適用することによってしか、
物事を認識できませんので、
物事が、物理的に、どうあるかってのは、
コミュニケーションの仕方が、文化的に、どうあるかってのと、
同じです。
認識するって、意識を持つって意味ですけれど、
事実の認識と、自我の認識は、同じである、と言っても、
構いません。
当然、文化の中身が違いますと、事実も違いますから、
殺し合いになります。
同じ文化圏の中ですと、
みんなと違う認識をする人は、犯罪や精神障害などと言われます。
みんなと違う認識って、
ようするに、殺し方と殖やし方が、みんなと違うってことです。
統合失調症の被害妄想や、
GID(性同一性障害)の性別の違和感のようなものですけれど、
自我や事実が、みんなと違う、と言うこともできます。
解離しているの。
オウム真理教みたいなものね。
神経細胞の形が違うだけですけれど、
その違いは、化学物質の出し入れの違いであり、
判断の枝分かれの条件の違いです。
昔は、空間や時間や論理って、先天的と言われましたけれど、
たしかに、感情のように、動物の機能を引き継いでいますので、
先天的と言えないこともありませんが、
たんに共通性の高い文化のようにも見えます。
赤ちゃんは、空間や時間や論理を知らないし、
大人でも、眠っている時は、あさってになっているもんね。
しっかりと意識している時だけ、
空間や時間や論理が健常であるって、
権力みたいに、インチキ臭(くさ)いと思います。
ちんちん剥(む)き出しって感じなの。
どうせ、習慣になり、作られた神経細胞の形が、変更不能になれば、
生れつきと同じになります。
オナニーも、
生れつきの上に、学習したものが跨(またが)っているから、
半々でしょう?
統合失調症やGIDの症状を見ると、
事実や自我などと言われる認識と、
そのように認識するプログラムとの関係が、わかります。
そのプログラムが、みんなに共通の文化であるのか、
生れつきに共通のプログラムであるのかって、
統合失調症とGIDの症状を見ていると、わかりそうですけれど、
いずれも、原因となる脳の器質的な異常が、発見されていません。
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