もう見飽きた感じの花蘇芳(はなずおう)。
蘇芳色(すおういろ)って、こんな色かと誤解します。
花蘇芳(はなずおう)は、マメ科や、ジャケツイバラ科ですが、
蘇芳色の染料の採れる蘇芳(すおう)という植物も、
ジャケツイバラ科です。
蘇芳色(すおういろ)って、赤紫のくすんだ色ですから、
統合失調症の、妄想や幻覚や陰性症状などは、
悪い習慣を変更できないのでないかと、疑われます。
言葉や行動などの習慣でなく、
いわゆるドーパミン神経の、機能の仕方の習慣です。
一時的に考えずに実行するのは、
健常な人でも、わざとすることが出来ますけれど、
自然に元に戻りますので、心配要(い)りません。
喧嘩の時は、誰でも、無意識にそうしています。
ゆっくりと考えていると、喧嘩になりませんから、
時間制限があり、咄嗟に反応しなければいけません。
統合失調症の人は、わざとしているのかも知れません。
何週間も何ヶ月も、続きますと、
ドーパミン神経の機能の仕方に、癖がつきますので、
自力で変更できなくなります。
考えずに実行するって、気持ちの良いものです。
色々と考えるのは面倒臭く、
実行をフィードバックさせて、あれこれと調節して修正するのも、
邪魔臭いものです。
しんどいことを、端折(はしょ)ってしまう習慣がつくと、
統合失調症になるかも知れません。
アルコール依存症の、お酒を飲む動作は、
御本人の目に見えますから、
お酒と禁断症状とアル中や肝硬変との関係を教えられると、
自分から治りたいと思い、
治るように努力をすることが、可能になります。
統合失調症では、ドーパミン神経の機能が、目に見えませんので、
習慣のせいで、病気になった経緯が、御本人にはわかりません。
飲酒が習慣になっているのでなく、
ドーパミン神経の、悪い機能のさせ方が、習慣になっていますから、
子供でも起こります。
考えずに実行しようとする習慣ですけれど、
ドーパミンって、いわゆる脳内麻薬なの。
考えるのも、実行するのも、気持ちの良いことですけれど、
考えないで実行するのが、いちばん楽チンっていう人でしたら、
それが変更できなくなるほど、癖(くせ)になってしまえば、
統合失調症を発症するみたいなの。
もしも、考えて考えて、気持ちよくなるのが好きな人でしたら、
考えてばかりで、何も実行しなくなりますので、
陰性症状と言われるかも知れません。
一人の人が、陽性症状と陰性症状を交替させるって、
わりと普通です。
むしろ、頻繁に交替させていれば、
変更不能になるほどの癖がつきませんので、マシかも知れませんが、
一つのことが癖にならないように、
極端に交替させる癖がつきますので、
中間を調節できずに、極端から極端に、頻繁に交替させるのは、
恒常性や習慣を維持する機能に、不具合があると思います。
GID(性同一性障害)でも、
男と女の服装を、頻繁に交替させる人がいまして、
癖にならないように、わざと交替させているのか、
それとも、自覚していないのかが、とても気になります。
GIDでも、統合失調症でも、
同時に貪(むさぼ)っているように見えれば、
たぶん、男の文化と女の文化や、陽性と陰性などの単位でなく、
その中身を、もっと具体的な事柄に分けて、
器用に交替させていますので、病気に見えません。
脳の神経細胞の受容体は、
他の神経細胞から放出された神経伝達物質だけでなく、
自分が放出した神経伝達物質もくっつきますので、
受容体の位置による量の違いを知れば、
放出された物質が、他の細胞に取り込まれる効率の変化が
わかります。
その変化に応じて、放出量を調節すれば、
伝わる情報量を、一定に保つだけでなく、
極端に変化させることも出来ます。
統合失調症って、
素質と、経験や習慣などとが、半々と言われますけれど、
原因の一端が、御本人の意志や意図にあると書けば、
性転換医療をやっている精神科のお医者さんや、
御自身がGID(性同一性障害)という薬剤師の人などが、
「統合失調症は糖尿病のようなものである」と、
プラカードを掲げて、訪問してくれるかも知れません。
責任能力って、その意味を、どのように調節しても、
文化的な概念ですので、好き嫌いの流行を免れません。
好き嫌いを、自然の仕組みとして理解すれば、
心の性別のような個人の意志が、
脳の性別のような自然の仕組みに一致していると
確信するようになります。
物事の知覚情報を、
個人の意志は、選択して認識できますので、
みんなの好き嫌いに合わせて、
みんなに通じる事実として、知覚情報を認識するって、
個人の好き嫌いを、文化的な流行に、
増幅させているだけかも知れません。
最高裁判所の判決文に書かれている事実って、
夜の歓楽街の、流行の風俗と、
さほど変わらないのに、それを指摘すると、
麻原彰晃って人が、
プラカードを掲げて、訪問してくれますので、
人間万事塞翁(じんかんばんじさいおう)が馬かしら。
精神の病気の中でも、
脳の器質に、原因となる病変の発見されない種類って、
精神症状を、文学的に分類しているだけですので、
取扱いの便利さを求めたとしても、ただの大衆文学です。
昔は、統合失調症や躁うつ病などを、
内因性という概念に纏(まと)めていましたが、
原因や仕組みがわかっていないのに、
内因性と言うのは、純文学かしら。
治安上の問題から、
人を強制的に拘束して、診断して、お薬を飲ませて、
強制的に脳味噌の機能を壊して、大人しくさせます。
これを、正当化して、治療と称するために、
昔から、内因性というインチキ用語が使われて来ました。
なんとなく、
GID(性同一性障害)のための性転換医療に、
似ているでしょう?
規則を破った人の頭が、おかしくなっているので、
強制的にお薬を飲ませると、
2~3週間ぐらいで、大人しくなり、
気持ちが落ち着き、円満になり、
笑顔が零(こぼ)れます。
やっぱり、病気でして、お薬が治療になりますけれど、
患者さんが、自発的に受診せずに、
自分は病気でないと確信して、規則を破りますから、
強制的な治療は、しょうがない、とするのが、
内因性の考え方です。
脳味噌うんぬんの解説は、屁理屈です。
ところが、GID(性同一性障害)の患者さんも、
昔は、統合失調症として、治療されました。
脳の器質に証拠のない精神疾患って、
文学的な取扱いの違いしかありませんから、
似たような治療経過になりますが、
性転換をしたい気持ちは、変りませんでした。
大人しく、笑顔になりますので、
人騒がせなことを、言ったり実行したり、
しなくなります。
じつは、統合失調症でも、妄想はなくなりません。
妄想の中身を、絶対に正しいと、確信したまま、
言ったり実行したりを、しなくなります。
健常な人に、統合失調症のお薬を飲ませると、
どうなるかしら。
個人輸入をすれば、簡単に入手できますけれど、
自分で実験することを、お薦めしません。
というのは、癖(くせ)がついて、
お薬を飲まなければ、やって行けなくなりますから、
麻薬のように危険です。
抗精神病薬や抗不安剤って、
興奮を鎮めて、眠たくさせますので、
健常な人が、自分勝手に統合失調症のお薬を飲んでも、
無茶苦茶になりません。
あほになりますから、
落ち着いて、円満な笑顔になります。
イタリアでは、精神病院がなくなりましたが、
一部の御家族が困っているにもかかわらず、
大部分の患者さんや御家族や周囲の人たちは、
上手(うま)く行っているようです。
日本の精神科医は、
十分な量の抗精神病薬を使うようにって、
教えられて来ましたが、
最近は最少量にして、3ヶ月で退院させます。
それでも、ブログを読めばわかりますように、
若いお医者さんほど、
これこれの症状に、これこれのお薬を使ったと、
お薬の名前と量を記して、得意げに書いています。
40才にもなれば、
そのような子供騙しを、書かなくなると思いますが。
これこれの症状と書き、これこれのお薬と書くのは、
サイコロを振って、人の脳味噌をお料理しているのと、
さほど違いません。
規則に違反しないで、気持ち良くしてもらえれば、
寝たきりが、いちばん手っ取り早いのかもね。
それでは、看護師さんが大変ですし、
せっかく入院しているのですから、
少々、患者さんの気持ちが悪くても、構いません。
患者さんが、自分で自分の身の回りのことをしてくれて、
看護師さんが楽チンなら、幸せです。
退院すると、寝たきりでは、御家族が困りますから、
自分でおしっこやうんこができるように、
お薬を加減します。
職場復帰をするのでしたら、
このお薬の量って、あり得ないと、わかりますが、
患者さんに、希望を持ってもらえれば、
御家族が楽ですので、患者さんを元気づけてあげます。
GID(性同一性障害)も、統合失調症も、
病気を分類するための、区切りの線は、
砂漠の中の、国境線のように、
砂の上に、真っ直ぐな線を引いて、山分けにしたものですけれど、
川はその通りに流れません。
必ずしも別の病気と考えていませんけれど、
山があり、一定の範囲内でしか、流れませんので、
違う治療法で行きます。
GIDの、いわゆる心の性別って、妄想でないかと疑われていますが、
もしかしたら、解離性障害の妄想に近いかも知れません。
統合失調症の妄想とは、かなり違います。
症状が悪くなれば、心の内側から、
信頼のできる人格が出てきますので、
いっぺんに統合失調症に近くなります。
いちばん信頼のできる人格って、
健常な人でしたら、自分自身のことですけれど、
他人のような顔をして、だれだれさんとして登場します。
統合失調症のような被害妄想でなく、
解離性障害から来ますから、
抗精神病薬は、あまり使わないほうが良いかも知れません。
GIDの心の性別って、自我障害であると、わかります。
御本人は、視床下部のGnRHのサージ分泌のように、
男と女の素質の違いが、心の性別の由来である、と言ったり、
性転換医療を行なっているお医者さんのように、
健常な性同一性が、1才頃までに出来る、と言ったりしますけれど、
解離の習慣が、変更できなくなった病気のような気がします。
精神的に苦しくなると、下痢のようなうんこが止まらなくなり、
総理大臣を辞めた人がいましたけれど、
習慣って、楽チンに生きようとして、自分でわざと作ったとしても、
子供の頃でしたら、
わざと作った責任が、御本人にあるとは、誰も言えません。
夏目漱石と言う人も、子供の頃の疱瘡(ほうそう)のせいで、
ロンドンに留学中に、妄想が出るようになったと、言われています。
苦しければ、楽な手を実行するのは、当り前です。
子供の頃でしたら、腸の蠕動(ぜんどう)という無意識の機能を、
意図的に、精神の苦痛に連動させることが出来たのに、
大人になってから、悪い習慣を断ち切ろうとしても、
無意識の体の自動機能を、
自覚された意識によって制御することは、まずできません。
経験的に作られた習慣が、変更不能になるのも、当り前です。
苦しい時に、妄想に耽り、
おトイレをさぼって、うんこを駄々漏れにすれば、
乳幼児は、とても幸せな気持ちです。
3才くらいまででしたら、生まれつきの無意識の体の自動機構と、
自覚された意識の経験とが、通々(つうつう)に行き交い、
無意識の習慣になることが、十分にあります。
後には、変更不能になりますから、
統合失調症やGID(性同一性障害)などの、
悪い習慣を変更できないのは、
ほとんど、生まれつきの素質と、区別がつきません。
そのことを、GIDの人たちが、心の性別と感じているのでしたら、
生まれつきの変更不能な機能と、生まれた後の経験的な習慣とは、
よく似た意味に聞こえます。
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