サンシュユ 761 性転換の非 自然や体と、社会や心

山茱萸(さんしゅゆ)って、
早咲きの木は、もう、ずーっと前に、咲き始めていますけれど、
今は、どの木も、一斉に咲き始めていいますので、本格的です。
 
まだ、完全には開いていませんけれど、もう、待ちきれません。
 
 
エステティックが論理的でないのは、誰でも知っていますが、
個人主義も、欧米の近代文化の大前提です。
個体という見かけにより、自然の仕組みを区切ろうと言うのですから、
エステティックな判断の大本山と言っても構いません。
 
個人主義は、明治維新の頃から、日本人には不可解でしたが、
審美主義や美学などと翻訳されるエステティックな価値観が、
個人主義の根本であるとは、気づきませんでした。
 
動物の感情と同じでないかと、日本人は思いましたが、
心は脳によって運営される、と言われると、
摩訶不思議でありますが、なるほどと思ってしまいました。
脳味噌は、確かに、個体ごとに独立しています。
 
でも、脳味噌って、
個体の内側の、情報の伝達を支配しているだけでなく、
個体の外側の、他の個体や社会との、情報の伝達をも支配しています。
 
コミュニケーションと言いますが、
脳は、コミュニケーションのための臓器である、とするなら、
統合失調症の患者さんの言うように、
脳の機能は、その個体の支配下にない、と考えたほうが、
合理的かも知れません。
 
実際、人間が、猿よりも強くなるのは、
3才以降の、他人とのコミュニケーションによります。
それまでは、同い年でも、猿のほうが兄貴分で、
人間の子供は、子分のように、猿の尻馬に乗るばかりです。
 
他人とのコミュニケーションにより、
人間の個体は、言葉に表された膨大な文化を学ぶから、
猿よりも強くなります。
 
賢くなった、と思うのは、
たんなる人間の自惚(うぬぼ)れにすぎませんが、
連帯行動や協調行動により、
他の多くの個体の力を、笠に着て強くなり、
嵩(かさ)に懸かるように、自分は賢いと、自惚れます。
 
脳が、他の多くの個体との、
コミュニケーションのための臓器であるなら、
必ずしも、その一つの個体の支配に属しているとは、限りません。
コミュニケーションによって得られる情報の多くが、
文化と言われる共通の情報や、
情報を仕訳(しわけ)して整理するための、
価値と言われる共通の判断の仕方だからです。
 
このプログラムの中に、エステティックな価値があり、
個体を、判断の単位にするだけでなく、
顔や体の見てくれにより、
個体の善悪や優劣や真偽などを判断します。
 
エステティックな判断は、動物的でないかと、日本人は感じます。
ギリシャ・ローマの文化は、合理的であったけれど、
インドや中国を支配できなかったではないか。
とりわけ、中国や日本を征服できなかったのは、
距離が遠かったのでなく、
欧米のエステティックな判断の不合理でないかと、疑われます。
 
白人は、人間以外の自然を、論理と一致するように、
合理的に判断しましたが、
人間や人間社会のことを、論理と一致するように、
合理的に判断したのは、むしろ中国や日本でなかったかと。
 
古代ギリシャ・ローマは、
人間や人間社会を、エステティックに判断しましたが、
論語には、子(し)は怪力乱神(かいりょくらんしん)を語らず、
と書かれています。
 
     メソポタミアの文化や、
     古代ギリシャの民主制やキリスト教には、
     すでに、個人主義の傾向が強く現われています。
     産業革命やフランス革命よりも、
     わたしは、遥かに乾燥した砂粒の匂いを、
     個人主義に感じます。
     
     星の王子さまの、
     サンテグジュペリの夢のようなものかしら。
 
     ルネサンスのイタリアに、
     解剖学や、アリストテレスの著作などを伝えたのも、
     アラビア人でした。
     人間を、牛や豚のお肉のように解体すると、
     確かに、一人一人の人間の個体は、
     砂漠の砂のように、孤立しています。
 
     中国や日本では、雨が多く、
     とりわけ、日本では、砂漠の砂粒は珍しく、
     土は、たいてい、粘土のように繋がっています。
     モンモリロンやカオリンのような、粘土鉱物を見ると、
     わたしは、脳のコミュニケーション機能を連想します。
 
     なでしこジャパンを見れば、一目瞭然ですが、
     日本の社会は、コミュニケーションの緊密さが特徴です。
     欧米の社会は、個人主義で行きますので、
     エステティックに人間の精神を評価しますが、
     人間の心や社会の評価は、
     日本的であるほうが合理的かも知れません。
 
     人間の心や社会以外の自然の評価は、
     欧米のほうが得意でしょうから、
     漢方薬は、あまり信じないほうが良いかも知れません。
     でも、性転換というエステティックな考え方により、
     精神を治療しようとするのは、おそらく間違っています。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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