ユリノキの実 732 統合失調症の内輪の話

百合(ゆり)の木の花って、
葉っぱが茂った後(のち)、4月の末から咲きますけれど、
落葉樹ですから、冬は真っ裸です。
 
実(み)が、今頃になっても、落ちずに残っています。
低い枝でしたら、枯れた実と、わかりますが、
百合(ゆり)の木って、のっぽの木です。
高い梢(こずえ)は、蕾(つぼみ)でないかと、見間違えます。
 
夕日の当たる高い枝は、
黄色(きいろ)く輝(かがや)いていますが、
 
 
統合失調症の患者さんを、警察官が保護したと言い、
精神病院に連れて来ます。
ほとんど、非行の事実を確認できません。
 
みんなの規則に違反するような悪いことをしていなければ、
本人が嫌(いや)と言うものを、
強制的に精神病院に連行するのは、警察官の犯罪です。
警察官は、患者さんの非行の事実を、証明しなければいけません。
 
でも、証明できる警察官が、ほとんどいません。
裏の取れない一方的な情報にもかかわらず、
警察官は、火を見るよりも明らかであると、確信しています。
情報を提供した人の地位や身分と、
精神病の患者さんとを、見比べて、
嵩(かさ)に懸(か)かるように、
決め付けているのかも知れません。
 
日本の刑事裁判では、
警察官の証言が、自動的に、ほぼ100%正しいとされます。
日本の刑事被告人が、欧米の諸外国に比べて、
異常に高い比率で、有罪になる原因とされています。
 
わたしは、泥棒や人殺しが専門でありませんので、
日本の刑事被告人が、諸外国に比べて、異常に悪いとは
思っていません。
むしろ、諸外国よりも、
生(なま)ぬるい人殺しが多いのでないかと、感じています。
 
もしも、諸外国よりも、日本の刑事被告人のほうが悪いのなら、
有罪になる比率が高くても、当然です。
もしも、諸外国よりも、
優(やさ)しい悪者(わるもの)が多いのなら、
無罪になる比率が高くなっても、よさそうな気がします。
 
実際には、
日本の刑事被告人は、異常に高い比率で、有罪になるそうです。
 
患者さんは保護されて、強制的に連行されて来たにもかからわらず、
非行の事実があるとは、認められません。
患者さんは、妄想がひどく、興奮して、
いわゆる支離滅裂になっていることが多く、
なかには、意識朦朧(いしきもうろう)としている人もいます。
 
警察官は、非行の事実があったと、医師に告げます。
患者さんのほうは、自分が殺したと言おうが、やったと言おうが、
事実に即した信憑性(しんぴょうせい)が、
ほとんどありませんから、
非行の事実を述べるのは、警察官の独壇場(どくだんじょう)です。
 
言いたい放題なのに、辻褄(つじつま)が合いません。
嘘をつきたければ、見た、と言えばいいのに、見ていないそうです。
通報者が目撃したそうですが、
以前に、患者さんから、車の購入代金を支払った相手であると、
指名された人です。
患者さんに怨みを持っているかも知れません。
 
見ず知らずの人の車を蹴っている、と警察に通報しました。
警察官が駆けつけると、付近に患者さんがいました。
問い質(ただ)すと、車を破壊した、と言います。
件(くだん)の車の塗装に、傷がついていました。
やったのかと尋ねると、やったそうです。
 
誰々さんが、やっつけろ、と言ったそうです。
その人は、架空の人物のようです。
 
車の購入代金は、患者さんの主張する日付に、
患者さんの口座から、お金が引き落とされています。
支払った相手とされた人は、
そのようなお金を受け取ったことがなく、取引は一切なかった、
と言います。
 
その時の相手が、今回の通報者です。
患者さんの自宅は、ゴミや家具がひっくり返り、
足の踏み場もなく、混乱していたと、
警察官は言います。
 
患者さんの言うには、
警察官と駐車場の持ち主と自治会の役員が、
患者さんの自宅に踏み込んだそうです。
傷ついた車が置かれていた駐車場の持ち主です。
 
話は延々と続きそうですが、
とにかく、患者さんは、妄想や幻聴がひどく、興奮していますので、
入院してもらうのが、最善です。
 
わたしは、傷ついた車の修理代を、
患者さんが弁償させられないかと、心配でした。
犯人が患者さんであるとは、断定できないのですが、
御家族が、弁償を拒むと、
もしかしたら、警察や周囲の人が、
新しい証言を捏造するかも知れません。
 
相手が、支離滅裂の精神障害者となれば、
何をでっちあげようが、すべて、健常な人の言い分が通ります。
 
もしも、冤罪(えんざい)を着せられた人が、健常な市民でしたら、
証拠が無い、と反論します。
精神の病気の人には、それができません。
証拠のような、事実にもとづく判断が、苦手(にがて)なの。
論理的に主張できませんので、説得力のある反論もできません。
 
今回も、警察や御近所の人が、寄って集(たか)り、
一人の統合失調症の患者さんを取り囲み、
一方的に事件の筋書きを作ったのかも知れません。
集団リンチのように、
弱い者を虐(いじ)めた可能性があります。
 
患者さんは、虐められると、
やっつけてやった、殺してやったなどと、
反撃するように、威勢の良い妄想が出てきます。
隣近所の人は、精神病の人間がいるから、
家の値段が下がった、家が売れない、娘が就職できないなどと、
言い出します。
 
統合失調症の人を、強制的に治療する最大の理由は、
悪さをすることと、認知障害です。
妄想や幻聴は、悪さをしなければ、人の勝手ですが、
単に悪さをしただけなら、
刑務所のほうに回ってもらうことになります。
妄想や幻聴があるから、認知障害と判断されます。
ようするに、あほです。
 
初発の統合失調症の患者さんと、警察官とでは、
警察官のほうが、知能が低いかも知れません。
それぐらいに、知能って、客観的に測ることができません。
 
何があほで、何が賢いかって、価値観ですから、
客観的に測定できる筈(はず)がありません。
それぞれの人が、何をあほと思い、何を賢いと思っているかは、
それぞれの人に聞けば、わかります。
たくさんの人が、どう思っているかは、みんなに聞けばわかります。
知能検査って、
みんなの価値に、どれくらい一致しているかを、測っています。
 
警察官の知能が、
統合失調症の患者さんの知能よりも低いって言うと、
きっと、怒られます。
知能検査や学力試験を目安にするのなら、
それほど間違っていないのですが…
 
統合失調症の患者さんを見ると、
たいていの人は、あほと思います。
精神医学のほうでも、認知障害と言いますけれど、
警察官は、どうなのかしら。
看護師さんや、介護士さんは?
 
だって、警察官や、看護師さんや、介護士さんって、
学校の成績が悪いんだもん。
 
職業によって人を差別すると、怒られますけれど、
統合失調症のことを、認知障害と言っても、怒られません。
警察官と一緒に患者さんの家に踏み込んだ人たちは、
正義を確信していたのでないかしら。
人生の途中から知能が下がったのでなく、
最初から、到達した知能が低ければ、知的障害と言われます。
 
あほか、賢(かし)こかって、客観的に測れません。
「人のことを、あほと言う者が、あほである」と、
昔から言われますけれど、その通りです。
あほと思うだけでも、いけません。
 
そうすると、知能検査を作った人や、
人のことを、知的障害や認知障害と言う人は、
あほに決まっています。
心理学者や精神医学者って、その人ですけれど、どうしようかしら。
 
統合失調症って、悪さをすると言われていますけれど、
ほとんどの人は、悪さの被害者になることが、圧倒的に多いの。
悪さをしていないのに、悪さをしたと突き出されたり、
仕返しをされたりする被害を受けます。
自分を防御することができませんので、
思い余って、人を攻撃してしまう患者さんが、稀(まれ)にいます。
 
そういう人たちが、統合失調症になる前に、
防御のために鉄砲を腰にぶら下げたいと思えば、
警察官になるかも知れません。
鉄砲でなく、肩書きを身に付けたいと思うと、
お医者さんになります。
その通りの症状が、統合失調症には、きっちりと現れています。
 
いわゆる、「させられ体験」ってやつね。
被害妄想と同じことですけれど。
言葉を使わなくても、心を見抜いたり、見抜かれたりするように、
心と心が通々(つうつう)になる気持ちや、
言葉を使った論理能力が低下するのも、
統合失調症によくある症状です。
  
だから、頭の悪い警察官も、頭の良いお医者さんも、
統合失調症と同類である、と言うと、怒られますけれど、
人間関係の根幹を、上下の序列で見ようする性格の人は、
低いほうに落ちると、
生き甲斐を失い、優しくひ弱な、腑抜けになるかも知れません。
上のほうに行くと、盛んに人を攻撃して、自慢するってのは、
誰でも、そうかしら。
 
     南スーダンやアフガニスタンでは、
     鉄砲を持った人に、おべっかを使い、おだてて、
     因縁(いんねん)をつけられないようにするのが、
     一番安全でした。
     撃ち殺されても、だれも文句を言ってくれません。
 
     アメリカ本土ですと、警察や軍隊に撃ち殺されても、
     家族や目撃者が、
     文句を言ってくれるかも知れませんから、
     死んだ人にも、一縷(いちる)の望みがあります。
 
     日本は、南スーダンやアフガニスタンと同じように、
     アメリカに取られた国です。
     南スーダンでしたら、
     アメリカの空母から飛行機が飛んできて、
     助けてくれるかも知れません。
     アフガンにいた時は、ソ連の占領下でしたから、
     ソ連軍が助けに来てくれる約束でした。
 
     日本では、警察官に撃ち殺されても、
     アメリカ軍は、助けに来てくれません。
     とんでもない国です。
     最高裁やアメリカ軍は関係なく、
     現場の警察官の判断が、事実上の最終判断です。
     
     たいへん治安の良い国という評判は、
     警察官の言うことが100%信用される、
     という意味ですけれど、
     統合失調症の患者さんの非行を、
     ちっとも証明できない警察官を見ると、戦場と同じです。
     少なくとも、精神の病気の人には、
     そう実感されるようです。
 
     統合失調症の陽性症状には、
     抗精神病薬っていうお薬が、わりと良く効きますけれど、
     無理やりに大人しくさせるお薬です。
     頭も悪くなりますから、
     患者さんの気持ちが楽になります。
     あほになると、気楽になるの。
 
     抗精神病薬って、強制的にあほにしますけれど、
     患者さん自身が、治療を受ける前に、
     自分であほになり、楽になろうとしていました。
     認知障害と言われます。
     自前のあほでは、足りなかったので、
     お薬を飲んでもらい、強制的にあほになってもらいます。
 
     あほになると、つまらないことを実行してしまいます。
     短慮です。
     健康な人が、
     第一印象として閃(ひらめ)く奇妙な思いや、
     あれやこれやと、心の中で思ってみる内容と、同じことが、
     統合失調症の妄想や幻聴として現れます。     
 
     あほになるから、
     心の中で棚上げにしたり、使い分けたりする器用なことが
     できなくなります。
 
     あほって測れませんから、
     妄想や幻聴が現れたり、
     咄嗟(とっさ)の思いを抑制できなかったりすることを、
     あほであると、定義しているようなものです。
     一般の人が、他人を、あほと言って嘲笑う理由と、
     一致します。
     
     脳の器質に、原因となる病変が発見されないのに、
     精神の病気であるとするのは、
     みんなと一緒のことができない人を、
     みんなで虐(いじ)める手段かも知れません。
 
一般の人って、
脳の器質が違っていても、同じ精神症状が出るってことを、
なかなか理解できません。
記憶は脳の神経細胞に書かれているはずなので、
必ず、心の違いは、
脳みその部分の形や、神経細胞の部分の形などに、
現れているはずと、思っています。
 
とんでもない間違いでは、ありませんけれど、
脳の神経核の形の違いに、
同性愛やGID(性同一性障害)の心が現れていると思うのは、
荒唐無稽(こうとうむけい)に近いかも知れません。
 
だって、同性愛なんか、簡単に習得できて、
人それぞれの好き嫌いにより、簡単に取捨選択できるもん。
関西の人は、納豆を食べる習慣がありませんけれど、
食べても死なないってことを習得するのは、簡単です。
食糧難の時代でありませんから、
嫌いなものを、わざわざ食べる必要もありませんけれど、
納豆さえあれば、飢え死にしません。
 
お猿さんでしたら、
納豆の山があるのに、食べずに飢え死にすることも、あり得ます。
人間は、アレルギーや精神の病気などでなければ、そうなりません。
 
同性愛には、機会的同性愛ってのが、ありまして、
これは、偽物(にせもの)の同性愛だそうです。
軍隊や修道院や学校の寮などで、同性愛を覚えても、
みんなと一緒の市民生活に戻れば、
異性との性交渉を好む人ね。
 
同性愛を、誰でも簡単に習得できる証拠のようなものですけれど、
一般の人は、色々なオナニーを練習すれば、間接的に実感できます。
何を想像して、何を使い、どのようにオナニーを実行しようとも、
簡単に快感を得られますから、
オナニーの、色々な想像や道具の代わりに、
実物の異性や同性を使えば良いだけです。
 
特定の物体を使用しながら、オナニーの想像に耽っていても、
ちゃんとオルガムスを得られますから、
同性の体を使いながら、素敵な豚を想像して、オナニーをすれば、
同性愛の出来上がりです。
原理は、オナニーと同じですから、同性愛って単純です。
異性愛も同じです。
 
生殖は、別問題として、使い分けますけれど、
性的快感と生殖を、一緒に処理すれば、一石二鳥で便利です。
 
こんなのが、脳みその神経核の形に、現れているそうです。
生殖は原始的なので、日常茶飯の判断や習慣とは、別であると、
同性愛やGID(性同一性障害)の人たちは言います。
 
オナニーの実験によって、
同性愛や異性愛は、日常の判断や習慣と同じであるって、
簡単にわかるのに、それでも、性別や生殖のことは、別なのかしら。
同性愛の人って、
機会的同性愛は贋物(にせもの)の同性愛であると、
必死に訴えます。
 
自分たちは、本物の同性愛であると、言えば言うほど、
なんとなく、
自分たちは精神の病気であるから、本物であると、
言っているような気がしてなりません。
 
精神的な理由により、異性との性交渉ができないだけでなく、
生殖を拒否しますから、
性別のことよりも、生殖のことのほうが、
問題の核心かもしれません。
 
     判断と習慣って、二つ、並べましたけれど、
     記憶は、短期の記憶から、長期の記憶まで、
     いくつかの種類があり、
     脳の神経細胞の機能に、違いがあるみたいなの。
     それが、神経細胞と神経細胞の繋ぎ目の、
     シナプスの形に、現れているかも知れません。
 
     自己受容体ってやつね。
     うつ病のお薬は、すぐには効かないって、
     言われるでしょう?
     自己受容体が、いつもの状態を維持しようとして、
     お薬の作用を無効にするように、機能してしまいます。
     2週間から1ヶ月ぐらい経(た)つと、効いてきます。
 
     お薬屋さんが言っていることなので、
     受け売りですけれど、
     お薬の効きかたに、あまり矛盾しません。
     統合失調症の抗精神病薬でも、同じことです。
 
     お酒の効き目も、似たようなところがあり、
     健常な人って、足がふらふらして、
     雲の上を歩いているようでも、
     酔っていることを計算に入れて、
     慎重に行動するでしょう?
     ややこしい判断を差し止めて、
     駅のホームの線路ぎわには行きません。
     車を運転しません。
 
     計算に入れて、判断や行動を実行することにより、
     お酒の悪い影響を、できるだけ帳消しにしようとします。
 
     これって、普段の正常な状態を、
     脳みそが覚えているからですけれど、
     計算に入れて判断や行動をすることの、
     できない人もいます。
     ちょっと、お酒が入っただけで、
     覿面(てきめん)に、非行に走ります。
     恒常性を維持する機能が、
     変(へん)なのかも知れません。
 
     抗うつ薬でも、抗精神病薬でも、
     お薬を飲み続けていると、習慣になりますので、
     その習慣が、いつもの状態になります。
     今度は、お薬をやめても、
     お薬が入っていた時の状態を、維持しようとします。
 
     うつ病や抗精神病薬って、
     習慣をつけようとするお薬なの。
     あほになる抗精神病薬って、よく効きますけれど、
     病気を治すお薬でなく、
     だめ人間を間引くお薬かも知れません。
     昔のロボトミーと同じことを、化学的に実行して、
     わざと廃人にする惧(おそ)れがあります。 
 
     お薬を飲まなくても、
     習慣って、自分からは、なかなか変更できません。
     悪い習慣がついているから、
     お薬によって、強制的に良い習慣に変えようとします。
 
     悪さをする習慣がなくなり、悪さをしなくなれば、
     確かに、良い習慣に変わったことになりますが、
     一層、あほになるのは、
     良い習慣に変わったことなのかしら。
 
     それどころか、悪さをしたのでなく、
     悪さをしていないのに、
     悪さをしたかのように決め付けられて、
     虐(いじ)められていたのなら、
     抗精神病薬によって治療をするのは、
     みんなでリンチをするようなものです。
     精神科のお医者さんが、みんなの意志を代行しています。
 
     悪さをしていないのに、無抵抗に虐められていた原因が、
     自分からあほになり、気持ち良くなっていたのでしたら、
     抗精神病薬を飲めば、一層、悪化します。
     一層、あほになれば、一層、気持ち良くなり、
     本人は明るく笑顔になりますが、
     あほは、みんなに虐(いじ)められる原因になります。
 
     おめでたいことですが、なんとなく、
     GID(性同一性障害)の性転換とカミングアウトに
     似ています。
 
     統合失調症って、GID(性同一性障害)と同じくらいに、
     わかりやすい纏(まと)めかたですけれど、
     19世紀の遺物として、
     博物館に収めたほうが良いかもしれません。
     
     GIDも、ロボトミーの時代の古い医療を、
     なんで今頃、復活させるのかって、
     奇妙な経緯(いきさつ)です。
     欧米のローカルな事情を見なければ、わかりません。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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