また由比ヶ浜(ゆいがはま) 713 有性生殖

昨日の写真と同じ所を、高い所から撮りました。
鎌倉の道が、
由比ヶ浜(ゆいがはま)のある長谷(はせ)という所から、
極楽寺(ごくらくじ)のほうへ行くと、
自然に山になり、標高が高くなります。
 
天皇陛下が、葉山に来ているそうですけれど、
ここから、逗子海岸と、葉山の森戸海岸が見えます。
御用邸のある一色海岸は、横須賀市のすぐ隣ですので、
鎌倉の長谷(はせ)あたりからは、見えません。
 
GID(性同一性障害)は、
子供のいない人も生殖機能を壊しますので、
天皇陛下と、また違います。
 
 
最近は、家の中で、最大の邪魔物がパソコンです。
パソコン本体は小さくなり、モニターは薄くなりましたけれど、
電線を使って、繋いであげなければいけませんので、
いくらノートパソコンでも、厄介です。
 
神経や血管って、面倒の始まりかしら。
コミュニケーションね。
人間は視覚に凝りますので、モニターは大きな画面でなければ…
 
こんな経験って、昔もありました。
男どもは、ラジオやテレビやステレオに凝りましたので、
立派なオーディオルームを持っているのが、
紳士の徴(しる)しのようでした。
 
いまは、少年少女と、精神障害の人しか、音楽に凝りません。
 
男性は、時計やライターにも凝(こ)りましたので、
できるだけ、重そうな、金属のライターをプレゼントすると、
喜んでいました。
そのうちに、
100円ライターのほうが便利であると、気づいたそうですが、
精神科の病院が、院内全面禁煙になったのは、ごく最近です。
 
お医者さんのほうの歯が、真っ茶色のヤニだらけでした。
 
それに比べて、
女性が、装飾品や衣服や、顔や体の見てくれに凝るのは、
大昔から一貫していますので、普遍性があるのかも知れません。
 
ノートパソコンや携帯電話を持ち歩くなんて、
GID(性同一性障害)を持ち歩くようなもので、
精神の病気の一種です。
 
次々に罹(かか)っても、半分ぐらいの人は、次々に治ります。
時間が経(た)てば、人が死に、人間の顔ぶれが替わるように、
一人の人間の心の中も変わります。
 
変わらなくなると、
病気に罹ったままで、治らない、という意味でして、
どういうわけか、わたしたちは、治らない病気ことを、障害と言い、
まるで、生まれる前に起こった異常が、もはや修復不能であり、
後遺症のみが、生まれた後も続いているかのように、理解します。
 
エステティックな偏見にしがみつくのは、
装飾品や衣服や、顔や体の見てくれに、いちころの女性も、
時計やライターやステレオやパソコンに、拘(こだわ)る男性も、
似たようなものですけれど、
みんなと一緒のことが出来なくなると、流行遅れになり、
次々に病気に罹ることもなく、次々に治ることもなく、
同じ病気に罹ったままの、障害と言われます。
 
男性が、時計やステレオやパソコンや、
鉄やダムやビルや車や鉄砲などと、次々に目先を変えるのに比べて、
女性は一貫して、衣服や顔や体の、昔ながらの見てくれですので、
ひょっとしたら、女性のほうが、精神の病気かも知れません。
行動力が乏しく、視野が狭いので、変化に弱いってことです。
 
子宮の筋肉は、とても強い力を、長時間、出し続けられます。
男性って、昔の足踏みミシンを、1時間、踏み続けると、
若い体育会系の子でも、たいてい、足が吊りました。
女性は、老いも若きも大丈夫です。
 
育児用の体の女性と、戦争用の体の男性とが、
性転換によって、入れ替わることは、ありません。
生殖機能が、そのことを如実(にょじつ)に示しています。
 
GID(性同一性障害)って、生殖を拒否する病気ですけれど、
生殖医療によって、切り抜けるには、
有性生殖から脱皮する必要があるのに…
産婦人科や泌尿器科のお医者さんは、
有性生殖に、いつまでもしがみついています。
 
お医者さんは、商売ですから、仕方ありませんけれど、
患者さんは、GID(性同一性障害)を克服できません。
 
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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