鎌倉の海岸です。
冬の浜辺を、一人で歩くのが好きなのは、変人かしら。
健康のためですけれど、
このごろは、寒い風にあたると、かえって健康を害します。
GID(性同一性障害)の人は、どうしますか。
無理が利(き)かずに、頑張れません。
しんどい目をすると、病気になりますから、
性転換やGID(性同一性障害)のことになると、
体の性別やら、心の性別やらと、
変な言葉を使わなければいけません。
性転換を実行したい、という人たちが、
心の性別なる概念を、新しく作りました。
患者さんたちの言うには、そうでなければ、話ができません。
それでしたら、
お医者さんも、それに合わせなければ、商売になりません。
ほんとは、昔のお医者さんが、
いい加減に見当をつけて、ぶちかましたのですが…
自分のやっていることを、正当な医療であると、強弁するために。
いつのまにか、
自分たちの主張が受け容れられなければ、聞く耳を持たぬと、
患者さんたちが、拗(す)ねるための言い草になりました。
ヒステリーと言いますけれど、
捨て身の戦術によって、周囲を巻き込ます。
精神科のお医者さんは、わざと巻き込まれて、
患者さんとのコミュニケーションを保たなければいけません。
切って捨てたのでは、儲(もう)からないもの。
それを言うと、顰蹙(ひんしゅく)を買うので、
「患者さんの精神症状を、ちゃんと受け止めます」と、
頼もしく表現します。
お医者さんも、心の性別という変(へん)な言葉を、
使うに如(し)くはありません。
その概念によると、自分たちの性転換は正当であり、
自分たちの精神は正常であるそうです。
体のほうは病気であっても、心は健全です。
性ホルモン剤や、外科手術などによって、
体を治療してもらいたいと、願っています。
精神科なんか、行きたくありません。
ヒステリーの人って、たいてい、そうですけれど…
体の病院へ、行きたいの。
普通の人と、ちょっと違うでしょう?
健常な人は、体の病院にも、心の病院にも、
どちらにも、あまり行きたくありません
心の性別があるのなら、
右腕の性別や、左腕の性別も、あるのかしらと、
GIDの人に尋ねると、
即座に、モザイクだと、教えてくれます。
インターネットに、
ウィキペディアという落書き帳みたいなのがあり、
性同一性障害や、同性愛や、性別などの項目を見ると、
すべて同じ人が書いたかのように、
紋切り型のステレオタイプの内容になっています。
GID(性同一性障害)や同性愛などは、
物的証拠のない心のことですので、
その解釈や説明って、文学でしかありません。
同じ意味の記述になるのが、とても不思議です。
GIDや同性愛の人たちは、
事実を正しく客観的に訴えているから、
同じような内容の記述になる、と言います。
同性愛や性転換という行動は、客観的な事実ですけれど、
その動機や目的や理由や原因などは、
人それぞれの、心の中だけの出来事でないのかしら。
泳ぐという行為が、同じでしたら、
水泳と名付けても構いませんけれど、
タイタニックが沈んで、氷の海に飛び込んだ人たちも、
ガラパゴスのイグアナも、ヌーディスト村の男女も、
津波にさらわれた三陸の人も、
オリンピックの水泳選手も、
みんな、同じ動機や目的や理由や原因があり、
同じ脳の構造と機能があるのかしら。
ウィキペディアの人たちによると、
戦争や宗教の合宿などによって知った同性愛は、
一時的な同性愛であり、
異性に出会えば、すぐに同性愛の興味を失うので、
偽物(にせもの)だそうです。
わたしの知るところでは、
同性愛って、一度、習得すると、
自転車に乗ったり、泳いだりするのと同じように、
通常は、健康である限り、生涯、忘れません。
納豆を食べるのも、一度、好きになると、
嫌(きら)いになることは、めったにありません。
関西の人は、納豆を食べる習慣のないことが多く、
大学に合格して、東京で暮らすようになってから、
納豆を食べられるようになった人も、少なくありません。
それまでは、ゴミ箱に捨てるような、腐った食べ物を、
食べても大丈夫とは、思わなかったそうです。
大学生になってから、納豆を覚えた人は、
この世界に、納豆しか、食べ物が無くなったとしても、
自分は飢え死にしないと、自信がついたらしいの。
でも、食べ物がたくさんある時に、
納豆を選んでまで、食べたいとは思わないそうです。
なかには、関西の人なのに、
中年になってから、初めて納豆を食べて、
まるで小さい頃からの好物のように、
大好きになってしまった人もいます。
納豆の好きな心や、嫌いな心が、
生まれつきの脳味噌の素質であるとは、
思えませんけれど、
なんとなく、適応力の違いのような、
気がしないわけでもありません。
普通は、小さい頃に、
様々な事柄に適応する訓練を積んでいると、
男性とでも、女性とでも、豚や器物や抽象概念とでも、
気持ちよく性交渉が出来るようになります。
甘やかされて育てられると、
適応力が低いままになります。
人それぞれの生まれつきの素質のような限界もあり、
無理をして、
融通の効くように、適応力を養おうとすると、
精神の病気になるかも知れません。
超能力を使って交信しているかのように、
GID(性同一性障害)や同性愛の人たちが、
みんな、右へ倣(なら)えになる気持ちが、
この人たちの、心のトラブルの傾向のような気もします。
体と心が一致しない、
というハーモニーの不調が、病気であるってことですから、
たぶん、体も心も、両方ともイカレます。
実際に、GID(性同一性障害)の人たちの予後は、
両方とも困難な事態に陥ります。
心の性別って、もとは、性転換医療を行なったお医者さんが、
患者さんに仕込んだ gender identity という概念のことです。
自分の性別の認識のことを言いますが、
GID(性同一性障害)は、
それの インチキや規格外って意味の、disorder です。
identity っていう変(へん)な言葉を使いますので、
日本人には、特にわかりにくいのかも知れません。
identity って、どこの誰であると、証明することですけれど、
日本って、戸籍制度がありますので、
identity という特別な意識は、必要ありませんでした。
今は、コンピュータがありますので、
戸籍制度がなくても、どうってことはありませんが、
昔は、違いました。
戸籍制度が成り立つってことは、
単一民族の定住社会であった、ということですから、
世界で最もその傾向の強い家族制の社会が、日本でした。
欧米のような、殺し合いの多民族社会ではありません。
多民族社会では、どこの誰だかを証明する時に、
最も確実なのは、顔や体の見てくれです。
次に、言葉や服装や持ち物などでしょう?
欧米では、キリスト教が、それらによる差別を否定して、
民族を越えた身分を保証しましたが、
キリスト教の権威が廃(すた)れると、まずいことになります。
なんだ、identity の事情って、
同性愛差別や、エステティックな偏見の事情と、
同じでないかと思いません?
実際、GID(性同一性障害)っていう病気は、
その通りの、欧米文化に特有の、精神の病気なの。
それに加えて、戦争や徴兵制の事情が加わりますから、
第二次世界大戦後に、戦争や徴兵制のない唯一の近代国家の日本が、
いかに、GIDに相応(ふさわ)しくない国であるかが、
よくわかります。
性転換をしたいって言う日本の人たちには、
明治の鹿鳴館文化のような、猿真似(まね)の流行に、
身も心も流されやすい精神の病気の特徴が現れています。
これもまた、ヒステリーという欧米文化で言い表わすと、
しっくりと行きません。
あっちの人って、すぐに気絶をしますから、
日本人は、よく騙(だま)されます。
ヒステリーによって、気絶をする日本人なんか、めったに見ません。
統合失調症の人は、よく気絶しますが…
やっぱり、ヒステリーって、
統合失調症の予防になっているのかしら。
統合失調症になり易い素質の人や、
発達障害の疑いのある人などは、
欧米であろうが、日本であろうが、GIDの共通の特徴と思います。
GID(性同一性障害)の人に、ヒステリーと言うと、
怒られますけれど、
欧米の猿真似(まね)をする症状って、
欧米のヒステリーにない症状ですので、悩みます。
戦争に負けると、もの凄く大きな精神の後遺症が残ります。
日本の文化と精神は、黒船から、ずっと同じ基調です。
欧米の侵略者から、身を守らなければいけない背水の陣でした。
0コメント