横須賀市の久里浜(くりはま)と、
伊豆大島を結ぶ水中翼船(すいちゅうよくせん)です。
ジェットフォイルと言うそうなの。
45ノット(時速83km)ぐらいで、海面を飛びます。
船底は、空中に浮(う)きますけれど、足が生えていて、
船の前後の水中に、両手を広げたような翼(つばさ)があります。
空気の代わりに、水を切り、揚力(ようりょく)を生みますので、
足の上の船体が、空中に浮き上がります。
水中から吸い込んだ水を、船のお尻から、空中に高圧で噴出して、
推進力とします。
ハイドロフォイルの、ガスタービンエンジンなので、
ジェットフォイル?
タービンエンジンのフォイル翼(よく)のことなのかしら、
それとも、水中翼(すいちゅうよく)のことなのかしら。
ボーイング社に聞いて下さい。
フォイルって、アルミホイルのホイルと、同じ言葉ですけれど、
流体力学では、
揚力(ようりょく)を生む翼断面(よくだんめん)を持つ形や、
回転力を得るためのプロペラや、
タービンブレード(blade)のような、
捻(ねじ)れた形を言うみたい。
ゴシック建築の、窓の上辺(じょうへん)のアーチ型の下を、
葉っぱの紋様に区切って、装飾(そうしょく)としますけれど、
その装飾を、
トレーサリー(tracery) , 狭間(はざま)飾り、と言い、
その紋様を、
フォイル(foil) , 葉飾(はかざ)り、と言います。
これが語源みたい。
翼(つばさ)やタービン翼(よく)の、断面の曲線に似ています。
後ろの塔(とう)は、東京電力の煙突(えんとつ)です。
もしも、波止場(はとば)の背中で爆発(ばくはつ)しても、
火力発電所ですから、安心して死ねます。
東日本大震災の後に、ガスタービン発電機(はつでんき)を、
たくさん使っているそうです。
大きな設備を必要としませんから、
一時凌(しの)ぎには、持って来いですけれど、
LNG(液化天然ガス)ですから、燃費(ねんぴ)が悪い。
軽油のジェットフォイルも、運賃(うんちん)が割高になります。
船と飛行機の、中間ぐらいのお値段です。
ディーゼルエンジンの重油で行く商船は、お安いのですけれど、
税金の使える軍隊は、
潜水艦でなければ、たいてい、ガスタービンです。
潜水艦って、浮上(ふじょう)した時に、発電して、充電します。
潜(もぐ)った時は、電気モーターで進むの。
ガスタービンエンジンって、発電効率が低く、潜水艦に使えません。
福島の原発が壊(こわ)れたので、久里浜の発電所は、
急遽(きゅうきょ)、
ガスタービン発電機を動員(どういん)して、電気を作っています。
性転換(せいてんかん)みたいに、
絶対に怒られることを書きます。
津波の時に、防災無線のアナウンスをしていた娘さんが、
津波に呑まれて死にました。
小中学校の、道徳の教科書に紹介されるそうです。
天使の声だとか。
その通りと思います。
防災対策庁舎には、危機管理課というのがあり、
当時、30人の職員が働いていたそうです。
いよいよ津波が来た時に、屋上に逃げましたけれど、
三階建ての屋上よりも、さらに2mほど上まで、
津波に浸(つ)かったそうです。
屋上には、アンテナが二本ありましたが、
高さ4mほどの、一本足の鉄棒が立っているだけです。
鉄棒から、一般民家のテレビアンテナのような、ひ弱な腕が、
数本伸びています。
このアンテナに、30人は、しがみつけません。
たぶん、10人が、せいぜいです。
実際、20人が流されて死にました。
どうして、地震のあと、大津波警報が出ているのに、
30人もの職員が、庁舎に残っていたのかしら。
建物を見れば、わかりますけれど、
オフィスや放送施設などがあるだけです。
放送の人が2人と、連絡員が数人ほど、オフィスに待機して、
あとは、忙しそうに出払っていても、よさそうですけれど、
30人の人が、オフィスに残っていました。
巨大地震のあとの非常事態に、何をしていたのかしら。
警報が出ているのに…
きっと、津波の直後の対策のために、
津波が来るのを、待っていたのよね。
たぶん、こんなに大きな津波が来るとは、
防災対策庁舎の、危機管理課の職員も、予想していませんでした。
だから、庁舎に残って、
最後まで防災無線の放送をしていました。
こんなに大きな津波が来ると、わかっていたら、
死ぬのに決まっていますから、居残るわけがありません。
それでもアナウンスを続けていたのでしたら、自殺行為です。
知らなかったから、最後まで放送を続けました。
高(たか)を括(くく)っていたから、
放送を続けていたのでないかしら。
他の29人も、同じと思います。
ほんとうに、最後まで放送を続けたのは、
褒(ほ)められるべきことだったのかしら。
非常時にも、いつも通りに仕事を続けて、待っていたのは、
きっと、褒められるべきと思います。
でも、大津波警報が出ているのに、
高を括って、逃げずに放送を続けていたから、
たくさんの人が、犠牲になったのかも知れません。
だって、放送をしている人が、逃げないのだから、
町の人も、高を括って、逃げません。
津波の恐さを教えて、対策を実行しているはずの専門の職員が、
津波なんか恐くないと、高を括る態度でしたから、
町の人が、見習ったのでないのかしら。
お役所仕事の嘘が、人災を呼び込んだだけかも知れません。
三陸の町は、何度も津波に襲われていますので、
家を流してしまうほどの、本物の津波が来る土地であることは、
誰でも知っています。
巨大地震の直後ですから、あとは、高さの問題だけです。
防災関係の職員が逃げなければ、
津波が来るとしても、高さは低い、と言っているようなものです。
防災対策庁舎の、危機管理課の職員が、
津波を馬鹿にしていたので、町民が、見習ったのかも知れません。
褒(ほ)められるべきことなのかしら。
地震の直後に、すでに記録的な巨大地震であったと、
気象庁が発表して、大津波警報を出しています。
津波の規模も、
明治三陸地震や、昭和三陸地震ぐらいは、覚悟するのが、
当たり前と思います。
明治のは、15~20mぐらい、来ています。
南三陸町の防災対策庁舎の屋上では、足りません。
なぜ、専門の職員が、高(たか)を括って逃げなかったのか。
生き残った人たちから、はっきりと聞き出すべきです。
天使の声などと、
道徳の教科書に、歯の浮くことを書いているのは、あほです。
総理という名前の人が、演説で褒(ほ)めていたそうです。
死んでも喇叭(らっぱ)を放しませんでした。
安っぽい美談です。
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