【A Change Is Gonna Come】 転機(てんき)が来る
歌 : サミュエル・クック Samuel Cooke
※ Youtubeへ行けと言われます。
行ってあげて下さい。
A Change Is Gonna Come
I was born by the river in a little tent
And just like that river I've been running ever since
It's been a long time coming
But I know a change is gonna come, oh yes it will
It's been too hard living, but I'm afraid to die
Cos I don't know what's out there beyond the sky
It's been a long, a long time coming
But I know a change is gonna come, oh yes it will
I go to the movie and I go downtown
Somebody keep telling me, "Don't hang around"
It's been a long,a long time coming
A long time coming but I know a change gon' come,oh yes it will
Then I go to my brother
And I say brother help me please
But he winds up knockin' me
Back down on my knees
There were times when I thought I couldn't last for long
But now I think I'm able to carry on
It's been a long, been a long time coming
But I know a change is gonna come, oh yes it will
日本語訳が、たくさんあります。
日本人の圧倒的支持を受けていると、わかります。
これは1964年の歌です。
海外旅行の自由化が、1964年でして、
日本政府は、東京オリンピックに、間(ま)に合わせました。
それまでは、ドルを持ち出せませんでした。
円なんか、アメリカに持って行っても、ドルに交換してくれません。
日本から、ドルを持って行かないとダメですけれど、
日本政府が、持ち出しを許してくれませんでした。
送金もダメなのよ。
だから、自由に海外旅行ができませんでした。
それが、1964年に、
500ドルまで、持ち出せるようになりました。
海外旅行の自由化と、言われています。
渡航の条件が、現在と同じようになったのは、1970年頃です。
1971年のドルショックによって、ブレトン・ウッズ体制が壊れると、
日本人は、ドルの束縛から逃れられるようになりました。
ベトナム戦争のせいですけれど、
アメリカが弱ると、たちまちオイルショックになり、
アラブの産油国が、ここを先途(せんど)と、
アメリカから石油を奪い返そうとしました。
まだ、1964年ですと、一般の人がアメリカに行き、
アメリカはこんな国なんだと、あっちの英語を覚えて、
自由に知ることができませんでした。
1970年代にならないと、無理でした。
ラジオのFM放送が始まったのも、1970年頃でした。
中波のラジオは、日本の歌謡曲ばかりでしたけれど、
FM放送は、外国のクラシック音楽やジャズを流しました。
日本人は、初めて外国の流行音楽を、
無料で聞けるようになりました。
わたしも、FM放送から、
サム・クックの、A Change Is Gonna Come を、知りました。
映画の中のマルコムXが、射殺される前に、
車を運転して講演会場に向かう場面で、
サム・クックの歌が流れていました。
サムのほうが、3ヶ月ほど早く、射殺されました。
日本の和田アキ子という歌手が、若い頃にオペラのアリアを歌うと、
サム・クックの声にそっくりでした。
今、gooleの画像検索で比べると、確かに頭蓋骨の形が似ています。
彼女はソウルを歌うべきだったのかも知れません。
大阪の鶴橋の人ですから、
金正恩(キム・ジョンウン)という人のお母さんの、
高英姫(コ・ヨンヒ)という人と、
同(おな)い年の、ごく近い所の生まれ育ちでした。
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