富士吉田の富士急ハイランドから。
お酒は、嫌(きら)いですけれど、
飲めないのでなく、勧(すす)められますと、適度に飲めます。
どれぐらいに、酔ったのかを、いつも観測しながら、飲んでいます。
お魚やお野菜を食べる時に、
いつも解剖しながら、食べるようなものかしら。
年末は、つまらないことを書いてしまうので、書きません。
いつぞや、テレビを見ていると、
小説を書く人が、女装で記者会見をしていました。
お遊戯でなく、話を聞いていると、
体は男なのに、心は、本当に女なのだそうです。
体がでかく、顔はおかま、声は男でした。
あれで、町を歩いているのかしら。
顔や体や声が、どうであれ、自分の心は女である、と言うのなら、
顔や体や声を、変形させる必要なんか、何もないのに…
それなのに、ホルモンや手術ってことに、なるでしょう?
女なら、これこれの顔や体や声でなければいけない、
と思っているのでしたら、
どうして、男まる出しの、顔や体や声なのに、
女の衣服やお化粧によって、自分は女ですと表示して、
不釣り合いの不具合を、
みんなに見せびらかさなければ、いけないのかしら。
病気や障害って、見せびらかすのが、いいのかしら。
水虫を見せびらかすとか、人工肛門を見せびらかすとか…
病気や障害を、堂々と見せびらかすのが良い、とするのは、
立派な考え方です。
現実には、たくさんのGID(性同一性障害)の人が、
背伸びをして、カミングアウトを実行します。
姿勢が安定しません。
精神が動揺して、お腹が据わっていないの。
その分だけ、心をあさってにして、
背伸びの苦しさを、免(まぬ)れようとします。
地に足の着かない、上(うわ)の空の気持ちで、
GID(性同一性障害)の人たちって、少なくとも人生の10年間を、
棒に振るみたい。
治れば、貴重な経験になると思います。
実は、性別のことを確信しているせいで、
背伸びをして、あさってになったのでなく、
あさってになりたいから、性別のことに、しがみついたと、
治癒したGIDの人たちは言います。
性的快感って、
気持ちをあさってにするには、持って来いの道具になるそうです。
昔から、非行に走って、憂さ晴らしをしたい人は、
性的快感を求めます。
エステティックって、それみたい。
整形をして、沖縄まで逃げた市橋っていう人も、
逃亡の当日に、東京大学付属病院のおトイレで、
小鼻を自分で切り、顔を変形させています。
もしかしたら、殺人の前から、
小鼻が気になっていたのかも知れません。
顔や体の形が、気になるって、性的快感に浸りたいってことです。
麻薬と同じなの、美容手術やエステティックって。
衣服のファッションも、そうですけれど…
その気持ちが、殺人に直結したのかも知れないように、
GIDの人も、性転換という自傷に直結しかねません。
他害と自傷は、同じ病気の裏表(うらおもて)のように、
苦しい気持ちなの。
何が、そんなに苦しい気持ちにさせたかって、
子供の頃からの思い出を聞くと、
御本人は性別のことを述懐します。
みんなに同調できない気持ちは、
思春期よりも前の、子供の体型ですから、
大人の体の形のことでありません。
楽をして褒めてもらえるような、
生まれつきの変更不能な烙印が欲しい、という気持ちに聞こえます。
人にはない、自分だけの、生まれつきの変更不能な特徴が、
そのままで、ファッションモデルのように、
みんなに褒めてもらえるのでしたら、
何もしなくても良いのですから、
こんなに楽ちんなことはありません。
GIDの人って、それを求めているような気がしてなりません。
世界は、生まれつきの変更不能なものによって、成り立っていると。
性別って、みんなと一緒の共通性なのに、
性転換によって、
自分だけの特殊性を褒めてもらえる筈(はず)であると、
確信しているような…
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