富士吉田から 680 わがまま

富士吉田の富士急ハイランドから。
 
 
お酒は、嫌(きら)いですけれど、
飲めないのでなく、勧(すす)められますと、適度に飲めます。
どれぐらいに、酔ったのかを、いつも観測しながら、飲んでいます。
お魚やお野菜を食べる時に、
いつも解剖しながら、食べるようなものかしら。
 
年末は、つまらないことを書いてしまうので、書きません。
 
いつぞや、テレビを見ていると、
小説を書く人が、女装で記者会見をしていました。
お遊戯でなく、話を聞いていると、
体は男なのに、心は、本当に女なのだそうです。
体がでかく、顔はおかま、声は男でした。
 
あれで、町を歩いているのかしら。
顔や体や声が、どうであれ、自分の心は女である、と言うのなら、
顔や体や声を、変形させる必要なんか、何もないのに…
 
それなのに、ホルモンや手術ってことに、なるでしょう?
女なら、これこれの顔や体や声でなければいけない、
と思っているのでしたら、
どうして、男まる出しの、顔や体や声なのに、
女の衣服やお化粧によって、自分は女ですと表示して、
不釣り合いの不具合を、
みんなに見せびらかさなければ、いけないのかしら。
 
病気や障害って、見せびらかすのが、いいのかしら。
水虫を見せびらかすとか、人工肛門を見せびらかすとか…
 
病気や障害を、堂々と見せびらかすのが良い、とするのは、
立派な考え方です。
 
現実には、たくさんのGID(性同一性障害)の人が、
背伸びをして、カミングアウトを実行します。
姿勢が安定しません。
精神が動揺して、お腹が据わっていないの。
その分だけ、心をあさってにして、
背伸びの苦しさを、免(まぬ)れようとします。
 
地に足の着かない、上(うわ)の空の気持ちで、
GID(性同一性障害)の人たちって、少なくとも人生の10年間を、
棒に振るみたい。
治れば、貴重な経験になると思います。
 
実は、性別のことを確信しているせいで、
背伸びをして、あさってになったのでなく、
あさってになりたいから、性別のことに、しがみついたと、
治癒したGIDの人たちは言います。
 
性的快感って、
気持ちをあさってにするには、持って来いの道具になるそうです。
昔から、非行に走って、憂さ晴らしをしたい人は、
性的快感を求めます。
エステティックって、それみたい。
 
整形をして、沖縄まで逃げた市橋っていう人も、
逃亡の当日に、東京大学付属病院のおトイレで、
小鼻を自分で切り、顔を変形させています。 
 
もしかしたら、殺人の前から、
小鼻が気になっていたのかも知れません。
顔や体の形が、気になるって、性的快感に浸りたいってことです。
麻薬と同じなの、美容手術やエステティックって。
衣服のファッションも、そうですけれど…
 
その気持ちが、殺人に直結したのかも知れないように、
GIDの人も、性転換という自傷に直結しかねません。
他害と自傷は、同じ病気の裏表(うらおもて)のように、
苦しい気持ちなの。
 
何が、そんなに苦しい気持ちにさせたかって、
子供の頃からの思い出を聞くと、
御本人は性別のことを述懐します。
みんなに同調できない気持ちは、
思春期よりも前の、子供の体型ですから、
大人の体の形のことでありません。
 
楽をして褒めてもらえるような、
生まれつきの変更不能な烙印が欲しい、という気持ちに聞こえます。
 
人にはない、自分だけの、生まれつきの変更不能な特徴が、
そのままで、ファッションモデルのように、
みんなに褒めてもらえるのでしたら、
何もしなくても良いのですから、
こんなに楽ちんなことはありません。
 
GIDの人って、それを求めているような気がしてなりません。
世界は、生まれつきの変更不能なものによって、成り立っていると。
性別って、みんなと一緒の共通性なのに、
性転換によって、
自分だけの特殊性を褒めてもらえる筈(はず)であると、
確信しているような…
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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