【竹田の子守歌】
歌 : 山本潤子(赤い鳥)
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守りもいやがる 盆から先にゃ 雪もちらつくし 子も泣くし
盆がきたとて なにうれしかろ 帷子はなし 帯はなし
この子よう泣く 守をばいじる 守も一日 やせるやら
はよもゆきたや この在所こえて むこうに見えるは 親のうち
現代語ですから説明不要ですが、
議論があるので念のため。
お盆が過ぎると、
だんだん涼しくなる、寒くなる、雪も降る、子供も泣く。
お盆も嬉しくない、着る物もない。
この子はよく泣く、子守をいじめる。
一日も子守をすると、身も痩せる。
この部落を越えると、この子の親の家が見える。
早くこの子を返して、今日一日の仕事を終えたい。
子守は、子供の両親の家と、両親の作業する田畑の間を、
子供を背負って、往復します。
奉公先の食事の支度と、子守の仕事とを、兼ねています。
農作業も、兼ねているかも知れませんが、
子守をさせられるのは、10才未満の、
家事や農作業の役に立たない年齢が多かったようです。
一日に何往復もします。
わたしの両親の年齢の百姓の娘は、
尋常小学校を卒業すると、女中奉公に出されました。
子守から始めましたので、誰でも知っています。
昭和初期の様子ですが、
この歌には、明治や江戸時代の様子が、
伝えられているのかも知れません。
被差別部落で歌われていた民謡を、アレンジしたものらしいの。
しばらく、放送禁止になっていました。
民放連の要注意歌謡曲。
部落解放同盟のほうが、放送局に、流すな、と文句をつけました。
差別を撤廃する議論や運動として、流せ、と言うことらしいの。
在所が、部落差別をするための言葉とか。
一般には、ただの居住地を表しますが、
京都市伏見区竹田あたりでは、被差別部落を指す用語でした。
なるほど、一理あります。
だって、このビデオの映像には、
日本の田舎の美しい情緒が、紹介されています。
わたしの子供の頃の、被差別部落って、乞食の家でした。
耕作不能地に居住させられましたから、自給自足ができません。
被差別部落の住所ですと、雇ってもらえませんでしたから、
現金収入が得られません。
学校の先生は、被差別部落の子に、
どのように話しかければ良いのかを、知りませんでしたし、
興味もありませんでした。
被差別部落の子が、登校をしなくても、放ったらかしでした。
子供たちを、被差別部落のある小学校に入学させずに、
きれいな学校に、越境入学させました。
教育委員会は、文句を言いませんでした。
過疎地の学校は、統廃合されるので、
被差別部落のある学校と、一緒になります。
それを阻止するために、都会に出た親戚の子供たちの名前を並べて、
たくさんの児童生徒がいるように、村ぐるみで偽装しました。
部落民も、文句を言いませんでした。
戦前の被差別部落の娘でしたら、小学校に行かずに、
一般の農家の家の、子守をさせられていたと思います。
戦前は、一般の農家も、ほとんどが小作でした。
現金収入がありませんので、
小学校を卒業すると、女中奉公に出されました。
一般の農家が、田畑を手に入れることができたのは、
農地改革のお陰です。
その頃に、家出をして、
都会の夜の歓楽街で、男娼になる人がいました。
GID(性同一性障害)のはしりです。
お百姓が肥(こえ)たごを担いでいた時代です。
GIDって、どのような人たちか、わからなければいけません。
被差別部落出身や在日の人とその子孫が、過半数でした。
やくざに似ています。
警察官にも似ていますけれど、
皇室や芸能人にお近づきになる人にも、似ています。
お医者さんや弁護士や公務員になる人が多いとかね。
ほんとうに、欧米のLGBTの運動が、
日本のGIDに共通する心なのかしら。
あっちの人が、肥たごを担いだとは、思えません。
やくざとGIDと公務員に、被差別部落の人の多い事情は、
欧米にないはずです。
LGBTって、
欧米のレズ、ゲイ、バイ、トランスジェンダーの流行文化ですが、
日本のGID(性同一性障害)とは、全然違います。
うちの患者さんは、バスから降りて、半日の山道を歩かなければ、
ふるさとの家に帰れませんでした。
都会で働いていると、体がなまり、
生まれた家に帰るだけで、息が上がってしまいました。
まるで西部劇の時代のアメリカのようですが、
1960年代前半に、20才でSRS(性転換手術)を受けました。
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