烏瓜(からすうり)って、夏の夜に、きれいな花が咲きます。
夜行性の蛾(が)が受粉して、朝には萎(しぼ)みます。
この写真の群落には、花の咲いた形跡がありません。
日陰なのに、よく繁茂していますので、
花が咲かないのかも知れません。
葉っぱが生い茂ると、花つきが悪くなります。
とても神秘的な、大輪(たいりん)の花ですが、
地面を覆(おお)い尽くすので、厄介者の雑草の一つです。
この蔓(つる)は、右巻きと言うべきか、左巻きというべきか、
欧米と日本では、定義が違います。
植物では、蔓の成長する方向を基準にして、
右巻き、左巻きを、定義できますが、
工業用のネジは、成長しませんし、
螺旋階段は、進行方向も、一定でありません。
植物では、朝顔のように、
日本語の左巻きが、英語の dextral (右巻き)ですので、
翻訳に悩みます。
ネジは右ネジが普通ですので、左ネジのことを、逆ネジと言います。
右ネジって、朝顔の左巻きと同じなの。
知らない国の、弁護士出身の男性の大臣が、
夫婦別姓を主張しています。
革マル派っていう新左翼のグループと、仲が良いそうです。
若い子なので、
革マル派や中核派が殺し合いをしていた時代を、知りません。
少し前にも、党首と弁護士という肩書きの、女性の大臣が、
夫婦別姓を主張していました。
中核派という新左翼のグループと、仲の良い人で、
ゲイパレードやトランスジェンダーの運動を、支持していました。
殺し合いの頃に、大学生でしたから、
御自身が、その仲間であったかも知れません。
御主人も、3人の機動隊員が成田空港で殺された事件の、
犯人とされる中核派の弁護をしていました。
新左翼お抱えの弁護士です。
わたしの前任者の医師が、性転換医療を行なっていましたが、
御自身が性分化疾患でした。
若い頃に革マル派の議長と、同棲していましたが、
中核派に殺されないように、隠れていました。
猫も杓子(しゃくし)も、大学生は新左翼の時代でしたから、
彼女のお友達には、
革命のためと称して、人殺しをやってのけた人が、一杯いました。
当時の新左翼の運動と、部落解放運動と、関西のやくざの台頭は、
軌を一にしていました。
実際に、指名手配されていた新左翼の人を、
やくざが匿(かくま)っていたのを、目撃しています。
当時の指導者の中にも、
やくざに頼んだと、回顧する人が、出てきました。
時効のようです。
1960年代初めに、
関西のやくざが、暴力団と呼ばれるようになり、
いわゆる進歩的な社会運動から、最初に脱落しました。
昔のように、やくざを手下に使うことを夢見ていた警察が、
60年安保を経て、
二度とアメリカと戦うことがなくなったと悟り、寝返ったからです。
1970年頃に、新左翼の運動がへこたれて、
過激派と呼ばれるようになりました。
東京大学の安田講堂が、機動隊に落とされたので、
新左翼の運動に勝ち目はないと、国民が知ったからです。
新聞社や放送局が、寝返ったの。
1980年頃に、部落解放運動が、やくざに同化しました。
核家族化により、都会に新居を構えた人は、
カミングアウトをしなければ、差別をされなくなりました。
昔からの被差別部落も、高層の公団住宅になり、
都会の人は、そこが被差別部落であることを、
気に掛けなくなりました。
入居者のほとんどが、何も知らない外部からの転入者でしたから、
部落差別をする意味がありません。
部落解放運動のリーダーたちが、
次々に、やくざの組を名乗る現実がありましたので、
いつまでも部落解放運動に躍起になっている人たちは、
やくざと区別がつかなくなりました。
ただの暴力的なグループと、伝統的なやくざとは、
争いを調停する仕組みが違います。
排他的であり続けると、みんなに嫌われますから、
他のグループと、必ず和解する時が来ます。
伝統的な手続きと儀式に従わないと、
誰も仲裁してくれません。
やくざの不文律を受け入れると、
やくざと言われるようになります。
昔は、地元の警察署長や国会議員が仲裁しました。
関西の山口組という沖仲仕のグループが、
言うことを聞かないので、
警察は彼らを、暴力団と呼びました。
そうすると、社会主義運動や労働組合の顔役たちが、
関東のやくざのことも、暴力団と呼べ、と迫りました。
山口組は、日雇いの港湾労働者を、
労働組合として、組織していたの。
うちの鉱山も、そうでしたけれど、
腕っぷしの強い人たちを仕切るには、
度胸と才覚と、天の恵みが必要です。
やくざと国家組織の、腐れ縁(えん)が切れましたので、
暴力的なグループの争いを仲裁できるのは、
やくざしか、いなくなりました。
そのせいで、
昔ながらのしきたりが、変わらなくなりました。
単なる暴力的なグループと、やくざとは、
しきたりを見れば、違いが一目瞭然です。
いまに、やくざは、お相撲さんのように、
変な組織になるかも知れません。
八百長をしていても、天皇陛下を表敬訪問します。
もしかしたら、
警察や国会議員が、やくざの面倒を見るのは、
必ずしも、間違っていません。
江戸時代から、1960年代初め頃まで、
日本の社会は、ずーっとそうでした。
徳川家康という人の政策でした。
高度経済成長の頃は、
部落解放運動って、錦の御旗(みはた)でしたので、
うちの親戚の一人も、被差別部落の人間でないのに、
被差別部落の仲間になり、福祉施設の建設を手掛けていました。
うちの患者さんたちも、輸入割当制時代の食肉の取引のために、
部落解放同盟の輸入枠を分けてもらい、
神戸のやくざの親分さんに、ぺこぺこ、頭を下げていました。
田岡っていう人のお友達が、
田中っていう戦前の共産党の書記長でした。
民族系の石油業界に巣食(すく)っていた人で、
フィクサーと言われていましたが、
エストニアでのSRS(性転換手術)を手配していた人で、
料亭政治と言われていた時代の、赤坂の料亭組合を作りました。
オイルショックの時に、アラブに乗り込んで、
日本とアラブの、石油の直接取引を開拓したの。
ソ連の枠を分けてもらいました。
料亭政治って、国会対策委員会を、料亭で開くことかもね。
芸者さんを呼んで、お布団の敷かれたお部屋を用意したそうです。
かつての新左翼の社会運動や文化運動の担い手たちは、
その後、どうなったのかしら。
下っ端のほうで、振り回されて、
デモや集会に躍起になっていた人たちは、どうしたのかしら。
頭の良い人たちは、お医者さんや弁護士や学者さんになりました。
いわゆる進歩的な文化人になったの。
性転換や、ゲイパレードや、夫婦別姓や、戸籍制度廃止などは、
昔の新左翼や部落解放運動などの、なれの果てです。
わたしと同じ世代の顔ぶれを見れば、わかるの。
名前を聞けば、ははーん、あの子だなあって、思い出します。
精神の病気の人たちは、
夜の町で働き、性別が違うと言い、性転換をしたかも知れません。
人によっては、犯罪に走り、やくざになった人もいます。
上のほうの新左翼崩れの人たちが、
いわゆる進歩的な文化運動を煽(あお)りますから、
何も知らない若い世代の人たちには、
お医者さんなのに、ゲイパレードをして、性転換をする人もいます。
知らない国の、辞めたばかりの総理大臣って、
新左翼崩れの典型でした。
新左翼の運動って、当時の青年たちの世代では、
半数を超える支持率でしたから、もの凄い人数です。
中国の文化大革命の紅衛兵みたいに、うじゃうじゃしていました。
団塊の世代です。
それが、安田講堂の陥落のように、いっぺんにポシャると、
頭の良い人でも、身の振り方に困ります。
底辺の精神障害者を食い物にして、
平和な文化運動のリーダーにでもならないと、食べて行けません。
そのうちに、ドルショックや、オイルショックになり、
やがて、不沈空母っていう名前の総理大臣が、
みんなで働かずに遊びましょう、と言いました。
バブルの時代になったの。
お陰で、かつての新左翼のリーダーの人たちも、
短期大学や女子大学の先生という遊び人のお仕事に、
ありつけるようになりました。
国会議員になった人もいます。
ドルショックって、ドルと金の交換停止ね。
金本位制でなくなったの。
ベトナム戦争の資金調達のための、アメリカの手です。
帰還兵の福祉と景気回復に、お金が掛かるので、
戦争をやめるための手順が必要でした。
戦後処理を睨(にらん)んで、
ニクソンって人が、毛沢東って人に、会いに行きました。
オイルショックって、
ベトナムから手を引いたアメリカが、不景気の時代に入ったので、
今がチャンスと思ったアラブ諸国が、イスラエルを攻撃したの。
イスラエルに占領されている土地と、
アメリカに支配されている石油を、奪回するためです。
第二次オイルショックは、イラン革命ね。
日本も、ベトナム戦争後の、アメリカの経済的な苦境につけ込んで、
濡れ手に粟(あわ)の、大儲けをしました。
鬼のいない間に、棚からぼた餅。
オイルショックを乗り越えることができましたから、
日本人は、有頂天でした。
アメリカの体力が回復すると、そうは行きません。
不沈空母が、アルツハイマーの大統領に脅されたのに、
マスコミは、ロンヤスって宣伝していました。
あほです。
輸入規制を突きつけられると、
内需を拡大して、お許しを乞うしかありません。
怠け者や、おたくや、ニートが、ボランティアと称して、
無駄遣いをして、だらしなく遊びます。
そうであるとしか、日本人には理解できなかったので、
バブルになりました。
さもなければ、箱物と言われる文化施設を作り、
不必要な公務員を雇い、
お役所のみんなが、税金を山分けします。
労働組合や社会党が、喜びました。
厚生労働省は、お年寄りになるとスペインに移住して、
日本の年金を使い、楽に生活のできる村を作りましょう、
と言いました。
そんなことしか、ないんです、内需拡大って。
日本経済が強くなったので、
働き蜂やウサギ小屋を返上して、
余裕のある生活ができるようになったとしか、
理解できませんでした。
欧米でしたら、ボランティア運動は、
戦争と軍隊と兵役がなければ、必要ありません。
兵役の代わりに、社会の役に立つお仕事を、
障害者や犯罪者の人に、してもらいます。
兵役って、国を守るためですけれど、
欧米では、軍隊を使い、
第三世界っていう国にある石油や資源の
利権を死守すれば、
遊んで暮らせる贅沢や、心の余裕を、
維持できるって意味です。
こんなの、今も昔も、変わりません。
日本は、世界で唯一、戦争や兵役のない先進国ですから、
欧米と同じように、行かないでしょう?
怠け者や、おたくや、ニートのことを、
ボランティアと呼んでも、内需拡大になりません。
働いてもらわなければいけないの。
障害者にも、お年寄りにも。
年金を使って、スペインで楽々と余生を過ごすのとは、
意味が違うでしょう?
箱物を作るんでない。
ボランティアを楽しむんじゃない。
障害者でなければ、有給の公務員になってはいけないと、
憲法に書きなさい。
障害者やお年寄りの車椅子を押してあげたら、
善意で済まさずに、介護保険から代金を支払うように、
津波の後片づけをした人に、国家がお給料を出しなさい。
資格の必要な事務なんか、なくしなさい。
ホームレスの人は、現金と商品の取引しか、
信じないものね。
わたしの前任者の医師は、
昔の財閥一族の、互助組織のような病院に務めて、
一族の治療と、障害者の介護をしていました。
御自身が性分化疾患でしたので、
彼女を慕い、外部の人も受診しました。
今で言うGID(性同一性障害)の人も、
性転換を求めて受診しました。
彼女は当主代理の御身分でしたので、一族の経済組織を使い、
GIDの人たちに、お仕事の世話までしていました。
それが、鎌倉時代からの、伝統的なやりかたでした。
わたしは、彼女の仕事を引き継ぎましたが、外部の人間です。
患者さんに、お仕事の世話をしてあげる特権もありません。
かつて、日本は、
欧米の帝国主義や植民地主義から、身を守ろうとして、
朝鮮半島や中国や台湾を、自分の植民地にしました。
新左翼の運動が潰(つぶ)れると、
リーダーたちは、昔の仲間の精神障害者を食べるようになりました。
性転換医療も、その一つです。
60年安保の後に、やくざと警察の関係が変わりましたので、
SRS(性転換手術)を受けたMtF(male to female 男→女)が、
地元の警察に挙(あ)げられました。
売春にイチャモンがついたの。
今でも、店付(みせつき)の娼婦の人は、
もぐりでなければ、それだけの理由で逮捕されませんけれど、
男娼も、お構いなしが日本の伝統でした。
1965年ぐらいまで、やくざの親分さんのご祝儀には、
地元の警察署長が出席する慣わしでしたから、
ブルーボーイ事件って、耳を疑う経緯(いきさつ)でした。
GIDの男娼が挙げられて、お医者さんが有罪になったの。
60年安保って、日米安保条約の延長に反対して、
新左翼の学生が国会を取り囲み、革命騒ぎになりましたので、
岸っていう総理大臣が、関東のやくざの親分さんたちに頼んで、
新左翼の学生を、やっつけてもらいました。
でも、関西の山口組や部落解放同盟は、新左翼の味方でしたから、
やくざの縄張り争いが、政治に連動しました。
警視庁が関東のやくざの味方で、
警察庁が関西のやくざの味方でした。
70年安保が潰れた後に、
たくさんの新左翼崩れが、世間に流出しました。
新左翼の学生運動って、
将来はお医者さんになる人と、弁護士になる人とが、中心でした。
わたしの前任者は、真摯(しんし)に患者さんに奉仕しましたが、
GID(性同一性障害)の人に脅迫されて、
心痛のうちに、亡くなりました。
一族の経済組織の法律問題につけ込まれましたが、
犯人の背後から、やくざや右翼が、ぞろぞろ出て来ました。
後任のわたしは、性転換医療をやめるべきと、判断しました。
日本の性転換の流行は、昔の新左翼の運動の、なれの果てと、
わかりましたから。
大峰山という女人禁制の山があり、
MtF(male to female 男→女)のGID(性同一性障害)の人たちが、
マスコミを使った宣伝のために、
センセーショナルに登山をしようと、計画したことがあります。
支持を表明した進歩的な文化人が、たくさん署名をしています。
ほとんどが同性愛の人ですが、名前を見て人脈を調べると、
ほぼ全員が、新左翼の流れを汲む人たちでした。
昔の新左翼のお医者さんや弁護士の、子分たちなの。
若い世代の子たちは、
思想的な指導者が、かつて新左翼の革命運動のために、
人殺しに加担した人であることを、知りません。
辞めた総理大臣の、師匠みたいな立場の、婦人運動家が、
関西のやくざの親分と一緒に、
麻薬撲滅の横断幕を掲げて、デモ行進をしたのは、
どのような人脈と事情であったのかを、若い子たちは知りません。
頭のよい人たちが、
思う存分にリーダーシップを発揮しようとすると、
心の弱い精神障害者が犠牲になります。
性転換って、その一種です。
頭のよい子たちは、精神障害者を、
庇(かば)ってあげなければいけないのに…
辞めた総理大臣は、年越派遣村ってのを支援しましたから、
ホームレスの人たちに逃げられても、まだ良心的でした。
性転換医療は、身体を壊して、生殖機能を取り去り、
料金を徴収して、お医者さんが儲(もう)けます。
昔も、新左翼の運動が潰(つぶ)れた時に、
行き場を失った人たちは、
古い社会を壊して、新しい社会を作るかわりに、
自分たちの仲間を殺し始めました。
日本の性転換医療は、その延長線上にあります。
内ゲバなの。
粛清とも言います。
もっと行き詰まると、
蛸(たこ)みたいに、自分で自分の体を食べるようになります。
性転換って、それでしょう?
自傷なの。
治癒した患者さんたちの中に、
特例法を作った弁護士や医師を、死刑にしろ、
と言う人がいるのは、無理もないかも知れません。
イエスキリストさんも、死刑になりましたから。
GID(性同一性障害)の患者さんたちは、
自分が、とても進歩的な運動の活動家になったように、
うっとりとしています。
この進歩的な気持ちって、日本では、
かつての新左翼のリーダーたちの、
壊れた夢でないかしら。
弱い者をやっつけて、自分がいい目を見る。
猫も杓子(しゃくし)も新左翼であった時代の、
リーダーたちの見果てぬ夢が、
性転換医療に乗り移っています。
若い子は、それを知りませんが、
特例法を作った人たちは、
十字架を担がされるかも知れません。
弱い子の世話をしてあげずに、
自分の好きなことをして、お医者さんや弁護士になり、
人に迷惑をかけなければ、好きなことをすればいいと、
GIDの自己責任を強調する人は、危ういのでないかしら。
治癒したGIDの人は、騙(だま)されたと言いますけれど、
騙されるのは、発達障害なの。
健常な人は、特例法が精神障害者を騙して、
間引く法律であると、ちゃんと見抜きます。
ナチスの優生医療と同じなの。
この法律を作った人には、そういう精神があります。
かつての新左翼のリーダーたちの精神って、それでした。
共食いに走ったので、潰(つぶ)れました。
ナチスも社会主義の名前を持つ政党でしたけれど、
中身は極右主義でした。
日本の新左翼の運動も、受験勉強を勝ち抜いて、
将来のエリートを約束された医学部の学生たちが、
自分たちの受験を、みんなに賛美させるように、
自分たちを正当化するための社会運動でした。
伝統的な道徳を押しつける大人や、
戦争の経験を大切にする考え方や、
頭の悪い反対意見にしがみつく落ちこぼれなどを、
間引きたかったの。
目の上のたんこぶや、足手まといの障害者を、
殺したかったの。
受験勉強に勝ち残ったのが、至上の正義であると、
言いたかったに過ぎません。
その気持ちが、性転換医療になりました。
GIDの特例法に、端的に現れています。
精神障害者は、
自分のやりたいことを、思い通りにすれば、自滅します。
精神障害者を間引くための、一番確実な方法は、
どうぞ自由にしてください、自己責任です、
と言えばいいの。
※ この下にも続けていましたが、
長ったらしくなるので、切りました。
すみません。
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