フサザクラ 567 判断の、維持不能と変更不能

房桜(ふさざくら)を見つけたので、実を探しましたが、
とっくの昔に、風(かぜ)に飛ばされたのか、
見つかりませんでした。
もしかしたら、まだ木が若く、花が咲かなかったのかも。
 
桜という名前で出ていますが、桜でなく、
キンポウゲ目のフサザクラ科ですから、古そうな被子植物です。
離生心皮と言って、心皮一枚で一つの子房を作っています。
 
心皮って、胞子のできる胞子葉という葉っぱのことを、
皮に見立てたものです。
胞子に、すでに雌雄の区別がありますので、
雌性の胞子を作る胞子葉を、大胞子葉と言います。
 
大胞子葉という皮が、袋になったので、心なのかしら。
心臓を思い出す名付けかたですけれど、子宮のことです。
植物ですから子房と言います。
英語の子房は ovary ですから、卵巣(らんそう)のことです。
すみません。
 
羊歯(しだ)の葉っぱは、
いくつかの円盤みたいな胞子嚢(ほうしのう)の中に、
無数の胞子がつきますけれど、
種子植物は、一つの心皮の、いくつかの胚珠の中の大胞子が、
胚珠に寄生したまま発芽して、
卵細胞を作る胚嚢(はいのう)と言われる雌性の配偶体に育ちます。
受精すると、胚珠が種子になるの。
 
離生心皮から、もうちょっと進化すると、
いくつもの心皮が合着して、一つの合成心皮というのを作ります。
キンポウゲやモクレンなどの離生心皮は、
被子植物の中の、古い形態を残しています。
 
離生心皮の雌しべが房のように垂れるので、房桜と言うそうです。
花は桜の頃で、秋に熟します。
でも、影も形も残っていませんでした。
理由は知りません。
 
 
器質的な原因のわかっていない精神の病気って、
たいてい、判断の変更不能になる症状が出ますけれど、
特定の判断を維持できない症状も、併せて現れるのが、普通です。
 
簡単にわかる嘘をついたり、
嘘の辻褄(つじつま)を合わせようとしなかったり、
次々に、嘘の中身を変えたり…
御本人は、計画的に自覚して嘘をついているのでありませんから、
嘘とはまた違うのですけれど。
 
統合失調症やコルサコフ症候群でも、よく現れます。
 
変更するのも、変更しないのも、
ちょうど良いところに制御する仕組みがあるみたい。
 
これを言い出すと、仏教の唯識論のように、
自覚的な意識や、末那識(まなしき)といわれる無意識のほかに、
心を統括する阿頼耶識(あらやしき)という根本的な機能を、
想定する人もいるかも知れません。
 
わたしには、ちょうどいいところって、
みんなとのコミュニケーションによって決まる気がしてなりません。
インターネットの仕組みみたいにね。
世界中のすべてのコンピューターを統括するための、
親玉のようなコンピューターがあるのでなく、
みんなの寄り合い所帯によって、うまく機能します。
 
人間も、コミュニケーションの規則ってのが、
そもそも、流行文化でしょう?
言語の文法や、単語の意味って、
みんなが使えば、間違いもへったくれもありません。
通じれば、それでいいの。
 
ある女性のお医者さんは、「~したり」っていう日本語を、
いくつもの例を並べて、共通点のあることを示す言葉なので、
たりが一つだけでは、足りないって言うの。
 
わたしは、たりを一つだけ、ぽつんと使うことが、よくあります。
わたしはあほだったりね。
 
言葉の意味や文法なんか、時代とともに、簡単に変わるでしょう?
人それぞれによっても、違うのが当たり前です。
けっして、みんなに共通の大枠(おおわく)の意味があって、
その中で、それぞれに個性的な使い方があるのでなく、
大枠そのものが、人によって違います。
それどころか、同じ人でも、使うたびに意味が違います。
 
それでも、言葉って、通じるでしょう?
言葉は、使用そのものが定義なの。
通貨と同じです。
使うたびに、このお金は何のお金なのか、意味が違うでしょう?
お金を受け取った人は、
受け取ったのと同じ意味で、お金を使う必要はありません。
 
人を殺して奪ったお金を、借金の返済に使っても、
通用するでしょう?
受け取った人は、
不正なお金だから返さなければいけない、ってことは、ありません。
 
言葉も、そうなの。
何に使っても、構いません。
使用されるたびに、これは何々の代価であると、
お互いに理解し合います。
使用されるたびに、意味が異なります。
 
たりの意味を、これこれでなければいけない、と言い、
変更不能になっている自分のことを、
賢いと思っている女性のお医者さんは、
軽症の認知障害かも知れません。
もちろん、軽症ですと、個性のうちですけれど。
 
言葉って、どうして通じるのか、不思議でしょう?
法律を見れば、用語を定義しています。
定義に費やされた言葉は、どうやって定義されるのかしら。
 
使用されるたびに、言葉の意味が変わるのでしたら、
法律って、役に立たないみたいですけれど、
法律に違反すると、ちゃんと死刑になります。
 
判断を変更して、定まらないのと、
判断が変更不能になり、融通が効かなくなるのとは、
ちょうど良いところに制御する能力が、足りないからですけれど、
阿頼耶識(あらやしき)のような、根本的な能力が、
人間の個体にあるのでなく、
個体と、他の個体や社会との、コミュニケーションによって、
ちょうどよいところが、決まります。
 
個人のほうに能力があるのでなく、
社会や自然の趨勢(すうせい)が、
海の水のように、個体の脳味噌に入ってきます。
これを閉ざすと、浮き上がってしまいますけれど、
けっして、一人の個人が、海や宇宙を支配しているのでありません。
 
性同一性障害って、性別のことが、変更不能になっています。
たいていは、一定の判断を維持することも、不能です。
たとえば、スカートを履く、という判断を維持できないのと、
スカートを履けない、という判断を変更できないのとは、
一対ですから、
変更不能になるのは、特定の判断に共感できないのと、
ほとんど同じです。
 
共感って、他人とのコミュニケーションに必要なの。
相手の波長に合わせないと、言わんとすることを理解できません。
相手の気持ちや判断をなぞってみて、なるほどと思います。
そのうえで、反対や賛成などと評価しますから、
共感できなければ、コミュニケーションできません。
 
凶悪な殺人犯人が死刑になるのは、
犯人の心に、みんなが共感できるからです。
共感できなければ、こちらと向こうの、
少なくともいずれかが、能足(のうた)りんです。
たいていは、多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)ですから、
殺人犯人のほうに、脳足りんの嫌疑がかかり、不起訴になります。
ほんとは、両方とも脳足りんだったりして…
 
GID(性同一性障害)って、共感できません。
みんなの意見に共感する能力が、GIDに足りないので、
精神障害とされています。
共感できないから、ちょうどよい判断ができません。
変更不能になったり、特定の判断を維持できなかったりします。
人に合わせられないの。
 
統合失調症の患者さんには、
面会に来た御家族に、用件を伝えることのできない人が、
たくさんいます。
これこれの衣服やシャンプーを持ってきて欲しいと、言えません。
図々しいことを言うと、嫌われるかも知れないと、
心配するそうですけれど、
嫌われないのなら、言葉に出さなくても、心が通じるはずと、
思っています。
 
これって、アスペルガーに似ているでしょう?
 
もしかしたら、海の水が脳味噌に入ると、錆(さ)びるのかも…
うちのチャリンコなんか、公園の入り口に停めたまま、
公園の中をお散歩して、
雨が降り出したので、またチャリンコに乗って、帰宅しますと、
翌日には錆びています。
 
防水仕様でない腕時計なんか、
海水に浸かると、確実に動かなくなると思います。
GIDの人の脳味噌って、防水でないかも知れません。
嫌(いや)な奴の考えが入ると、錆びるとか。
 
判断の変更不能と、判断維持って、
ちょうど良いところに合わせられないってことですけれど、
面倒くさいので、変更不能と言います。
 
GIDの人って、心の性別だけが、変更不能なのでなく、
他のさまざまなことが、変更不能になっています。
すでに、GIDを発症する以前から、
さまざまな変更不能が増え続けて、
ここに来て、心の性別を変更できなくなっただけです。
 
これからも、さまざまな変更不能の増えて行く人もいますし、
あまり増えない人もいます。
心の性別のようなものが、変更不能になることを、
どつぼに嵌まる、と言います。
体や生殖機能を壊しますから、自滅します。
 
拒食症や統合失調症や大鬱病や躁鬱病なども、
どつぼに嵌まると言います。
統合失調症や大鬱病や躁鬱病は、
放置されると、自然に治ることが、めったにありません。
 
拒食症とGID(性同一性障害)は、
放置すれば、自然に治るものを、
放置しないから、自然に治らないのでないかと、
疑われるふしがあります。
 
孤立すれば治るのでなく、
周囲の人が、拒食症やGIDなどは無いと言い、相手にしなければ、
御本人は別の手を使いますので、
拒食症やGIDは、治るかも知れません。
その代わりに、別の病気になります。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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