三浦市の三崎漁港です。
このブログでは、精神の病気って、
器質的な原因や仕組みの、わかっていないものを、
おもに取りあげます。
脳の器質的な異常があっても、
精神の病気の原因でなく、結果かも知れません。
直接に関係のない異常のこともあります。
体の器質に、原因らしきものがあっても、
そのせいで、どうして精神の病気になるのかが、
わからないこともあります。
ステロイド精神病を発症する性分化疾患の人もいます。
統合失調症にそっくりの症状になります。
統合失調症の人には、脳の萎縮する傾向がありますが、
結果かも知れません。
乳幼児の頃に、すでに萎縮の傾向があったとしても、
発達障害の多くは、産まれた時に、すでに異常が現れています。
痴呆の予防策として、脳味噌を使いなさいと言う人もいますけれど、
使えば予防になるとは、限りません。
痴呆になる人の多くは、頭を使えなくなりますので、
大鬱病の人に、もっと活発になりなさいと、
励まして、お尻を叩いて、手を引っ張り、
みんなの中へ連れ出そうとすると、自殺しかねないように、
痴呆になる人に、頭を使いなさいと薦めると、危険かも知れません。
精神の病気の多くの人に、
絶対にこれこれでなければいけない、という症状が出ます。
変更できなくなり、融通が効きません。
そのことを、美学やエステティックと、言うことがあります。
合理的根拠もなく、
自分の好き嫌いにより、自分や人を差別虐待して、
正義や真理と確信します。
見てくれだけでしたら、簡単ですけれど、
主義や主張にまで、美学である、と使う人がいるので、
説明が厄介です。
カントは、これを単なる好き嫌いの価値であるとして、
批判哲学ですから、美そのものはない、としましたが、
不十分でした。
美学やエステティックは、精神の病気の主症状であると、
しなければいけません。
これこれでなければいけないと、変更できなくなるのは、
そこまでしか発達しなかったとか、
そのように発達してしまったとかでなければ、
ようするに、精神の老化です。
三島由紀夫という昔の小説家は、
美学や美という言葉を、盛んに使い、
信仰するかのようでしたが、
子供の頃から現実離れしていたと、自覚していたのに、
たいへん好き嫌いがひどく、
嫌(きら)いなことを我慢すると、蕁麻疹が出しました。
現実離れと蕁麻疹の間を、
美学が結んでいると、指摘すると、
そっぽを向いて、口を聞いてくれなくなりましたので、
腫れ物に触らないように、そっとしていましたところ、
切腹しました。
GID(性同一性障害)と、大変よく似ていますが、
脳の器質に原因となる病変の発見されない種類の、
精神の病気に、だいたい共通の、
病気の筋道(すじみち)です。
切腹する人もいれば、性転換する人もいますし、
妄想の出る人もいれば、美容手術を受ける人もいます。
免疫異常の出る人や、断食や絶食をする人もいますし、
人間のお肉を食べる人や、即身成仏をする人もいます。
ぜんぶ、これこれでなければいけないと思い込み、
変更不能になりますので、適応力が低下して、
社会生活が苦しくなります。
変更不能なものを核にして、核分裂が連鎖するように、
次々に変更不能なものが増殖しますので、
自傷自殺や他害や、
自閉や、自分から痴呆にならざるを得なくなります。
生物って、個体の生存と、生殖を、
無条件の目的とするように、作られているみたいなの。
そうでなければ、絶えてしまっていますから、
結果論ですけれど、当然です。
個体の生存と生殖って、連続しています。
赤ちゃんって、自分の体の一部でしたのに、
分娩すると、二つに分かれますから、
明らかに、子供は自分の命の続きです。
植物では、世代交代って、
胞子を作る仕組みと、配偶子を作る仕組みが、
交替することを言いますけれど、
挿し木で殖(ふ)えるように、
同じ個体なのか、違う個体なのかって、
考えても詮(せん)の無いことです。
動物でも、刺胞(しほう)動物のように、
ポリプという個体で生きる無性生殖の世代と、
クラゲになって有性生殖で生きる世代とが、交代します。
ヒドロゾアのように、ポリプのまま群体を作り、
無性生殖をする動物もいます。
無性生殖世代と有性生殖世代っていう生き方が、
個体を超えて変化しますけれど、
個体の発生は、進化の過程をなぞらえると、
昔から言われています。
胎児の出来事は、進化の道筋の繰り返しなの。
個体が、生き方の単位になっていないとは、
必ずしも言えませんけれど、
生物のライフサイクルが、個体の生活と一致しないのは、
火を見るよりも明らかです。
人間も妊娠すれば、簡単に自覚できます。
昨日の自分と、今日の自分とは、違う自分だから、
昨日の自分の責任を、
どうして、今日の自分が取らなければいけないのかと、
疑問に思う人は、
もしかしたら、精神の病気かも知れません。
自己同一性って、赤ちゃんの時に、努力をしなくても、
自然に形成されるのが、健常です。
ヒステリーと言われる病気には、
自己同一性の変(へん)になる人が、一杯います。
今は、ヒステリーという疾患名が、
メジャーの分類体系から、なくなりましたので、
解離性障害と言われることが、少なくありません。
時間を超えた同一性だけでなく、
空間を超えた同一性というのもあります。
個体という空間を越えているの。
この能力が低下すると、
人とのコミュニケーションが少なくなり、自閉したり、
孤立して、変人と言われたり、
異性との性交渉を拒否したりすることが、よくあります。
特定の価値が変更不能になり、
いわゆる我が儘(まま)になります。
他の個体の自分と、この個体の自分とは、違う自分だから、
他の個体の自分の責任を、
どうして、この個体の自分が取らなければいけないのかと、
疑問に思うようになります。
空間的な距離を越えた同一性が、希薄になり、
集団行動ができなくなるの。
フランス革命は、それを正当化しました。
人間は社会的動物と言われるくらいに、
一つの個体で生きて行く能力が、他の動物よりも低いでしょう?
生まれつきに備わっている自動行動だけでは、
すぐにライオンに食べられてしまいます。
文化の産物を継承しなければ、人間の個体の考え出す知恵は、
ミミズの知恵と、さほど変わりません。
プラトンも言っていたように、
人は、すでに知っていることしか、考え出せないもん。
体や脳味噌という機械の間違いしか、新しいことを発明できません。
機械が複雑でしたら、間違いも多いので、賢いって言われます。
知恵があってこそ、他の動物に食べられずに、生きて行けますから、
どうしても、社会的でなければ、人間は生きられません。
ミミズみたいに、たくさん産めないものね。
それにもかかわらず、フランス革命は、
個体の単位で生きて行くことを、理想としました。
個人の責任で契約して、みんなの社会を作るそうです。
神話の用語が、近代社会を保証しています。
子供騙(だま)しの幼稚な筋書きですけれど、
政治は、今も昔も、子供だましのスローガンでないと、勝てません。
だれが責任をとるのかと、王様に反論されましたので、
個人は責任を取ることができる、とされました。
フランス革命の謳い文句って、
民主党のマニフェストみたいなもので、
連合赤軍の綱領や、三島由紀夫さんの檄文(げきぶん)と、
どんぐりの背比べです。
美学と言い、マニフェストと言い、性転換と言い、
精神の病気の症状ですけれど、
軽症でしたら、個性の範囲内とするのが、正解です。
そうでなければ、みんなが精神病院に入院しますから、混雑します。
個体を超えた同一性の能力って、知能検査では測れませんけれど、
コミュニケーションの能力です。
ヤスパースという人は、境界性と言いましたが、
免疫機能と似ています。
異物を識別する機能ね。
プラトンが、肉体は魂の牢獄である、と言ったのも、同じ意味です。
時間や空間を超えて、同一性を制御する機能を、
自我って言いますけれど、
変更不能になってしまったのでは、制御できません。
融通が効かなくなった個体は、周囲から間引かれますので、
個体って、間引かれて処分される時に、有効な単位です。
蜥蜴(とかげ)の尻尾みたいなもん。
フランス革命は、蜥蜴の尻尾とギロチンを、発明しました。
殺し合いの多民族社会の原理かしら。
簡単に言うと、個人って、処刑の単位なの。
アポトーシス(細胞の自死)みたいなもん。
そのことを、責任って言います。
性転換は自己責任って、言うでしょう?
三島さんは、責任をとると言って、切腹したそうですけれど、
わたしには、GID(性同一性障害)の人たちも、
責任をとるために、性転換をするような気がしてなりません。
自分の体を鞭打つ宗教儀式や、刺青(いれずみ)や、
自分の体に焼きごて当てるブランディングなどと、
HRT(ホルモン療法)やSRS(性転換手術)を受ける気持ちとが、
同じであることに、
受診する前から気づいていたと、治癒したGIDの人たちは言います。
カミングアウトをするのも、
周囲の人から爪弾きにされている自分を、清算するために、
わざと世間から浮き上がって、開き直りたかったと言います。
性転換を実行する人や、美容手術を受ける人って、
350万円の耐震工事を契約する独居の痴呆老人と同じように、
責任能力が足りないと、わたしは思っていますけれど、
足りなくても、顎(あご)でこき使われて、
従順に働いてもらわないと、
雲の上のお医者さんや、弁護士さんや、学者さんたちが、
手を汚さずに暮らせないでしょう?
GID(性同一性障害)の責任能力は完全である、としないと、
お医者さんの所得が減ります。
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