三崎漁港 566 エステティック

三浦市の三崎漁港です。
 
 
このブログでは、精神の病気って、
器質的な原因や仕組みの、わかっていないものを、
おもに取りあげます。
 
脳の器質的な異常があっても、
精神の病気の原因でなく、結果かも知れません。
直接に関係のない異常のこともあります。
 
体の器質に、原因らしきものがあっても、
そのせいで、どうして精神の病気になるのかが、
わからないこともあります。
ステロイド精神病を発症する性分化疾患の人もいます。
統合失調症にそっくりの症状になります。
 
統合失調症の人には、脳の萎縮する傾向がありますが、
結果かも知れません。
乳幼児の頃に、すでに萎縮の傾向があったとしても、
発達障害の多くは、産まれた時に、すでに異常が現れています。
 
痴呆の予防策として、脳味噌を使いなさいと言う人もいますけれど、
使えば予防になるとは、限りません。
 
痴呆になる人の多くは、頭を使えなくなりますので、
大鬱病の人に、もっと活発になりなさいと、
励まして、お尻を叩いて、手を引っ張り、
みんなの中へ連れ出そうとすると、自殺しかねないように、
痴呆になる人に、頭を使いなさいと薦めると、危険かも知れません。
 
精神の病気の多くの人に、
絶対にこれこれでなければいけない、という症状が出ます。
変更できなくなり、融通が効きません。
 
そのことを、美学やエステティックと、言うことがあります。
合理的根拠もなく、
自分の好き嫌いにより、自分や人を差別虐待して、
正義や真理と確信します。
 
     見てくれだけでしたら、簡単ですけれど、
     主義や主張にまで、美学である、と使う人がいるので、
     説明が厄介です。
 
     カントは、これを単なる好き嫌いの価値であるとして、
     批判哲学ですから、美そのものはない、としましたが、
     不十分でした。
     美学やエステティックは、精神の病気の主症状であると、
     しなければいけません。
 
     これこれでなければいけないと、変更できなくなるのは、
     そこまでしか発達しなかったとか、
     そのように発達してしまったとかでなければ、
     ようするに、精神の老化です。
 
     三島由紀夫という昔の小説家は、
     美学や美という言葉を、盛んに使い、
     信仰するかのようでしたが、
     子供の頃から現実離れしていたと、自覚していたのに、
     たいへん好き嫌いがひどく、
     嫌(きら)いなことを我慢すると、蕁麻疹が出しました。
 
     現実離れと蕁麻疹の間を、
     美学が結んでいると、指摘すると、
     そっぽを向いて、口を聞いてくれなくなりましたので、
     腫れ物に触らないように、そっとしていましたところ、
     切腹しました。
 
     GID(性同一性障害)と、大変よく似ていますが、
     脳の器質に原因となる病変の発見されない種類の、
     精神の病気に、だいたい共通の、
     病気の筋道(すじみち)です。
 
     切腹する人もいれば、性転換する人もいますし、
     妄想の出る人もいれば、美容手術を受ける人もいます。
     免疫異常の出る人や、断食や絶食をする人もいますし、
     人間のお肉を食べる人や、即身成仏をする人もいます。
 
     ぜんぶ、これこれでなければいけないと思い込み、
     変更不能になりますので、適応力が低下して、
     社会生活が苦しくなります。
 
     変更不能なものを核にして、核分裂が連鎖するように、
     次々に変更不能なものが増殖しますので、
     自傷自殺や他害や、
     自閉や、自分から痴呆にならざるを得なくなります。
 
     生物って、個体の生存と、生殖を、
     無条件の目的とするように、作られているみたいなの。
     そうでなければ、絶えてしまっていますから、
     結果論ですけれど、当然です。
 
     個体の生存と生殖って、連続しています。
     赤ちゃんって、自分の体の一部でしたのに、
     分娩すると、二つに分かれますから、
     明らかに、子供は自分の命の続きです。
 
     植物では、世代交代って、
     胞子を作る仕組みと、配偶子を作る仕組みが、
     交替することを言いますけれど、
     挿し木で殖(ふ)えるように、
     同じ個体なのか、違う個体なのかって、
     考えても詮(せん)の無いことです。
 
     動物でも、刺胞(しほう)動物のように、
     ポリプという個体で生きる無性生殖の世代と、
     クラゲになって有性生殖で生きる世代とが、交代します。
     ヒドロゾアのように、ポリプのまま群体を作り、
     無性生殖をする動物もいます。
 
     無性生殖世代と有性生殖世代っていう生き方が、
     個体を超えて変化しますけれど、
     個体の発生は、進化の過程をなぞらえると、
     昔から言われています。
     胎児の出来事は、進化の道筋の繰り返しなの。
 
     個体が、生き方の単位になっていないとは、
     必ずしも言えませんけれど、
     生物のライフサイクルが、個体の生活と一致しないのは、
     火を見るよりも明らかです。
     人間も妊娠すれば、簡単に自覚できます。
     
     昨日の自分と、今日の自分とは、違う自分だから、
     昨日の自分の責任を、
     どうして、今日の自分が取らなければいけないのかと、
     疑問に思う人は、
     もしかしたら、精神の病気かも知れません。
 
     自己同一性って、赤ちゃんの時に、努力をしなくても、
     自然に形成されるのが、健常です。
     ヒステリーと言われる病気には、
     自己同一性の変(へん)になる人が、一杯います。
     今は、ヒステリーという疾患名が、
     メジャーの分類体系から、なくなりましたので、
     解離性障害と言われることが、少なくありません。
 
     時間を超えた同一性だけでなく、
     空間を超えた同一性というのもあります。
     個体という空間を越えているの。
 
     この能力が低下すると、
     人とのコミュニケーションが少なくなり、自閉したり、
     孤立して、変人と言われたり、
     異性との性交渉を拒否したりすることが、よくあります。
     特定の価値が変更不能になり、
     いわゆる我が儘(まま)になります。
 
     他の個体の自分と、この個体の自分とは、違う自分だから、
     他の個体の自分の責任を、
     どうして、この個体の自分が取らなければいけないのかと、
     疑問に思うようになります。
     空間的な距離を越えた同一性が、希薄になり、
     集団行動ができなくなるの。
 
フランス革命は、それを正当化しました。
人間は社会的動物と言われるくらいに、
一つの個体で生きて行く能力が、他の動物よりも低いでしょう?
 
生まれつきに備わっている自動行動だけでは、
すぐにライオンに食べられてしまいます。
文化の産物を継承しなければ、人間の個体の考え出す知恵は、
ミミズの知恵と、さほど変わりません。
     
プラトンも言っていたように、
人は、すでに知っていることしか、考え出せないもん。
体や脳味噌という機械の間違いしか、新しいことを発明できません。
機械が複雑でしたら、間違いも多いので、賢いって言われます。
     
知恵があってこそ、他の動物に食べられずに、生きて行けますから、
どうしても、社会的でなければ、人間は生きられません。
ミミズみたいに、たくさん産めないものね。
 
それにもかかわらず、フランス革命は、
個体の単位で生きて行くことを、理想としました。
個人の責任で契約して、みんなの社会を作るそうです。
神話の用語が、近代社会を保証しています。
 
子供騙(だま)しの幼稚な筋書きですけれど、
政治は、今も昔も、子供だましのスローガンでないと、勝てません。
だれが責任をとるのかと、王様に反論されましたので、
個人は責任を取ることができる、とされました。
     
フランス革命の謳い文句って、
民主党のマニフェストみたいなもので、
連合赤軍の綱領や、三島由紀夫さんの檄文(げきぶん)と、
どんぐりの背比べです。
 
美学と言い、マニフェストと言い、性転換と言い、
精神の病気の症状ですけれど、
軽症でしたら、個性の範囲内とするのが、正解です。
そうでなければ、みんなが精神病院に入院しますから、混雑します。
     
個体を超えた同一性の能力って、知能検査では測れませんけれど、
コミュニケーションの能力です。
ヤスパースという人は、境界性と言いましたが、
免疫機能と似ています。
異物を識別する機能ね。
 
プラトンが、肉体は魂の牢獄である、と言ったのも、同じ意味です。
 
時間や空間を超えて、同一性を制御する機能を、
自我って言いますけれど、
変更不能になってしまったのでは、制御できません。
 
融通が効かなくなった個体は、周囲から間引かれますので、
個体って、間引かれて処分される時に、有効な単位です。
蜥蜴(とかげ)の尻尾みたいなもん。
 
フランス革命は、蜥蜴の尻尾とギロチンを、発明しました。
殺し合いの多民族社会の原理かしら。
簡単に言うと、個人って、処刑の単位なの。
アポトーシス(細胞の自死)みたいなもん。
そのことを、責任って言います。
性転換は自己責任って、言うでしょう? 
 
三島さんは、責任をとると言って、切腹したそうですけれど、
わたしには、GID(性同一性障害)の人たちも、
責任をとるために、性転換をするような気がしてなりません。
 
自分の体を鞭打つ宗教儀式や、刺青(いれずみ)や、
自分の体に焼きごて当てるブランディングなどと、
HRT(ホルモン療法)やSRS(性転換手術)を受ける気持ちとが、
同じであることに、
受診する前から気づいていたと、治癒したGIDの人たちは言います。
 
カミングアウトをするのも、
周囲の人から爪弾きにされている自分を、清算するために、
わざと世間から浮き上がって、開き直りたかったと言います。
     
性転換を実行する人や、美容手術を受ける人って、
350万円の耐震工事を契約する独居の痴呆老人と同じように、
責任能力が足りないと、わたしは思っていますけれど、
足りなくても、顎(あご)でこき使われて、
従順に働いてもらわないと、
雲の上のお医者さんや、弁護士さんや、学者さんたちが、
手を汚さずに暮らせないでしょう?
 
GID(性同一性障害)の責任能力は完全である、としないと、
お医者さんの所得が減ります。
 
  
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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