写真の色を調節するって、面倒臭く、
最後は諦めて、この通りです。
時間がかかるので、やってられない。
いちばん高そうに見えている山が、剱岳(つるぎだけ)。
穂高と同じで、岩ばっかりの山です。
その左側の、三つの比較的なだらかな山が、
左から、立山、真砂岳(まさごたけ)、別山(べっさん)です。
立山は、雄山(おやま)と大汝山(おおなんじやま)と
富士の折立(おりたて)の、三つの峰の全体を言います。
大汝山が3015mだから、いちばん高いの。
別山を別にして、
立山の向こうの、浄土山(じょうどさん)を加えて、
立山三山と言います。
なんか、ややこしい。
唐松岳(からまつだけ)のテント場から撮りました。
みんなと協調して生活をするのは、気を使います。
疲れると、社会生活をさぼって、眠るのが一番。
みんなに褒(ほ)められると、
疲れているのに、ばりばりとお仕事を続けて、
過労になる人もいます。
虐(いじ)められるので、
みんなと一緒に生活をするのは嫌(いや)、という人もいます。
身体障害者でしたら、保護してもらえるかも知れません。
知能が低いって、歴然とわかるのでしたら、
人を殺そうとしても、みんなに保護されます。
少しだけ低い人は、みんなにわかりませんから、
人を殺すと、極悪非道と言われて、刑務所に入れられます。
知能は高いけれど、
みんなと一緒にいると、虐(いじ)められる人も、たくさんいます。
エステティックな、顔や体の見掛けでない人は、
それだけで、蔑(さげす)まれて憎まれます。
エステティックって、美学や審美主義などと翻訳されますけれど、
ようするに、特定の見てくれの人を、優秀とします。
そうでない人を憎んで、激しい敵意を催すのが、
知能のあまり高くない人の、社会正義になっています。
特定の見てくれには、特定の機能がありますので、
その形が有利な、スポーツを普及します。
生まれつきに、その形になる素質の人は、
努力をしなくても、金メダルをもらえます。
そのことを、死に物狂いで体を鍛えて、
弛(たゆ)まずに努力した、と表現します。
大けがをするぐらいに、好きなことばかりをして、
遊び呆けていていも、
他人の目には、大けがをするぐらいに、
苦しい努力してしていたように見えます。
本人も、一生懸命、歯を食いしばって、トレーニングをしたと、
言いますから、何をか言わんや、です。
頭の良い人も、自分を褒めてあげたいぐらいに、錬磨して、
東京大学の理科三類というところへ、入学したことになっています。
お手伝いをせずに、好きなことばっかりをして、
お母さんに怒られて、どうしようもない道楽娘だったので、
仕方なしに、身を持ち崩して、因果な道に滑り落ちただけなのに。
これも美学の一種かも知れません。
エステティックって、
もとは、感覚や知覚によって知られた対象や、
感覚器官によって得られた情報の意味ですけれど、
いつのまにか、特定の見てくれのことを、言うようになりました。
あるいは、感覚的な形だけでなく、
特定の価値のことも、美学と言うかも知れません。
美形の人は、しんどいことをしなくても、
心が素敵とか、頭が良いとか、信頼できるとかと褒められて、
一生、楽をして暮らして行けます。
生まれつきの資産家が、お金に困らない生活を手放さないように、
美形の人ばかりが、徒党を組んで、
阿漕(あこぎ)な利権を守ろうとするのも、ごく普通の正義です。
お相撲さんが、精進します、と言い、
八百長をするのと、似ています。
金メダルの人も、東京大学医学部の人や、絵描きや写真家の人も、
みんな、お金持ちと同じように、天皇陛下を表敬訪問します。
不細工な人や、知能の低い人は、
みんなと一緒にいると、虐(いじ)められるので、
社会生活は、とても苦しいものに感じられます。
顔や体の見てくれや、知能だけでなく、
変更不能や変更困難な特徴って、
人間にはたくさんあります。
色盲やべた足やアレルギーや、
両親が犯罪者であったり、両親が誰かわからなかったり、
認知機能のうちの、
いわゆる知能検査で測られる機能以外に、
能力の不足があったり…
生まれつきでなくても、一度起こると、
変更不能や変更困難になるものもあります。
顔全体に、大火傷をした女の子や、
骨腫瘍のせいで、足が一本しかない青年は、
元の自分に戻りたいと思っても、無理かも知れません。
灰色雁(はいいろがん)の、
刷り込み(インプリンティング)は、
生まれて最初に見掛けた物体の、
あとについて行ってしまいます。
人間が、親を識別する機能も、
赤ちゃんが遺伝子を知るわけでありませんから、
いくつかの目安になるものを組み合わせて、
誰かのすることを、ひたすら模倣します。
おっぱいをくれる人や、顔を見せてくれる人や、
抱いてくれる人や、お尻を気持ちよくしてくれる人や、
声を出してくれる人などを、慕うのかもしれません。
自分が親であると、その人が自称するだけです。
嘘かも知れません。
生まれつきでなくても、脳味噌の中の情報って、
使用されると、そう簡単に変更できなくなります。
使わないでいると、わりとよく失われるみたい。
脳味噌の記憶情報って、
情報を処理するための条件回路の枝分かれと同じことなの。
枝分かれそのものが、記憶の中身です。
おもに神経細胞の、樹状突起といわれる枝分かれのことです。
情報を処理するって、神経細胞の中に、電気が通るってことです。
樹状突起のたくさんある所って、大脳で言うと、
奧のほうの、幾つもの核と言われる中心部と、
表面全体の、皮質と言われる海岸のような所です。
一つの神経細胞から、近くの神経細胞へ、
細胞と細胞の隙間(すきま)を越えて、情報が伝わる時に、
電気が化学物質に変換されます。
だいたい、電気と化学物質の関係って、微細なの。
死体の脳味噌を解剖して、電子顕微鏡で見ても、
そう簡単にわからないから、物的証拠に乏しく、
状況証拠と自供だけの、
冤罪(えんざい)を招きやすい裁判になります。
いちおう、お薬屋さんは、
統合失調症やうつ病などの、精神の病気を聞きつけると、
お薬を売りつけないと、商売になりませんから、
これこれの仕組みによって、効きますと、
検察官みたいに主張します。
患者さんの中には、お薬のせいで、治らない病気にさせられたと、
主張する人もいます。
薬害エイズみたいにね。
発達障害の患者さんに、お薬を飲み続けたほうが良いと、
主張するお医者さんもいますから、厄介です。
GID(性同一性障害)の性ホルモン剤も、お薬ですけれど、
お薬がいけないと言われると、昔のロボトミーがいいのかしら。
GIDのSRS(性転換手術)ですと、
体を切っても、精神の病気が治るとは思わないけれど、
患者さんは、顔や体のエステティックな見掛けを変えると、
精神の不快感が和らぐと、主張します。
自分はこれこれの見てくれに生まれて来るべきであった、
と言う代わりに、心の性別うんぬんと、確信しています。
苦しいことをしなくても、
見てくれがあれば、心が美しいと、褒めてもらえるので、
自分も褒められたい、と願うのを、
精神の病気にされている、と言って怒ります。
本当は、美容手術を受けたい気持ちにすぎないと、
言い切る人もいます。
美容手術を受けるって、大概は精神の病気なのに…
能力が足りないと、損をするだけでなく、
虐(いじ)められます。
みんなと一緒にいるのが、辛(つら)く苦しいと、
社会生活を拒否するようになります。
重症ですと、強制的に保護されますが、
軽症の人は、みんなに理解されずに、
刑務所や精神科に行く羽目(はめ)に、
なるかも知れません。
広く、みんなと一緒に暮らすことを、拒否して、
自分と同類でなければ、絶対に一緒にやっていけないと、
腹(はら)を決めます。
みんなから、はぐれて、変人と言われる人もいます。
意地悪をされて、
胡散臭(うさんんくさ)く扱われますから、
孤立して、自閉します。
みんなと一緒が、
嫌(いや)で嫌で、堪(たま)らなくなり、
端っこのほうに、はじき飛ばされて、
どうしても、猜疑心や被害意識が強くなます。、
生計を立てる必要から、社会生活を強要されると、
嫌(いや)な気持ちに、自分で鞭(むち)を振るい、
ドーパミン神経の機能を亢進させて、
自分の心を奮起させる人もいます。
負けてはいけないと。
猜疑心や被害意識を持つ傾向が強くなれば、
被害妄想になりかねないだけでなく、
自暴自棄になり、非行や犯罪に走りやすくなります。
今度は、これを自制するために、
ドーパミン神経の機能を、
自分で抑制しなければいけません。
極端から極端へ、
ストレスの多い一触即発の精神状態が続きます。
イライラして、落ち込んだり興奮したり、
不安定になるの。
統合失調症の人は、ドーパミン神経を酷使していると、
機能が疲弊して、調節能力を失い、
多くは、亢進した状態に張りついたまま、
自力では、鎮静できなくなり、
統合失調症と診断されます。
ふくらはぎの筋肉が、痙攣するようなものですけれど、
体の筋肉と違い、脳味噌の中の神経のことですから、
自分でできる簡単な応急処置がありません。
足が吊った時に、筋肉をストレッチさせて、
応急処置をしても、
歩き出すと、すぐにまた、吊ってしまいます。
その筋肉を使わないように、工夫して歩くと、
今度は、別の筋肉が吊ってしまいます。
海で泳いでいる時に、筋肉が痙攣すると、
ストレッチの支えになる地面がないから、大変です。
そのまま、溺れ死ぬ人も、いるかも知れません。
筋肉が痙攣すると、比重が大きくなり、沈みます。
統合失調症の人が、初めて入院するのは、
たいてい、精神運動興奮や陽性症状と言われる症状の組み合わせの、
目立つ時ですけれど、
妄想や幻聴の内容を正しいと確信して、
何かに追われるように、実行してしまいます。
自力では鎮静できませんので、抗精神病薬っていうお薬を使い、
化学的に鎮静しなければ、仕方ありません。
御本人は、異常を自覚していないのが、普通ですから、
周囲の人が、異常を指摘すると、喧嘩になります。
ドーパミン神経の調節機能が疲弊しやすい素質って、
糖尿病の人の、
血糖値を調節する機能が疲弊しやすい素質と同じように、
たぶん、生まれつきなの。
退院しても、お薬を飲まなくなると、
また、精神運動興奮を自力で鎮静できなくなります。
でも、きっかけは、糖尿病の人が、暴飲暴食をして、
血糖値を調節する機能を、使いすぎたせいで、
機能が低下してしまうことが多いように、
統合失調症の人も、無理にドーパミン神経を奮い立たせたり、
自分で機能を亢進させたくせに、大慌てで抑制したりして、
ドーパミン神経の調節機能を、酷使したせいかも知れません。
いずれの場合も、一度発症すると、まず自然には回復しません。
妄想や幻聴は、もちろん、認知機能の障害ですので、
認知障害と言っても良いのですけれど、
病気の分類の中に、認知障害というのがありますので、
紛らわしくなります。
統合失調症には、
興奮でなく、昏迷した状態の目立つ人もいて、
うつ病の精神運動抑制とは、また違います。
お薬の量が多すぎて、
ドーパミン神経の機能が抑制され過ぎているのなら、
話は簡単ですけれど、
統合失調症と診断される前の、お薬の入らない時にも、
昏迷する人が、結構います。
昏迷って、
朝青龍っていう元横綱が、解離性障害と診断された時に、
お医者さんが記者会見で言っていたでしょう?
何もしないで、じっとして、ほとんど喋らなくなるの。
一日中、同じ姿勢のままでいます。
うつ病でも、そうなることがあります。
お薬が入る前の、統合失調症の人では、
ドーパミン神経の調節がうまく行かずに、
抑制のほうに、極端に張りついてしまった状態です。
ドーパミン神経の機能亢進でありませんから、
ふつうは、抗精神病薬が効きません。
エビリファイっていう商品名の抗精神病薬でしたら、
効く人もいるかも知れません。
精神運動抑制って言うと、
うつ病と区別がつきませんので、
統合失調症では、陰性症状と言います。
ようするに、みんなと一緒の社会生活をすると、
損をして、虐(いじ)められるから、
猜疑心や被害意識を抱え込んで、気持ちが億劫になり、
打開策の見つからない状態になっています。
猜疑心や被害意識のような、変な気持ちを、
確信したり実行したりも、したくありません。
奮(ふる)い立ちたくないの。
その代わりに、
みんなと一緒のことができずに、
のけ者にされて、疎外されると、
見ざる聞かざる言わざるになり、
自分から認知機能を制限して、
苦しみを感じなくする人が、たくさんいます。
認知機能の障害ですから、認知障害と言うと、
統合失調症とは別の、分類上の概念に、
認知障害というのがありますから、紛らわしくなります。
統合失調症では、陰性症状と言うことになっています。
妄想や幻聴などの陽性症状の目立つ妄想型に対して、
陰性症状の目立つタイプを、破瓜型や解体型といいます。
どちらのタイプでも、陽性症状と陰性症状の、
両方の出る人が普通ですけれど、
比較的、どちらが主たる症状であるか、ということです。
交替するように、両方の症状が出ますけれど、
症状の軽重が、陽性症状と陰性症状では、
ちぐはぐになることがあるの。
陽性症状の出ない人もいて、妄想や幻聴がないのに、
認知機能を低下させることによって、
心の苦しさを軽減する症状が、
だんだんとひどくなって行く人もいます。
こうなると、統合失調症の陰性症状と言うよりも、
もっと広い立場で、認知障害と言いたくなります。
抗精神病薬が効きませんから。
統合失調症って、みんなと一緒の社会生活をすると、
みんなに虐(いじ)められて、苦しくなるから、
統合失調症の症状が出ているのに、
みんなと一緒の社会生活をすれば、
統合失調症の症状が軽くなるって言うのは、
なんとなく、矛盾しています。
精神科のお医者さんって、
そういう統計的資料があるかのように、見せびらかします。
症状の軽い人なら、お薬を飲むことによって、
妄想や幻聴が深刻でなくなり、
みんなと一緒の社会生活ができるようになるのは、当たり前てす。
症状の重い人のお尻を叩いて、みんなと一緒のことをさせると、
かえって、悪くなります。
うつ病の人のお尻を叩いてはいけないって、よく聞くでしょう?
嫌(いや)なことをしなさいと、強要されると、
緊急事態って感じで、自殺してしまうこともあります。
何もしたくないのに、
あれをしなさい、これをしなさいと言われても…
ふつうは、体が動きません。
命令をしても動かなかったと、回復後に、御本人は言いますけれど、
命令をしないから動かないのと、区別がつきません。
脳味噌の蓋を開けても、証拠なんか見えないもんね。
無理に体を動かすと、
地下鉄のホームから落ちて、電車に轢かれる人もいます。
嫌(いや)なことに対して、体の機能を低下させて、
この通りに体の病気ですって、言おうとしているのかも知れません。
腸の調子が悪くなり、
うんこ垂れ流しのせいで、総理大臣を辞めた人もいるそうです。
GID(性同一性障害)の人は、性別が違うと言い、
気持ちの良いことを、
絶対に手放さないぞっていう覚悟を、見せびらかします。
ほんとは、異性になった気分って、楽しいのが健康なの。
心の性別の通りの生活が楽しいって、敢えて言うのは、
性的快感を絶対に手放さないぞっていう決意のほどを、
わざと、みんなに誇示しているようなものです。
人に言ってしまえば、取り消すのが難しくなるでしょう?
カミングアウトと言って、GIDの重要な精神症状です。
健常でしたら、性的快感なんか、すぐに慣れてしまい、
別に快感と、思わなくなりますけれど、
GIDの人たちは、飽きが来ないように、
次から次へと、性転換のイベントを設(しつら)えます。
ころころと目先が変わるると、なかなか飽きません。
異性装、精神科の受診、カミングアウト、ホルモン療法、
リアルライフテスト、乳房切除、内摘(ないてき)、
SRS(性転換手術)、
戸籍の性別や名前の変更、性転換の社会運動って感じで、
10年ぐらいは飽きません。
病気が進行するのと、似たようなものです。
統合失調症の患者さんの、認知機能の低下が、
だんだんとひどくなるように、
GIDの人が、うつ病と診断されるのでしたら、
リストカットや拒食症や自殺未遂を繰り返して、
とうとう最後に、本当の自殺を、
やり遂げてしまうかも知れません。
統合失調症やうつ病やGID(性同一性障害)や拒食症のほぼ全部や、
発達障害のほとんどや、
思春期や青年期の認知機能の低下のほとんどや、
老年期の認知機能の低下の一部などは、
脳味噌の器質的な原因や仕組みが、わかっていません。
精神症状を文学的に分類して、診断名としているだけですから、
死体の脳味噌を解剖して、電子顕微鏡で覗(のぞ)いても、
同じ疾患名に共通の微細な病変がありません。
何人かの人に、似たような器質的異常があっても、
健康な人の脳味噌にも、その器質的異常があります。
本当にその微細な器質的異常は、精神症状に関係があるのかしら。
大きな器質的異常でしたら、
脳の場所と、精神症状の種類の間に、
密接な関係があるとわかっています。
体の病気でさえ、証明できない微細な異常の、その場所と、
病気の自覚症状の間に、密接な関係があると思えません。
検査を受けても、証明されないほどの微細な異常でしたら、
苦しいと訴えても、だれにも信じてもらえないでしょう?
だめ人間ってことになりますから、
苦しい人は、きっと何かの工夫をします。
御本人にも、未発見の微細な異常なんか、わかりませんから、
何かの工夫っていう悪あがきが、病気の症状になります。
今まで社会生活ができていたのに、
それができなくなれば、病気でしょう?
死ねば、病気でしょう?
悪あがきが、病気の症状ってことになれば、
体の病気でさえ、未発見の微細な異常と、悪あがきの間に、
器質の場所と、症状の種類との、密接な関係なんて、
成り立つはずがありません。
脳の器質に、原因となる異常を発見できないのに、
慢性的に様々な精神症状が出てきたり、
人に訴えたりする人って、
なんらかの意味で、結果として、社会的に弱い人で、
助けを求めているのでないかと、疑いたくなります。
人格障害と鑑定される人が、
人を殺したり、食べたりして、死刑になるのを、
助けを求めていると、表現すると、
怒られるかも知れませんが、
わたしには、人に危害を加えるのも、自傷をするのも、
怠けて遊んで、いい気になって、人を嘲笑するのも、
見ざる聞かざる言わざるで、あほになって行くのも、
みんな、助けを求めているような気がするの。
統合失調症の患者さんには、
家族や近所の人が病気なので、助けて欲しいと、
警察や消防に、何度も緊急電話を掛ける人がいます。
家族や他人のことでなく、自分の心の中のことについて、
助けを求めているような気がしますが、
家族や近所の人の病気の内容が、精神病である、
という訴えの救助要請ですと、
人を攻撃するのと、同じになってしまいます。
精神の病気って、事実と比較して、
精神症状でないかと疑われますから、
身の回りのことや、日常生活のことや、体のことや、
家族のことや、住所や職業や年齢や日付などのように、
比較的簡単に事実と照合できることを尋ねてみて、
事実と異なるのなら、
嘘か知的障害か、その他の精神の病気かって、
感じになります。
知的障害って、間違いってことですよ。
すぐに嘘と知れる嘘も、ほとんど精神の病気ですけれど。
御本人は事実を言っているつもりでも、事実と違います。
知能は正常です。
GID(性同一性障害)でも、
御本人は男である、と言いますが、女です。
軽症でしたら、
体の性別と異なる心の性別を訴えますが、
重症の人は、体と心の性別の、区別がつかなくなります。
だんだんと、軽症から重症に、進行して行く過程が、
はた目にも、わかります。
性別のことだけでなく、
他の事についても、事実を言えなくなって行きます。
進行する人と、進行しない人を識別して、
進行する様子や、進行しない様子を知るのが、
GID医療の、最初の経験です。
知りもしないで、性転換を実施してから、
知ることを拒否して、自己弁護をしてはいけません。
お医者さんの中には、
進行するのはGIDでない、と定義することによって、
知ることを拒否する人が、いるかもしれません。
お医者さんの中には、
刑務所に入れたり、死刑にしたり、断種したりするのを、
助けてあげると、表現する人もいますが、
わたしは、自分や他人の体を壊す人を、
匿(かくまって)ってあげて、
庇護してあげるほうが良い、と思っています。
人って、苦しくなると、
最後は自分や他人の体を壊しますから、
人を殺すのも、病気の一種かも知れませんけれど、
思春期以後の最初から、他人の体を壊す人もいて、
多くは、みんなと一緒のことができない発達障害の人が、
思春期以後に、人を殺すようになったものです。
刑務所って、精神科の病棟の一つかも知れません。
御本人が、嫌(いや)じゃ、あっかんべー、と言って、
助けを拒否しても、人や自分に危害を加えるのでしたら、
強制的に助けてあげることができます。
そうでない人が、受診を拒否しているのに、
無理矢理に鑑定して、強制的に助けてあげるのは、
なかなかできません。
手術を受ければ助かる癌の患者さんが、
告知されると、受診しなくなり、
手遅れになって死んでしまうのを、
だれも、首に縄を付けて、
病院に引っ張って来るわけに行きません。
風船おじさんのような人もいます。
性転換医療は、患者さんが精神科を受診すれば、
断種してあげられるので、助けてあげられる、
と言っているようなものです。
性転換をすれば、気持ちが良くなりますって、
QOL(quality of life,生活の質)の宣伝ですけれど、
阿片戦争の時も、
イギリスの商人は、似たようなことを言っていました。
GID(性同一性障害)の人が、
精神科や美容外科を受診するって、
わたしには、助けを求めている気がしてなりません。
御本人は、放って置いて頂戴と言って、
性転換を強行しますけれど、
それでも、助けを求めているような気がしてならないの。
統合失調症の症状も、人格障害の人殺しも、
そのように見えますが…
こういう勝手な解釈をすると、怒られます。
0コメント