銀泥(ぎんどろ)って、ウラジロハコヤナギとも言うそうです。
泥って、ドロヤナギやドロノキの泥と思っていましたが…
地中海沿岸のヨーロッパから、西アジアにかけての原産です。
日本には、街路樹として輸入されています。
1965年ぐらいに、東京や名古屋や大阪の、都会の周辺部でも、
田んぼや畑に、人糞を使っていた農家が、
3割ぐらいはあったと、記憶しています。
終戦直後の河口付近でしたら、10割に近かったはずですが、
耕作地が多く、人口の少ない田舎や、
運搬のための、水路のない丘陵地では、
化学肥料が、早くから普及したと思います。
東京や名古屋や大阪などの、
河口の湿地帯を灌漑して、水田を作った農村では、
都会の豊富な原料を、川船に乗せて、
大量に仕入れることができました。
戦前は、お金を払って、糞尿を買っていましたので、
水で薄めて販売する悪徳業者もいたそうです。
発酵させた後、水で薄めて、液肥にするのですが、
最初から水増しでは、いけません。
1955年ぐらいに無料になり、
1965年ぐらいですと、
バキュームカーが普及して、陸上輸送が可能になりましたので、
業者が、生肥(なまごえ)を配達してくれました。
高度成長時代の終わり頃まで、
田畑の肥溜めを、ごく普通に見掛けました。
オフィス街にしか、下水道がありませんでしたので、
水洗便所は、まだ、郊外の一般民家に普及していませんでした。
それでも、無理矢理に水洗便所にして、
体裁(ていさい)良く売り出される建売住宅があり、
下水道も浄化槽もなく、農業用水路に、糞尿を垂れ流していました。
うんこ、ぷかぷか。
それどころか、一般民家の汲み取り式便所から、
糞尿を吸い上げたバキュームカーが、
農業用水路に、どばどばどばと、放出していました。
用水路ですから、水門がたくさんあり、締め切ることができます。
一定区間を締め切れば、汲み取り業者が、糞尿を沈殿させるための、
汚水処理場の代わりとして、使えます。
当時は、部落解放運動の真っ最中でしたから、
だれも文句を言えませんでした。
発酵した泡が、厚さ10センチぐらいの、茶色いスポンジみたいに、
汚水の表面を被います。
子供たちは、石を投げて、遊びました。
泡の層に、トンネルみたいに、穴の開(あ)く感じが、
なんとなく、気持ち良かったみたい。
泡のままで固まって、スポンジみたいになっているの。
東京の神田川も、バキュームカーが、糞尿を放出していました。
街の中ですら、郊外の田園地帯とは、わけが違います。
順天堂大学の前あたりで、よく見掛けました。
わたしは、若い頃に、
中央線の水道橋やお茶の水の駅を、よく使っていました。
水道橋って、後楽園球場のある駅ですから、
みんなが集まる所なのに、すごいでしょう?
それが、日本人の常識感覚でした。
今の東京ドームのことね。
神田川と言っても、運河みたいなものですから、
水門を閉じて、仕切ってしまえば、肥溜めになります。
人々は、昔と違い、電化されて便利になった生活を、
謳歌していました。
進駐軍の時代に、馬車と、肥たごと、柄杓(ひしゃく)を使い、
人力で汲み取っていた労力を思うと、
夢のように美しい光景でした。
馥郁(ふくいく)とした香りなの。
郊外の農家は、田畑の中ですから、下水道の普及が遅れます。
1965年ぐらいは、大都市近郊でも、
まだ、田んぼや農業用水路に、メダカや蛙(かえる)が一杯の、
見渡す限り、長閑で美しい時代でした。
ベートーベンの、交響曲第6番って感じ。
下肥の撒(ま)かれた土を見れば、よく肥えて、
新聞紙やちらし広告の切れ端が、混じっているの。
古新聞を捨ててしまう無駄を思えば、
お便所に使うのは、合理的です。
そこで、ちり紙交換というのが、流行(はや)りました。
古新聞と、お便所や鼻紙に使うための、ちり紙とを、
交換してくれます。
確かに合理的ですけれど、
関西の人は、古新聞とお金の交換のほうを、望みました。
ちり紙交換は、東京の文化圏だけしか、普及しなかったようです。
東京が一番早くから、お便所に古新聞を使わなくなりましたけれど、
1965年頃は、まだ郊外の子供たちって、
休耕地の畑で遊びましたから、
検便(けんべん)をすると、
蟯虫(ぎょうちゅう)や、回虫や、サナダ虫などの、
寄生虫の卵が、たくさん発見されました。
汲み取り式のお便所に、下肥(しもごえ)を使った畑ですから、
都会の住宅地も、郊外の長閑な風景も、
四六時中、漂って来る糞尿の匂いが、人情と自然の香水でした。
日本人は、江戸時代から、下肥を使いましたから、
よく発酵した匂いは、素晴らしい幸せを、約束していました。
下肥のお陰で、日本は豊かになり、徳川政権が安定して、
蟯虫や回虫の、美しい平和が続いたの。
乾燥した風土のヨーロッパでは、
人間の糞尿なんか、肥やしに使えませんので、
パリの人は、薔薇(ばら)の花びらから採取した香水を、
体に振り掛けて、
街の至る所で、犬や猫みたいに、うんこをしました。
ベルサイユ宮殿のお庭も、人間のうんこで一杯でしたので、
ヨーロッパの芸術は、
ロココ調のうんこと、薔薇の香水に満ちています。
今では、人間のかわりに、犬のうんこで代用していますけれど。
日本の自然の香水と、どちらが良いかは、
人それぞれの趣味かも知れませんが、
まだ、うんこの豊かな文化が残っていた時代に、
日本のGID(性同一性障害)の人たちは、
SRS(性転換手術)を受けました。
わたしは、写楽の役者絵を思い出します。
これが、花盛りの時代であったろうと…
いわゆるブルーボーイ事件は、1960年代後半だったと思います。
ロートレックのような人がいましたが、自殺しました。
これよりも古い時代って、高度経済成長の前の時代ですから、
お洗濯は、盥(たらい)と洗濯板と、
四角い水色の、洗濯石鹸の時代でした。
お台所には、都会でしたら、持ち運びのできる竈(かまど)があり、
薪(まき)や炭を使って、調理をしていました。
電化製品は、真空管のラジオと、定額の白熱電灯だけね。
定額って、一口幾らの電灯線です。
松下幸之助って人が、定額電灯のソケットとして、
二股ソケットというの、大正時代に売り出しました。
これが、すごい人気で、お金持ちになりました。
だって、二股ソケットですと、一口の定額電灯線から、
幾つでも、コンセントをタコ足にして、電器製品を使えるでしょう?
大正時代の昔は、これと言った電器製品なんか、なかったので、
あまり、役に立ちませんでしたけれど、
40年後の、高度経済成長期の初期の、家庭電化製品の時代になると、
狡(ずる)をするために、二股ソケットは必需品になりました。
松下さんは、蛇口をひねれば、ふんだんに、お水が出てくるように、
電気を、自由に使える世の中を、夢見ていたそうです。
わたしは、昔の香港の九龍城を思い出します。
インドでは、今でも、
電気は、電線から自由に引いて来るのが当たり前ですけれど、
お金なんか、要りません。
違法ですから、請求書も届かないの。
バキュームカーって、ちんちんや蛇を、思い出すかも知れませんし、
コンセントと照明器具って、
夜になれば、子作りに励む幸せな家庭を、思い出すかも知れません。
人間って、食べて排泄をして、眠って生殖をして、
育児をして、介護をして、病気になって、死んで行くだけなのに、
心の幸せのために、体や命を犠牲にするって、麻薬でないのかしら。
精神の病気に似ています。
高度経済成長期の前の時代って、
日本のSRS(性転換手術)は、行なわれなかったはずです。
戦争になる懼(おそ)れがあったので、
オカマの人たちは、去勢手術さえ、躊躇していました。
高度経済成長って、現在の中国のような感じです。
高速鉄道がぶつかって、壊れた車両を、土に埋めるのは、
神田川に、バキュームカーが、糞尿を放出するのに、似ています。
野糞と、立ちしょんべんかしら。
日本の下肥文化は、昔の中国の真似(まね)をしたそうですけれど、
うんこで作ったお米を食べるのは、健康的です。
これを拒否するようでは、心が危(あや)うい。
戦争になるかも知れない危険が去ってから、
日本のSRSは、1960年代後半に、
初めて行なわれるようになりました。
いわゆる半陰陽の人に対する性転換は、
江戸時代から行なわれていましたが、
戦前は抗生物質がなかったので、
複雑な手術は、江戸時代と同じように、命懸けでした。
GID(性同一性障害)のSRS(性転換手術)が行われた1960年代は、
まだ、郊外では、茶壺に追われて、とっぴんしゃん、の時代でした。
関西では、どつぼに嵌まって、どっぴんしゃん、と言います。
どつぼって、野壺のこと。
田畑の肥溜めです。
長淵剛(ながふちつよし)って人が、
どつぼにはまったまんま、チューチューって、
歌っているそうですから、
鹿児島でも、ずいずいずっころばしを、
どつぼにはまってと、歌うのかも知れません。
ずいずいずっころばしって、童謡と言われていますけれど、
遊郭でよく歌われていました。
GIDには、遊郭の名残(なごり)の町で生まれ育った人が、
たくさんいて、
いわゆる料亭の中の遊び事を、気さくに教えてくれました。
当時の、農家の出身の、GIDの人に、
肥たごを担ぐお百姓のお仕事を尋ねても、教えてくれませんでした。
肥たごを担ぐのが嫌(いや)で、家庭生活も嫌、
性交渉が好きで、遊びたいから、農家を出奔して、
都会の遊郭の名残の町に、住み着いているように見えましたが、
御本人は、性別うんぬんと言っていました。
うんこを嫌(きら)うって、早い話が、
便所掃除と、育児と、介護を、嫌うってことなの。
お医者さんに多いタイプです。
お百姓さんでは、それに加えて、労働を嫌うってことかもね。
1970年頃のTS(トランスセクシャリズム)っていうGIDの一種の人が、
秋も深く、金木犀(きんもくせい)の香る日に、
街じゅう、うんこの臭(にお)いがする、
襁褓(おしめ)を洗う臭いがする、と言い出したので、
統合失調症の急性症状を発見されたことがありました。
育児と介護の日々の、極貧のMtF(male to female 男→女)でした。
半陰陽でも、GIDでも、性転換を実行しようとする人には、
精神の病気になりやすい事情が、幾つも重なっていました。
精神医学の建て前では、個人的な事情によるものは、
GID(性同一性障害)という精神の病気から除外されていますが、
個人的な事情と、そうでないものを識別するって、
人間と神様の所業を識別するのと同じくらい、形而上学的です。
建て前の言葉を振り回す精神科医を、養成しないように、
教授先生に言っているのですけれど、無理みたい。
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