ギンドロ 538 下肥(しもごえ)

銀泥(ぎんどろ)って、ウラジロハコヤナギとも言うそうです。
泥って、ドロヤナギやドロノキの泥と思っていましたが…
 
地中海沿岸のヨーロッパから、西アジアにかけての原産です。
日本には、街路樹として輸入されています。
 
 
 
1965年ぐらいに、東京や名古屋や大阪の、都会の周辺部でも、
田んぼや畑に、人糞を使っていた農家が、
3割ぐらいはあったと、記憶しています。
 
終戦直後の河口付近でしたら、10割に近かったはずですが、
耕作地が多く、人口の少ない田舎や、
運搬のための、水路のない丘陵地では、
化学肥料が、早くから普及したと思います。
 
東京や名古屋や大阪などの、
河口の湿地帯を灌漑して、水田を作った農村では、
都会の豊富な原料を、川船に乗せて、
大量に仕入れることができました。
戦前は、お金を払って、糞尿を買っていましたので、
水で薄めて販売する悪徳業者もいたそうです。
 
発酵させた後、水で薄めて、液肥にするのですが、
最初から水増しでは、いけません。
 
1955年ぐらいに無料になり、
1965年ぐらいですと、
バキュームカーが普及して、陸上輸送が可能になりましたので、
業者が、生肥(なまごえ)を配達してくれました。
 
高度成長時代の終わり頃まで、
田畑の肥溜めを、ごく普通に見掛けました。
オフィス街にしか、下水道がありませんでしたので、
水洗便所は、まだ、郊外の一般民家に普及していませんでした。
 
それでも、無理矢理に水洗便所にして、
体裁(ていさい)良く売り出される建売住宅があり、
下水道も浄化槽もなく、農業用水路に、糞尿を垂れ流していました。
うんこ、ぷかぷか。
 
それどころか、一般民家の汲み取り式便所から、
糞尿を吸い上げたバキュームカーが、
農業用水路に、どばどばどばと、放出していました。
 
用水路ですから、水門がたくさんあり、締め切ることができます。
一定区間を締め切れば、汲み取り業者が、糞尿を沈殿させるための、
汚水処理場の代わりとして、使えます。
当時は、部落解放運動の真っ最中でしたから、
だれも文句を言えませんでした。
 
発酵した泡が、厚さ10センチぐらいの、茶色いスポンジみたいに、
汚水の表面を被います。
子供たちは、石を投げて、遊びました。
泡の層に、トンネルみたいに、穴の開(あ)く感じが、
なんとなく、気持ち良かったみたい。
泡のままで固まって、スポンジみたいになっているの。
 
東京の神田川も、バキュームカーが、糞尿を放出していました。
街の中ですら、郊外の田園地帯とは、わけが違います。
順天堂大学の前あたりで、よく見掛けました。
 
わたしは、若い頃に、
中央線の水道橋やお茶の水の駅を、よく使っていました。
水道橋って、後楽園球場のある駅ですから、
みんなが集まる所なのに、すごいでしょう?
それが、日本人の常識感覚でした。
今の東京ドームのことね。
 
神田川と言っても、運河みたいなものですから、
水門を閉じて、仕切ってしまえば、肥溜めになります。
人々は、昔と違い、電化されて便利になった生活を、
謳歌していました。
 
進駐軍の時代に、馬車と、肥たごと、柄杓(ひしゃく)を使い、
人力で汲み取っていた労力を思うと、
夢のように美しい光景でした。
馥郁(ふくいく)とした香りなの。
 
郊外の農家は、田畑の中ですから、下水道の普及が遅れます。
1965年ぐらいは、大都市近郊でも、
まだ、田んぼや農業用水路に、メダカや蛙(かえる)が一杯の、
見渡す限り、長閑で美しい時代でした。
ベートーベンの、交響曲第6番って感じ。
 
下肥の撒(ま)かれた土を見れば、よく肥えて、
新聞紙やちらし広告の切れ端が、混じっているの。
 
古新聞を捨ててしまう無駄を思えば、
お便所に使うのは、合理的です。
そこで、ちり紙交換というのが、流行(はや)りました。
古新聞と、お便所や鼻紙に使うための、ちり紙とを、
交換してくれます。
 
確かに合理的ですけれど、
関西の人は、古新聞とお金の交換のほうを、望みました。
ちり紙交換は、東京の文化圏だけしか、普及しなかったようです。
 
東京が一番早くから、お便所に古新聞を使わなくなりましたけれど、
1965年頃は、まだ郊外の子供たちって、
休耕地の畑で遊びましたから、
検便(けんべん)をすると、
蟯虫(ぎょうちゅう)や、回虫や、サナダ虫などの、
寄生虫の卵が、たくさん発見されました。
 
汲み取り式のお便所に、下肥(しもごえ)を使った畑ですから、
都会の住宅地も、郊外の長閑な風景も、
四六時中、漂って来る糞尿の匂いが、人情と自然の香水でした。
 
日本人は、江戸時代から、下肥を使いましたから、
よく発酵した匂いは、素晴らしい幸せを、約束していました。
下肥のお陰で、日本は豊かになり、徳川政権が安定して、
蟯虫や回虫の、美しい平和が続いたの。
 
乾燥した風土のヨーロッパでは、
人間の糞尿なんか、肥やしに使えませんので、
パリの人は、薔薇(ばら)の花びらから採取した香水を、
体に振り掛けて、
街の至る所で、犬や猫みたいに、うんこをしました。
 
ベルサイユ宮殿のお庭も、人間のうんこで一杯でしたので、
ヨーロッパの芸術は、
ロココ調のうんこと、薔薇の香水に満ちています。
今では、人間のかわりに、犬のうんこで代用していますけれど。
 
日本の自然の香水と、どちらが良いかは、
人それぞれの趣味かも知れませんが、
まだ、うんこの豊かな文化が残っていた時代に、
日本のGID(性同一性障害)の人たちは、
SRS(性転換手術)を受けました。
 
わたしは、写楽の役者絵を思い出します。
これが、花盛りの時代であったろうと…
 
いわゆるブルーボーイ事件は、1960年代後半だったと思います。
ロートレックのような人がいましたが、自殺しました。
 
これよりも古い時代って、高度経済成長の前の時代ですから、
お洗濯は、盥(たらい)と洗濯板と、
四角い水色の、洗濯石鹸の時代でした。
お台所には、都会でしたら、持ち運びのできる竈(かまど)があり、
薪(まき)や炭を使って、調理をしていました。
 
電化製品は、真空管のラジオと、定額の白熱電灯だけね。
定額って、一口幾らの電灯線です。
 
松下幸之助って人が、定額電灯のソケットとして、
二股ソケットというの、大正時代に売り出しました。
これが、すごい人気で、お金持ちになりました。
 
だって、二股ソケットですと、一口の定額電灯線から、
幾つでも、コンセントをタコ足にして、電器製品を使えるでしょう?
大正時代の昔は、これと言った電器製品なんか、なかったので、
あまり、役に立ちませんでしたけれど、
40年後の、高度経済成長期の初期の、家庭電化製品の時代になると、
狡(ずる)をするために、二股ソケットは必需品になりました。
 
松下さんは、蛇口をひねれば、ふんだんに、お水が出てくるように、
電気を、自由に使える世の中を、夢見ていたそうです。
 
わたしは、昔の香港の九龍城を思い出します。
インドでは、今でも、
電気は、電線から自由に引いて来るのが当たり前ですけれど、
お金なんか、要りません。
違法ですから、請求書も届かないの。
 
バキュームカーって、ちんちんや蛇を、思い出すかも知れませんし、
コンセントと照明器具って、
夜になれば、子作りに励む幸せな家庭を、思い出すかも知れません。
 
人間って、食べて排泄をして、眠って生殖をして、
育児をして、介護をして、病気になって、死んで行くだけなのに、
心の幸せのために、体や命を犠牲にするって、麻薬でないのかしら。
精神の病気に似ています。
 
高度経済成長期の前の時代って、
日本のSRS(性転換手術)は、行なわれなかったはずです。
戦争になる懼(おそ)れがあったので、
オカマの人たちは、去勢手術さえ、躊躇していました。
 
高度経済成長って、現在の中国のような感じです。
高速鉄道がぶつかって、壊れた車両を、土に埋めるのは、
神田川に、バキュームカーが、糞尿を放出するのに、似ています。
野糞と、立ちしょんべんかしら。
 
日本の下肥文化は、昔の中国の真似(まね)をしたそうですけれど、
うんこで作ったお米を食べるのは、健康的です。
これを拒否するようでは、心が危(あや)うい。
 
戦争になるかも知れない危険が去ってから、
日本のSRSは、1960年代後半に、
初めて行なわれるようになりました。
いわゆる半陰陽の人に対する性転換は、
江戸時代から行なわれていましたが、
戦前は抗生物質がなかったので、
複雑な手術は、江戸時代と同じように、命懸けでした。
 
GID(性同一性障害)のSRS(性転換手術)が行われた1960年代は、
まだ、郊外では、茶壺に追われて、とっぴんしゃん、の時代でした。
関西では、どつぼに嵌まって、どっぴんしゃん、と言います。
どつぼって、野壺のこと。
田畑の肥溜めです。
 
長淵剛(ながふちつよし)って人が、
どつぼにはまったまんま、チューチューって、
歌っているそうですから、
鹿児島でも、ずいずいずっころばしを、
どつぼにはまってと、歌うのかも知れません。
 
ずいずいずっころばしって、童謡と言われていますけれど、
遊郭でよく歌われていました。
GIDには、遊郭の名残(なごり)の町で生まれ育った人が、
たくさんいて、
いわゆる料亭の中の遊び事を、気さくに教えてくれました。
 
当時の、農家の出身の、GIDの人に、
肥たごを担ぐお百姓のお仕事を尋ねても、教えてくれませんでした。
肥たごを担ぐのが嫌(いや)で、家庭生活も嫌、
性交渉が好きで、遊びたいから、農家を出奔して、
都会の遊郭の名残の町に、住み着いているように見えましたが、
御本人は、性別うんぬんと言っていました。
 
うんこを嫌(きら)うって、早い話が、
便所掃除と、育児と、介護を、嫌うってことなの。 
お医者さんに多いタイプです。
お百姓さんでは、それに加えて、労働を嫌うってことかもね。
 
1970年頃のTS(トランスセクシャリズム)っていうGIDの一種の人が、
秋も深く、金木犀(きんもくせい)の香る日に、
街じゅう、うんこの臭(にお)いがする、
襁褓(おしめ)を洗う臭いがする、と言い出したので、
統合失調症の急性症状を発見されたことがありました。
 
育児と介護の日々の、極貧のMtF(male to female 男→女)でした。
半陰陽でも、GIDでも、性転換を実行しようとする人には、
精神の病気になりやすい事情が、幾つも重なっていました。
  
精神医学の建て前では、個人的な事情によるものは、
GID(性同一性障害)という精神の病気から除外されていますが、
個人的な事情と、そうでないものを識別するって、
人間と神様の所業を識別するのと同じくらい、形而上学的です。 
 
建て前の言葉を振り回す精神科医を、養成しないように、
教授先生に言っているのですけれど、無理みたい。
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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