ヒッペリカムって、弟切草(おとぎりそう)の仲間の、属名です。
ヒッペリカム・ヒデコート と思いますけれど…
日本に自生していないので、
どれくらいに、園芸品種として作られたものかも、見当がつきません。
精神の発達って、いくつかの目安になる能力を設定して、
何才なら、これぐらいはできるって、みんなの標準があります。
だんだんと、能力が高くなって行くはずなのに、
だいたいは、その能力が、まったく現れないとか、
人よりも獲得する時期が遅いとかってのがあると、
いつまでたっても、最終到達点が低いってことに、
なりかねないみたい。
刺激がなくても現れる機能って、ほんの僅(わず)かです。
たいていは、刺激してあげなければ、現れない機能ですから、
能力の発達も、刺激が足りなければ、低いままかも知れませんし、
他の刺激が、発達を阻害することも、あります。
いくつもの音の高さを、同時に聞き分ける能力って、
3才ぐらいまでに、訓練しなければ、なかなか発達しませんし、
言葉を使う能力は、言葉を聞かなければ、発達するはずがありません。
子供の頃に、
都会の電車の線路のはたや、ガード下で暮らしていた人は、
悩み事のせいで、気分がすぐれない時に、
急に、理由もなく不安になり、過呼吸になり、
行動を制御できずに、
今にも、とんでもないことをしでかしてしまう恐怖感に襲われて、
突然、大声で、助けてくれーっと、叫び出すかも知れません。
そんな因果関係があるとは、だれも証明できませんけれど、
だれも否定できません。
ガード下にくらしている子は、和音を聞き分ける能力が低く、
田舎の長閑(のどか)な環境に育った子には、
音楽家になる人が多いのかを、わたしは知りませんけれど…
音楽家って、聴力の低い人が多く、
実際の音を聞き分ける能力よりも、
聞こえないはずの、心の中の音を、聞き分けようとする人が、
多いかも知れません。
風船おじさんみたいにね。
あの人は、調律師だったと思います。
動作の仕方が変(へん)って、赤ちゃんの手足の動きを見ていても、
なんとなく、わかりますけれど、
たぶん、思春期になっても、手足や胴体や腰や首の動かし方が変です。
協調させられません。
バランスの取り方が変なのかしら。
もう、生後1ヶ月くらいの時に、ほぼ決定できる能力の不足です。
思春期以後にも、たぶん治りません。
MtFの人のなかには、
子供の頃から、くにゃくにゃしていると、言われる人もいます。
御本人は、同級生から、くの一と言われていたと、自慢です。
くの一って、女という漢字を、くの一って書く意味ですけれど、
小学低学年の頃から、
学校で集団行動ができずに、単独行動が多かったそうです。
統合失調症の人に、
思春期になると幻覚の現れる人が、珍しくありませんけれど、
平衡感覚の幻覚ってのもあって、今まで、自転車に乗れていたのに、
思春期になってから、乗れなくなったりします。
そういう人でも、体のバランスを取るための、手足の動かしかたが、
変になることはありませんので、
発達障害の人とは、けっこう区別がつきます。
一つの能力が低いと、それを補うように、他の能力が高いって、
よくありますから、
何を、目安として設定するかによって、
発達障害を見る目が、異なって来ます。
一つの能力が低いと、それを補おうとして、他の能力に負担がかかり、
調節機能が疲弊して、
機能の失調する病気に、罹(かか)ることもあります。
この能力は、何才なら、このへん、1年後には、このへん、
別の能力は、このへんっていうふうに、
目安になる所を、点で表すと、
一つの能力の、年齢による推移を、線で結び、
たくんさの種類の能力の、同じ年齢を、線で結ぶこともできます。
全体が、立体の表面をなぞる形になります。
能力が低い、と言うよりも、
発達を表す立体の、形が違うって感じに見えるの。
どのような形を作るかは、人それぞれの発達が異なるだけでなく、
どのような能力を、目安にして、
どれくらいに重要であると、評価するかによっても、違ってきます。
他人と比較して、発達が不足していたり、歪んでいたりするせいで、
生活に支障をきたしている子供は、発達障害って言われます。
学習や訓練や生活環境などの、条件を変えても、
目安になる能力の、最高到達点を高くすることはできない、
という定義になっています。
実際には、発達の途中で、教育の仕方を工夫すれば、
能力がもっと高くなる可能性を、だれも否定できません。
出生後の何かが、発達を妨害していたのかも知れませんので、
何かに相当するものが、何もないと、証明しなければいけません。
ある人は、特定の刺激がなくても、発達しますけれど、
別の人は、特定の刺激がなければ、発達しないかもしれません。
特定の刺激は、いくつかの刺激の組み合わせかも知れませんけれど、
人によって、組み合わせが違います。
どこまでが、個性であるのかを決めて、
どこまでを、生活に支障をきたしているとするかを、
決めなければいけません。
生まれつきの変更不能な能力であると、
抽象的に定義することは、簡単でも、
心理学のように、文学の好きな人が、
疑似科学の、実験や検査や、数字や数式に、
涎(よだ)れを垂らすように、
発達障害と診断された人の、能力の不足を、
生まれつきの変更不能な、脳の障害である、と言うのでしたら、
臨床心理士も、オウムの信者さんも、
ひょっとしたら、似たようなものかも知れません。
発達障害の大部分は、脳の器質的な原因や仕組みが不明ですので、
生まれつきであるとも、変更不能であるとも、脳の障害であるとも、
決められません。
現に、特定の行動をしないせいで、
みんなと一緒の社会生活に、支障をきたしているのは、事実です。
しないのを、できないからと、決めることは、
大部分の発達障害では、不可能です。
知能検査が、知能を測っているかのように確信するのと、同じ要領で、
発達障害という文学的な概念を信じても、
行く末の心配な子供たちが、うまく大人になってくれるとは、
限りません。
発達障害を信じる人は、生物学的な理由から、治らない、と言います。
その上で、これこれの生き方や、考え方を、試してみようと言います。
回避策ですけれど、
治らないのですから、上手(うま)く行かなくても、
発達障害の子を、怒らないで欲しい、と言うのです。
ほんとうは、治らないという証明も、
生物学的という証明も、ありません。
生まれつきや、脳の障害、という証拠も、ありません。
治らないのに、
お金をとってカウンセリングをしている詐欺師の自分を、
怒らないで欲しい、と言っています。
発達障害を、生まれつきの、治らない、生物学的な脳の障害と、
定義する人は、たくさんいますけれど、
発達障害と診断されている人が、そうであるという証拠は、
器質的な病変の発見されている人を除いて、まったくありません。
発達障害は、GID(性同一性障害)と同じくらいに、神秘的な病気です。
統合失調症って、今までは出来ていたことが、
ある時から、あるいは、だんだんと出来なくなって、
生活に支障をきたすようになります。
御本人は、たいへん苦しんでいますけれど、
苦しんだ挙げ句に、
人を攻撃して、正当防衛のように、
得心しているかも知れません。
たいていは、思春期以後に、能力が低下して行きます。
若い人でしたら、苦しんでいる理由のほとんどが、
いわゆる被害妄想です。
長期間、統合失調症を患っていると、
被害妄想よりも、
得心して満足する種類の妄想が、多くなるかも知れません。
統合失調症の症状の中でも、
精神運動興奮と言われる症状のことを、
陽性症状と言います。
抗精神病薬によく反応して、
初発の若い人ほど、よく回復します。
妄想や幻聴が中心ですけれど、
ドーパミン神経と言われる種類の神経細胞の系統的機能が、
亢進したままになっています。
物事に最終判断を下して、
実行してしまう機能を受け持つ神経細胞です。
神経細胞と神経細胞との、シナプスという隙間の連絡に、
ドーパミンという化学物質を使います。
ドーパミンの伝達量が多すぎるので、
機能が亢進していると、言われています。
抗精神病薬は、ドーパミンの伝達量を減らしますので、
機能を抑制することができます。
健常な人でも、緊急の判断や実行が頻繁になれば、
ドーパミンの伝達量が、多くなり、
気持ちが安静になれば、
ドーパミンの伝達量も少なくなります。
ドーパミン神経の、調節機能が異常になったせいで、
その機能が亢進したままになり、陽性症状が起こるのかは、
よくわかりません。
結果として、統合失調症の陽性症状は、
ドーパミン神経の機能が、亢進したままになりますので、
抗精神病薬によって、
無理矢理に、ドーパミンの伝達量を、下げてしまいます。
そうすると、陽性症状が鎮静されます。
あたりまえですけれど…
健常な人でも、
抗精神病薬を飲んで、ドーパミンの伝達量を下げると、
ドーパミン神経の機能が抑制されて、
何もしたくなくなります。
もしかしたら、本当は、
統合失調症の人の、ドーパミン神経の調節機能は、
正常だったのかも知れません。
興奮しなければいけないと、命令されていたので、
興奮していただけかも知れません。
ドーパミン神経に、そのような命令を出したやつが悪くて、
ドーパミン神経は、正常だったのかも知れません。
それでも、生活に支障をきたしていますので、
根本的な治療法がない限り、
対症的に、興奮を鎮めないと、仕方ありません。
御本人は、何でも、直観的に最終判断を下して、
性急に実行してしまいますから、
熟慮を欠いた思考の結果が、
新たな苦痛の原因になり、悪循環をきたします。
熟慮しない思考って、
思考できないのと、ほとんど同じ意味です。
直観的に最終判断を下すって、
赤ちゃんや、夢や、動物などの、無意識の意識のように、
瞬間的に、荒唐無稽な閃(ひらめ)きを確信して、
変更不能になることです。
荒唐無稽な閃きって、妄想や幻覚のことです。
苦しみが続くと、
脳の神経細胞が、自分から壊れてしまいますので、
早急に、苦しみを緩和しなければ、なりません。
抗精神病薬によって、
ドーパミン神経を、無理矢理に鎮静すると、
確かに、陽性症状は収まりますけれど、
無理矢理にドーパミンの伝達量を下げますので、
ドーパミン神経の、機能の正常な人であれば、
当然、お薬に抵抗して、お薬の作用を無効にするように、
脳味噌が機能してしまいます。
ドーパミンの量を、もっと増やすように、
ドーパミン神経が機能してしまうの。
これでは、お薬が病気を作っているようなものです。
お酒がアル中を作るのと、似たようなものでしょう?
正常だったドーパミン神経の調節機能が、
抗精神病薬のせいで、異常になってしまいます。
統合失調症には、陰性症状というのがあり、
抗精神病薬が、陽性症状ほどには、効きません。
だいたい、鬱陶しくなって、何もしたくなくなる症状ですから、
抗精神病薬の使いすぎによる症状と、
抑鬱症状とが、合わさっているような感じです。
大鬱病の症状によく似ていますけれど、
認知障害の現れるところが、うつ病とは根本的に違います。
うつ病の人でも、
じーっと座り込んで、何も喋らない状態から、
いきなり、走り出すと、
ホームから飛び降りて、電車に轢かれてしまう人もいます。
急に実行する時って、
たぶん、ドーパミン神経の機能が、亢進していますから、
恋人と何度も心中未遂を繰り返して、
最後に自殺を完遂できた太宰治みたいな人を、
うつ病って言うと、変な感じです。
芥川龍之介みたいな人を、最近は、うつ病と言わずに、
統合失調症と言う人もいます。
精神症状を、文学的に分類しても、仕方ないのですけれど、
そうかと言って、ぜんぶ一緒くたにすると、
不親切のみたいで、困ります。
陰性症状って、
無理に陽性症状と一対のものにしようとした概念に思えてなりません。
文学的には、そのほうが、わかりやすいのですけれど、
ドーパミン神経の亢進を、自力で抑制しようとすれば、
ドーパミン神経を、極端に抑制した状態に、張り付けてしまうのが、
比較的簡単かも知れません。
中間の、ちょうど良いところに調節するのは、たぶん困難です。
抗精神病薬って、実は、妄想や幻聴をなくす効果が、ほとんどありません。
妄想や幻聴の内容を、確信していても、
人に言ったり、実行したり、しなくなります。
言わないほうがいい、実行しないほうがいいと、
自分で損得を弁(わきま)えて、
自制することができるようになります。
心の中で、何を思っていても、人に言わずに、実行もしなければ、
人の勝手ですので、便宜的に、妄想や幻聴がなくなった、と言います。
ほんとうは、抗精神病薬によって、興奮が鎮まっただけです。
妄想や幻聴の内容を、確信する気持ちは、
以前と、ちっとも変わりません。
直情径行に、猪突猛進する切迫感が、鎮静されました。
もっと厄介なのは、抗精神病薬を使っても、
熟慮や思慮分別が、一向に復活しません。
これでは、興奮がなくなったものの、
思考の止まった真っ白な時間が、宙に浮いてしまうだけです。
陰性症状には、抗精神病薬が効かないと、わかります。
統合失調症の症状を、
陽性症状や陰性症状などの、統合失調症専用の用語で表現するのは、
もしかしたら、統合失調症のことを、精神病と言うように、
他の精神疾患と、根本的に異なる病気として、
隔離しようとする意図でしたのかも知れません。
精神運動興奮と認知障害と言えば、
他の精神疾患と共通の、精神の病気として、
原因や仕組みや治療法を、考えることができるのに…
※ 夜にまた書きます。
統合失調症の陰性症状を、
認知障害と理解して、
発達障害との違いを見るってのを、
書きたいの。
統合失調症の認知障害って、
まず、治りません。
進行を食い止めるのが、
せいぜいです。
ストレスがかかるたびに、
症状が進行します。
統合失調症の認知障害って、
実行機能障害として見るのが、
最も端的に手っ取り早いの。
チャリンコの空気が
抜けているのを見て、
パンクなのか、
虫ゴムがいかれているのか、
調べてみようと
思いつかなくなります。
調べる手順がわからなくなります。
小学五年の時は、
自分でパンク修理のできた子が、
統合失調症になると、
できなくなります。
いったん出来なくなると、
まず回復しない実態があります。
進行が止まれば、御の字。
認知障害から発達障害を書くつもりでしたけれど、
もう、夜中になってしまいました。
尻切れ蜻蛉(とんぼ)ですけれど、やめます。すいません。
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