花が咲いています、御近所の家庭菜園。
実を成らせて、食べるって、
子供を産ませて、食べるのと、同じです。
治って退院すると、
戦場(せんじょう)に戻って、撃(う)たれて死にますから、
なんのための治療なのかと、戦場(せんじょう)の医師は思います。
平和な日本の精神科も、同じかしら。
GID(性同一性障害)の人は、性転換は戦争と、言います。
戦場(せんじょう)の兵士にとっては、病院で治療を受けているのが、
ひとときの平和かしら。
退院すると、津波に流されて、死んだり…
GID(性同一性障害)って、
認知障害が知能に及ぶところまで、進行する人を見ていると、
何もしなくなる病気に見えますけれど、
物体になって死ぬことですから、ごく自然です。
脳の器質に病変の発見されない種類の、精神の病気って、
判断を変更できなくるのが、初期症状ですけれど、
自我は、自分はこれこれであると、自分を規定しますから、
自由な判断や意志って、変更を拒否して、頑固になります。
生物は、健常でしたら、
個体の生存や、生殖を目指す本能から、逃れられませんから、
たいへんな矛盾です。
ニーチェっていう人は、地球には皮膚がある、と言いました。
皮膚には病気があり、その病気の一つが、人間だそうです。
梅毒に罹った人の、言いそうなことですけれど、
そもそも、生命ってのが、病気と区別がつきません。
石ころや、太陽のほうが、よほど奇麗です。
生物を相手にするお医者さんよりも、
乾燥して、清潔な物体を相手にする建築家のほうが、健康的です。
命って、うじうじして、湿っています。
ゴキブリを潰すと、べちゃっとしたのが、出てくるでしょう?
人間を相手にするお仕事の人って、
あの、べちゃっとしたのを舐め舐めするのが、好きみたい。
建築家って、木材を使う時にも、わざわざ乾燥して、
よく殺して、清潔な素材にしてから、使います。
生(なま)ものは、禁忌だそうです。
生殖ってのが、たいへんな矛盾です。
踏切の中の、我が子を救うために、
お母さんは、電車の前に飛び込みます。
金槌(かなづち)のお父さんも、海に飛び込んで、
子供と一緒に、死にます。
だいたい、人間も、
自分の命よりも、子供の命を、大切にしますから、
世代交代のために、生きています。
子供の命どころか、自分の命よりも、人の命を大切にしなければ、
なんのために、生きているのか、わからなくなります。
GID(性同一性障害)の人は、自分の命が一番ですから、
目の前で、人が死んでも、なんとも思いません。
自分が元気なら、それでいいの。
隣りのテーブルで、
見ず知らずの人が、お腹が痛いと言って、のたうち回っても、
GIDの人は、自分さえ痛くなければ、平気でお食事を楽しめます。
むしろ、人騒がせと、文句を言うぐらいなの。
病院なんか、毎日毎日、人が死んで行きますから、
こんなに縁起でもない所に勤める人は、きっと変人です。
いわゆる被差別部落出身の人は、
昔でしたら、死体や犯罪やお肉などを扱うお仕事が、
多かったのですけれど、
大正デモクラシーの頃から、小説家が多くなって、
今は、お医者さんが一番みたい。
夜の町や芸能関係や、やくざや飲食関係って、
韓国朝鮮の人が多いそうです。
差別されると、社会の端っこのほうに、はじき飛ばされますから、
精神障害者の多い所と、だいたい一致しています。
端っこって、底辺だけでなく、横のほうや、てっぺんも、端っこです。
お医者さんは、人間の体に、プラスチックだけでなく、
生(なま)もののお肉を移植しますけれど、
移植するぐらいでしたら、生殖も廃止したらいいのに。
人間は有性生殖をしますけれど、
昭和天皇の大好きだったヒドロゾアなんか、
無性生殖をして、社会生活をします。
今の天皇さんは、ハゼが好きと、聞きますけれど、
葉山で、お魚を採っているのを、見たことがありません。
2011年も、6月7日まで、休暇をとって、滞在していたそうです。
わたしも、その頃、葉山に行っていたのに…
葉山町って、横須賀市の隣りですけれど、
天皇家の別荘は、相模湾に面した三浦半島の西海岸で、
横須賀の市街地は、東京湾に面した東海岸です。
西海岸まで、ずーっと横須賀市なの。
山の中のハイキングコースを歩いて、三浦半島を横断すると、
だいたい3時間ぐらいで、葉山の海岸に出ます。
三浦半島は低い丘陵ですから、深い山はありません。
お花を探しながら、のんびり歩いて、日曜日に往復できます。
小鳥の声を聞き分けるのが、得意になると思います。
遠くに、青い海と富士山が、いつも見えていますから、
東海岸と西海岸って、直線距離で8Kmぐらいかしら。
苔(こけ)や羊歯(しだ)って、
卵子や精子という有性のnの配偶子を作るnの配偶体の世代と、
減数分裂によって、無性のnの胞子を作る2nの胞子体の世代とが、
世代交代します。
2nの胞子体は、nの配偶子が二つ、くっついて、
一つに混ざっています。
世代交代って、有性生殖特有のことなの。
有性生殖でなければ、
挿し木や接ぎ木などの栄養生殖も含めて、無性生殖と言いますから、
世代交代をしたのか、していないのか、わかりっこありません。
ずーっと、個体が永遠に生きるって、
有性生殖だから、世代交代をしますけれど、
無性生殖ですと、老化しないで、生き続けられるのかしら。
動物でも、ヒドロゾアは、無性生殖をしますし、
カツオノエボシみたいに、群体っていう社会生活をします。
傘と、たくさんの足のあるクラゲみたいなやつですけれど、
傘は傘で、足は足で一本ずつ、違う個体なのに、
それぞれが、全体の中の、一部分になるように、
みんなが寄り集まって、一つのカツオノエボシっていう形を作ります。
こいつが、無性生殖で増えるの。
人間も、お母さんの体から、赤ちゃんが分かれて、二つになるから、
性別がなければ、出芽や分裂と、似たようなものです。
体は、一つのものが、継続して生きていると考えても、構いません。
心のほうが、勝手に、別人のように言っているだけですけれど、
ひと繋がりの体なのに、個体が違うから、心も違うって、
遊び人の戯言(たわごと)のような…
男の子が生まれると、命は、行き止まりかしら。
女の子でしたら、ずーっと、続いていると感じますから、
啓蒙思想の男どもの、自我っていう呪文みたいな言葉は、
引かれ者の小唄のようなものかしら。
フランス革命になると、片っ端から、首を切られました。
性転換も、精子をばらまく蜻蛉(とんぼ)の歌に、聞こえて来ます。
人類は、すでに、無性生殖の技術を、手に入れていますけれど、
倫理的に禁止されているので、
仕方なしに、性転換っていう方向に、ねじ曲がっているの。
日本のGID(性同一性障害)のための特例法などは、
けっして、評価されるべき小さな一歩でなく、
はっきりと、日本の性転換が間違っていることを、示しています。
生まれつきの体によって、人を差別してはいけません。
女であろうが、男であろうが、
心は、変更可能ですので、特定の心を、人の義務とします。
それができなければ、精神の病気とされます。
体は、変更困難ですので、体の変更を、人の義務としてはいけません。
変更困難な体によって、人を差別してはいけないの。
GIDのための特例法は、戸籍の性別を変更するために、
体の変更を義務づけています。
これでは、法律自体が、精神の病気です。
法律は、精神の病気の人のための、福祉にならなければいけません。
法律自体が、精神の病気になって、どうしますか。
精神の病気を普及する法律は、悪法に決まっています。
こんな悪法が、全会一致で、こそっと成立したのが、
なんとも、嘆かわしい日本です。
第二次世界大戦直前の、ドイツや日本かしら。
世も末。
この法律を作った人は、ヒトラーみたいな人かもね。
美容外科の患者さんみたいに、
美学的な差別感情に、美しい憧れを抱(いだ)いていたのかしら。
GID(性同一性障害)の人って、
人の体を差別する偏見から、自分で自分を差別虐待して、
GIDを発症したように見えますけれど、
審美的な差別感情を、識別できなくなる精神の病気が、
基礎疾患として、GIDの発症以前から存在しています。
性別のことは、二次的な見掛けの症状にすぎません。
人の体の形を、規格はずれと言って、攻撃する風潮を、
その都度、しっかりと断罪するのが、正義です。
女や男と、屁理屈をつけて、体の手術を義務づけてはいけません。
ヒトラーが、ユダヤ人に、
ドイツ市民として認めてもらいたければ、体の形を手術しろと、
注文をつけているのと、同じでありませんか。
GIDのための特例法は、厳しく批判する文言を追加した上で、
廃止せずに、効力を奪って、
店晒(たなざら)しにして置くのが、正解です。
戒めとすべきです。
この世の中で、最も嫌悪すべき種類の法律だから。
GIDの特例法に流れている精神は、ホロコーストと同じです。
GID(性同一性障害)と診断されているのなら、
ホルモン療法やSRS(性転換手術)などの、体の変更を条件とせずに、
本人の希望によって、戸籍の性別を変更できるのでなければ、
精神障害者のための福祉と言えません。
戸籍の性別を変更して欲しければ、生殖機能を不可逆的に破壊して、
性器の見掛けを、手術によって変形しろ、と言うのは、
法律そのものが、明確に憲法違反です。
0コメント