野茨(のいばら)でも、
バラと同じように、肥料をあげて、大切に育てると、
こんなに立派な花を咲かせます。
野茨(のいばら)って、園芸品種のバラの台木になります。
バラの種(たね)を蒔(ま)いて、芽が出て、育つと、
その芽を、接ぎ穂として、
野茨(のいばら)の根に、接ぎ木をします。
園芸種のバラって、人工授粉をすると、
簡単に、新しい表現形の、バラの品種が生まれます。
でも、実生苗(みしょうなえ)は、根が弱く、
病気に罹(かか)りやすいので、元気に育ちません。
野生の野茨(のいばら)がなければ、
野生って、やっぱり、強い。
万葉集では、野茨(のいばら)のことを、うまらと言います。
茨(いばら)の語源。
道の辺の 茨(うまら)の末(うれ)に 這(は)ほ豆の
からまる君を はなれか行かむ
丈部鳥(はせつかべのとり) 巻二十 4352
きみは、道ばたの、
茨の先まで絡(から)みついて、離(はな)れない豆みたい。
ぼくは、徴兵(ちょうへい)されて、きみと別れるのが、つらい。
防人(さきもり)に行く男性の歌です。
茨で検索すると、この歌ばっかり。
上総(かずさ)の、丈部鳥(はせつかべのとり)って、
千葉県の君津(きみつ)あたりの人だそうです。
製鉄所のある所。
鳥が、個人名ですけれど、通称かしら。
645年の大化改新(たいかのかいしん)の時に、
政府は、公地公民を宣言しましたけれど、
社会の実態は、後の時代まで、部民(べみん)制でした。
部(べ)って、世襲の権益ですけれど、
強大な権益を持つ人が、手下(てした)や土地を囲い込んで、
村ぐるみの生活を、一緒に営む共同体を作りました。
一族郎党の端っぺたのほうまで、みんな部民。
丈部(はせつかべ)って、
杖部って書くところを、省略しているそうです。
丈は、杖(つえ)ね。
杖って、棒っきれですけれど、
偉い人の、情報伝達を与(あづか)る役職の、
身分を表す印(しるし)だそうです。
律令制度の官職に、駈使丁(はせつかい)というのがありました。
昔ですから、世襲の職権です。
その印が、杖(つえ)なの。
伝令や使者や駅制や郵便のような、情報伝達制度ですけれど、
駆使丁とも書くように、駆使という漢語の、
大和言葉(やまとことば)の意味が、はせつかいです。
馳(は)せ使(つか)わすの。
そこから、丈部と書いて、はせつかべ、と読むようになりました。
神経伝達物質のような人たちです。
部民制の名残りが、
後々の、奈良時代や平安時代の、社会制度の土台になりましたから、
駈使丁(はせつかい)という職権を持つ一族に、囲われていた人たちは、
奴婢(ぬひ)の身分でも、みんな、
丈部(はせつかべ)って、名字のように名乗ったと思います。
そういう名字の、鳥さんね。
空気の澄んだ日に、東京湾の、海の彼方(かなた)を望むと、
鳥(とり)の歌声が、横須賀まで、聞こえて来そうな気がします。
遠くに、千葉県の、君津(きみつ)の高炉が、
高く聳(そび)えています。
芸術の世界では、洋の東西を問わずに、
鳥(とり)って言われる人は、
女性を口説(くど)く言葉が、上手(うま)いけれど、
女たらしの、不実な男です。
茨(うまら)に絡(から)まって、離(はな)れない豆って、
なんで女が、お豆さんなのかしら。
あほ。
モーツアルトの、フィガロの結婚を、思い出します。
フィガロが、軍隊に召集されたケルビーノのことを、
もう飛ぶまいぞ、この蝶々(ちょうちょ)と、歌います。
からかわれたケルビーノって、メゾソプラノのズボン役。
宝塚みたいに、女性が、男性の役を演ずるの。
丈部鳥(はせつかべのとり)って、ケルビーノみたいな人かしら。
万葉集の、素朴な防人(さきもり)の歌は、
ベルディのリゴレットの中で、
浮気男のマントヴァ公爵の歌うカンツォーネの、女心の歌だったりして。
蜻蛉(とんぼ)みたいに不埒(ふらち)な男は、素朴です。
鳥も蝶々も蜻蛉も、一緒になってしまい、ごめんなさい。
でも、結婚するなら、うちの亭主みたいに、
軽い男がいいかも知れません。
単純な浮気を恥じない人は、万葉集の防人(さきもり)みたいに、
お人好しで素朴で、素適(すてき)な人かも。
撮影時期が、ちょっと遅く、
おしべが縮(ちぢ)こまって、ごめんなさい。
ほんとは、もっと、ピーンと伸びています。
ズボン役には、無理。
0コメント