ジャガイモの花、一つだけ、咲いていました。
品種までは、知りません。
昨日(2011-05-11)のコメント欄を見ると、
このブログの筆者は、刑務所の中にいるみたい。
時々、刑務所に行きますけれど、住んでいません。
半年にいっぺんぐらい、ウィキペディアっていうところの、
性同一性障害の項目を見ていますけれど、書いたことはありません。
書き方を、知らないもの。
GID(性同一性障害)の人が、書いているそうですから、
診察室の患者さんの、流行(はや)りの症状が、
みんなの言う通りの、ステレオタイプであると、わかります。
ウィキペディアに書く気持ちが、GIDの普通の症状です。
精神の病気って、集団になって、気持ちが強くなると、
みんな、この感じになりますけれど、
GIDでは、お医者さんが、学会という名前の団体をやっていて、
患者さんが、会員になっていますので、宗教とよく似ています。
実際に、診断基準にあるような、
病的なことを、やってのける気持ちが、
ウィキペディアの記事を書く気持ちと、ほぼ同じです。
病的なことって、
生殖を拒否して、生殖機能の破壊を強く希望したり、
性別を詐称して、他人や社会を騙(だま)したり、
望みの性別であると、認めさせようとしたりすることです。
GIDの人は、それによって、快感を得ますが、
それが出来ないと、苦しいと訴えます。
世界中の、ほとんどの医師が、精神の病気であると、認めています。
精神疾患です。
GID(性同一性障害)って、早い話が、
異性装や同性愛から、性転換をしたいと思うようになり、
思いが募(つの)ると、実行してしまう病気ですけれど、
お医者さんや患者さんが、みんなで寄ってたかって、
思いが強くなるように、演出して、競争しています。
性転換をしたくなるのも、異性装や同性愛をしたくなるのも、
ぜんぶ、生まれつきの変更不能な、
心の性別なるもののせいと、御本人たちは主張します。
脳味噌を見れば、心の性別の証拠がわかるはずと言い、
実際に、GIDの脳味噌のどこそこの、
解剖学的特徴や、生理的機能が、男だったとか、女だったとかと、
GIDの人たちは、信じています。
自分は精神病でない、っていう言い訳(わけ)になると、
GIDの人たちは、思っています。
GID(性同一性障害)は、
たくさんのお医者さんの言うように、精神疾患ですから、
けっして、わたしだけが、精神の病気としているのでありません。
未婚の人が、性腺の機能を不可逆的に阻害して、
世代交代をせずに、自滅しようってのは、
精神の病気の中では、最も重症の部類と、わたしは思います。
お釈迦さんや、キリストさんよりも、重症でないかしら。
お医者さんって、治る患者さんが45%なら、
うちの患者さんは、約半数が治ると言って、
少しでも、治る人を、多く見せたい気持ちになりますけれど、
性転換医療をやっているお医者さんは、
治る患者さんの割合を、限りなくゼロに、見せようとします。
自分の腕前が悪いと、宣伝しているようなものなのに…
うちへ来れば、治る患者さんの割合が多いと言って、
胸を張れるのが、健常なお医者さんと思いますけれど、
性転換医療では、
お医者さんのほうの精神が、かなり、イカれているかも知れません。
オウムの医療も、そうでしたけれど、
GID(性同一性障害)でも、
お医者さん自身がGIDって、少なくありません。
精神病でない、と言うのは、
現在では、統合失調症でない、と言う意味と、
ほとんど同じです。
健常な日常生活が、可能な範囲内で、
統合失調症の興奮を、
抗精神病薬によって、抑えられるようになってから、
統合失調症と、他の精神疾患を、
精神病と、他の精神疾患のように、分ける必要が、
ほとんどなくなりました。
精神病っていう言葉は、
ロボトミーの時代の、古い言葉ですけれど、
性転換ってのも、その時代の、古い治療法ですので、
GID(性同一性障害)は精神病でない、って言い方が、
今でも、使われています。
抗精神病薬を使わなければ、
統合失調症の興奮を鎮静できないのは、
たぶん、機能の使いすぎによって、
糖尿病のように、機能が疲弊しているからでないかと、
言われています。
自己受容体が、変にトレーニングされている、
という見方もありますけれど、
今日のところは、それに触れません。
話がややこしくなるので、単純に行きます。
使いすぎると、機能の疲弊しやすい素質が
あるのかも知れませんけれど、
使いすぎないように、あらかじめ、温厚篤実な、
偏(かたよ)りの少ない生活習慣を、心掛けて、
機能の疲弊を、予防する手も、あります。
嫌(いや)で嫌で、たまらないことでも、
辛抱して実行すれば、
たいていは、馴れてしまって、
それほど嫌(いや)でなくなります。
みんなと一緒の、平均的なことなら、
それほど偏った習慣でないはずです。
統合失調症の人には、
「嫌(いや)なことを、絶対に辛抱しない」 と、
心に誓っている人が、少なくありません。
嫌なことをしないで、生きることができるとは、
到底、思えませんのに、
実際に、生きているところを見ると、
やっぱり、辛抱しているはずです。
この状態が、機能の疲弊を招くようなの。
嫌々(いやいや)ながら、
爆発寸前の気持ちで、暮らしています。
知能を、自分から低下させて、
爆発しないように、済ませています。
見ざる、聞かざる、言わざるってヤツで、
統合失調症の陰性症状と言います。
知能を発揮せずに、生きて行けるとは、
到底、思えませんのに、
それでも、生きているところを見ると、
やっぱり、知能を発揮しているはずなの。
むしろ、無理に奮い立たせているの。
そうすると、興奮しますから、
一生懸命、自前で鎮静します。
そんなことをしていると、
機能が疲弊するのに、決まっています。
自分で知能を低下させてから、
無理に興奮させて、自前で鎮静するのは、
自作自演の無駄な手順ですけれど、
マッチポンプとも言います。
自分で、マッチを擦って、火をつけておきながら、
真っ先に、ポンプ車に乗って、駆けつけて来ます。
毎日毎日、そんな人生って、
ちょうど良い所に、調節するために、
すごく疲れることをしています。
原因は、「嫌(いや)なことを、絶対に辛抱しない」 と、
心に誓いを立てたからですけれど、
一度、決めたことを、変更できないことから、
そのような誓いを、立てざるを得なかったのではと、
疑われます。
刷り込みってやつですけれど、
試行錯誤や瀬踏みや取捨選択をせずに、
最初の経験だけで、最終判断としてしまい、
原子爆弾を投下するように、実行に移してしまいます。
ドーパミン神経って言われる種類の神経細胞は、
おもにドーパミンという化学物質を、
神経伝達物質として、使用します。
シナプスという神経と神経の、連絡箇所では、
電気信号が、化学物質に変換されて、伝えられますけれど、
統合失調症では、
ドーパミンを放出したり、受容したりする機能が、
インチキになっているって、言うの。
ドーパミン神経って、記憶を仕訳(しわけ)したり、
あれこれと、次々に思いついたり、
判断を棚上げしたり、最終判断を決定したり、
随意筋を動かして、実行したりする機能を、
分担しています。
早い話が、個体それぞれのほうで、
それぞれの状況や経験や素質などに応じて、
判断して行動するための、情報伝達機能は、
ドーパミンを使います。
人間って、動物の生殖機能の一部が退化して、
その代わりに、人間特有の機能を発達させて、
生殖機能の一部を肩代わりしました。
その機能って、ドーパミン神経がやっています。
フェロモンを使う能力が退化して、
その代わりに、
自分っていう意識が発達したようなものです。
統合失調症の人は、そのドーパミンを調節する機能が、
変になっているそうです。
ドーパミンの受容体の種類と、
ドーパミンの過剰や不足と、
脳味噌の中の場所との組み合わせによって、
統合失調症の症状が起こると、説明するのが、
いわゆるドーパミン説です。
統合失調症では、最初の思いつきだけで、
二番目三番目の思いつきが、次々に出て来ません。
試行錯誤や瀬踏みや取捨選択をせずに、
いきなり、最初の思いつきが、最終判断になってしまい、
変更不能になり、実行してしまいます。
思いつきって、1秒としますと、
1分もあれば、60種類の、違う思いつきが、
頭に溜まります。
次から次に、出てくると、
脳味噌の中が、洪水になってしまいますから、
一括して、
採用する思いつきと、捨てる思いつきとを、
仕訳する法則を考えたりします。
たいていは、最初の思いつきや、閃きなんて、
とんでもないものですから、捨ててしまいます。
第一印象と言われるものを含めて、
妄想と言われる内容と、同じものが多いようです。
統合失調症の人は、それを、
後生大切(ごしょうたいせつ)に、神棚に奉ります。
それ一つしか、思いつきませんから。
妄想です。
最終判断として、実行すると、
興奮しているように見えます。
ドーパミン神経には、
判断して実行する機能がありますから。
精神運動興奮って、言います。
一つしか、思いつかないことを、
思考の貧困や途絶などと言い、
統合失調症の陰性症状の、主な症状です。
抗精神病薬は、最終判断や実行を、遅延させますから、
興奮を鎮静する効果があります。
でも、思いつきのほうも、抑制されますので、
いよいよ思考が貧弱になり、陰性症状が悪化します。
気持ちに変化がなく、平板になり、
見掛けは、同じ姿勢で、じっとして動かずに、
昏迷状態になったりします。
妄想を除去する効果はありませんが、実行しなくなります。
陰性症状は、抗精神病薬の副作用かも知れませんけれど、
興奮していれば、
お薬によって、無理矢理に、鎮静せざるを得ません。
自力では、鎮静できなくなっていますから。
たいていは、興奮のほうに張り付いた状態で、
初めて、統合失調症と診断されますけれど、
稀(まれ)には、抑制された状態に張り付いて、
昏迷状態のままで、
初めて統合失調症と診断される人もいます。
GIDの症状が、統合失調症と紛らわしくなるのは、
この状態が、けっこうあります。
興奮しないで、昏迷して、統合失調症と診断される人って、
それ以前から、精神科に掛かっていて、
お医者さんの処方した薬物によって、
症状が、変に歪(ゆが)められているのかも知れません。
GIDの性ホルモン剤って、
体にも、心にも、強烈に作用しますけれど、
長期的なものは、なかなか自覚できないみたい。
エストロゲン剤は、明らかに免疫機能を低下させますけれど、
気づいています?
自己免疫疾患やアレルギーやヒステリーが、増えます。
水虫やヘルペスも、悪化します。
テストステロン剤のほうが、ましかも知れません。
嫌(いや)なことを、辛抱できなくなるのは、
なぜか、わかりません。
幼児期に辛抱しても、
良い結果にならなかったのかも知れませんし、
忌避する気持ちを抑制する仕組みや、
苦痛を感じなくする仕組みが、
機能しないのかも知れません。
GID(性同一性障害)が、精神病でない、と言うのは、
統合失調症でない、と言うのと、ほとんど同じ意味ですが、
GIDから、わりと簡単に、あまり興奮しないタイプの、
統合失調症の症状に、移行します。
統合失調症の前駆症状とする人もいますが、
たんに、症状が変化しただけとするのが、良いでしょう。
統合失調症やGIDを、
それぞれ一つの病気のように考える必要はありません。
プールにロープを張って、
コースに分けただけにすぎませんから、
第1コースの水も、第5コースの水も、同じです。
健常者も、同じプールの水を、心としていますが、
横須賀の港でも、端っこのほうは、
津波の瓦礫のようなゴミが一杯で、
海なのかゴミ捨て場なのか、わかりません。
珊瑚礁の奇麗な海も、横須賀の海も、三陸の海も、
GIDの心も、統合失調症の心も、
ひとつながりに、繋がっています。
魚心(うおごころ)あれば、水心(みずごころ)ありって、
言うでしょう?
心は、同じお魚の泳ぐ、水です。
自分一人の心と、思ってはいけません。
汚水溜めのようなものですけれど…、海って。
こういう考え方は、精神の病気の人に、通じないのかも。
苦しい想い出が、多かったと思います。
花の命は短くて 苦しきことのみ 多かりき
この季節になれば、
尾道の、林芙美子の石碑を、思い出します。
貧乏なGIDと、お婆さんが、
坂道の小さな家に、暮らしていました。
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