アブラナ科の越年草ですけれど、
中国では菜の花と同じように、食べたり、油を絞(しぼ)ったりします。
日本では、観賞用として、戦後に流行しましたが、
園芸用の花卉(かき)としては、貧弱です。
高度経済成長が終わる頃に、廃れました。
なつかしいお花です。
花大根とも言いますが、
アブラナ科には、ハナダイコンという種(しゅ)や、
ハナダイコン属というのも、ありますので、紛らわしくなります。
オオアラセイトウという名前は、
子供の頃に、よく呼び慣(なら)わされていましたので、
耳にこびりついていますが、大紫羅欄花と書きます。
牧野富太郎さんの、創作ですけれど、
ポルトガル語に由来しているそうです。
中国では、諸葛采(しょかつさい)と言います。
諸葛孔明ですから、覚えやすいのですけれど、インチキくさい由来です。
10年ぐらい前から、オオアラセイトウって、教えてあげると、
orz(おーあるぜっと)と、答えてくれる人が、増えました。
アブラナ科2チャンネル属ですけれど、
牧野富太郎って人も、たいへんな変人の遊び人でしたので、
日本全国を、ほっつき歩いては、
脳の器質に、原因の発見されない精神の病気の人って、頑固です。
ただ単に、変更不能でなく、
自分の考えていることが正しい、間違いないと、
たくさんの人に向かって、公言したことは、
絶対に取り消さない、死んでも取り消さない意地っ張りなの。
依怙地(いこじ、えこじ)です。
その人にとって、どうでも良いことは、約束を守らずに、
言うことが、ころころと変わり、
大切に思っていることは、死んでも手放さないって、
誰でも同じですから、
依怙地の中身が、人と違うって、
みんなと一緒のことができずに、孤立しているってことですけれど、
命や体を、損(そこ)なうのに、
それでも、みんなと同じことをしないって、
御本人も周囲の人も、大変です。
どうして、みんなと同じでないといけないのかって、
本気で、疑問に思っています。
一人一人、勝手なことをしていたのでは、
70億人が、効率良く食べて行けなくなり、殺し合いの喧嘩になるのに…
言葉も法律も、みんなと同じことをするためにあるのに…
自分だけにしか、通じない言葉なんか、言葉って言わないもんね。
みんなの言葉や、みんなの法律っていう約束ごとがなければ、
人類は、ウイルスよりも阿呆になって、絶滅するのに。
依怙地な人は、自分一人で心に決めて、人に約束したことは、
絶対にゆるぎないって感じで、みんなに対して、責任を持ちます。
世間の人は、そんな責任なんか、注視していないのに。
御本人は、自分の信用性が試されているかのように、思い込んでいます。
自分自身に対する、信用性かしら。
自分を裏切ると、心の辻褄(つじつま)が、合わなくなるの。
世界一、頑固でなければ、自分を許さない覚悟ですから、
この確信のために、死んで見せるところまで行きます。
それを、他人と競うかのように、生きています。
自分こそは、世界で一番でなければいけないと、心に決めているみたい。
世界でただ一人の、掛け替えのない、孤独な魂なの。
藁(わら)をも掴(つか)む思いの、藁のような人間です。
実存主義ってやつね。
世界一って、個性のことなの。
ロシアンルーレットをする人って、
命を、ものともしない勇気があるって、
みんなに示さなければいけないと、思い込んでいます。
自分に示すのと、同じかしら。
途中で、怖(お)じ気づいたりしないところを、
実際に、みんなに見せます。
三島由紀夫って人も、実際に責任をとると言って、切腹しました。
彼が、市ヶ谷の自衛隊のバルコニーから、
ばらまいた檄文(げきぶん)ってのがあります。
読めばわかりますけれど、頭があさってになっています。
言わんとしていることは、小学低学年です。
どうして、こんなに幼稚なことのために、
命を懸けなければいけない気持ちになって、
実際に、命を捨てるところを、みんなに見せなければ、
気が済まなくなるのかしら。
これって、統合失調症でも、GIDでも、同じです。
頑固になって、変更不能になり、
自分の確約したことは、死んでも変更しないって、
実際に、死んで見せるところまで、行きます。
たまたま、症状の出し方から、途中で、他人に危害を加えてしまうと、
その時点で、統合失調症と診断されて、
強制的に、抗精神病薬が入るだけです。
刑務所に入る人のほうが、多いと思いますけれど。
GIDのように、途中で性ホルモン剤が入って、性転換したために、
死んでも確信を示すところまで、辿り着けない人もいます。
生殖しない確信を示すほうが、重症かも知れませんが。
うつ病にように、自殺しようとして、止められて、
強制的に入院させられて、お薬の入る人もいます。
いいお薬のなかった時代には、太宰治って人みたいに、
何度も自殺未遂をしでかしてから、最後にやり遂げる人も、
少なくありませんでした。
みんな、同じような精神の病気です。
現実の恐さよりも、夢の中のほうが、遙かに恐いでしょう?
GIDにも、台風のうねりに連れ去られて、
一時間も、高さ10メートルの波に、浮き沈みした人や、
山から転落して、
高さ数百メートルの垂直の絶壁を、
自力で這い上がって来た人もいます。
いずれも、その時は、恐いと思わずに、
現実の状況に対処するために、
具体的な行動に、おおわらわだったそうです。
わたしも、アフガンやスーダンで、
鉄砲の玉やロケット弾が飛んで来る地面に、張り付いたり、
猛スピードで、車を走らせたりしたことがあります。
鉄板をかぶって、運転しました。
山道から落ちないように、
すごく冷静に、現実的に運転していました。
あとで、夢を見ると、すごく恐いの。
夢の中のほうが、現実よりも、何百倍も恐いの。
目覚めているのに、夢を見ているような気持ちって、
解離と言います。
ヒステリーによくある症状の一つです。
現実に生きていながら、
現実よりも何百倍も、気持ちが誇張されます。
現実という目安がありませんから、
無限大に、気持ちが走ってしまいます。
ブロック塀の上を歩くだけでしたら、慎重に歩けば良いし、
もしもバランスを崩して、塀から落ちても、
いつでも、足首や膝や腰の、クッションを効かせて、
柔らかく着地する心積もりを、忘れなければいいのでしょう?
でも、夢のように解離して暮らしている人は、
もしも、バランスを崩せば、
100階建てのビルの屋上から、墜落するような、
最後の最後の、とても恐い気持ちになります。
そのくせ、15階のベランダの手すりを、
ひょいひょいと、歩いたりするの。
どうして、そんなに現実離れの気持ちになるかって、
文字通り、現実的な試行錯誤の経験が、少ないからです。
一段のブロックの上を歩く感じとか、
三段、積み上げたときの感じとか、
五段でしたら、落ちたときに、
どういうふうに、着地すればいいかとか、
いろいろと試行錯誤して、実地に練習した経験が、
とても少ないの。
空想から、いきなり、
現実はこうであるって、決めつけます。
空想って、現実よりも、遙かに大袈裟なのに。
発達障害でも、統合失調症でも、
精神の病気に、いちばん多い症状は、自閉です。
試行錯誤しないの。
これこれならば、こうであるって言うように、
さまざまな条件を付けずに、
これは、こうだって、定言的に判断します。
GID(性同一性障害)の人って、手持ちのお金を計算して、
人に命令されずに暮らして行けるって、算段したりね。
命令したり、されたりって、
責任を分担することですから、とても楽しく、
何事も恐がらずに、生きる勇気が湧いて来るのに。
東京大学の医学部を卒業するよりも、
精神の病気を克服して、商店の販売員になるほうが、うんと立派なのに…
ノーベル賞でなくても、
三島さんのように、慌てて死ななくていいのに。
脳の器質に原因の発見されない精神の病気って、
お金と命と、気持ち良さを、ちゃんと計算していることが、
少なくありません。
でも、生殖や世代交代が、計算外ですので、子供です。
思春期に、大人の能力が要求されると、
往々にして、精神の病気を、発病します。
日本の法律では、20才ぐらいまでなら、
大人の社会の、子供の能力が、不埒(ふらち)な結果になっても、
大目(おおめ)に見てもらえます。
現実には、子供が生まれる頃まで、子供みたいな人って、普通ですから、
あまり、心配要りません。
子供の能力だけでも、ちゃんと、死刑にならずに、生きて行けますし、
大金持ちになる人や、お医者さんになる人もいます。
そういう能力って、子供なの。
精神の病気の人には、子供を生んでも、大人の能力の育たない人が、
少なくありません。
精神の病気の、核心みたいなところを、
ズバッっと言い当てて、症状に出しているのが、
GID(性同一性障害)ですので、知能は健常です。
生殖拒否を、心の性別と、言い違えているので、
正鵠(せいこく)を射ているとは、言いませんが、
脳の器質に、原因の発見されない種類の、精神の病気では、
最も重症かも知れませんので、
悪いことをすると、大人の年齢でしたら、死刑になります。
精神の病気が、治療法もないぐらいに重症なので、死刑になるって、
たくさんの人を殺した人格障害の人が、死刑になる例を、
現代人は、あたりまえのように、たくさん知っています。
たくさんたくたん、人を殺したのですから、
精神の病気の中でも、最も重症に違いないのに…
精神障害のせいで、責任能力がないとされて、
悪いことをしたのに、不起訴になると、
インターネットでは、非難囂々(ごうごう)になります。
おもに若い子が、口汚く罵(ののし)りますけれど、
精神科医の鑑定や、検察庁の判断に、説得力がありません。
GIDを、精神の病気とすると、
非難囂々の若い子たちが、猛反発します。
GID自身が、そんな子たちかも知れません。
精神運動興奮の出ている統合失調症の患者さんを、
死刑にしてしまえ、と罵る若い子と、
自分は精神の病気でないと、笑うGIDの若い患者さんとは、
似たような病気の症状なの。
統合失調症の患者さんと、どんぐりの背比べなのに…
ニューヨークのブルックリン区の、ベッドスタイと言われる町は、
建物が古くなるとともに、
だんだんと貧乏な住民に、入れ替わった町ですけれど、
スラム街の内かも知れません。
住民の自室は、精神障害者の住まいと、ほとんど同じで、
身の回りの整理整頓のできない人が、少なくありません。
失業や犯罪の、多発する町なのに、、
少しも犯罪の被害に遭わずに、暮らしているお金持ちもいます。
スラム街の犯罪は、ほとんどが、仲間内の喧嘩のようなものなの。
被害者と加害者が、似たような種類の人って、
GIDを差別する人と、差別される人の間柄に、よく似ています。
家族の中で、それが起こることもありますし、
警察官と犯罪者のこともあります。
インドで言えば、GID(性同一性障害)って、
ダリットと言われる人たちの間の、出来事に似ています。
いわゆる不可触賎民のことね。
責任能力の有無や、死刑と不起訴の判断や、
GIDは、精神の病気か、それとも、健常なのかっていう問題が、
加害者と被害者の、どちらもが仲間内の問題に、よく似ています。
アメリカの娯楽映画で言えば、
麻薬を取り締まる警察が、麻薬組織の一部だったり…
治療法がなければ、健常なのでなく、死刑にされます。
お薬のなかった時代の、統合失調症の患者さんって、
日本では、江戸時代から、処罰されませんでしたけれど、
自宅に、閉じこめられていました。
欧米でも、同じです。
そうしなければ、人に危害を加えたり、加えられたりしますので、
治療法のない時代には、仕方ありませんでした。
責任能力がないから、処罰されないと言っても、
実際には、裁判も受けられずに、幽閉されてしまうようなものです。
GIDも、優性医療を施されます。
御本人がそれを希望するように、
文化的に催眠術をかけて、誘導しています。
そのほうが、犯罪の被害者や加害者になるよりも、ましという判断です。
新しくダリットになる人って、自分から好んでダリットになります。
みんなと一緒のことができないので、
健常な社会に、とどまって居られません。
インドのカーストって、世襲の職業や身分ですから、
生まれながらの差別ですけれど、日本の天皇制と同じように、
人によっては、たいへんな地位を、生まれながらに保証されています。
それでも、適応できない人は、自分から飛び出して、
ダリットになります。
日本で言えば、被差別部落の人たちや、
アル中になった宮さんのようなものかしら。
ヒジュラと言われるインドのGIDは、
自分からダリットになった人たちの間の、仲間内の出来事です。
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