オオアラセイトウ 412 依怙地(いこじ)

アブラナ科の越年草ですけれど、
中国では菜の花と同じように、食べたり、油を絞(しぼ)ったりします。
 
日本では、観賞用として、戦後に流行しましたが、
園芸用の花卉(かき)としては、貧弱です。
高度経済成長が終わる頃に、廃れました。
なつかしいお花です。
 
花大根とも言いますが、
アブラナ科には、ハナダイコンという種(しゅ)や、
ハナダイコン属というのも、ありますので、紛らわしくなります。
 
オオアラセイトウという名前は、
子供の頃に、よく呼び慣(なら)わされていましたので、
耳にこびりついていますが、大紫羅欄花と書きます。
牧野富太郎さんの、創作ですけれど、
ポルトガル語に由来しているそうです。
 
中国では、諸葛采(しょかつさい)と言います。
諸葛孔明ですから、覚えやすいのですけれど、インチキくさい由来です。
 
10年ぐらい前から、オオアラセイトウって、教えてあげると、
orz(おーあるぜっと)と、答えてくれる人が、増えました。
 
アブラナ科2チャンネル属ですけれど、
牧野富太郎って人も、たいへんな変人の遊び人でしたので、
日本全国を、ほっつき歩いては、
 
 
脳の器質に、原因の発見されない精神の病気の人って、頑固です。
ただ単に、変更不能でなく、
自分の考えていることが正しい、間違いないと、
たくさんの人に向かって、公言したことは、
絶対に取り消さない、死んでも取り消さない意地っ張りなの。
依怙地(いこじ、えこじ)です。
 
その人にとって、どうでも良いことは、約束を守らずに、
言うことが、ころころと変わり、
大切に思っていることは、死んでも手放さないって、
誰でも同じですから、
依怙地の中身が、人と違うって、
みんなと一緒のことができずに、孤立しているってことですけれど、
命や体を、損(そこ)なうのに、
それでも、みんなと同じことをしないって、
御本人も周囲の人も、大変です。
 
どうして、みんなと同じでないといけないのかって、
本気で、疑問に思っています。
一人一人、勝手なことをしていたのでは、
70億人が、効率良く食べて行けなくなり、殺し合いの喧嘩になるのに…
言葉も法律も、みんなと同じことをするためにあるのに…
自分だけにしか、通じない言葉なんか、言葉って言わないもんね。
みんなの言葉や、みんなの法律っていう約束ごとがなければ、
人類は、ウイルスよりも阿呆になって、絶滅するのに。
 
依怙地な人は、自分一人で心に決めて、人に約束したことは、
絶対にゆるぎないって感じで、みんなに対して、責任を持ちます。
世間の人は、そんな責任なんか、注視していないのに。
御本人は、自分の信用性が試されているかのように、思い込んでいます。
 
自分自身に対する、信用性かしら。
自分を裏切ると、心の辻褄(つじつま)が、合わなくなるの。
 
世界一、頑固でなければ、自分を許さない覚悟ですから、
この確信のために、死んで見せるところまで行きます。
それを、他人と競うかのように、生きています。
自分こそは、世界で一番でなければいけないと、心に決めているみたい。
世界でただ一人の、掛け替えのない、孤独な魂なの。
藁(わら)をも掴(つか)む思いの、藁のような人間です。
実存主義ってやつね。
世界一って、個性のことなの。
 
ロシアンルーレットをする人って、
命を、ものともしない勇気があるって、
みんなに示さなければいけないと、思い込んでいます。
自分に示すのと、同じかしら。
途中で、怖(お)じ気づいたりしないところを、
実際に、みんなに見せます。
 
三島由紀夫って人も、実際に責任をとると言って、切腹しました。
彼が、市ヶ谷の自衛隊のバルコニーから、
ばらまいた檄文(げきぶん)ってのがあります。
読めばわかりますけれど、頭があさってになっています。
言わんとしていることは、小学低学年です。
 
どうして、こんなに幼稚なことのために、
命を懸けなければいけない気持ちになって、
実際に、命を捨てるところを、みんなに見せなければ、
気が済まなくなるのかしら。
 
これって、統合失調症でも、GIDでも、同じです。
頑固になって、変更不能になり、
自分の確約したことは、死んでも変更しないって、
実際に、死んで見せるところまで、行きます。
 
たまたま、症状の出し方から、途中で、他人に危害を加えてしまうと、
その時点で、統合失調症と診断されて、
強制的に、抗精神病薬が入るだけです。
刑務所に入る人のほうが、多いと思いますけれど。
 
GIDのように、途中で性ホルモン剤が入って、性転換したために、
死んでも確信を示すところまで、辿り着けない人もいます。
生殖しない確信を示すほうが、重症かも知れませんが。
 
うつ病にように、自殺しようとして、止められて、
強制的に入院させられて、お薬の入る人もいます。
いいお薬のなかった時代には、太宰治って人みたいに、
何度も自殺未遂をしでかしてから、最後にやり遂げる人も、
少なくありませんでした。
 
みんな、同じような精神の病気です。
 
     現実の恐さよりも、夢の中のほうが、遙かに恐いでしょう?
     GIDにも、台風のうねりに連れ去られて、
     一時間も、高さ10メートルの波に、浮き沈みした人や、
     山から転落して、
     高さ数百メートルの垂直の絶壁を、
     自力で這い上がって来た人もいます。
 
     いずれも、その時は、恐いと思わずに、
     現実の状況に対処するために、
     具体的な行動に、おおわらわだったそうです。
     
     わたしも、アフガンやスーダンで、
     鉄砲の玉やロケット弾が飛んで来る地面に、張り付いたり、
     猛スピードで、車を走らせたりしたことがあります。
     鉄板をかぶって、運転しました。
     山道から落ちないように、
     すごく冷静に、現実的に運転していました。
 
     あとで、夢を見ると、すごく恐いの。
     夢の中のほうが、現実よりも、何百倍も恐いの。
     
     目覚めているのに、夢を見ているような気持ちって、
     解離と言います。
     ヒステリーによくある症状の一つです。
     現実に生きていながら、
     現実よりも何百倍も、気持ちが誇張されます。
 
     現実という目安がありませんから、
     無限大に、気持ちが走ってしまいます。
      
     ブロック塀の上を歩くだけでしたら、慎重に歩けば良いし、
     もしもバランスを崩して、塀から落ちても、
     いつでも、足首や膝や腰の、クッションを効かせて、
     柔らかく着地する心積もりを、忘れなければいいのでしょう?
 
     でも、夢のように解離して暮らしている人は、
     もしも、バランスを崩せば、
     100階建てのビルの屋上から、墜落するような、
     最後の最後の、とても恐い気持ちになります。
    
     そのくせ、15階のベランダの手すりを、
     ひょいひょいと、歩いたりするの。
 
     どうして、そんなに現実離れの気持ちになるかって、
     文字通り、現実的な試行錯誤の経験が、少ないからです。
 
     一段のブロックの上を歩く感じとか、
     三段、積み上げたときの感じとか、
     五段でしたら、落ちたときに、
     どういうふうに、着地すればいいかとか、
     いろいろと試行錯誤して、実地に練習した経験が、
     とても少ないの。
 
     空想から、いきなり、
     現実はこうであるって、決めつけます。
     空想って、現実よりも、遙かに大袈裟なのに。
 
     発達障害でも、統合失調症でも、
     精神の病気に、いちばん多い症状は、自閉です。
     試行錯誤しないの。
     これこれならば、こうであるって言うように、
     さまざまな条件を付けずに、
     これは、こうだって、定言的に判断します。
 
GID(性同一性障害)の人って、手持ちのお金を計算して、
人に命令されずに暮らして行けるって、算段したりね。
命令したり、されたりって、
責任を分担することですから、とても楽しく、
何事も恐がらずに、生きる勇気が湧いて来るのに。
 
東京大学の医学部を卒業するよりも、
精神の病気を克服して、商店の販売員になるほうが、うんと立派なのに…
ノーベル賞でなくても、
三島さんのように、慌てて死ななくていいのに。
     
脳の器質に原因の発見されない精神の病気って、
お金と命と、気持ち良さを、ちゃんと計算していることが、
少なくありません。
でも、生殖や世代交代が、計算外ですので、子供です。
思春期に、大人の能力が要求されると、
往々にして、精神の病気を、発病します。
     
日本の法律では、20才ぐらいまでなら、
大人の社会の、子供の能力が、不埒(ふらち)な結果になっても、
大目(おおめ)に見てもらえます。     
現実には、子供が生まれる頃まで、子供みたいな人って、普通ですから、
あまり、心配要りません。
 
子供の能力だけでも、ちゃんと、死刑にならずに、生きて行けますし、
大金持ちになる人や、お医者さんになる人もいます。
そういう能力って、子供なの。
 
精神の病気の人には、子供を生んでも、大人の能力の育たない人が、
少なくありません。
精神の病気の、核心みたいなところを、
ズバッっと言い当てて、症状に出しているのが、
GID(性同一性障害)ですので、知能は健常です。
 
生殖拒否を、心の性別と、言い違えているので、
正鵠(せいこく)を射ているとは、言いませんが、
脳の器質に、原因の発見されない種類の、精神の病気では、
最も重症かも知れませんので、
悪いことをすると、大人の年齢でしたら、死刑になります。
     
精神の病気が、治療法もないぐらいに重症なので、死刑になるって、
たくさんの人を殺した人格障害の人が、死刑になる例を、
現代人は、あたりまえのように、たくさん知っています。
たくさんたくたん、人を殺したのですから、
精神の病気の中でも、最も重症に違いないのに…
 
精神障害のせいで、責任能力がないとされて、
悪いことをしたのに、不起訴になると、
インターネットでは、非難囂々(ごうごう)になります。 
 
おもに若い子が、口汚く罵(ののし)りますけれど、
精神科医の鑑定や、検察庁の判断に、説得力がありません。
 
GIDを、精神の病気とすると、
非難囂々の若い子たちが、猛反発します。
GID自身が、そんな子たちかも知れません。
 
精神運動興奮の出ている統合失調症の患者さんを、
死刑にしてしまえ、と罵る若い子と、
自分は精神の病気でないと、笑うGIDの若い患者さんとは、
似たような病気の症状なの。
統合失調症の患者さんと、どんぐりの背比べなのに…
 
ニューヨークのブルックリン区の、ベッドスタイと言われる町は、
建物が古くなるとともに、
だんだんと貧乏な住民に、入れ替わった町ですけれど、
スラム街の内かも知れません。
 
住民の自室は、精神障害者の住まいと、ほとんど同じで、
身の回りの整理整頓のできない人が、少なくありません。
失業や犯罪の、多発する町なのに、、
少しも犯罪の被害に遭わずに、暮らしているお金持ちもいます。 
 
スラム街の犯罪は、ほとんどが、仲間内の喧嘩のようなものなの。
被害者と加害者が、似たような種類の人って、
GIDを差別する人と、差別される人の間柄に、よく似ています。
家族の中で、それが起こることもありますし、
警察官と犯罪者のこともあります。
 
インドで言えば、GID(性同一性障害)って、
ダリットと言われる人たちの間の、出来事に似ています。
いわゆる不可触賎民のことね。
 
責任能力の有無や、死刑と不起訴の判断や、
GIDは、精神の病気か、それとも、健常なのかっていう問題が、
加害者と被害者の、どちらもが仲間内の問題に、よく似ています。
 
アメリカの娯楽映画で言えば、
麻薬を取り締まる警察が、麻薬組織の一部だったり…
 
治療法がなければ、健常なのでなく、死刑にされます。
お薬のなかった時代の、統合失調症の患者さんって、
日本では、江戸時代から、処罰されませんでしたけれど、
自宅に、閉じこめられていました。
 
欧米でも、同じです。
そうしなければ、人に危害を加えたり、加えられたりしますので、
治療法のない時代には、仕方ありませんでした。
 
責任能力がないから、処罰されないと言っても、
実際には、裁判も受けられずに、幽閉されてしまうようなものです。
GIDも、優性医療を施されます。
御本人がそれを希望するように、
文化的に催眠術をかけて、誘導しています。
そのほうが、犯罪の被害者や加害者になるよりも、ましという判断です。
 
新しくダリットになる人って、自分から好んでダリットになります。
みんなと一緒のことができないので、
健常な社会に、とどまって居られません。
インドのカーストって、世襲の職業や身分ですから、
生まれながらの差別ですけれど、日本の天皇制と同じように、
人によっては、たいへんな地位を、生まれながらに保証されています。
 
それでも、適応できない人は、自分から飛び出して、
ダリットになります。
日本で言えば、被差別部落の人たちや、
アル中になった宮さんのようなものかしら。
ヒジュラと言われるインドのGIDは、
自分からダリットになった人たちの間の、仲間内の出来事です。
 
 
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

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