(※ Wikipedia の帝国ホテルの項目からの、パクリ写真)
ホテルって、大嫌い。
シティホテルって、狭い、暗い、ヤクザがいっぱい。
ビジネスホテルって、もっと狭い、いかがわしい。
ラブホテルって、もっと暗い。
盗難防止のための、集中管理の自動ドアは、火事が恐いから、入れない。
こんなことを言うと、怒られるけれど、
お友達に、ホテル・旅館業の経営者が、結構います。
なかには、一応、高級が謳(うた)い文句の、シティホテルでも、
むかしは、場末(ばすえ)の、連れ込み旅館でしたところも…
高級に仕立て上げた経営能力は、たいしたものですけれど、
いかがわしいのは、今も同じ。
帝国ホテルの昔の本館が、犬山の明治村に移築されています。
ここを見学したときは、
天井が低い、狭い、暗い、窓がない、押し潰(つぶ)されそう、
という閉所恐怖みたいな印象でした。
おまけに、本館と聞いて、レイプされそうな…
痴漢の中でも、ほんとうに強姦するのを、ホンカンと言います。
警察用語。
痴漢って、たいてい、露出(ろしゅつ)やお触りや盗撮ですけれど、
嫌(いや)なのは、人が一杯いて、混雑しているのに、
親しいお友達みたいに、馴れ馴れしく話しかけて来て、
抱きついて来る人。
恐いのは、殺されるから、ホンカン。
姦って、女が三人で、かしましいって、読みますけれど、
男二人に女一人の、嬲(なぶ)るってのも、面白い字です。
わたしは、GID(ジーアイディー , 性同一性障害)を思い出します。
今度、GI(ジーアイ)になるそうですけれど、
うちは横須賀ですから、GIは一杯います。
GIって、いまは性自認って意味ですけれど、
統合失調症って、自己同一性が、おかしくなります。
ぶつぶつ言って、いつも一人ごとを喋っています。
若いときは、まだ、それほどでもありません。
長期間、患っていると、
自宅にいて、目覚めている時は、いつも一人ごと。
それでも、軽いうちは、外出の時や、人と話す時でしたら、
一人ごとを言わずに、ちゃんと、お話ができます。
お話の内容は、妄想や認知の歪みが、現れているかも知れませんが…
ぶつぶつ言っているのは、
健常な人が、心の中で自問自答したり、
心の中で、他人の言葉や意見を、想像したりするのと、同じです。
黙読するよりも、声を出して読んだほうが、
ひょっとしたら、自分で読んだ内容を、よく覚えているかも知れません。
その代わりに、声に出すと、読む速度が遅くなるので、
内容を理解する速度も、遅くなるみたい。
黙読と音読と、どちらが良いか、一概には言えません。
心の中での、言葉を使った想像を、口に出して、
他人の分まで演技したとしても、面白い人と思うだけです。
でも、心の中で、他人の言葉を想像したのに、
本当に他人が喋っているかのように思い、
声に出して、喧嘩のように問答しているとなると、
自己同一性がおかしくなっています。
統合失調症に、ごく普通にある症状です。
解離性同一性障害や、他の解離性障害の症状や、
GIDの心の性別なるものと、紛らわしくなって来ます。
もちろん、違いがあり、境目(さかいめ)のようなものでなければ、
簡単に識別できますけれど、
症状のバリエーションが違うだけで、
根本的に自己同一性の障害として、
一纏(ひとまと)めにすべき病気でないかと言われると、
少なくとも現在の、
統合失調症や解離性障害や性同一性障害などという分類とは、
趣(おむも)きが違ってきます。
健常な人のオナニーの気持ちを、
GIDの人は、心の性別が身体のそれと違うと感じます。
統合失調症の、問答形式の一人ごとと、ほとんど同じ仕組みです。
統合失調症の診断では、
問答形式の幻聴が、他の症状よりも、重要視されますが、
GIDの性自認というオナニー形式の性別の自覚は、
幻聴や妄想と言えません。
統合失調症の一人ごとは、
抗精神病薬を使っても、なかなか治りません。
これが出るようになると、
健常な人と同じように働きながら、社会生活を営むのは、
難しくなります。
自分という意識によって、心を一つに纏(まと)められないことから、
病気の名前を、Schizophrenia(スケツォフリニア) と言い、
分裂病や統合失調症などと、日本語に翻訳されていますけれど、
解離性障害や同一性障害などと、
国語的な字面(じづら)は、ほとんど同じ意味です。
自我機能の全体が低下する病気ですけれど、
GID(性同一性障害)は、性に関する部分だけの低下と言うのでなく、
生殖から順番に、自我機能が低下します。
オナニーから順番と言っても、構いませんけれど。
思春期よりも前に、すでにコミュニケーションのぎこちなさがあり、
思春期以後に、人生を亀みたいにひっくり返して、
自分から変にしますので、
起き上がれずに、日干しになる人も、少なくありません。
性転換って、医療や戸籍などの、
特別な配慮がなければ、生きて行けませんので、
健常な人が、それを望めば、
それだけで、病気であるのは、言うまでもありませんが、
御本人たちは、特別に庇護してもらわなければ暮らせなくなる状況を、
大変良い心の表れと、思っています。
もっと、身も心も、暮らせない状況になり、
もっと、あれこれと、社会に庇護されるようになれば、
もっと、素晴らしいことと思っています。
そのことを、自由で個性的な生き方の多様性であると、
患者さんたちは、信じています。
ヒステリーの典型とすれば、最も簡単な解釈です。
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