横須賀市鴨居の、たたら浜です。
タイタニックという客船が沈んだのは、1912年4月ですけれど、
その年は、7月30日まで明治45年で、7月31日から大正1年でした。
明治の最後の春に、沈没しました。
乃木希典大将と奥さんが、殉死したのは、大正1年9月です。
一等船室の女性と子供が、優先的に、救命ボートに乗りましたが、
二等や三等の人は、女性や子供でも、
半数未満しか、救助されませんでした。
女装して、救命ボートに乗り込んだ男性もいると、
当時から非難されていました。
乃木大将夫妻の殉死も、当時から、賞賛と非難が、半々でした。
おそらく、精神障害でなければ、
当時の、世間一般の風俗から、殉死はありませんけれど、
戦争をする軍人は、死ぬ覚悟でなければ、やって行けませんので、
平和な世間と違う心を、病気と言えるものかしら。
ヨーロッパも、アメリカも、
第二次世界大戦が終わった後まで、男子皆兵の徴兵制度が残り、
朝鮮戦争やベトナム戦争のように、
たくさんの青年が、戦場で死んで行きましたので、
性転換の意味は、現在と大きく異なりました。
性別移行は自由、などと言うのは、何も知らない子供です。
人類は有性生殖をしますから、
だれも、生まれつきの性別を、変えられません。
生殖機能は、二種類しかなく、
生殖できない人を、文化的に、病気として保護してあげます。
そうでければ、子孫を残せない人は、
生まれながらにして、死刑を宣告されているようなものです。
生物は、個体の生存よりも、世代交代を大切にします。
世代交代を拒否して、個体の生存のほうを、大切にする人は、
精神の病気として、社会から保護されます。
人間の社会は、子供を救うために、
親が命を擲(なげう)つように、
本能的な愛情を前提として、成り立っています。
この気持ちのない人は、生きて行けませんから、
精神の病気として、保護されます。
性転換は健常だからと言って、男女の枠を越えたのでは、
殉死するも同然の、戦時下の青年は、みんな精神障害であり、
青年を戦場に送り出す母親や社会も、精神障害に違いなく、
敵前逃亡のMtFだけが、健常、ということになってしまいます。
氷の海に飛び込んだ人は、みんな死にました。
真夏の北アルプスの、3000mの稜線では、
山小屋の水は、雪渓の雪融け水です。
顔を洗うだけでも、手が痺れて、痛くなります。
手が水に触れるのは、ほんの数秒なのに、
五度目に水を掬うと、
腫れ物に触られたように、跳び上がってしまいます。
救命胴衣を着けて、タイタニックから、氷の海に飛び込んだ人は、
数分後に、皮膚の痛みを感じなくなり、
十分後に、意識を失い、十数分後に、心臓が止まったと思います。
そのことを思うと、女装して救命ボートに割り込むのも、
性転換して、徴兵逃れをするのも、健常なのかしら。
1970年頃に、SRS(性転換手術)を受けた日本のMtFの人達は、
体が女性に似ていたために、差別や虐待を回避しようとして、
自分は女と思い込み、性転換を強く望むようになりました。
性欲を、自覚できませんでした。
まだ、アメリカの男性は、ベトナムの戦場に引っ張られて、
たくさんの青年が、死んで行く時代でした。
日本のMtFの中には、旧ソ連領のエストニアで、SRSを受けた人もいます。
国際共産主義運動の名目でしたが、
ベトナム戦争は、米ソの代理戦争と、言われていました。
当時のアメリカの、反戦運動の青年リーダーたちには、
トロツキストが多く、後に、アメリカネオコンと言われて、
ブッシュ父子政権を、作った人たちもいました。
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