このごろ、葭原(よしはら)って、珍しくなりました。
アシです。
ヨシとも言います。ススキでありません。
潮の満ちる河口の、岸辺の砂地や、
葦(あし)と、荻(おぎ)や薄(すすき)とは、
わりと、簡単に区別がつきます。
葦は、根が半分、水に浸かる環境に、育つの。
杜若(かきつばた)みたいなもん。
荻(おぎ)は、水辺に育ちますけれど、根は水に浸かりません。
花菖蒲(はなしょうぶ)みたいなもん。
薄(すすき)は、普通の乾燥した野原に育ちます。
文目(あやめ・菖蒲)みたいなもん。
ススキって、一ヶ所から、たくさんの茎が、群がって立ちます。
株立ちします。
根元から、長い根出葉(こんしゅつよう)が、たくさん伸びます。
アシやオギは、茎が一本ずつ、すくっと立ちます。
一本立ちするの。
根出葉は、若いうちに、枯れてしまうので、
一人前のアシやオギでは、根元からの長い葉っぱは、ありません。
ススキの穂は、1個ずつの花が、
内穎(ないえい)や護穎(ごえい)と言われる鱗片に包まれ、
さらに、2個の花を、一つに纏(まと)めて、
苞穎(ほうえい)と言われる鱗片(りんぺん)に包まれています。
2個の花で、1個の小穂(しょうすい)と言います。
小穂の生え際から、たくさんの毛が、周囲に伸びていますけれど、
一本だけ、小穂の先っちょから伸びて、
長く縮れている髭(ひげ)が、目立ちます。
第二護衛の中脈が、突堤のように伸び出たもので、
芒(のぎ)と言います。
じつは、芒と書いて、のぎとも、すすきとも、読むように、
ススキのノギは、たいへん良く目立ちます。
オギにはノギがなく、アシのノギは、さほど目立ちません。
葦の学名は、Phragmites australis (communis) ですけれど、
寒帯や乾燥地帯を除いて、全世界的に自生していますので、
変種が多く、分類の仕方が、学者さんによって異なり、
命名に、ズレや重複が少なくありません。
日本の葦の種小名を、何とするかは、議論百出です。
Phragmites(フラグミテス)は、イネ科アシ属の学名で、
ギリシャ語の垣根が、語源みたい。
難波(なにわ)の葦は、伊勢の浜荻(はまおぎ)と
藤原俊成さんが仰有っていますので、その通りと思います。
歌の世界では、浜荻と言えば、葦のことです。
和歌の浦に 汐(しお)満ち来れば
潟(かた)を無(な)み
葦辺(あしべ)をさして 鶴(たづ)鳴き渡る
山部赤人
万葉集 巻6-919 雑歌
赤人って、風景描写が奇麗すぎて、困ります。
汐が満ちて、干潟がなくなると、
鶴は、岸辺の葦原に飛び去り、あたりに鳴き声が響きわたる。
葦垣(あしがき)の
隈処(くまと)に立ちて 吾妹子(わぎもこ)が
袖(そで)もしほほに 泣きしそ思はゆ
防人 刑部直千国
万葉集 巻20-4357
葦の垣根の片隅で、妻が袖を濡らして泣いていたのを、
思い出します。
日本でも、葦を垣根にしていました。
わたしは、楽器のパンフルートを、思い出します。
それぞれの高さになるように、葦の両端を切り、
筒の長さの順番に、一列に並べて、音階を作ります。
蜂の巣から採った蜜蝋(みつろう)を詰めて、
音の高さを微調整するの。
手軽に持ち運べる縦笛ですけれど、
葦のパイプの並びが、音楽の垣根のようです。
パンパイプとも、言いますけれど、
中国では、排簫(はいしょう)と、言われていました。
正倉院の墨絵弾弓(すみえだんきゅう)に、描かれています。
防人(さきもり)って、九州北部の沿岸警備のために、
徴兵された民間人ね。
葦は、悪(あ)しに通じるので、
善しに通じる葭(よし)に、言い替えられました。
豊葦原国(とよあしはらのくに)なのに、なんで、足が悪いのかしら。
茅(かや)と言われるイネ科の植物の中では、
茅葺(かやぶ)き材料として、最高と言われているのが、葦です。
二番目が、芒(すすき)。
材料不足の時は、稲藁や麦藁を使いました。
岐阜県の神岡で暮らしていた頃に、
芒(すすき)で葺いた屋根の、葺き替えを、手伝ったことがあります。
小学1年生でしたので、お茶を出しただけです。
葦(あし)葺きは、知りません。
うちの神岡の家は、町屋でしたので、瓦葺きでした。
農家では、昔ながらの、竈(かまど)や囲炉裏を使っていましたから、
瓦葺きでは、煙の処理に、困ります。
寒いと割れるし、雪を落とす急傾斜では、屋根に留められません。
寒ければトタン、豪雪地帯では、芒(すすき)で葺くのが、普通かしら。
函館の家は、トタン葺きでしたけれど、
昔から、北欧みたいに、暖炉と煙突がありました。
今は、暖炉の形だけを残して、安上がりの石油で暖めています。
芒(すすき)の育つ萱場(かやば)には、入り会い権があり、
分家の、そのまた分家になると、芒(すすき)を確保できずに、
藁(わら)で代用しました。
芒の茂る広い草原がなければ、村を維持できません。
藁は、耐用年数が短く、しょっちゅう、葺き替えなければ、いけません。
葺き替えのたびに、村の人に手伝ってもらうので、費用が大変。
人足を雇うよりも、村人の接待のほうが、物入りなの。
それでも、みんなで作業をするのが、村のしきたりでした。
麦藁は10年かしら。稲藁は、もっと短い。
芒(すすき)は、20年。
1mぐらいの厚さにすると、50年は行けると言う人もいます。
葦は、芒よりも、長持ちするらしいの。
檜皮(ひわだ)は、40年、行けるかしら。
檜(ひのき)の皮。
剥いだあと、10年ぐらいで、また採れます。
再生品のほうが、高品質。
柿(こけら)は、檜(ひのき)や、サワラや、スギなどの、
厚さ2~3mmぐらいの、普通の薄い板。
こけらって、鉋屑(かんなくず)みたいな、
ぺらぺらの、木っ端(こっぱ)のことを、言います。
柿って字を書くけれど、月と肉月(にくづき)みたいに、
字体の都合で、柿の字と、同じになっているだけとか。
檜皮葺きも、こけら葺きも、重ねかたを密にすると、長持ちするかも。
草でも、板でも、木の皮でも、枯らして乾燥させてから、使います。
生(なま)のままで使うと、乾く時に変形するし、虫がつくの。
木材と同じ。
人間のおしっこや、うんこも、よく発酵させて、熟成させてから、
肥やしにして、田畑にまき、お米やお野菜を育てて、人間様が食べます。
茅(かや)って、イネ科の植物一般のことで、
萱(かや)とも、書きますけれど、
茅(萱)葺きと言う場合は、芒(すすき)のことが多く、
藁(わら)葺きのことを、茅葺きとは、言わないかも知れません。
葦(あし)葺きも、もしかしたら、
茅葺きと区別したほうが、いいかも。
萱の字を、名字に持つ人に尋ねると、萱は芒(すすき)のことで、
けっして、藁や葦でないと、言っていました。
ススキって、芒(のぎ)があるから、芒と書きますけれど、
漢字の扁(へん)の、禾扁(のぎへん)って、
イネ科の穀物を表しています。
イネ科って、芒(のぎ)を持つのが、普通なの。
でも、ススキって、薄(すすき)とも書きます。
肉薄なんて言うように、薄いから距離が近く、迫っているの。
群がって、密集している様子を、薄と言うそうです。
希薄と異なる意味ですので、用心して下さい。
葦(あし)の簾(すだれ)のことも、
中国では、薄って言います。
あっちの人も、ススキとアシを、
ごっちゃに使っているみたい。
芒の字は、イネ科の髭(ひげ)の、
ノギそのものを言うらしく、
光芒なんてのは、光の毛。
今も昔も、農家の人は、
稲や麦の、お花や実の構造を、よく知っていますけれど、
日本語のノギの語源って、思いあたります?
わたしは、知らない。
喉に刺さった魚の骨を、のぎと言い、
芒(のぎ)と同じ言葉です。
芒(のぎ)のことを、はしかとも言い、麻疹のことです。
はしかい、という言葉が、日常語にありますけれど、
その意味から、芒(のぎ)のことを、はしかと言うのかも。
のぎと、別の言葉と思います。
わたしは、禰宜(ねぎ)や、祈(ね)ぐ、
犒(ねぎら)うなどを、思い出します。
秋田では、暑いことを、ねぐい、と言うそうですけれども、
のぎと、同類の言葉に、聞こえます。
英語では、awn(オーン) が、
芒(のぎ)そのものを、意味します。
麦の芒(のぎ)のほうが、稲よりも目立つので、
都会の人は、日本人よりも、欧米の人のほうが、
よく知っているかも。
beard(ビアード)は、一般的な顎髭(あごひげ)の意味が、
芒(のぎ)にも、使われただけかも。
ゲイの男性と一緒になる女性も、ビアードと言われます。
reed(リード)は、葦そのものを、意味していますけれど、
吹奏楽器の、管の中の空気を、振動させるための、
薄い弁のことも、言います。
口笛や、おならのように、自分の体を、楽器にする人よりも、
尺八みたいに、他人の体を、奏でる人は、
エッチかも知れません。
空気を媒介にして、他人の心を奏でる人は、
音楽家ですけれど、
現代は、同性愛って、あまり流行していませんから、
バイセクシャルの人は、もしかしたら、器用かも知れません。
言葉を使い、人を誑(たら)し込む人は、
男女を問わず、みんな、バイセクシャルです。
同性愛の、趣味を持つ人の中でも、
精神的な理由から、生殖不能や生殖拒否の症状の出る人は、
粘膜や糞便に対する、幼時のような愛着を、
変更できない人が、多いみたい。
発達障害の人は、手足も心も、不器用になりやすく、
放置されると、遅くとも思春期に、
発達障害のほかの、精神の病気の症状が、
たいへん、目立つようになります。
精神科の受診の有無にかかわらず、
必ずと言って、よいかも知れません。
早期発見、早期治療が、有効ですけれど、
治療と言うよりは、社会に適応するための、特別な教育です。
思春期よりも前に、学校教育に支障をきたさないほどの、
軽症の人は、見放されて、放置されやすく、
思春期以後に、必ずと言ってよいほど、
御本人や社会に、酷い苦痛をもたらします。
器質的な原因でなく、慢性的な精神の病気の、
大部分の人は、そういう人たちです。
知能や学力が正常ですと、見逃されてしまいます。
最も多いのは、一生、引きこもって暮らす人で、
凶悪犯罪に走る人や、粗暴な犯罪を、繰り返す人もいます。
なかには、誰にも、指差(ゆびさ)されていないのに、
GID(性同一性障害)や、統合失調症のように、
自分は精神の病気でないと、自分から世間に触れ回って、
精神の病気を、露呈してしまう人も、少なくありません。
ごく一部の人だけが、自発的に、心療内科を受診します。
自傷、他害、自殺、自閉、生殖拒否、
非行、拒食、不眠、痴呆などの、
さまざまな精神症状や、身体症状をきたします。
理由もなく、内因性であっても、
社会生活上の、具体的なトラブルや、
考え方や生き方のせいであっても、同じです。
理由は二の次で、ようするに、
みんなのすることが、出来なくなりますけれど、
御本人は、出来ないのでなく、
しないとか、させられているとかと、言い張ります。
多くは、自分の脳や体の、自動的な変化に、適応できずに、
人と、コミュニケーションができません。
自分と異なるものを、許容できずに、拒否しますので、
自分を変更できません。
一部の人は、変更不能な体の形や、体の病気などから、
他人に差別されることが、精神の病気の原因になります。
自殺を強要するオカルト文化もありますけれど、
GIDでは、変更不能な体の形に、
精神の病気の原因を、転嫁します。
ススやササって、薄(すすき)や笹(ささ)を、振った時の、
音を表しているみたい。
擬声語。
薄(すすき)や笹を振って、御祓(おはら)いをしたので、
すすぐ、と言う言葉になったそうです。
葦(あし)を振って、悪(あ)しきものを濯(すす)ぐと、
葭(よし)になるのかしら。
ススッ、ササッていう音を、わざと誇張すると、
鈴(すず)になります。
昔は、笹のことを、すずと言いました。
すずな、すずしろって、春の七草ですけれど、
すずなは、蕪(かぶら)だから、形が鈴。
すずしろは、お大根ですけれど、清白って書くから、
御祓いをして、清める時の、ススッ、ササッっていう音かしら。
清めて白いって意味で、極めて白いの。
お酒も、ささですけれど、
さ行の音は、清々(すがすが)しいみたい。
人間は考える葦であると、パスカルは言いました。
ひ弱で孤独な葦にすぎないけれど、宇宙を知っています。
宇宙は、人間のことを、何も知りません。
わたしは、人間って、
みんなと一緒に、生きることに懸けては、宇宙で一番と思います。
けっして、孤独でありません。
風に吹かれて、音を奏(かな)でる葦を、思い出します。
笛を吹くように、みんなが口で吹く風です。
なま温かく、生きている風なの。
自然の風は、神様の風でなく、
人間が息を吹く風のような、気がしてなりません。
葦原を見ると、音楽が聞こえるの。
みんな、地下茎で繋がってるんですよ、豊葦原国って。
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