ヒガンバナ 230 統合失調症の入浴

白い花の彼岸花って、妙な雰囲気です。
わたしは、子供の頃、彼岸花って、
2mぐらいの高さと、思っていました。
大人になって見ると、そんなに背の高いのは、滅多にありません。
でも、皆無でなく、あることはあります。
わたしが、子供の頃に見た彼岸花の高さは、どれくらいだったのかしら。
 
三倍体で、種ができませんので、有性生殖ができません。
 
統合失調症では、お風呂に入れない人って、普通にいます。
調子の悪い時だけ、入浴できない人から、
入院中や、退院した直後だけ、入浴できる人や、
入院中でも、お風呂に入れない人まで、
症状の重症度に応じて、奇麗に差が出ます。
 
どうして、入浴できないのか、理由を言ってくれない人が多く、
面倒だから入らないと、こちらで勝手に想像して置きます。
理由を言ってくれる人もいて、
裸になるのが気色悪い、恐い、と言ったりします。
 
安心できる場所のない気持ちを、
衣服を脱ぎたくない、自宅に何者かが侵入するなどと、表現します。
本当は、体や、衣服や、建物などに、何者かが侵入するのでなく、
心に何者かが侵入する、という気持ちですけれど、
統合失調症の患者さんは、
自分を包んでいる物が、侵犯されるように、表現します。
 
プラトンの、肉体は魂の牢獄、のような感覚は、
精神の病気の人に、よく見受けられます。
自分と、自分を包む何かとの関係を、
うまく制御できませんけれど、
ほんとうは、自分と、自分以外の境目は、
意識と無意識の、一時的な瀬戸際にすぎません。
 
自我と、その周囲の物事とを、識別できなくなり、
使い分けることが、できなくなります。
GID(性同一性障害)の患者さんでも、
スカートや、女らしい言葉遣いや、乳房などから、
産む生殖機能を類推するような、文化的な性別の、具体的な様態に、
好き嫌いの感情や、反対や賛成などの意見を持つ自我と、
社会的に行動する自然の事実としての、この個体とを、
仕分けできなくなります。
 
意見や感情を表明して、その是非を、みんなと議論できずに、
生殖機能を阻害して、健康な体を自傷するような、直情径行に及びます。
不可侵の自我を持ち、
気持ちを表明した限りは、絶対に変更してはいけないと、
御本人は確信しています。
気持ちを表明したのなら、実行しなければいけないと、
頑固になっています。
 
自我のうちの、境界性と言われる機能が低いと、こうなります。
ここまでは自分、という範囲を、変更できません。
健常な人では、自分が無くなることもあり、
宇宙と同一になることも、ありますので、
自分の範囲は、無から無限大まで、時に応じて、変化します。
精神の病気の人では、変化しません。
 
御本人は、変化させずに、固定することを、
良いことと、確信していますが、
ほんとうは、変化させる能力が、不足していますので、
融通が効きません。
 
境界性というのは、身内と異物とを、識別する能力ですけれど、
身内と異物は、時に応じて、変化します。
境界性の機能を、免疫とも言います。
白血球は、個体の免疫機能を、細胞が受け持っていますが、
自我の境界性は、社会の免疫機能を、個体が受け持っています。
 
統合失調症では、意欲が低下して、面倒な事をしたくなくなり、
妄想を確信して、興奮を自制できなくなる症状などを、
ドーパミン神経やセロトニン神経と、
大脳辺縁系や、前頭葉や、大脳基底核との関係から、
抗精神病薬によって、改善しようとします。
 
興奮症状は、かなり直接に抑制されますが、
その他の症状の改善は、間接的で、必ずしも確実でありません。
患者さんの心の中では、入浴の意欲が低下して、面倒臭く思うのと、
裸になると、何者かに侵入されるように感じるのとが、
同じ意味になっていますが、
意欲の低下を改善すると、妄想がぞろぞろ出てきて、
興奮してしまうことも、よくあります。
  
自分はこうであると、ガチガチに固めた気持ちを変更できない人は、
ヒステリーから、さまざまな精神の病気の症状を出します。
GIDや統合失調症などは、
気持ちを変更しようとしないから、変更できないように見えます。
変更しようとする気持ちが起こらないのか、それとも、
変更しようとしても、できないのかは、
脳の器質を見ても、わかりません。
 
統合失調症の患者さんでは、
妄想が、意欲の低下の、言い訳になりますが、
意欲の低下が、妄想をきたしているようにも、見えます。
変えようとする意欲がなければ、心を制御できません。
 
実際には、GIDの約半数が治り、
統合失調症でも、半数が社会復帰して、再発もなく、寛解します。
治った人に尋ねても、主観的な返答しか、得られませんので、
自然に、気持ちが変わったと、思っておくほか、ありません。
 
統合失調症では、たとえば作業療法によって、
見違えるように明るく、元気になったのに、
突然、治療を拒否して、理由を言ってくれずに、
再び、症状が悪化してしまう人もいます。
まるで、周囲の人には、すっかり良くなったと見える状態が、
御本人には、非常に苦しいかのようです。
何もできずに、病院の保護室に寝ているだけが、
御本人には最良と、感じられるのかも知れません。
 
GIDも、よく似ています。
子宮や卵巣や乳房を摘出して、痛々しい心の病気の症状を、
御本人は良い状態と、確信しています。
周囲が見て、たいへん気持ちの良さそうな、明るくすがすがしい状態を、
御本人は、苦痛と主張します。
この違いを、御本人は、個性や多様性と言い、
脳の性別が原因と、ステレオタイプに突っ跳ねます。
 
統合失調症でもGIDでも、
治っていない人は、自分のことを、病気と思っていません。
自分は良いことをしていると、思っていますから、
治るはずがありません。
けっして、保護室に入れられて、磔(はりつけ)にされて、
紙オムツがいいと、思っているのでないのでしたら、
少なくとも、統合失調症と診断されていることを、知るところまでは、
良くなりますけれど、
妄想の内容を、間違っているとは、自覚できません。
もっと症状が悪化すれば、拘束具に紙オムツを、
良いと、思うようになります。
 
精神の病気の人の、具体的な考えや感じや行動って、
症状の変化や、お薬の加減などによって、簡単に変わります。
でも、お薬によっても、変わらない症状は、
病状の変化によっても、変わらないことが多く、
治る人と、治らない人との、差が出てきます。
たとえば、人と異なる独自性を、良いことと確信する症状は、
あまり、治りません。
自分らしさを発揮しようと、躍起になる人は、
社会性を実現できずに、生殖不能や生殖拒否の症状が出ます。
発達障害の可能性がありますけれど、
体の障害や、体の見掛けによっても、よく起こります。
 
お薬を使って、患者さんの心を、強制的にいじくるって、
それなりの病状の人に、法的手続きをとらないと、
実施できませんけれど、
GIDの人に特徴的な症状は、昔のGIDの治療例からも、
お薬による治療が、無駄とわかっています。
統合失調症の、治る症状と、治らない症状のうちの、
治らない症状のほうに、
GIDの特徴的な症状が、すっぽりと入っています。
 
統合失調症では、治らない症状を、頑固に持ち続ける人は、
治る症状のほうが、お薬で良くなり、退院しても、
娑婆(しゃば)の苦しみが積み重なると、次第に悪化して、
また入院することになります。
 
実は、症状が良くなったり、悪くなったりすることにより、
御本人の考えや感じ方が、変わるのでなく、
症状が良くなれば、口に出さなくなり、
悪くなれば、自制できずに、口に出してしまいます。
 
病状によって、考え方が良くなったり、悪くなったりするのでなく、
そうかと言って、悪い考え方を信じるのが、病気でもなく、
悪い考え方や、良い考え方を、たくさん、合わせ持っているのが健常で、
使い分けが出来なくなると、病気と言われます。
 
GIDでは、体の性別を受け入れられない狭い心を、よい心と思い、
性転換を、人生の偉業のように、確信しています。
これでは、治るはずが、ないように見えます。
性転換を強く望む気持ちは、病気とされていますので、
症状のすべてが、ヒステリーとも言えます。
 
周囲や社会が、温かくしてあげれば、不都合をきたしませんから、
良いことと思う確信を、変えようとするはずもありません。
治った人は、温かくしてもらえずに、不都合をきたしただけで、
居心地が良ければ、治そうと思わずに、
居心地が悪くなれば、考えを使い分けて、自然に治るだけに見えます。
 
でも、GIDの半数の人は、治りません。
他の精神症状が、目立つようになったのに、
GIDの確信のほうは、相変わらず頑固です。
他の症状のせいで、性転換どころでなく、とても苦しくなりますけれど、
そのことを、御本人は、社会の無理解のせいで、こうなったと言います。
飲んだくれて、アル中になり、
おトイレに行けなくなり、だだ漏れになっても、世間の無理解です。
居心地が悪くなっても、自然に治らずに、
苦しさに耐えられなくなり、症状が悪化するだけです。
 
実は、健常でしたら、人は誰でも、たくさんの考えを持っていて、
時に応じて、どの考えを覆い隠し、
別の考えを、陽のあたる窓辺に持ってくるかを、調節しています。
精神の病気の人は、調節能力が低下していて、
一つの考え方だけが、永遠に、窓際に立っています。
外から見れば、いつも同じ人が、同じポーズで、
カーテンを開けたまま、窓辺に佇(たたず)んでいます。
あれは、お人形さんなのか、それとも、死んでいるのかと、
不思議に思いますけれど、精神の病気です。
 
考え方が間違っているのか、それとも、間違っていないのかは、
精神の病気に、あまり関係ないかも知れません。
使い分けの出来なくなるのが、病気のように見えます。
 
御本人が苦しくなるだけでなく、
御本人は楽しくて、周囲を苦しめるのも、精神の病気ですけれど、
器質的な原因の、発見されない精神の病気が、いつまでも治らないのは、
周囲ばかりを、苦しめる症状かも知れません。
 
統合失調症の人は、歯磨きをしないのも、良い事と思ったりします。
歯磨きが出来なくなるのは、
病気の症状が、どれぐらい悪いかを、示していますけれど、
もとから、歯を磨かないほうがいいと、思っていたのでは、
症状の悪化の、指標になりません。
 
面倒なことは嫌で、気持ちの良い事しか、しないのは、
元から病気なのか、躾(しつけ)ができていないのか、
発達障害なのか、ヒステリーなのか、よくわかりませんけれど、
元から、コミュニケーション能力が足りずに、自閉的で、
たくさんの考え方や生き方を、知ることを拒み、
手持ちのカードの、少ないことに加えて、
どのカードを見せるかの、調節能力の不足が、重なる人も、
少なくありません。
 

精神医療の廃止とコンピュータ

進化論や精神医学などの、 ロマン主義による社会や心の学説を否定して、 精神医療と精神科と精神病院の廃止を、 主張します。

0コメント

  • 1000 / 1000