※ フォト蔵の、芥川千景さんの作品 「みなとのヨ-コさん」
GID(性同一性障害)の人は、
心を変更できないと、臆面もなく、堂々と言います。
確かに、自由に変更するのは、容易でありませんけれど、
だいたい、子供は柔軟で、
どれくらい、固ければ、どれくらいの年齢かって、相場が知れています。
統合失調症の人では、変更できない心の内容の、
表面に浮かんでいるほとんどが、妄想と言われる景色で、
思春期よりも前に、すでに、変更できない不自由さを、
子供は、自分でない何かに、ちょっかいを出されて、
見られているような、聞かれているような、
聞こえて来るような不安として、感じています。
目覚めている時の意識に、抽象的な、得体の知れない、恐い夢が、
混入して来るのかも知れません。
統合失調症では、心の固さが、
幼児期に、発達の止まった未熟さに、似ていますが、
思春期頃までは、知能検査や学力検査に、異常は現れません。
そのまま、100才の老人のように、心が頑なになりますので、
やがて、知能検査や学力検査の成績も、急降下します。
健常な人は、黒板に字を書いても、比較的、自由に消すことができます。
心の黒板に、書いたり、消したりできるのは、自分だけですけれど、
他人に、嫌なことを言われると、自分で黒板に、書き留めてしまいます。
記憶するためには、当然ですけれど、
他人に、心の中を操作されているようで、
癪(しゃく)に障(さわ)ります。
統合失調症の人では、自分でない何者かが侵入して、
書いたり消したりしているように、感じられます。
GIDの人では、書いたり消したりが、自由にできません。
以前に書いた、心の性別を、自由に消すことができないと、
御本人は、訴えます。
それどころか、心の性別を書いたのは、自分でないと、主張します。
ホルモンシャワー説のように、
胎児の頃の、偶発事故から、心の性別が、黒板に書き込まれたと。
わたしも、幼児の頃に書いた落書きを、いちいち、覚えていません。
思春期は、できるだけ消さずに、黒板を取り外して、
心の体育館の中に、何万枚も、文字を書いた黒板を、保管していました。
黒板の取り外しは、重くて、面倒です。
消すのは、もったいないので、今は、デジカメに撮影してから、
黒板消しで、文字を消して、新しい文字を書き込みます。
文明の利器は、すごいと思います。
GIDの人は、黒板の文字を、消せないだけでなく、
黒板を交換することも、保管することもできません。
デジカメに撮って、さっさと消す工夫もありません。
おまけに、黒板の性別の文字は、合成樹脂のエナメル塗料です。
自分は、書いていないと言いますが、
手に、缶入りのエナメルの塗料と、刷毛(はけ)を持っています。
文字を見れば、思春期以後の、御本人の筆跡ですし、
心の性別に、エルメスのバッグの品番や、
美容室の、メンズスタイルのヘアーカタログまで、指定されています。
胎児期の偶発事故とは、とても思えません。
GIDの人は、最初から、黒板に文字が書かれていた、と言います。
最初から、昔の悪戯(いたずら)のように、
黒板に、蝋(ろう)が塗られていることや、
ペンキで汚れていることが、あるかも知れません。
でも、言葉も文字も、人間の文化ですので、
胎児期から、文字が書かれていたことは、絶対にありません。
人は、自分で思ったことを、黒板に書きます。
暗算も、黒板に書き留めるから、巧くできます。
心は、そのためにありますから、当たり前ですけれど、
統合失調症の人は、自分で書いた言葉を、侵入者が書いたと主張します。
黒板に、思いの丈を書いて、侵入者と、お話します。
いつも、黒板の字を読み上げて、
誰かと話しているように、ぶつぶつ、一人ごとを言っています。
ときには、喧嘩もしています。
黒板って、書くのも消すのも、保管するのも、自分ですけれど、
自分の、色々な心を整理して、保存するだけでなく、
他人の心を、シミュレートする時にも、使いますし、
見た事や、聞いた言葉を、記憶するためにも、使いますので、
感覚や、事実や意志や、思考や感情や、
他人とのコミュニケーションなどの、出入り口としての、
港や倉庫の、役目を持っています。
江戸時代の鎖国でありませんから、
健常な人の、心の港には、外国や他人の船も、出入りします。
港を管理しているのは、自分ですけれど、
統合失調症や、GIDの人では、
港としての、心の黒板の機能が、病気です。
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